何故か会話が急に全く浮かばなくなって、大した文量でもないのに凄く時間がかかってしまった。
次はやっと対戦……!
クラナガン総合運動公園・総合体育館とは、首都クラナガンの中心地から少し外れた位置に設置された広大な総合運動施設である。各種競技に用いられる専門的な施設から日常的に使用できる公園まで多様な設備を擁しており、その中にはレイヤー建造物で戦闘フィールドを構成できる魔法戦技用の専門施設も存在する。ミッドチルダ中央区U20クラブ合同魔法戦競技大会が開催されるのはこの場所であり、屋外競技場の一角に設けられた戦闘フィールドにはDSAA公式戦で用いられる円形のステージがレイヤー建造物によって構築されていた。
試合形式は完全なトーナメント戦でありルールはDSAA公式戦に則り行われる。人数の多い序盤は複数組が同時に試合を行うために複数のステージが会場内に展開され、その上で各々の選手が試合を行っている。一日目は複数組が同時に戦い、準決勝の組み合わせまでを決定させる。二日目は一組ずつ試合が行われ、準決勝と決勝戦が行われる。
試合場を取り囲む観客席の最前列に陣取ったオルカ・ニースは、今まさに始まろうとしている長身な親友の試合を見下ろしている。その視線に不安な様子はあまりなく、応援する相手の実力に対する信頼が伺えた。
『全ステージ準備が整いましたので……試合を開始してください!』
開始のアナウンスと共に、全てのステージで選手達が動き出す。彼の視線の先で親友、エイル・テスラも動いた。両足が一瞬青い魔力光を放ち、地面を割り砕く勢いで一瞬にして距離を取る。両手の拳銃型デバイス、ファルケからは即座に紫電を纏う半実体弾が連続で射出されていく。
対戦相手の選手は槍の様な刃を備えた杖型のデバイスを持った選手。パンフレットの紹介によればミッド式の魔法を使う戦闘距離を選ばないバランス型の選手であるらしい。円形のシールドでエイルの射撃を防ぎながら反撃の魔力弾を放つが、エイルの機動力を捉え切れていないらしく牽制の域を出ないものとなっていた。
「相変わらずやるなぁ」
オルカはいわゆる後方理解者面で腕を組みながらニヤリと笑う。エイルは機動力で攻撃を避け続け、対戦相手はシールドで降り注ぐ射撃を防ぎながら位置取りを探る。互いにポイントのマイナスは少なく決定打のない撃ち合いが続いているように見えるが、オルカには徐々に戦況が動いているのがわかっていた。
「あいつと互角の撃ち合いは……ちと悪手だな」
オルカの予想通り、対戦相手の足が次第に鈍くなっていく。エイルの放つブリッツクーゲルは威力自体は高くないが、着弾の度に弾丸に付与された電撃によってスタンが蓄積される。最初は俊敏に動いていた相手選手が、徐々に動きが緩慢になっていくのが観客席からでも見て取れた。恐らく身体が痺れて自由に動かなくなりつつあるのだろう。
これこそがエイルの最も典型的な勝ちパターンである。エイルの高速ステップ、ブリッツシュリットはその速度の割に魔力消費が極めて少なく効率が良いため、開始から使い続けているにもかかわらず一向に勢いが衰えない。その位置取りも徹底しており、反撃の予想される位置取りを徹底的に避けて距離を取り、紛れが生じる事を許さない。やがて相手選手が痺れを切らし、魔力弾を放ちながら近接戦を仕掛けようと前進した。
「気持ちはわかるが、速度はエイルの方が上だぜ?」
エイルは表情を変えることなく連続でステップを踏み、射撃の間を縫うを様に後退しつつ回り込む。一瞬だけ瞬く青い魔力光を纏いながら連続で繰り出される高速ステップはその名の通り稲妻を思わせた。その間にもエイルの射撃、ブリッツクーゲルの攻撃が止むことはない。接近戦を挑むために防御の甘くなったその身体に、次々と弾丸が命中する。
スタンの蓄積は既に限界に近かった。辛うじて致命傷を免れ距離を離した対戦相手だが、その動きには明らかにキレがない。
そこへ畳み掛けるようにもう一発。更にもう一発。一片の勝機すら許さぬとばかりにエイルはブリッツシュリットで巧みに死角を移動しながら射撃を浴びせる。
