楽しい戦闘描写のハズなのに……!
ステージの上で睨み合う二人。虹色に縁どられた赤い鎧の様なバリアジャケットを纏う選手、トーヤ・ナカヤマは両手の巨大な手甲を構えながら目を細める。厚いバリアジャケットと頑強な手甲に守られた彼に、隙は全く見られない。
対する小柄な選手、ヴィトニル・スカイラインの纏うバリアジャケットは機動力を重視しており薄い。一見何の武器も身に着けていないが、チョーカーを模した彼のデバイスは既に起動状態にあり、相手の状況や最適な魔法の展開方法を演算している。
「よろしくお願いします!」
勢いの良い挨拶と共に、ヴィトニルが前に出た。右手元には円形の魔法陣が展開され、緑色の光を放っている。
『チェーンバインド』
インテリジェントデバイスである彼のデバイス、フローズが詠唱を行い、魔法陣から四本の鎖がトーヤに向かって放たれる。一本一本がヴィトニルによって制御されており、生き物の様にうねりながら迫る鎖に一本でも捕まれば、そのまま全てが絡みつき動きを封じることが出来る。トーヤはそれに対し装甲に覆われた右手を掲げ、身体に巻き付こうとするチェーンバインドを巻き取るように右手に接触させる。当然全てが右腕に巻き付き動きを封じるが、直後彼のデバイスが小さく光を放つと砕けるように魔力の鎖は霧散した。
「バインドブレイク」
バインドの魔力プログラムに干渉し、内側から崩壊させるカウンター。トーヤの得意とする魔法の一つである。
しかし次の瞬間には更なるチェーンバインドが発動されており、今度は四本の鎖が左右から挟み込むように迫る。ヴィトニルの左手に展開された魔法陣からそれは展開されている。そして魔法陣を再展開した右手からも四本のチェーンバインドが新たに放たれ、今度は上方から二本、正面から二本。計八本のチェーンバインドが包囲するように波状攻撃を仕掛ける。
「なるほど」
小さく笑うとトーヤは姿勢を低く屈め、下がるのではなく逆に包囲するバインドの中に突進する。正面から迫るバインドを左腕の装甲で振り払い、左腕を振り払った慣性を残したまま小さく跳躍しつつ空中で横に一回転。左右のバインドを右腕の装甲で薙ぎ払う。彼のデバイス、スターダスターに触れたバインドはその全てが内側からプログラムを破壊され砕け散っていく。突進の勢いは全く緩まず、瞬く間に距離が詰まる。重装甲の上に大型のデバイスを纏っているにもかかわらず、その動きは驚く程俊敏で且つコンパクトに纏まっている。
チェーンバインドの包囲を潜り抜け、近距離にまで迫ったトーヤが右腕を構える。ヴィトニルは咄嗟に左手に展開していたチェーンバインドをプロテクションに切り替え、そのまま横に振り払った。直後にトーヤが放った拳がプロテクションと激突し、しかし逸らされるようにして軌道が逸れ、ヴィトニルの身体を掠める。プロテクションはシールドと違い強度ではなく斥力によって攻撃を受け流すバリアである。その性質上、勢いの乗った突進を逸らす様な用途ではシールドに勝る効力を発揮する。しかしトーヤは強靭な足腰によって体幹を崩さず、織り込み済みだと言わんばかりに拳を放った体勢を利用して左腕を構え、即座に右腕を引き戻す勢いでフックパンチを放つ。
「っ!」
ヴィトニルはこれをプロテクションで正面から受けつつ、威力を堪えず逆に後ろに跳ぶ。殴り飛ばされるように数メートル後退し、展開したプロテクションに目をやると、円形の靄のように展開していたプロテクションが霧散するように消えて行った。
『プログラム、崩壊しました。ギリギリでしたね』
「バリアブレイクにバインドブレイク……どっちも浸蝕が速い」
攻撃を分析したフローズが耐久予想を提示し、それを認識したヴィトニルは僅かに顔を顰めた。魔力付与のされていない単純な打撃でもまともに受け止めれば一撃、逸らす程度でも二撃が限界。一見力任せの攻撃に見えて、驚くほどに精密である。再び魔法陣を両手に展開したヴィトニルの元に、間髪入れずトーヤが間合いを詰める。その踏み込みはヴィトニルの予想より加速が早く、構えを崩さないまま滑るように前進する。
(さっきと同じ……!)
