Harry Potter Quatwizard Tournament   作:マクゴナガル命

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 夢から覚める感覚は水底から浮き上がる感覚に似てるなって、よく思う。

 瞼の裏に日の光を感じて、ふっと目を開けると、すでに外は明るくなっていた。空気もあたたかで、寝ている間に捲り上げたのか服の袖口が肘より上にある。それでも寒さは感じない。

 気だるく身体をゆっくりと寝返らせて、指を目に押し当てる。瞬きを数回して視界のかすみをなんとか追い払うと、壁際に目を向けた。

 

「……八時」

 

 壁掛けの時計は、まだ“8”の字を少し過ぎたあたりで、のろのろと針を進めていた。

 いつもなら、もっと早くに起きてるから、こんな時間まで寝ちゃったのかと少し驚く気持ちがあった。

 

 でも、もう少しだけ寝ちゃおうかな。

 

 この時間なら、父さんももう仕事を始めているだろうし、あと少しなら寝てても怒られないはずだ。

 袖口を手首までおろして、掛け布団を掴み首元まで引き上げる。けれど、目を瞑って少し経ったあたりで、ふと何かを忘れてる気がした。

 

 ……なんだっけ?

 

 ぼんやり考えたけど、これといって思いつかない。それほど大切なことじゃないのかもしれない。

 だって、大切なことだったら忘れないはずだ。玩具屋に行く約束を父さんとしたときなんか、自分で狙ったわけでもないのに四時半には起きれてたんだ。

 考えてみると、父さんより早く起きたのは、あれが初めてだった。

 驚いた顔してたっけ。

 

「父さん……?」

 

 不思議と思い浮かんだのは驚き顔じゃなくて、優しく微笑むような顔だった。揺れる火にぼんやりと照らされて、手元に集中していた父さんの目が不意にこちらへ向けられて、それを見返す僕に、ふっと口元を緩めた瞬間の。

 顔に寄せた腕の袖口から、木を燃やしたあとみたいな匂いがする。それから、漆と……墨のような。

 それを感じ取った瞬間、昨日の夜にあったことが瞬く間に蘇った。

 

「夢?」

 

 だとしたら……?

 

 冷や水を浴びせかけられたかのように背筋を震えが走った。布団を跳ね除けて立ち上がり、けれど、そこからはゆっくりと入り口の扉に近づいた。

 気だるさなんか消え失せて、眠気なんかもうまったくない。その代わりに、自分がどれほど焦ってるか見つめ直すだけの余裕もなくなっていた。

 ドアストッパーに当たった扉が軽く音を立てる。扉を開いた先はいつも通りの廊下が続き、浅くなりかけた呼吸を整えてから足を踏み出した。

 父さんに会って話をしないと……確かめないと。

 でも、もし夢だったら?

 

 そんな考えが延々、壊れたラジオみたいに頭のなかで反芻されている。それを振り払おうとするたび、足が勝手に前へと急ぎ出して落ち着きを失っていった。

 まずは居間を覗いた。けれど誰もいない。カーテン越しに入ってくる日の光が細かな埃をキラキラと浮かび上がらせている。

 台所はどうかと見てみても、やはり誰もいない。虫が寄ってこないように網のカバーを被せられた朝食が台の上で静かに並んでいるだけ。

 風呂場もトイレも、それから、もういっぺん寝室も。全部の部屋を覗いてはみたけど、そのすべてが空っぽだった。

 

 全身を巡っている血が、徐々に冷えた水に置き変えられていくような感じがする。けれど、胸の鼓動だけは落ち着くことなく、むしろ一層うるさく耳の奥を叩き続けている。

 小屋にいるのかもしれない。いや、きっとそのはずだ。

 

