第一話 電光石火
『次に試合を行う選手と関係者はステージまでお願いします』
待機室で瞑想を行っていた青年は、その声に顔を上げた。歳の頃は16か17と言ったところ。黒髪を短く刈り上げた鋭い目つきの整った顔立ちは、試合の緊張に少し硬い表情を浮かべている。
「さて、お前さんの出番だ。この試合でもやることは、わかってるな、エイル?」
「……ええ、わかってます。こいつを信じて、とにかく撃ち込む。できるのはそれだけですからね」
傍らで声をかけるコーチに返事を返し、立ち上がったその背丈はその歳の平均的な身長より大分高い。袖の裾から窺える腕や脚も良く鍛えられているのがよくわかる、筋肉質なものである。
言いながら彼が見つめたのは、腕輪の姿をした彼のストレージデバイス。長年の相棒であり、彼が戦う唯一の術と言っても良い身体の一部のような存在。
満足そうに頷いたコーチに促され、エイルと呼ばれた青年は控室を出た。
DSAA。「Dimension Sports Activity Association」の略で、日本語表記では「公式魔法戦競技会」となる。簡単に言えば、実戦形式でモラルに反しないあらゆる攻撃が許可された戦闘競技である。その最も大規模かつ有名な大会がインターミドル・チャンピオンシップ。魔法で身体を強化して戦うのが基本であるため男女間の身体能力差を考慮する必要はないが、当然身体的接触は避けられないため男子部と女子部に分かれている。
各管理世界で地方予選が行われ(ミッドチルダ中央部の場合は地区選考会、体力測定、健康チェック、軽いスパーリング等の実技を経て地区予選の組み合わせが決まる。普通はノービスクラス、成績優秀者はスーパーノービスやエリートクラスからのスタートとなり、より上位になるに従い予選突破までの試合数が減る。形式はトーナメントによる勝ち抜き戦。最終的にミッド中央部17区から20人が都市本戦へ進むこととなる)、更に世界単位での本戦(ミッドチルダの場合は予選を勝ち上がった20人によるトーナメント戦が行われる)、続いて各管理世界の代表が戦う世界代表選、その優勝者は実質的な管理世界最強の10代となる。
危険行為やモラルに反した攻撃等(金的や目突き、言葉やジェスチャーによる過度の徴発や罵倒)に関してはルールによって禁止されているが、専用の強固な防御魔法である「クラッシュエミュレート」によって選手は守られている事から基本的にあらゆる攻撃(打撃関節投げ等の近接攻撃から実体の刃物を用いた斬撃打撃、魔法を用いた射撃拘束まで実戦とほぼ変わらない内容)が許可され、クラッシュエミュレートによって実際の身体的なダメージを抑えつつ受けるはずのダメージを体感できる(打撲火傷切り傷等から、骨折に至るまで)事から、実戦さながらの臨場感で本気の戦いが展開される。
彼、エイル・テスラが参加するのはミッドチルダ中央部で開催されるインターミドル・チャンピオンシップ公式地区予選。毎年激戦区とされる会場であり、この年も様々な猛者が男子部女子部共に集い、己の技を競い合わせていた。
エイルは過去2回の参加経験を持つ選手であるが、未だ予選より先に進んだことはない。しかしその技術には参加時点から定評があり、本戦出場を決めた選手たちの中でも彼を評価する者は少なくない。今回も彼は手堅い勝ち星を重ね、ベスト8にまで駒を進めていた。そして今目の前にいる対戦相手は昨年の大会で見事予選を突破し、本戦で活躍した強豪だった。
(……相手は、近接戦闘が得意な選手だったな。苦手な類ではあるが……)
頭の中で戦い方をまとめながら、ステージに登る。顔を上げると、既に対戦相手はバリアジャケットとデバイスを展開した臨戦態勢を整えていた。軽鎧のような見た目は接近戦に備えバリア強度を重視しているようで、デバイスなのであろう両手の手甲もかなり分厚い。彼もまた、自身のデバイスである腕輪を握りしめる。
