Harry Potter Quatwizard Tournament   作:マクゴナガル命

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016 AT RISE:

 その日は朝からひどい雨が降っていた。赤毛のウィーズリー家やハーマイオニーと一緒にタクシーから降りたハリーは、一層強くなる雨足のなか、へいこら言いながら重いトランクをなんとか引っ張って、ほとんど飛び込むようにしてキングズ・クロスの駅構内に入った。

 ハリーも他の面々も髪も服もびしょ濡れで、まるで水から引き上げられたばかりのドブネズミみたいな有様だ。

 

「せっかくセットにしたのになぁ、最悪」

 

 末っ子の女の子、ジニーが真っ赤な前髪をいじりながらぼやく。

 確かに家を出る前は滑らかにカールしていた髪が、今や雨に濡れそぼってぴょんぴょこ毛束がはねて、寝癖みたいに飛び出てしまっているんだから残念に思って当然だ。

 タオルでも貸そうかなとハリーが思いかけたとき、ジニーの肩越しに赤毛の双子──フレッドとジョージがにやりと笑ったのが見えた。

 

「ああ、まったく最悪だろうさ。朝っぱらから二時間も苦労して、セットした()()が崩れちゃな」

 

「そうそう。その間、顔すら洗うのを許されなかった我らの苦労も報われないってもんだ」

 

 フレッドが続け様に言う。

 

「しかもだぜ? 聞けよ兄弟」

 

「何だ、兄弟? ああ、いやいや、やっぱいいや」

 

 言わなくてもわかってることだった。と、双子が顔を見合わせて、また一段と悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「我らが白馬の王子様は、誰かさんの髪なんぞ見てはおられない」

 

「まったく、なんて悲劇! 別のレディにお熱ときたもんだ」

 

「ちょっとっ!」

 

 ジニーが耳まで真っ赤にして叫んだ。ジニーと一瞬だけ目が合って、けれど、すぐに逸らされてしまった。

 聞いているだけでも他人の秘密を覗き見しているみたいで恥ずかしいのに、聞かれている本人なんかもっと恥ずかしいに決まってる。それも、家族以外に聞かれてるだなんて。

 気まずいというか、不思議と申し訳なくなってハーマイオニーの方を見ると、

 

「ハリー、あなたって」

 

「言ってやるなよ。ハリーはハリーで、あの子のことで頭がいっぱいなんだからさ」

 

 何故か顔を顰めるハーマイオニーに、ロンが肩をすくめて言う。

 

「あの子……?」

 

 意味がわからず首を傾げていると、ジニーに肘で突かれたフレッドがニヤニヤ笑いながら、よろめいてきた。

 

「おっ! 悪いな、白馬の王子様!」

 

「ちょっと、それやめてって言ってるでしょ!」

 

「そんなに照れるなくてもいいだろうに」

 

「顔真っ赤っかになってるぜ? どっちが後頭部かわかりゃしない」

 

「うるさいっ!」

 

 ジニーがカバンを握りしめて足を踏み鳴らす。

 

「三人とも、おやめ。他の人が見てますよ」

 

 騒ぐ三人を見かねてウィーズリーおばさんが注意したけれど、どうやら遅すぎたようだ。

 ジニーの怒声に何事かと思ったのだろう、周囲のマグル達が、好奇の視線をこちらへ向けてきている。

 無理もない、とハリーは思った。

 なにしろ普通の生活をしていたら、ほとんど出会うことのないような特大のトランクが数個あるし、ハリーやロンに至ってはフクロウの入った鳥籠まで抱えているのだから。

 目立つのも仕方がないし、仮に彼らの立場だったら、見ていいものか躊躇うくらいには妙ちきりんな集団だと思うことだろう。

 

「“三人”なんて一括りにしないでよ! あたし、絶対悪くないもん!」

 

「喧嘩なんて始めた時点で両方とも悪いの!お兄ちゃんたちにはママからよおく言い聞かせておくから、まだ喧嘩し足りないなら後におし」

 

 収まりが効かない様子のジニーが不服そうに口を開くのを、おばさんの言葉がピシャリと打ち据える。

 そこまで言われては言い返す言葉もないのだろう、ジニーはむっつりと押し黙り、フレッド、ジョージは妙に神妙な顔をおばさんに向けた。

 おばさんはと言えば、サッと周囲に視線を走らせてから皆に目配せをした。

 