 玄関へ向かう足が泥に沈んでいるかのように重く感じた。

 靴を掴んで足を突っ込む。普段は靴紐なんか気にもしていないのに、今は時間をかけられされすればなんでもよくて、じっとこねくり回した。

 先送りにしても何にもならないのに。わかってはいても、玄関を抜けたら否応なしに結論を叩きつけられるような気がして、不安だった。

 片側を結び終え、もう片方に指をかけた、ちょうどそのときだった。

 ガチャリ、と音を立てて玄関の扉が開いた。僕が開けるのなんか待つ暇はないとでも言うように、予告もなく唐突に。

 

 外気と一緒に父さんが立っていた。不意を突かれたように目を丸くして、こちらを見た。

 

「どうした……?」

 

 と、問いかけられた。

 

「体調が悪いのか?」

 

 首を振る。それ以外は答えようとしない僕の様子を心配してか、父さんがしゃがみ込んで目線を合わせようとした。

 

 でも、なんて言ったらいいだろう?

 

 何か言わなきゃと口にしかけて、すんでのところで喉に詰まる──もし昨日の夜のことが全部、夢だったとしたら。

 “杖作り”や“魔法使い”なんて言葉を出したりなんかしたら、その瞬間、取り返しのつかないことになるんじゃないか。

 

 サンダルを履いた父さんの足先だけを見つめていた。しばらく黙ったまま、十秒か二十秒か、それくらいが経ってようやく、何かに思い当たったように「……なるほど」と父さんが呟いた。

 ため息をついてから、後ろ髪をがしがしと掻く。

 

「……悪い、考えが足りなかった」

 

「父さん?」

 

 次の瞬間、僕の頭に大きな手が置かれる。そして、そのまま、ぐしゃぐしゃ掻き混ぜるみたいに撫でてきた。

 

「うわっ!」

 

 父さんの顔を見上げるとぶっきらぼうに目を細めて、それでもどこか優しい表情をしていた。

 

「安心しろ。夢じゃない」

 

「え?」

 

「昨日の夜にあったことだ。杖を作ってみせただろう?」

 

 その言葉に、張りつめていた力がふっと抜けて、僕はぐったりと力を落とした。

 

「大袈裟だな」

 

 笑って言う。

 

「だって、まだ昨日のままだったらって思ったら」

 

「それが大袈裟だって言うんだ、男だろう? どんと構えて、それでも取り合わない強情っぱりがいたら一発張り倒してやればいいんだ」

 

「それって、父さんをってこと?」

 

「俺が強情っぱりだって言いたいのか」

 

「先に父さんが言ったんじゃない」

 

 互いに少し笑い合う。

 父さんに手を引かれながら立ち上がる。靴を脱ごうとしたものの、うまく脱げなくて、よくよく見たら自分が思っていたよりもうんとキツく、靴紐を締めてしまっていた。

 うまく脱げないはずだ。

 一つひとつ緩めていって足をすっぽり引き抜く。そうしてようやく、悩みごとの全部が解けたような感じがした。

 

「おはよう、ケイ」

 

 居間に足を踏み入れると、ダンブルドアが当然のように台の前に腰を下ろしていた。ゆったりと、お茶の注がれた湯呑みを啜って「よく眠れたかの」と笑いかけてくる。

 僕もつられて「おはよう」と言いかけて──一拍遅れて、心臓が跳ねた。

 

「だ、ダメだよ、おじいさん! 父さんに怒られちゃうよ」

 

「君のお父上から、泊まっていくよう言われたのに?」

 

「え!? そうなの?」

 

 慌てて振り返ると、後ろから入ってきた父さんが渋い顔で頷いた。僕は戸惑いながら畳に膝をつき、そのまま腰を下ろす。

 

「わしが困っておるのを見かねて、手を差し伸べてくれたんじゃよ」

 

「ああ、夜道で転んでしまいそうだの、老人は眠くなるのが早くていかんだの、催促されて仕方なくな。さすがは英国紳士だ。礼節というものの扱いに長けてる」

 

「わしはそう大した人間じゃない。あまり褒めんでおくれ」

 

「褒めてはないと思うんだけど……」

 

「まったくだ」

 

 父さんがふんと鼻を鳴らして、僕の方に目配せをした。

 

