Harry Potter Quatwizard Tournament   作:マクゴナガル命

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「……何故だ」

 

 硬貨を握る父さんの手が震えている。ぐっと握り込まれた指先が白んで、爪が掌に食い込むほどだった。

 まるで、そこに因縁の影を見出したかのようだ。激情を押し殺すように厳しく顔をしかめて、手の中を見つめる姿は酷く恐ろしく思えた。

 

「いったい、どこまで……ッ!」

 

 吐き捨てられた言葉が耳朶を打つ。その鋭さに胸が跳ね、思わず身体がすくんだ。

 どうして、こんなに怒らせてしまったんだろう……何がいけなかったんだろう?

 夜に出歩いたせい? この硬貨を持っていたせい?

 

 それとも……魔法のこと?

 

 わからなかった。理由がわからなくて、それが何より怖かった。しばらくの間、父さんは険しい顔で唇を固く結んだまま沈黙していた。

 

 やがて、視線が僕に向けられた。

 酷く重い視線だ。心の奥まで圧し込んでくるような痛みを宿した目だ。

 何かを言おうとしたのか、父さんの口がわずかに動いた。けれど、声は生まれない。何も言わない。

 すっと目を逸らすと、父さんは立ち上がって僕に背を向けた。

 

「子どもが起きていていい時間じゃない。寝室へ行って、早く寝るんだ」

 

 静かに、けれど、有無を言わせない響きが暗がりに落ちた。向けられた背中はいつものように大きくて、いつもより遥かに遠く思えて。

 逆らえない力を孕んだ声音に、僕はただ頷くしかなかった。

 

 

 家に入って、玄関扉を閉じてから、やっと息を吐き出した。

 (あが)(かまち)に腰を下ろして、そっと項垂れる。気づかないうちに息が浅くなってたみたいだ。嫌な汗で肌が湿って、少しだけ寒気がする。

 叱られたことはあっても、こんなふうに突き放されたことはこれまで一度だってない。

 

 どうなっちゃうんだろう……。

 

 ぎゅっと胸の奥が痛い感じがする。喉の渇く感じもする。誤魔化すように首を振って台所へ行って水を飲んでも、その感覚はまったく誤魔化しがきかなくて、それから布団に潜り込んだ後もずっと続いたままだった。

 不安に押しつぶされそうになりながら布団の中で膝を抱え込む。

 お腹の上のあたりがぐっと引き攣るような感じがして、手が小刻みに震えて止まらない。それをずっと耐えているうちに、次第にじんわりと目の前の景色が熱く霞んできた。

 

 怖いんだ、怖くてたまらない……。

 

 堪えきれず布団の奥に頭を埋めたとき、かすかな嗚咽が零れ落ちた。

 何が怖いのかもわからないのに。こんなことで泣くなんて情けないとすら思っているのに、どうして止められないんだろう。

 枕に顔を押し付ける。

 とめどなく溢れてくる涙を枕に預け、けれど、染み込んだ涙にじわじわと頬が濡れていくのが嫌で顎を引く。

 

 廊下の方で微かに床を踏む音がしたのは、その時だった。

 思わず口を塞いだ。ひくひくと胸が痙攣する度に、息が手のひらの隙間を押し広げるようにして音を漏らす。

 苦しい……けど、泣いていることが父さんに気づかれるのはもっといやだ。その一心で、全身を石のように固めながら、息苦しさをじっと我慢し続けた。

 

 ──来た。

 

 足音が寝室の戸の前で止まった。ゆっくりと戸が開く音。

 深く息を吐いて畳の上をゆっくりと歩く音が聞こえる。気配は僕の寝ている布団の横でひたと止まった。

 衣擦れ。

 しゃがみ込んだのか、近くから微かに息遣いが聞こえてくる。

 頭から布団に潜り込んで不自然に思われていやしないかなと、本当は起きて泣いているのなんか見透かされてるんじゃないかと、そんなことばかり気になった。

 

