分かろうとすらしなかったらわからされた   作:Varss

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執着ストーカー型後輩

 最初に意識したのは、たしか春の終わりごろ。

 サークルの新歓コンパ。みんなが飲んだり笑ったりしてるなかで、あの人は――蓮見湊(はすみみなと)先輩は、隅っこの席で缶チューハイをちびちび飲んでいた。

 

 顔は悪くなかった。どちらかと言えば整ってる部類だと思う。

 だけど髪型も服も地味で、笑わないし、声も小さいし、なんかずっと眠そうで。「目立たない人だな」っていうのが、最初の印象だった。

 

 でも、何となく目がいってしまったのは――多分、私の隣にいた女の先輩が彼のことを「頼れる人」と言っていたから。

 

 頼れる、ねえ……あのやる気なさそうな雰囲気で?

 そう思ったけど、確かにその場にいた誰もが自然と彼を頼ってる感じがした。

 

 テーブルの仕切りを整えたり、酔った子のフォローにまわったり。

 派手じゃないけど、ちゃんと見てる。誰のことも無下にしない。

 無愛想だけど、声をかけるとちゃんと返してくれる。

 

 ……気づけば、何度か視線を追ってた。

 

 彼と最初に話したのはそれから少し経ってからだった。

 サークルは所謂飲みサーって感じの緩い物だったけど、一応は写真サークルということで何回か写真を撮りに行く。

 

 そこで、私は先輩と同じグループになった。

 その日はサークルのメンバーで近くの公園に写真を撮りに行く日だった。

 とはいえ、みんな真面目に取り組んでいるというよりは適当にスマホやカメラを構えて、それっぽく撮って、途中でアイスを買って食べたり――そんな感じのゆるい空気。

 

 私はなんとなく周りに合わせて笑っていたけど、心の中では少しだけ疲れていた。

 誰かと騒ぐのは嫌いじゃない。でも、気を抜くと取り残されそうでずっと気を張っているのがしんどかった。

 

 そんな中で、ふと、気配のない場所に目を向けた。

 木陰のベンチに一人で座っている姿。それは湊先輩だった。

 

 スマホでもちゃちなカメラでもなく、レンズ付きのフィルムカメラを手に持っていて、なにかをじっと見つめている。

 

「……なに撮ってるんですか?」

 

 気づけば、私は自分から声をかけていた。

 先輩はちらっとこちらを見て、ゆるく眉を上げた。

 

「いや……今の光、けっこういいなと思って」

 

 そう言って指差したのは、木漏れ日が落ちている小さな芝生の一角だった。

 木の間から差す光が草の上を柔らかく照らしている。

 

「こういう日常の中にある風景、撮るの好きなんだ」

 

 それだけ言うと、またレンズを覗き込む。

 

「……ふーん、変わってますね」

 

 思ったままのことを口にした。悪気はなかった。でも先輩は、ちょっとだけ表情を柔らかくして言った。

 

「よく言われる。でも、写真なんて自己満だしな」

 

 その言葉が、なんだか妙に胸に残った。

 

 “自己満”。

 確かにそうかもしれない。だけど、そこにはちょっとだけ優しさみたいなものが混ざっていた。

 

 誰にも気づかれないようなものをひっそり拾って、大切にするような。そんな風に感じた。

 

 ――それが、私と先輩がちゃんと話した最初だった。

 

 その日を境に、私は先輩を「ちょっと気になる人」として見るようになっていた。

 無愛想だけど、時折見せる言葉の端々に誤魔化さない人なんだなって思わせる何かがあった。

 

 そして、それが“好き”へと傾いていくのはもう少し先のことだった。

 

 

 サークルに入って一カ月が経過したころ。きっかけはほんの些細なこと。

 私はちょっとサークルで面倒なことに巻き込まれていた。

 

 誰かに何かをされたわけじゃない。

 ただ、“誰の味方にもならなかった”だけで、自然と距離を取られるようになった。

 

 女の子のグループなんてそんなもの。

 一回嫌われると全部が静かに、でも確実に崩れていく。

 

 そして、その綻びはどんどん広がっていった。

 ある時、私のLINEグループでの一言が誰かを不快にさせたらしい。サークルのメンバーとの関係はぎくしゃくし始めた。直接悪口を言われたわけじゃないけど、返事が減って、誘いも来なくなって、気づけば私は「いてもいなくてもいい人」になっていた。

 

 あの時期、誰かと話すことでさえ怖かった。

 どんな言葉が地雷かも分からないまま、表面だけ明るく振る舞って、笑って、でも心の中ではずっと、「私って、要らないのかな」って思ってた。あまつさえ、「自分が消えたら、誰か気づくのかな」なんて。

 

 そんなある日の放課後、誰もいないサークル棟の片隅で、一人で座っていた。

 何もしたくなかった。ただ、目を閉じて世界から切り離されるのを待っていた。

 

 そのとき、不意に足音が近づいてくる。

 

「……お前、最近あんま見ねえなって思ったらこんなとこにいたのか」

 

 目を開けると、そこには湊先輩が立っていた。

 いつも通りの無愛想な顔。眠そうな目。だけど、その視線だけがちゃんと私を見ていた。

 

「……あんまり見ないでくださいよ。別に何もないですし」

 

 私は冗談っぽく笑ったつもりだった。

 でも、湊先輩はそれには乗らず、ただ静かに言う。

 

「飯、食ってないだろ。顔色悪い」

 

 その言葉に、胸が詰まった。

 

 誰も気づかなかったのに。誰も見てくれなかったのに。

 笑顔の裏の“私”にちゃんと目を向けたのは――この人が初めてだった。

 

 それから、彼は黙ってリュックからおにぎりを差し出した。

 塩むすび。コンビニの一番シンプルなやつ。

 