「さあ、行きましょう。あんまり時間を無駄にして、席が無くなったらことですよ」

 

「残念。俺たち、もう少し可愛い妹と腹を割って話がしたかったんだけど」

 

「お生憎様、あたしはウンザリ」

 

 おばさんにバレないよう小声でやりとりをする双子とジニーに苦笑しながら、9と4分の3番線ホームへ向けて、ハリーたちは歩き始めた。

 

 目指すホームへ行くには、9番線と10番線の間にある柵を通り抜ける必要がある。

 “必要がある”とは言っても、同じことをこの三年間で何度も経験しているおかげもあって、ハリーはもう慣れっこだった。

 

 今日は大人数だからと、おばさんが言って、何組かに分かれることになった。ハリーはロン、ハーマイオニーと一緒で、ついでに言えば一番最初。

 フクロウ二羽と猫一匹──ハーマイオニーの飼い猫で、クルックシャンクスって名前の顔が潰れたみたいになってる──なんて目立つものを持っているから、後に残すのはよろしくないと考えた末の、おばさんの采配だった。

 

「行こう、二人とも」

 

 何気無いふうを装いながら二人と一緒に柵に近づく。

 自信たっぷりな顔をしていると、他人は案外、気にしてこないもので。思ったよりも簡単に辿り着いた三人は、自然に眺めるような仕草を意識しながら視線を巡らせた。

 見られていない。少なくとも、ここから見える範囲では誰からも。

 

 なら、今だ!

 

 ハリーは荷物を抱え直すと、柵に倒れ込むようにしてするりと壁の内側へ入り込んだ。

 音もなく、感覚もない、束の間の空白──魔法使いでごった返す駅のホームがハリーたちを出迎えたのは、ほんの一瞬にも満たない暗闇の後だった。

 

 瞬きを数回して、ハリーは線路の方を見た。ホグワーツ特急はすでに入線しているようで、雨に打たれたのか紅の車体が細かな雫に濡れている。

 それでも、生徒たちが乗り込んできて走り出す瞬間を待ち侘びるように、煙突から蒸気を吐き出している。そんな汽車の姿に、ようやく帰るのだという実感が胸の内に広がるのをハリーはぼんやり感じていた。

 

「みんな、早いんだな。席埋まってなきゃいいんだけど」

 

「ねえ? 他の人を待ってるのも勿体ないし、先に空いてる席がないか探しに行きましょうよ」

 

 ハーマイオニーの言葉に頷いて、ハリーたちは汽車の方へ向かっていく。

 構内を歩くのは、それだけでも一苦労だった。蒸気で構内全体がうっすら煙っているせいで、周囲を歩く魔法使いの姿がまるで影法師のように見える。

 ただでさえ進みにくいのに、何かにぶつかるたびに籠の中のヘドウィグが鋭く鳴くものだから、気が散って仕方がない。

 やっとの思いで汽車の戸口に辿り着いたときには、三人とも人混みの中でもみくちゃにされていて、荷物は傾き、鳥かごは揺れ、クルックシャンクスは不機嫌そうに鳴いていた。

 どうにか押し込まれるように車内に入ると、車内は車内で、外とはまた違った種類の騒がしさに包まれていた。

 

 賑やかに談笑する生徒の声、逃げ出したペットを追いかける生徒の呼びかけと足音。通路の扉越しに聞こえてくる様々な声に、ロンが呻く。

 

「もうこんなに混んでるなんてな……席見つけんの苦労しそうだ」

 

 まったく、その通りだった。

 

 ハリーを先頭に三人は少しずつ汽車の先頭に向かいながら、空いているコンパートメントはないか左右を覗いていく。

 途中、パチル姉妹やネビルなんかの見知った顔も見かけたものの、すでに席も棚も埋まっていて、とてもじゃないけど三人いっぺんには入れそうになかった。

 上級生同士で固まっていたり、下級生に付き添うように兄弟姉妹が座っていたり、どうにも見つかりそうにない。

 

「ちょっと妥協した方がいいかしら」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「さっきバーバディたちがいたでしょ? 私、もう一回戻って一人だけでも入れないか聞いてくるのはどうかと思って」

 

 ここから三人で乗れる場所を見つけるのは無理があると思う──ハーマイオニーが言わんとしていることは、ハリーも十分わかっていた。

 重いトランクを抱えて歩き回っているうちに三人とも汗ばんで、気分はすっかり消耗している。

 