「行くぞ、ファルケ」
腕輪が展開し、装甲に覆われた大型の拳銃に姿を変える。同じ物が両手に一つずつ。それが彼のデバイス、ファルケ。同時に体を魔力光が包み込み、バリアジャケットを形成する。その形は時空管理局の制服に似ていたが、本物より全体的に薄手であり、動きやすいように見える。
審判のチェックが終わり、互いに開始位置まで前進する。そして双方の選手の紹介の後、遂に開始の時が来た。
『試合開始!』
「ブリッツクーゲル装填。射撃開始……!」
三角を持つ青色の魔力光を放つ魔法陣がファルケのバレルを包むように展開され、内部に半実体の魔力弾が瞬時に生成される。
即座にトリガーを引くと、バレル内に展開された加速用魔法陣に沿って加速された、電撃を帯びた魔力弾が、文字通り弾丸のような速度で射出された。
対戦相手は手甲を構えて難なく射撃を防ぐが、射撃を行ったエイルの姿は既にそこにない。
左側面からの銃撃音に、咄嗟に構えた左腕にまた半実体弾特有の乾いた衝撃が伝わる。後ろを振り向くと、視界の端を高速で移動する人影が辛うじて捉えられた。
「ブリッツシュリット、連続発動……!」
エイルが地面を踏みしめる時、その脚が青く光を放つ。その度に彼の身体は爆発的な勢いで加速し、瞬時にその立ち位置を変える。瞬間的に付与した強力な身体強化によってステップを行い、まるで瞬間移動のような勢いで彼はステージを駆け回る。
その合間合間に行われる射撃は正確無比であり、単純な直射であるにも関わらず一発一発が確実に防御の隙間を狙い撃っている。電気変換資質によってスタン効果を付与された弾丸は、それ自体に大した威力はなくとも確実に受ける側の体力と持ち点を削っていく。これが、エイル・テスラの戦い方である。
しかし対戦相手の選手も冷静だった。
開幕はエイルの射撃精度と速度が予想以上だった事に軽く面食らったが、すぐに体勢を立て直す。
更にブリッツクーゲルの威力を値踏みすると、ラウンドシールドを展開して弾丸を防ぎつつ、行動範囲を塞ぐようにジワジワと距離を詰め始める。
側面を取ろうとエイルは駆け続けるが、その移動先を牽制するように中距離射撃で同時に牽制を行うことで、安易な回り込みを許さない。
ポイントはまだエイルが優勢だが、彼は追い込まれつつあることを自覚していた。
(流石に一筋縄じゃ行かない。ラウンドの終了まではまだ時間があるか……?)
思考を纏めるためにふと足を止めたエイルの隙を、相手は見逃さなかった。エイルのものより直接的かつ大出力の身体強化を用いた踏み込みにより、ミドルレンジからクロスレンジまで一気に距離が縮まる。
「はああ!」
勢いと身体強化を乗せた魔力付与打撃。ストレートパンチの形で打ち出された拳を、逆手に持ち替えたファルケの装甲部分を縦に揃え受け止める。手甲と拳銃の装甲がぶつかり合い、ステージに轟音が鳴り響いた。
「ぐぅっ!」
踏み止まれず、うめき声と共に身体が後ろに滑る。更に踏み込み、逆側から繰り出されたボディブローに再び両手のファルケを使い、体格を生かし上から体重をかけて受け止める。しかし相手の追撃は止まらず、ようやく捕まえたエイルを逃がすまいと連打を浴びせ、追い込んでいく。
(こんな序盤で使うつもりはなかったんだが……!)
浴びせられる連打の一つ何とか弾き返し、前向きに持ち直した右手のファルケを相手の足元に向け、引き金を引く。撃ち出されたブリッツクーゲルの弾丸が着弾すると、相手選手の足元から強烈な雷光が迸った。
「っ!?」
ダメージと驚愕に怯んだ相手からブリッツシュリットで一気に距離を取り、構えを取り直す。ダメージは連打を受けた時点で逆転されていたが、先の一撃でまた優勢に引き戻していた。
態勢を立て直しながら相手選手は先の一撃に思考を巡らせる。あれほどの威力の炸裂弾をチャージしている様子はなかった。ならば何かカラクリがある。地面に何か……?