「朝食は?」

 

 僕が頷くと、父さんは台所に向かい、冷めた料理を温め始めた。

 レンジの低い作動音が響く。

 そういえば、料理を温め直す魔法はないのかな? あえて使わないだけなのかもしれないけど。

 ともあれ料理を温める以外にも、食器を引っ張り出したり飲み物を注いだりと忙しそうだ。父さんの意識が他へ向けられている今がチャンスと思って、ダンブルドアのそばに寄って膝の辺りをちょんと突いた。

 

「……何があったの?」

 

 声をひそめて尋ねると、ダンブルドアの瞳がキラキラと輝いた。内緒話がよっぽど好きらしいや。

 

「実はな、君が寝たあと、君のお父上と少しだけ腹を割って話したのじゃ。わしがすべき謝罪と説明をし、聞くべきことを聞いた。細かいところは、彼の口から聞くがよかろう」

 

 そこまで言ったところでレンジの音が小さく鳴った。急いで離れてテレビをつける。

 朝食の乗った盆を二人分持って戻ってきた父さんが、何か感じ取ったのか眉を上げて僕を見た。

 

 ダンブルドアと僕が食べる間、三人とも必要以上には喋らなかった。父さんはといえば、テーブルに肘をつきながら、たいして面白くなさそうな顔をしてテレビを眺めていた。

 食べ終わって食器を重ねると、父さんが袖をまくりながら流しに向かう。

 僕も食器を、気を利かせてダンブルドアの分までいっぺんに運んで行くと、冷蔵庫の方を指さして「カステラが入ってる」と父さんが言った。

 

「あれの分も出してやれ」

 

 “あれ”と言ってダンブルドアを顎で指す。もてなそうとか、そういうつもりは全くなさそう雰囲気が僕はなんだか面白くって、思わず笑ってしまった。

 

「やけに、ご機嫌だな」

 

「あっ──カ、カステラ! 嬉しかったから」

 

 誤魔化そうとしたけど、多分、僕の考えてることなんかお見通しなんだろうな。父さんは軽く肩をすくめて返すと、手早く洗い物をし始めた。

 冷蔵庫から箱入りのカステラを取り出して、ナイフとフォーク、お皿を用意する。僕がそれらを持っていこうとすると、

 

「──啓」

 

 蛇口をひねる音にまぎれそうな声で、父さんがぽつりと呟いた。

 

「何?」

 

「魔法、楽しいか?」

 

 一瞬だけ言葉に迷ってから、「うん」と返す。

 父さんの返事を待ってみたけど、水の流れる音だけが続いて何も返ってこない。

 僕が首を傾げながら居間へ向かおうとした()()()()、微かな声が耳に届いた。

 

「……そうだな」

 

 振り返ってみたけど、父さんはこちらに背中を向けていた。顔は見えないまま、洗い物の手を止めることもなく、ただ水音だけが響いている。

 

 居間に戻り、カステラの箱を開ける。

 

「おおっ!」

 

 横で僕と、僕の手の中の箱とを目で追っていたダンブルドアが、思わずと言ったように目を輝かせた。

  

「これが、日本のカステラ。実に見事な黄金色じゃ」

 

 自分の分を二切れ、ダンブルドアの分は……しょうがないから少し厚めに。ゆっくりと食べ進めるダンブルドアの傍で、僕はぼんやり、さっきのことを考えていた。

 あれは、父さんにとって何か大切な問いかけだった。僕には理解できない、及びもつかないところに、きっと何かの意味がある。

 その何かが、父さんとダンブルドアとの間のひび割れを埋めて、僕が魔法を学ぶことを父さんに決意させた。

 そう思えてならなかった。

 

 ダンブルドアが言った“詳しいこと”に、その何かも含まれてるんだろうか。だとすれば早いところ、それが何かを僕は知りたい。

 そして、その気持ちは、居間に戻ってきた父さんから投げられた言葉によって現実のものとなった。

 

「魔法を学ぶ学校がある。そこから、お前宛の案内が数日前に届いた」

 