「せめてこれだけでも食っとけ。倒れたりでもしたら元も子もない」

 

 その言い方は優しくもなんともなかった。共感も慰めもなかった。

 ただ、さりげなく差し出されただけ。

 

 でも、その何気なさと私を見てくれていることが、何より涙が出るほど嬉しかった。

 

「……先輩、ほんと不器用ですね」

 

 そう言って泣き笑いみたいに笑った私に、湊先輩は一言だけ返した。

 

「うるせぇ。食え」

 

 その瞬間、喉の奥がぎゅっとつまって、私は涙をこらえるのに必死だった。

 心の中にずっと溜まっていた黒い水が一瞬だけ、光に透けた気がした。

 

 あの瞬間からだった。

 私の世界で、“蓮見湊”がただの人じゃなくなったのは。

 

 この人だけは、私をちゃんと見てくれた。

 

 それが嬉しかった。嬉しすぎて、同時に怖かった。

 だって、もしこの人が他の誰かに同じことをしてしまったら?

 

 同じように救って、同じように優しさを与えてしまったら――?

 

 いやだ。

 そんなの、絶対いやだ。

 “私だけのもの”じゃなきゃ、意味がない。

 

 だから私は、誰よりも深くこの人を知りたいと思った。

 私の事を見てくれて、分かってくれたから、今度は――私も貴方の事を分かっていると教えてあげる番。

 

 先輩がどれだけ私を救ったのか。どれだけ特別なことをしたのか。

 そして、私がどれだけ貴方を手放せないか。

 

 先輩。

 貴方は何も気づいてないかもしれないけど――。

 

 私はもう、とっくに先輩のことしか見えてないですよ。

 

 

 

 

 

 だからこそ、知らない女が先輩の家で、あまつさえ手料理まで振舞ってもらっているなんて事実が私は許せなかった。許せるわけがなかった。

 

 ――なんで、その女だったの?

 私の方が遅れて見つけたかもしれない。それでも、誰よりも先輩の良さについて理解しているのは絶対に私。

 

 あの春の、あの日の空気。私がどんな風に救われたのか、きっと先輩はもう忘れてる。あの人にとっては、ただの一人の後輩に声をかけたくらいのどうでもいい日だったのかもしれない。

 

 でも、私にとってはあれが全部の始まりだった。

 

 何をしても空回りして、誰とも上手くいかなくて、家に帰っても部屋は暗くて、ご飯の匂いも、誰かの声もない。そんな日々の中で、あの日の先輩の何でもないような優しさがどれだけ沁みたか分かってる?

 

 ただ話を聞いてくれた。

 ただ側に座ってくれた。

 ただ私に気付いてくれた。

 

 それだけなのに、私の中の何かが溶けて、ほどけて、泣きそうになった。

 

 だから、もうあの人は私のものだよね?

 そんなどこからともない暴論も、私はおかしいとすら思えなくなっていた。

 

 私は終わらせない。この関係を。あなたとの繋がりを。

 絶対に、私からは終わらせない。

 

 じゃあどうするか。どうやったら、あなたの“今”を全部知れるのか。

 

 簡単だった。

 

 湊先輩の帰宅時間はだいたい夕方の五時半から六時。

 大学から少し歩いたところの住宅街の一角にある、古めのアパート。

 その裏通りに回ると、ベランダの灯りが見える。

 

 駅で見かけた時、買い物袋の中に入っていた近所のスーパーのレシート。

 日付も時間もしっかり残っていた。そこから割り出した生活圏とルート。

 

 二駅離れた場所にある、ちょっと広めのスーパー。

 多分、大学の帰りかバイト終わりに寄り道してるんだろう。

 だから私も、週に何度もそこに立ち寄るようになった。

 

 たまたまを装った出会いなんて、実は全部“計画的”だったんですよ、先輩。

 

 偶然を装って、何度も会って、「わー、また会いましたね」と笑って、そしたら家に招いてもらって、食事をして。

 そうしてやっと、貴方の中に少し入り込めたと思ってたのに。

 

 どうしてその女が先だったの?

 誰?どこの誰?

 どうしてその人にはそんなことできて、私は“二番目”だったの?

 

 ずっと、ずっと先輩を見てきた。

 いっつもやる気がなさそうで、静かで、でも気づけば誰よりもちゃんと人を見てる――そんな貴方を。

 貴方の優しさに救われた私だけが気づいてる顔が、たくさんあった。

 

 気づいてほしい。

 私はこんなにも、先輩のことだけを見てるって。こんなにも、先輩にだけ執着してるって。

 

 他の誰にも渡さない。他の誰にもあの優しさを与えさせない。

 

 だって、私だけのものなんだから。

 

 だから、私だけが知ってると思ってた。

 

 地味で冴えなくて、でもちゃんと見てる人。誰にも媚びないのに、嫌われない人。気を使ってるようには見えないのに、誰よりも周りを気にしてる人。

 

 そんな人があっさりと「あるな」なんて、過去の女の存在を認めてみせた。

 まるで何の意味もないみたいに。

 

 その時、私の中で何かが裂けた音がした。

 

『――はっ?』

 

 気づいたときにはもう口に出していた。声は震えていたけれど、それを止めようなんて思えなかった。

 

 許さない。

 

 忘れてるなら、思い出させてあげる。

 貴方に見つけてもらって、貴方に救ってもらったのは、私だったってこと。

 

 昨日の夜、私がどんな顔で帰ったかも知らずに、平然とただ過ごしている先輩に、私は今日も笑いかけた。

 そして、心の底で静かに決めた。

 

 

 ――次は、私の番。

 

 ちゃんとわからせてあげる。私の気持ちを。

 後輩にわからされたって、思い知るくらいに。

 

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