Harry Potter Quatwizard Tournament   作:マクゴナガル命

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 廊下を進み、台所へと向かい、やかんに豆をそのまま入れ、火にかける。やかんの口から湯気と一緒に珈琲の香りが立ち始めたとき、風がふわりと服の裾を揺らす感触がした。

 

「早いな」

 

 後ろを振り返らず、カップを()()()取り出して並べる。やかんを傾ける手はいつも通りだが、その動きに自分を落ち着けるような慎重さが滲んでいることに気づいて、豪はほんのわずかに口端を動かした。

 

 湯気の立つカップを両手に居間へ入る。台の上にカップを置き、ひとつを窓近くに寄せてから豪はその場に腰を下ろした。

 静かな夜だ。ラジオのスイッチを入れる。掠れた音、ノイズの後しばらくたって、二人のアナウンサーの声が聞こえ始めた。ナイター中継だろう。

 普段通りを意識して、珈琲を口に含む。

 

「……夜風が冷えるな」

 

 決して独り言ではなかった。それは、その言葉を聞いた相手も十分に感じ取ったはずだ。月を眺めながら縁側に腰掛けていたダンブルドアが、こちらへ視線を向けた。

 

「それとも風流に月を眺めていたいというのなら、あんたの好きだ。止めはしないが」

 

「それは、入って良いと捉えても?」

 

 鼻を鳴らして応じると、ダンブルドアは笑みを含んだ声で、

 

「では、おじゃましようかの」

 

 そう返した。

 律儀に靴を揃え、桟を踏み越えたダンブルドアが台を挟んで腰を下ろす。その手がカップに伸びるのを豪は視界の端で追っていた。

 湯気が細くたちのぼる。夜の空気に沈黙が落ちる。

 居づらい空気でありながら、けれど、ダンブルドアにそれを気にする様子はない。涼しい顔をして周囲の家具を興味深げに観察する姿に、豪は苛立つ自分を感じていた。

 

 何故、この老人を目の前にすると、自制を忘れてしまうのだろう。

 苛立ちはダンブルドアに対してだけではない。冷静さを欠いてしまう自分に対しても少なからず向けられている。

 それを自覚して視線を落とす。じりじりと明滅する蛍光灯の光に、台の上に映った手の影が定まらず震えていた。身の置きどころのない今の自分を表すかのように。

 

「悪かった……あの時は冷静じゃなかった」

 

 呟いた声は部屋の静けさに吸い込まれるように響いた。湯気がふわりと膨らんで、豪はしばしその動きを見つめた。

 

「だが正直なところを言えば、すべてを納得しきるのは俺には無理だ」

 

 顔を上げる。

 

「不死鳥を見た」

 

 青い瞳と視線が交わった。

 

「縄張りに頓着しない鳥だ。海を渡ってきたというのもあり得ない話じゃないが……今この場にアルバス・ダンブルドアがいるなら、それを分けて考えるべきではないだろう」

 

 不死鳥は啓と親しげな様子を見せていた。昨日今日、出会ったわけではないということだ。

 つまり、それは相当前から、ダンブルドアがあの子を注視し続けていたということになる。あるいは、監視と言っても良いのかもしれない。

 それを指摘したつもりだったが、こちらを見る瞳には少しの揺れさえ見出せなかった。

 

「思えば、あの硬貨も最初から妙だった」

 

 自分との繋がりを隠したいなら、もう少しやりようはある。ダンブルドアはわかっていて、アレをあの子に渡したんだろう。

 言葉が切れると同時、その余韻だけが残った。そして、その静けさこそ何よりの答えに思えた。

 

『六回裏、ツーアウト満塁──』

 

 途切れがちなラジオの声が、部屋の隅からぼんやりと聞こえる。時計の針が進む音と重なり合い、時間だけが粛々と進んでいく。

 その隙間を縫うように、ダンブルドアの声が低く落ちた。

 

「……わしへの不信は、拭えぬままかね?」

 

 ただ確かめるような響きだった。

 

「不信か……いや、責める気はない」

 

 言って、カップの液面に目をやると、先ほどまで立ち昇っていたはずの湯気はいつのまにかなくなっていた。

 

「結局、すべて俺に決断させるためだったんだろう? あの子と魔法との繋がりなんて、切ろうと思って切れるもんじゃないからな」

 

「じゃが、君たちに無用な負担をかけてしまった」

 

「違うな。本当はもっと早くに受け止めるべきものだった。魔法も、あの子自身のことも、俺が教えてやらなきゃならないことだった」

 

 ぬるくなった珈琲をゆっくりと飲み下す。舌の上に広がる苦味に少し眉を顰め、短く息を漏らす。

 ただこちらを見つめるダンブルドアの視線に気付きながらも、今はそこに不快をあまり感じていない。

 

「あの子の魔法を見たか?」

 

 問いかけもまた、思ったよりもあっさりと口をついて出た。

 

「杖も呪文も用いず、周囲を統制するあのさまを。同じ芸当ができる人間は少なからずいるだろうが、あの年代であればどうだ?」

 

「さよう。まさに驚くべき──畏怖に値する才能じゃ」

 

「悔しいが、俺の手に余る……そして、それは魔法処であろうと大きく違いはないはずだ」

 

 “魔法処”と聞いて、ダンブルドアが眉を上げた。

 懐から取り出した書状を台の上に滑らせると、それを手にしたダンブルドアが中身を開いて一瞥する。

 

「そうか、こちらは四月じゃったな」

 

 口元に手で触れ、長い髭に指を通す。

 半月型の眼鏡の向こうで、その瞳が深い思惟の色を帯びている。

 

「本来なら使いを寄越すのが通例のはずが、紙切れ一枚届けて終わりだ。これほど軽んじられるとはな」

 

「彼らは、それほどまでに恐れておるのじゃろう。光か闇か、予言の指し示すあの子の可能性にな」

 

 ダンブルドアは続けて言う。

 

「先の未来ほど恐ろしいものはない。しかし、さまざまな道の先に未来が広がるからこそ、何が岐路になるかなど過ぎてみなければわからぬ。かく言うわしも、幼き日にキャンディーなるものに出会わなければ、今頃虫歯に苦しんでなどおらんかっただろうにとよく思うておる」

 

 ラジオの歓声が一瞬だけ跳ねて、すぐノイズに沈んだ。豪はひとつ息を整え、乾いた唇を軽く湿らせた。喉の奥に、言い淀んできた問いが残っていた。

 

()()()なら、正しく導けるか?」

 

 紙が擦れるかすかな音。ダンブルドアは書状を丁寧に畳み、台の端へ寄せる。

 

「魔法を教えることならできよう。じゃが、わしの背中をあの子は追うまい」

 

 それは()の役目だと、青い瞳が優しく、そして、明瞭に語っている。

 

「……そうだな」

 

 時計の針が一度だけ乾いた音を立て、台所でどこかの管が細く鳴った。窓に風が吹き付ける。春の疾風が近づいている。季節の巡りを伝えるように。

 

「ミルクと砂糖をもらってもよいかのう? ブラックはちと苦手でな」

 

 豪は答えず、冷えた珈琲をひと口啜る。夜はまた穏やかなところへ戻っていった。




書いていて思ったんですが、炎のゴブレットだけで話完結しないので、もしかすると題名詐欺になってるかも知れないなと。
炎のゴブレット編が終わったら、考えますね。
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