 ひとつの封筒が台の上に置かれた。手に取って、表面に押された印章を指でなぞる。

 

「魔法……(しょ)?」

 

魔法処(マホウトコロ)だ」

 

 マホウトコロ……格式高いというか、やけに古風な響きに圧されて、封筒を開く手が必要以上に慎重になる。

 僕が手紙を取り出す間、父さんは珈琲を飲みながら待ってくれていた。

 

「南方の硫黄島って島にあるんだが、日本の魔法族は皆その学校へ通うことになってる。望むと望まぬとに関わらずな」

 

「行きたくなくても?」

 

「ああ、お前が魔法に目覚めた以上は避けられない。どんな家に生まれたかも関係ない。日本で魔力を持つ者の義務として、そこへ行かなきゃならんというのが、この国のシステムだ」

 

 父さんの声は淡々としていたけれど、口の端にわずかな苦みを滲ませているように思えた。

 

「僕が……通う学校」

 

「そうだ」

 

 父さんはマグカップを手にして、深く息をついた。

 

「ただ、入学してすぐに魔法を習えるわけじゃない。初等部の間は普通の勉強と生活指導が中心だ。魔法を学ぶのは何年も先になる」

 

 わざと間を置いて、父さんは僕に視線を向けた。

 

「それまで、待てるか?」

 

 問いかけというより、確信の裏付けみたいな響きだった。僕は首を横に振ると、「……だろうな」と口元で笑う。

 皮肉まじりに見えたけど、どこか安心してるようにも思えた。

 

「なら、お前の意思に従う。気に食わんが──ダンブルドアに続けて面倒を見てもらえ」

 

「……え!? い、いいの?」

 

 思わず聞き返すと、父さんはわずかに顎を引いて静かに言った

 

「お前の様子を見ていれば、ダンブルドアとの関係性くらい察しはつく。はなから分かっていたことだ」

 

「言い争ってたのは?」

 

「あれは……啓、大人でもな、意地を張りたくなる瞬間はある。野良犬が自分の縄張りに入り込んだ余所者に吠え立てるのと一緒だ……結局、その程度のくだらん意地で、お前に心配をかけてしまった」

 

 静かに息をこぼす。

 

「……許してくれるか?」

 

 変わらず、声はぶっきらぼうなまま、けれど、その視線はただまっすぐだった。

 僕もまた、その真剣さを受け止めるように黙って父さんを見返す。自分でも気づいていなかった()()()()が胸の奥の方にあるのを感じて、それをゆっくりと平らにならしていく。

 

「僕も隠してたから……ごめん」

 

 父さんだけが悪いわけじゃない。なにより、隠れて魔法の練習なんかしてた僕のほうがいけないんだから。

 

「平日は勉強、土曜は魔法、忙しくなるぞ?」

 

「うん、だね」

 

「それで宿題に困っても、泣きついてくれるなよ。この歳で勉強なんざ勘弁だからな」

 

「わかってるって」

 

「言ったな? 忘れるなよ」

 

 苦笑しながら返すと、父さんは片眉を上げて言った。釘を刺す言葉のはずなのに、その声音は肩の力が抜けていて、むしろどこか楽しげだった。

 いつも通りの会話だ。遠慮もなく話すのは本当に久しぶりで、胸の奥がじんわり温まるのを感じて笑う。

 そのやり取りを、ひとり静かに見守る人がいることも忘れたまま。

 

 

「愛──か」

 

 ふと声に気づいて横を見ると、ダンブルドアが窓の外に視線を向けていた。白い光がレース越しに射し込んで、瞳のなかに霞のような銀色を揺らしている。

 何かを懐かしむような、あるいは羨むような視線を向けている。今見ている景色からは、遠くはるかに離れた場所を眺めるように。

 

 その姿はどこか、寂しげに映った。




書きたいように書いてたら文字数が統一できなくて…バラツキがすごいですね。
あと一話でとりあえず、この幼少期編は終了になります。
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