トーヤの脚運びは、通常のストライクアーツのそれとは違う形で洗練されていた。人体の構造を熟知した古武術的な深みを感じさせる、独特な巧みさを持っていた。
間合いが離れたことで様子見に入るかと予想していたヴィトニルは咄嗟に魔法の展開が出来ず、無防備なまま間合いが詰まる。今度は突進の勢いを乗せた打撃ではなく、構えを取った状態からのショートパンチ。バリアの展開は間に合わないと判断し、ヴィトニルは両腕を交差させて受け止める。
「ぐうう!!」
大きな動作ではなかったが、文字通り鋼鉄の塊を叩きつけられたかのような衝撃。防いだにも関わらず直撃でももらったかのようなダメージが発生し、ポイントがマイナスされる。間を置くことなく放たれる次の打撃は地面に身を投げ出すように転がって躱し、既に展開している左手の魔法陣から四本のチェーンバインドをトーヤに向け真っすぐ展開する。トーヤがこれを対処する間にもう一度距離を取ろうとしたヴィトニルだったが、その場に縫い付けられたように足が動かない。
見れば右足首に、白い魔力光を放つ光の環が巻き付いている。トーヤは左腕でチェーンバインドを巻き取りながら右腕をヴィトニルの足元に向けていた。絡みついたチェーンバインドは即座に崩壊し、動きを封じられたヴィトニルにトーヤが迫る。
(バインドの強度は低い、けど壊すのは間に合わない!)
プログラムの崩壊した側のチェーンバインドをプロテクションに切り替え、叩きつけられる拳を受け止める。予想していた通りバリアブレイクによってプロテクションの魔力は瞬く間に霧散していく。しかしその間に準備を終えた右手側の魔法陣からチェーンバインドを一本だけ発動させ、トーヤの身体に巻き付かせる。彼の使うチェーンバインドは魔法陣一つにつき四本までを展開できるが、本数を絞ることで強度を引き上げることも出来る。一本だけに魔力を絞れば、そう簡単に消滅させることはできない。
「む……!」
一瞬バランスを崩した隙を突き、右足首を拘束するバインドのプログラムをフローズが浸蝕し、破壊する。その直後にプロテクションが完全に崩壊し、貫通した拳が叩き潰すようにヴィトニルに迫るが、巻き付かせたバインドを手繰る事で更にバランスを崩させつつ自身の身体を懐に潜り込ませ、間合いの内側に入る事で躱す。しかしトーヤは即座に反応し、間合いが変わったと見るや間髪入れず鳩尾を狙った膝蹴りを繰り出す。ヴィトニルは咄嗟に両腕で身体を庇い直撃を防ぐが、制御が甘くなったバインドがバインドブレイクによって崩壊し、ヴィトニルは踏み止まれず蹴り飛ばされ再び両者の間合いが開いた。
(やっぱり、強い……!)
まるで巨大な岩の様な、どんな手を使っても揺るがない目の前の相手にヴィトニルは畏敬の念を抱く。
『全く通用しないわけではありません。落ち着いていきましょう』
フローズの激励に頷いたヴィトニルの表情は、未だ闘志に満ちていた。
「ふむ……」
セコンドとしてステージ脇からヴィトニルの戦いを見守るジェスターは顎に手を当てながら戦況を分析していた。彼が特に注目していたのは、トーヤが接近する際の独特の脚運びと前兆を感じさせない加速。彼の所属するナカジマジムの有名選手が使う、とある古武術の動きに似た感じがあった。ヴィトニルも基本的なストライクアーツを学んでいるとはいえ、ここまで格闘技そのものに精通した相手は厳しいだろう。
「加えてあちらの得手はバインドブレイクにバリアブレイク。DSAAの予選でヴィーが何もできなかったのも納得って感じかな」
相変わらずの笑顔でそう呟きながらも、内心は意外にも未だ直撃を受けることなく持ちこたえているヴィトニルに少しの驚きがあった。
「不利には違いない。けど、何か付け入る隙が少しでもあればもしかしなくもない、かな?」
そう呟くジェスターの傍らに、彼のデバイスであるハーメルンが姿を現す。今回は等身大の姿で現れた彼女の表情は、不満を隠そうともしない。
『どうしてセコンドなど申し出たのですか? 彼を助けたところでマスターにメリットなどないと思いますが』
「強敵の対策を集めるのは大事だよ。ハーメルンもデータ取っといてね? ……ま、お詫びも嘘じゃないけどね」
可愛い相棒の頭を撫でてやりながらも戦いを続ける二人の動きから片時も視線を逸らすことなく、ジェスターは戦略を巡らせる。
(どの攻撃も勝負を決めるつもりで放った筈だったが……思ったよりも粘る)
構えを取ったまま、トーヤは心の中で目の前の小柄な相手の評価を少し改めた。彼の得意とする魔法は実の所その全てがヴィトニルに対するメタに等しい。バインドやバリアのプログラムを瞬時に侵食、破壊する二種類の魔法。そしてあちらの苦手とし、こちらの最大の強みとなる近接戦闘に持ち込むための脚運び。今の所試合はこちらの有利に進んでいるが、それでも決めきれずにいるという手応えは否定できない。
(何より、ここまで押し込んでも全く揺るがないあの目、だ)
両手に魔法陣を展開し直し、こちらを見据えるヴィトニルの表情には未だ欠片も揺るがぬ闘志が漲っている。
第五高の練習試合を観に行った時に話した時は、好ましい選手だとは思うが実力に関しては特段注目する所はないと考えていた。しかし、今目の前にいるヴィトニル・スカイラインという選手は思ったほど簡単にいく相手ではないのかもしれない。
構えを深く取りながら、知らずトーヤは気を引き締めた。
ちょっと描写が片方に寄りすぎている感……次回で少しバランス取れると良いな。