再び連射される弾丸の雨を凌ぎながらステージを注視すると、弾き返されるとすぐに消滅する弾の他に、消えずに地面に残っていものがある。小さく紫電を放つそれが、先の一撃の正体であると彼は勘付いた。
ドンナーシュラーク。エイルが奇襲のための切り札とする魔法である。予め魔力を込めた弾を地面に転がしておき、そこにブリッツクーゲルを命中させることをトリガーとして電撃を纏った魔力爆発を起こす。それほどたくさんの数を設置することは出来ないが、銃撃で意識を逸らされた状態で設置場所まで誘導されれば気付くことは難しい。地味ながら相手からすれば厄介な攻撃である。
エイルは不意の突進を、相手選手は奇襲を警戒したまま膠着状態が続き、第1ラウンドはエイルが優勢を保ったまま終了した。
「マズイな……」
セコンドの元に戻りながら、エイルは苦々しげに呟いた。
第1ラウンドは様子見を装いながら時間を稼ぐ算段だったが、対戦相手の予想以上の突進力を前に手札を使わされてしまった。しかもブリッツクーゲルは殆ど体に直接命中しておらず、スタン効果も殆ど発生させられていない。ポイントの優勢も仮初のものでしかなく、インターバルを挟めば体力的な部分は完全に回復してしまうだろう。
決定打になる一撃の乏しさが、彼の大きな弱点だった。
結局打開策の見いだせぬまま、第2ラウンドの開始時間が迫ってくる。コーチとはこのまま引き撃ちに徹してブリッツクーゲルをまとめて撃ち込む機会を伺う事を確認し、エイルは再びステージに立った。
『第2ラウンド、試合開始!』
アナウンスと共に、エイルは1ラウンド目と同じように両手のファルケからブリッツクーゲルを連射しながらステップを踏んで距離を離す。左右に揺さぶるようにブリッツシュリットによる高速移動を繰り返すが、相手選手は序盤のように幻惑される様子を見せない。その防御は洗練されており、手甲やバリアに阻まれエイルの放つ弾丸は一発もその身体に命中していない。また、折を見つつ地面に設置しているドンナーシュラークの元となる弾丸は的確に避けられているか、危険な位置にあると見たものは射撃魔法をぶつけて消滅させられていた。
(くそ、やはり気づかれていたか)
小さく舌打ちをしつつも表面上は動揺を見せず、エイルは愚直に射撃と離脱を繰り返す。しかしその立ち位置は徐々に、相手の誘いによってステージ端に追い込まれつつあった。
相手選手は立ち位置を確定すると、地面に設置された弾丸を対処しながら時を待った。実の所彼の側も余裕があるわけではなく、まだ影響は小さいがスタンの蓄積によって体が痺れ、確実に動き辛くなりつつあった。単純な速度を比べればやはりエイルの方が速く、追いかけるだけでは無駄に消耗するだけである。だからこそ、致命打になる一撃をそろそろ叩き込まねばならない。エイルは地面に弾丸を設置する際、目眩ましのためか顔を狙って射撃を行う傾向があった。その時はつまり銃口が一つ下を向いているという事であり、またチャージ時間のかかる魔法が片方のデバイスを占有しているため射撃の圧が一時的に下がる。その時が来るのを、彼は待ち続けた。
(今地面に残っている弾は一発だけ。対処されるとしても、動きを阻害するために置かない訳にはいかないか……?)
逡巡しつつも、エイルは右手のファルケを相手選手の顔に、左手のファルケを地面に向け、左手の側により多くの魔力をチャージしつつ右手からブリッツクーゲルを放った。
その時である。今まで防御に徹していた相手選手が、防御を捨てて猛然と突撃を開始した。
「っ!?」
エイルはステップ先を探そうとするが、自身が円形のステージの端に寄り過ぎていたため逃げ場が極端に少なくなっていた事に気づいた。
(誘いこまれたのか!?)