「ネビルのところなら二人くらいなら乗れそうだったし、戻るのもありかもな」

 

「ハリーはどう?」

 

 ハリーは少しだけ考えてから二人に首を振って返した。

 

「もう少し探してみようよ、せめて次の車両だけでもさ」

 

 それでダメだったら、そのときは諦めよう──連結部の扉を開いて次の車両へ入りながらハリーがそう言うと、ロンが軽く肩をすくめた。

 

「確かにまあ、焦る必要もないもんな」

 

「でも、おばさまもきっと私たちのこと待ってらっしゃるわ」

 

「そんなの気にすんなよ、ハーマイオニー」

 

 ロンがにやりと笑った。

 

「ママのことだ、どうせビルの髪型だの、兄貴たちのWWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)だのにご執心さ。僕らがいないことなんか気づいてないかもわからないぞ?」

 

「そんなこと言っちゃ、おばさまに失礼よ」

 

「失礼なんてことあるもんか」

 

 くすりと笑ったハーマイオニーにロンが畳み掛けるように言う。

 やれネクタイの結び方が曲がってるだの、帽子の色が似合わないだの、とおばさんから言われた小言を冗談めかして話すロンの声を聞きながら、ハリーは通路をゆっくりと進んでいった。

 

「それで言うんだ。どうにも片づけができないわねって、ほとんど兄貴のだったのに確かめもしないんだぜ? 酷いったらないよなあ」

 

 ロンの愚痴は、今や子どものころの話にまでさかのぼっている。

 

「大変だったのね」

 

「だろ? でも、肝心なのはここからなんだ。俺、言ってやったんだよ。後ろ見てよママって、そしたらさ──」

 

 ロンが得意げに続けようとしたそのときだった。

 ちょうど車両の半ばに差し掛かり、扉越しに中を覗いたハリーの視界に、思いがけない光景が飛び込んできた。

 

「待って、ここ!」

 

 ハリーは思わず声を張り上げて、ロンの言葉を遮った。

 

「ここ、空いてる!」

 

 コンパートメントの中では、黒髪の生徒がひとりだけ窓際に座りながら本を読んでいる。見る限り、ここを使っているのはそのひとりだけらしい。荷物棚の上も鳥籠が一つあるだけで、ほとんど空っぽと言える状態だった。

 

 誰だろう?

 

 年齢は、そう変わらないように見える。同じか、少し幼いくらいだろうか。

 ただ、他の寮の生徒であっても一、二学年下までなら何となくは覚えているのに、ハリーはその少年を見たことがなかった。

 

「あんな子いたかしら……?」

 

 ハーマイオニーまで首を捻っているんじゃ、お手上げだ。

 でも、この際そんなことは関係ない。座れればいいんだから。

 ハリーが扉を開けると、音に気づいた少年がふっと顔を上げた。アジア系の幼さを残した顔立ちに、焦茶の瞳が少しだけ見開かれる。

 

「あの……ここ、一緒にいい? 三人なんだけど」

 

 遠慮がちに声をかけると、黒髪の少年はゆっくりと頷いた。人好きのする微笑みを浮かべながら、落ち着いた口調で「どうぞ」と答える。

 その一言に、ようやく落ち着ける場所を見つけられて、三人はほっと息を吐いた。

 

「それじゃあ」

 

 トランクを棚に乗せてから、ロンが汽車の外を顎で示した。ホームに戻って、おばさん達に挨拶をしに行かないといけない。

 外に出る二人に続いてコンパートメントの扉を閉める寸前、ハリーは自分でもわけのわからない好奇心から、ちらりと少年の顔を盗み見た。

 本の上に視線を滑らせて、伏せた目を縁取るまつ毛が瞬きのたびに揺れている。ドアの隙間から見えたその横顔は、なぜだか胸をざわつかせた。




読んでくださった皆さん。評価・感想を下さった皆さんへ。
ありがとうございます。

地道に書こうと思っていたのが、まさなランキングに載っていたとは思いもしませんでした。
嬉しくて眠気が吹き飛んじゃいました……(^^)

まだ最新話ができていないもので、その前書きにということもできず、
でも、どうしても感謝をお伝えしたいと思い、こんなところに書きましたが……何かまずかったらまた教えてください。
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