遂には相手選手が体勢を崩して膝をついた。完全なダウンではないが動きは止まっている。辛うじてシールドを展開し身体への直接の被弾は防ぐが、防戦一方となった相手選手は完全に動きが止まってしまっていた。
第一ラウンドが終了する頃には、相手選手の表情には明らかな焦りが見えていた。ポイント差は歴然としていたが、それ以上に試合を支配されているという焦燥感だろう。
第二ラウンドが始まっても、状況は変わらなかった。
エイルは一切隙を見せることなくブリッツシュリットを駆使してステージを縦横に駆け、ブリッツクーゲルを的確に命中させ続ける。相手選手は何とか勝機を見出そうと距離を詰めるが、エイルの速度と執拗な攻撃を前に詰め切ることが出来ない。そして距離が空いた状態での反撃はブリッツシュリットの機動力を前に余りにも効果が薄い。それでも諦めずに奮闘するが、徐々に体力も精神も削られていく。
相手選手の顔には明らかに疲労と絶望の色が浮かんでいた。息も荒く汗だくで立っているのもやっとといった様子だ。それでも尚エイルは執拗なまでに弾丸を浴びせ続けている。
やがて相手選手は俯きがちに頭を振ると、片手を上げて降参の意思を示した。審判が確認し、試合終了を告げるブザーが鳴る。
「お疲れさん! かっこよかったぞー!」
エイルは構えを解いて深く息を吐き出す。オルカの声援が聞こえたのか彼の方を一瞥して小さく笑うと、静かに一礼しステージを去っていった。
待機場所では既に第五高の部員たちとコーチが集まり、彼の帰りを待っていた。アルカが明るい声で迎え入れる。
「お疲れ様エイル! 完璧だったんじゃない?」
「さすがです! 理想通りの戦いでしたね!」
部員たちが口々に賛辞を贈る中、コーチも満足げに頷きながら声をかける。
「しっかりお前の戦いが出来ていたな。この調子で勝ち進んでいけば優勝も……」
そこでコーチは言葉を切り、周囲を見渡す。
「いや……やはりそう簡単には行かないか」
会場全体を見渡しながら漏らしたコーチの言葉に、エイルは眉をひそめた。彼もまた会場の熱気にただならぬものを感じていたのだ。
「先輩!」
声の方を振り向くと、汗だくになったヴィトニルが満面の笑みで駆け寄ってきた。彼もまた第一試合を突破したばかりのようだ。
「やりました! 勝ちましたよ!」
興奮した様子で勝利を報告するヴィトニル。その姿は無邪気で可愛らしくさえあるが、エイルはその実力には素直に敬意を払っていた。まだ荒削りではあるが、バインドや各種防御魔法を駆使した多彩な戦い方は彼にないものである。
「ああ。ヴィーもよくやったな」
「はい! ありがとうございます!」
小さく笑いながらエイルが応えると、ヴィトニルは屈託なく笑った。
一方でエイルの心には一抹の懸念が渦巻いていた。対戦相手との実力差があったことでエイルには余裕があり、対戦中他の試合にも少し目を向けていたのだが、その中に一際強い存在感を放つ選手がいた。アルト・ブレイザード。対戦表で見た対戦相手は決して弱い相手ではなかった筈だが、アルトはその力をほとんど見せることなく瞬殺してしまった。その後はセコンドの少女――ユニゾンデバイスのファフニールと共に自身の待機場所で静かに腕を組んで座っている姿が印象的だった。彼がここにいる理由は不明だが、その存在感は他の選手たちとは一線を画している。
「まさか公式戦の優勝候補まで出てきているとはな……」
エイルは静かに呟く。これは予想以上の厳しい戦いになるだろう。だがその一方で、自身の力を試す絶好の機会でもある。勝てずとも、これ程の相手との対戦ならば何か得られるものがあるかもしれない。
厳しい表情で対戦の終わったステージを睨むエイルの傍らで、ヴィトニルはステージ上部に設けられた大型モニターに表示された対戦表を見ていた。
「さて、次の対戦相手はっと……あっ!」
ヴィトニルが声を上げ、モニターを指差す。ヴィトニルの名前の横には、トーヤ・ナカヤマの名があった。
「うわ、強敵ね……。大丈夫? 緊張してない?」
釣られてモニターを見上げたアルカが心配そうにヴィトニルを覗き込むと、彼はむしろ闘志を掻き立てられたように力強く笑う。