焦りながら右手のファルケのトリガーを引き続けるが、手甲で顔を守る態勢で突撃する相手の勢いは止まらない。左側のチャージは完了したが、既に使う距離ではない。このまま格闘戦に持ち込まれればただでは済まないだろうが、押されてリングアウトなどすれば判定勝ちを狙うエイルの勝ち目は今以上に遠のく。エイルは覚悟を決め、右手のファルケを逆手に持ち直し、迎え撃つ体制を取った。
接近の為に何発かの弾丸は相手選手の身体に命中しており、スタンの度合いは先ほどよりも強くなっている。しかし彼もまた覚悟を決めて突撃を敢行したのであり、それは織り込み済みだった。
「おおおお!!」
咆哮と共に、勢いと身体強化を乗せた拳が叩き込まれる。逃げる為ではなく、踏みとどまる為にブリッツシュリットの身体強化を使ったエイルはその一撃を右手のファルケの装甲で受け止めた。
再び会場に轟音が鳴り響き、エイルの身体が弾かれるように後退する。内部機構は辛うじて機能しているが、装甲は抉れ跳び、もう右手のファルケは盾として役には立たないだろう。
「ぐうう! だが……!!」
体格の優位とブリッツシュリットの推力によって何とかリングアウトは免れた。エイルはチャージの完了した左のファルケを相手に向け、ドンナーシュラークの込められた弾丸を発射する。同時に右手からもブリッツクーゲルを放った。
相手選手はそれに反応し、防御しようと左の手甲を掲げる。だが、二つの弾丸はその直前で互いにぶつかり合い、紫電を撒き散らしながら炸裂した。
「何!?」
一瞬目が眩んだ相手の横をエイルは駆け抜けようとするが、手甲の陰に隠れていた片目はその動きを辛うじて捉えていた。右手がエイルに向けて掲げられ、数発の思念誘導弾が放たれる。エイルは何とか迎撃しようとするが、撃たれた距離が近すぎたために全てを打ち落とすことは出来ず、肩口に一発が命中した。
「っ!」
炸裂はしないが、その分衝突の衝撃が大きい。体勢がグラつき足が止まる。その隙に相手選手は距離を詰め、今度こそ完全な体勢からボディブローを放った。何とか身体を捻って直撃だけは避けるが左腕越しに脇腹に拳が命中し、エイルの身体はステージ中央に向け大きく殴り飛ばされた。
「がっ、はっ……! くそ、やられた……!」
ダウンこそ免れるも、この一撃でマイナスされたポイントはかなりの量だった。左腕もヒビが入っているとの判定であり、鈍い痛みによってファルケを持った腕が上がらない。相手選手も肩で息をしているが、その表情はしてやったりと言った調子であった。
その後も粘り強く戦い続けたエイルだったが、やはりダメージ差は大きくポイントを詰め切る事は出来なかった。最終ラウンドを越えてもポイント差は縮まらず、この年のエイルの挑戦は「ミッドチルダ中央部第5区地区予選8位」という結果に終わった。
画面に映し出された一月前の試合を、ジャージを着た数人の学生が椅子に座って眺めている。そのうち一人、試合の当事者たるエイルは傍目にも分かるほどの負け犬オーラを撒き散らしながら、簡易テーブルに突っ伏していた。
「速さでは上だった……。それ以外は全部負けてた……。こんな引き撃ち野郎どうせブーイングされてたのに、なんであんなに粘っちまったんだろうな……。『事前の対策が無ければ負けてました』って、あんな笑顔で……俺、どんな顔して握手したっけな……」
次々と湧き出してくる負の感情。
周囲は何か声をかけるべきかそっとしておくべきか測りかねていたが、結局は皆今は触れないでおこうと頷き合い、そっと距離を取っていった。
ミッドチルダ中央区立第五高等学校、通称ミッド第五高。魔法科を含む多数の学科を持つ、中央区でもそれなりに名の知れた学校である。
そして彼らが集まっているのは、ミッド第五高魔法戦技部の部室。インターミドルを含む魔法戦技大会での活躍を目指す、魔法戦技競技の部活である。
とりあえず主人公の紹介を兼ねた戦闘シーンから。
続きをどうするかはまだ何も考えていないので、何か考えていきたい所です。