「──沙耶」

 

 とっさに肩が跳ねそうになった。父さんが低く語りかけるように言う。

 

「ダメな親だな……俺は。お前たちの代わりには、とてもなれそうにない」

 

 布団で遮られてところどころ聞き取れない。でも、誰か他の人に言ってるんだってことはわかった。

 “サヤ”って人だ。それが誰かはわからないけど、最初に呼んだその名前だけは聞き取れた。

 

「どうしたら、いいんだろうな」

 

 声色にかすかな震えが混じっている。普段の様子からは想像できないほど、その声は弱々しくて、諦めのようにも遠い郷愁のようにも思われた。

 泣いていたのも忘れて、僕は思わず耳をそばだてた。けど、布団越しだとやっぱり途切れ途切れにしか聞き取れない。

 

 二言、三言──。

 

 言葉はふいに途絶えて、代わりに枕元へ何かをそっと置く気配がした。

 

 父さんが立ち上がった。畳を擦る足音がゆっくりと扉へ向かっていく。

 ほとんど扉を開け閉めした音は聞こえず、廊下に出た足音は、そのまま遠ざかっていった。

 静けさの戻った部屋で横になったまま、僕はじっと耳を澄ませた。父さんは居間の方へと向かっていったようだ。

 

 戻ってくるだろうか。起きていることに気づかれてなかったかな。

 

「怒って……ないのかな」

 

 呟いた声は、かすかに反響して消えた。

 

 一分経って、二分が経って、それからしばらく様子を伺っていたけど、父さんが戻ってくる気配はしない。

 そっと布団の隙間から顔を出してキョロキョロ左右を見回す。何もいるはずないのは分かっていたけど、なんとなく見て安心できるなら、その方が良かった。

 泣いていたせいで目尻がひりついて、夜の冷えた空気が沁みる。鼻の奥もまだ熱い。呼吸をするたびに胸の下のところがヒクヒクする。

 でも、さっきみたいな怖さはもうない。ただ、腑に落ちない感じだけが消えずに残っている。

 

 身体を起こして息を吐く。ふと視線を落とすと、敷布団の上にダンブルドアから受け取ったあの硬貨が置かれていた。

 まさかと思って目を見開く。だって、返してくれないものと思ってたから。最悪、捨てられても仕方がないって考えてもいたんだ。

 硬貨は淡い光を湛えて、静かに僕を見守るように瞬いている。掌に取り上げてみると硬質な表面はひんやりとして、けれど、その奥から確かな温もりが滲んでくる気がした。

 

「父さんは、おじいさんを知ってた」

 

 少なくとも、名前だけは。

 

「でも……じゃあ、おじいさんは?」

 

 ダンブルドアも知ってたんだろうか、父さんのことを。

 そして、僕のことも……?

 

 秒針の音だけが夜を刻む。答えの出ない疑問がグルグルと頭のなかを駆け巡った。

 考えがまとまらない。疑問がだんだんと疑惑に変わっていく。それでも、その矛先がダンブルドアに向いてると気づいた瞬間、僕はそんなことを考えてしまった自分に驚いて咄嗟に頭を振った。

 

 ダメだ、決めつけていいはずない。それに、例えそうだとしても、きっと何か理由があるはずだ。

 僕には及びもつかないような何かがあって……でも。

 

「なんでだろ」

 

 なんで、父さんはあんなに怖い顔をしていたんだろう。

 わからない。

 壁か天井か、どこかそこらへんに答えが書いてあればいいのに。

 

 少しだけ開いた襖の向こう、月明かりに照らされた(さん)が青白い光を反射している。

 小屋に灯りはもうついていない。障子の向こうは暗くて、人気もない。

 

「……」

 

 父さんはまだ帰ってこない。

 硬貨を握った手を胸元に寄せて、僕はまた布団に寝そべった。眠気はないのに、寝る以外に何もすることがない。

 

 夜はまだ長いんだろうなと、ふと思った。

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