「確かに格上の相手ではありますけど、今回は俺の事を覚えさせてやるっていう目標がありますからね! やるぞおおお!!」
いつも元気な彼ではあるが、今回の気合の入り方は一層力が入っている。
「……ねぇエイル。ヴィー君、何かあったの?」
「この間の練習試合の時、ちょっとな……」
傍らにいたエイルに耳打ちするように話しかけると、エイルも少し圧されたように苦笑している。
「強敵相手ならセコンドがいた方が良いよね。私行こうか?」
「はい! お願いしま……」
「はいはーい。俺がセコンド入りますよー」
アルカの提案をヴィトニルが受け入れようとした時、どこからともなく顔を出したジェスターがヴィトニルの背後から会話に割り込んできた。
「うわぁ!? 急に現れるなよ!」
「アハハハ。この間不愉快な思いをさせたお詫びも兼ねてね? 俺なら選手としてアドバイスも出来るし、今回は参加してないし、丁度いいと思ったんだけど。どうだい?」
馴れ馴れしくヴィトニルの肩に肘を置きながらの彼の提案は、ヴィトニルとしては正直断りたくもあったがお詫びと言われては無下にも出来ない。
「……わかったよ。お願いする」
「任せて! 大船に乗ったつもりでいてくれよ」
相変わらずジェスターの笑顔は何を考えているのかよくわからないが、本戦出場経験のある彼のアドバイスが得られるのは有難くもある。今度は不甲斐ない戦いはしないと決意を固め、ヴィトニルは拳を握り締めた。
危なげなく一回戦を突破したトーヤ・ナカヤマは軽くストレッチを終え、腕を組んでモニターを見上げる。画面には次の対戦カードが表示されており、彼の名前の横にはヴィトニル・スカイラインの名前があった。
(ヴィトニル……あの時の選手か)
先日の練習試合見学でのやり取りを思い出しながら、トーヤはその時の印象を反芻する。話しかけられた時はその勢いに一瞬面くらったが、彼の真っすぐさには好感を持っていた。
前回インターミドルの予選で対戦した際は終始自分が優勢な戦いになった事以外はあまり覚えていないが、この大会にやってきたという事は、自分との再戦を目的にやってきたという事だろうか? そこまで考えて、流石に自意識過剰かとトーヤは苦笑した。
「相手の戦い方は大体わかってるだろうが、油断はするなよ。向こうも今回は初見じゃねーんだからな」
「わかっています。次の試合に影響を出さないよう、きっちり戦いますよ」
赤い短髪が印象的な彼のコーチが忠告するのに頷き、トーヤは深呼吸して気を引き締めた。
休憩時間を挟み、試合開始の時刻が迫る。選手たちは各々準備を済ませ、開始の時を待つ。
ヴィトニルは既にバリアジャケットに身を包み、準備万端と言った様子である。袖を捲ったブッシュジャケットの様な上下とゴーグルのついた厚手の帽子の組み合わせは、探検家を思わせる。彼の魔力量の兼ね合いもあるが、防御力にはあまり魔力を割り振っておらず機動力を重視した仕様である。
「それじゃ、行ってきます! エイル先輩も頑張ってくださいね!」
「ああ。強敵だが、勝ち目がないとは思わない。今度は実力を見せてくると良い」
珍しく少し長い言葉で励ますエイルに笑顔で返し、ヴィトニルはセコンドに着くジェスターを伴い指定されたステージへと向かった。
ヴィトニルがステージに上がると、続くようにバリアジャケットとデバイスを纏ったトーヤも現れる。両手には肘までを覆う巨大な手甲型のデバイス、身体はベルカやミッドチルダの物とは違う様式の甲冑を模したバリアジャケットに身を包んでいる。虹色に縁どられた赤備えの甲冑は、見るからに防御が厚い。
(前回はこっちの攻撃は殆ど通らなかったし、向こうの攻撃は殆ど防げなかった。けど、今回はそうはいかないぞ!)
心の中で前回の反省と今回の気合を同時に処理しながら、ヴィトニルは真っすぐにトーヤを見つめる。トーヤもその視線に気づき、小さく微笑んで見せる。
他のステージも準備が整うのを見計らい、司会が口を開く。
『準備はよろしいでしょうか? ……それでは各ステージ、試合を開始してください!』