Harry Potter Quatwizard Tournament 作:マクゴナガル命
「見せたいものといっても、そう大袈裟なもんじゃない」
そう言って父さんが引くと、小屋の戸はギィイと軋む音を立てながら開いた。
小屋の中はあまり見えず入り口近くの白ちゃけた床板しか見えない。日暮れにしても妙に暗く、不思議に思って首を巡らせたとき、外壁に窓がないのに気づいた。
外からの光が入りようがないんだ。
でも、それにしたってな……なんだか獲物を待ち構えて口を開けてるみたいだ。なんて、そんなことを考えかけて思わず首を振った。
「どうした?」
眉を上げる父さんに、「何でもない」と慌てて答える。これくらいのことで、怖がってるだなんて思われたくなかった。
でも、一応、父さんのズボンにそっと指を掛けておいて、「そうか」と構わず小屋に入っていく父さんに引かれながら、僕も恐る恐る足を踏み入れた。
ひやりとした空気が肌を撫でた。それと同時に暖炉みたいな匂いがした。
乾いた板の匂いと、何かが燃えて灰になった名残みたいなのが混じってる。息を吸いこむたび、喉の奥が少しざらつく感じがして、咳が出そうになったけど我慢した。
「暗いね」
不思議と声が反響する気がした。自分の声が重なり合って、うねって聞こえる。
「いいか、そのまま掴まってるんだぞ」
父さんの声も同じだ。わんわんと、まるで洞窟のなかにいるみたいだ。
そこから、どれくらい歩いただろう。少なくとも一分は経ったかなと考えたところで、おかしいことに気がついた。
だって、変だ。僕らが入ったのは小屋だ。暗いからゆっくり歩いてるといっても、一分も直進し続けたら壁まで行き着くどころか、突き抜けてしまう。下り坂なら地下に行ってるのかもと思ったけど、平らな床を歩いているようにしか思えないし。
それに、いくらなんでも、こんなに暗くっちゃ不便すぎる。間違って工具でも踏んづけたら痛いだろうなあ。
靴裏が床を打つたび、乾いた響きがどこまでも伸びていく。掴んだズボンと床を踏む感覚と、それだけを頼りに暗闇を進んでいく。
ふと、淡い明かりが目に入った。
遠くのほうで、天井から吊るされたカンテラが点々と蜻蛉の群れみたいに灯っている。
「あれ?」
いつのまにか、床も板張りではなくなって、古びた煉瓦が一面に敷き詰められているのに気がついた。長い年月で黒ずみ、所々、欠けたりヒビが入っているけど、不思議と埃っぽい感じはしない。
先を見ようとしたけど、室内のはずなのに靄が立ち込めていて見通すことはできなかった。その靄の奥にもまたランプの明かりが点々と揺れているせいで、どこまで広がっているのかも見極めるのが難しい。
天井は高く、梁の代わりに黒ずんだ鉄骨が蜘蛛の巣のように走る。見上げると霞むほどの高さがあって、小屋の外から見たときには到底想像できなかったほど、内側に広がりがあることが見てとれた。
周囲には棚がいくつも置かれている。細長い箱がうず高く並ぶほか、ある棚には何かの牙や羽根、そしてまた違う棚には注連飾り、紙垂、錫杖のような金具から鈴まで。
初詣とか、そういった時にしか見たことのないものが多い。それがいっぱい並んでる。
香と漆と鉄の匂いが層になって鼻へ来る。整理されてはいるようだけど雑然ともしている。
廃工場の寂しさに祭具の静けさが差し込まれたような、チグハグで、でも不思議と圧倒される雰囲気に呑まれて、僕は思わず立ち止まった。
「これが俺の工房だ」
懐から何かを取り出した父さんが、それを振る。
「神具師、あるいは、杖職人としての俺のな」
横合いの炉に火が入るのを確かめてから、そばの作業台に手をついて丸椅子に腰を下ろすと、そばにもう一つ椅子を寄せて僕を手招いた。
「杖職人……?」
「魔法を使うための杖を作る人間のことだ。思い出してみろ、ダンブルドアも使っていただろう?」
台の上には小刀と、何か細長いものが布に包まれて置かれていた。
父さんが布を取ると、削りかけの木の白肌が姿を現した。
「東洋、特にこの国の魔法は本来、八百万の神や妖に由来するものだった。杖も呪文も必要とはしない。だが、西洋魔法が伝わって以来、状況が変わった」
小刀を手に木を削り始める。父さんの手は迷いがない。
「橘花の家は古くから神具師の家系でな、それで生計を立てていたんだが……時代に押されて杖を作り始めて、今じゃこっちが本業だ。時代ってやつは恐ろしい」
「えっと……?」
「要は、こいつが俺らの飯の種ってことだ」
削った木屑を払って手のひらで木を転がすと、父さんは首を傾げる僕を一瞥して目を細めた。
理解しようと頑張ったけど、東洋とか西洋とか、そういった事情はまだ難解で。それに別のことに気を取られていたのもあった。
「父さん、あれは?」
どこからか飛んできた箒が木屑を掃いて、塵取りに集めている。僕がそれを指差すと父さんはチラリと見やって、
「どうだ、働き者だろう」
「あれも魔法?」
もしかして幽霊かとも思ったけど、父さんが頷いたのを見るに魔法ってことでいいらしい。
どうやってるんだろう?
手元に集中してるはずなのに、見もせず、あんなに自在に箒を操るだなんて想像がつかない。
「慣れれば、これくらい片手間でできるようになる」
父さんはまた、くるくると木を回転させながら削り始め、しばらくすると布の上に置いた。
「これくらいでいいだろう。多少雑だが、お前に見せるためのものだからな」
「これで雑なの……? そんなふうには見えないけど」
ナイフで削ったなんて思えないくらい滑らかだ。これで雑だなんて、一体どういう基準なんだろう。
僕がしきりに指先で表面をなぞっていると、父さんは小さく咳払いをして、掌を空へ向けた。
「さあ、次はこいつだ」
遠くの方から錐が飛んできて、その手に収まる。わざと話題を変えたんじゃないかと視線を向けると、わかりやすく逸らされた。
そのくせ、耳の赤らみを誤魔化すように首筋をさすっていて、余計に照れているのがわかった。僕がじっと見ていると、父さんは一瞬だけ手元の木屑を払ってから、声の調子を整えるみたいに低く言った。
「……次の工程だ。よく見ておけよ」
父さんが手に持った錐を杖材にあてがう。と、まるで、木が自分から錐を避けてるかのように、するすると穴が開いていった。
先端と柄の両方から、ちょうど中心で穴を繋ぐようにし、無事貫通したのを確認してから父さんは席を立った。
そばの棚から長い毛のようなものを一本取って、それを杖材の横に置く。
「これは何?」
「雲龍の髭だ。龍の中でも雲を住処にする種から抜け落ちた一本だ」
「ウンリュウ……?」
父さんが怪訝そうな視線を向けてきた。
「知らないのか、日本の魔法界じゃ相当メジャーなはずだが……ダンブルドアからは?」
「教えてもらってない」
「……龍や魔法生物って言われて、それが何かくらいはわかるだろう?」
一般的な龍やドラゴンならわかるけど……魔法使いの知識としてって意味なら、答えはノーだ。
僕が首を振ると父さんは小さく首を振って、「あの老人め」と呆れたように息を吐いた。その間も手元の作業は続けたまま、杖材の狭い穴に毛を通している。
髭を通し終えたあと、中に収まりきらない分を炉の火で焼き切る。小刀を使わないのはどうしてなのかと問いかけると、
「それは、五行思想が絡んでくるんだが」
と、また難解な話をし始めた。言葉の一つひとつは耳に入ってくるのに、意味は頭をすり抜けていく。
不意にあくびが飛び出た。
真剣に話してくれているのに悪いなと思いつつ横を向くと、父さんは手を止めて、ちらりとこちらを見やった。
口元に微かに笑みが浮かんで、けれど、何も言わずに視線をまた木に戻す。
「仕方ないやつだ」
そんな声が聞こえた気がした。
「最後に仕上げだが──」
杖先に指を当て、父さんが目を瞑った。低く抑えた声で父さんが何かを呟くと、その指先から薄く光がにじみ出して、木の中へ吸い込まれていく。
意味はわからない。けれど、その響きは優しくて穏やかだ。
僕はただ見守っていた。
指は杖先から徐々に柄の方へと向かっていく。ゆっくり、本当にゆっくりと。
それにつれて、杖の木が少しずつ動きはじめた。蔦が這うみたいに先端と柄に開いていた穴が塞がり、素朴だった杖の外観にうねりが形作られる。
「流す魔力はほんの少しでいい。木と芯の境を近づけるような感覚で、あとは勝手に杖自身が調和へ向かっていく。大切なのは──」
変化はよく観察していなければ気づかないくらい、少しずつ進んでいっている。指がなぞった場所も、まだ杖全体の半分にも達していない。
確かに面白くて不思議な光景だけど、それでも、ほとんど変わり映えのない作業の単調さに、僕の目は自然と炉に揺れている火の方へ吸い寄せられていった。
あたたかい。
炉のあたたかさが染み込んできて、頬を掌に預けると、そこもじんわり熱を帯びてきた。
父さんの声は耳元に近くもあり、遠くから反響してくるようでもあり、それが不思議と心地良い。
杖の光と父さんの声と炉のぬくもりが溶け合っている。
「啓?」
「あ──と、何?」
返事をしたつもりだったのに、声が妙に遅れて口から出てきた。
父さんは一度こちらを見たけれど、すぐにまた杖に視線を戻した。
「いや、何でもない」
炉の音にまぎれてしまいそうなくらい、小さな声。呟いた声はどこか和らいで聞こえた。
炉の火がゆらゆらと影を揺らす。台の上に布を広げ、それに完成した杖を乗せてから豪は静かに傍らを見た。
「……寝たか」
規則正しい寝息が聞こえている。
腕を枕にして眠り込む姿はまだまだ子どものままで──額に落ちていた髪を整えようと手を伸ばしかけて、やめた。
疲れていたのだろうなと思うと同時、もう少し興味を引く説明ができていたらとも思った。
退屈すぎただろうか。自分たちのルーツをこの子に伝える必要があった。
だが、もう少し……。
立ち上がり、少しだけ逡巡してから、そっと啓を抱き上げる。
起きる気配はない。炉の明かりが、肩に凭れた啓の横顔をかすかに照らす。
「……大きくなったな」
足取りを静かに、工房を抜ける。暗闇のなかを戻り小屋の戸を開けると、夜気がひやりと肌を撫でた。
庭を抜け、縁側からそのまま家の中へ。寝室へ。
布団に寝かせると、小さく身じろぎした啓が毛布を抱くようにしながら深く息を吐き出した。
豪は音を立てないように部屋を出、窓の外に目をやりながら、懐から杖を取り出す。
低く短い言葉を紡ぐと、細い光が白い実像を結び、ヤマイヌの姿をかたどった。
「あの老人に伝えてくれ。“少し、話がしたい”」
南東の方角へ。
居場所をわざと教えるように、人の気配がそちらからする。窓をすり抜けた守護霊が遠くへ駆け去る姿を見送って、豪はひとつ、ため息をついた。
はたして、あの老人はどこまで見通しているのだろうと。