Harry Potter Quatwizard Tournament 作:マクゴナガル命
「ママ」
「お待たせしました、おばさま」
声をかけると、ビルやチャーリーと話していたウィーズリーおばさんがこちらを振り返った。
「あら、三人とも。席は見つかったの?」
三人が頷いて返すと、おばさんの肩越しに、ビルがバレないように肩をすくめてみせた。そのうんざりとした表情からして、ロンの言った通り、髪や服装のことなんかを、しつこく言われていたらしい。
「ほら、僕の言った通──イタッ!?」
思わず吹き出しかけたロンの足をハーマイオニーが思い切り踏みつける。自分も笑いそうになっていたハリーは慌てて唇を引き結んだ。
幸い、おばさんの目は他へ逸れていて、足元でそんな攻防が繰り広げられているとは露ほども思っていないようだった。
「空いてるコンパートメントが運良く見つかって、三人一緒に入れたんです」
「そう、良かったわね。なにしろ凄い混みようでしょ?」
取り繕うようにハーマイオニーが言うと周囲の人混みを見て、おばさんがため息をつく。自分たちのように別れの挨拶をする人もいれば、今まさに壁を通り抜けてホームへ来た人もいる。遅れて到着した一団がハリーたちの後ろを足早に通り抜けていった。
「席を見つけるのも大変そうねって、心配していたところだったのよ。いつもはこんなじゃないと思ったんだけど」
あれのせいもあるのかしら、そう呟いたおばさんにロンがすかさず口を挟んだ。
「
失言に気づいたように口に手を当てて、おばさんが小さく苦笑した。また口を滑らせちゃったわ。秘密のはずなのにねえ──そんなふうだ。
チャーリーやビルと目配せした後、おばさんはゆっくりと首を振る。
ビルが戯けたような笑みを浮かべた。
「ロン、あんまり詮索するなって。楽しみが減っちゃ残念だと思わないか?」
「でもさ、夏休み中ずぅっとだぜ?」
顔を顰めるロンに、チャーリーもまた苦笑いしながら口を開く。
「まあまあ、ロン。すぐに分かるさ。それこそ多分、汽車を降りてすぐにでもだ」
「汽車を降りて?」
汽車を降りてすぐということは、その“何か”とはつまり、ホグワーツで起こる出来事ってことだ。ハリーが思わず尋ねると、チャーリーはホームから外の森や河川が雨に濡れる様を眺めて、
「そうとも、汽車を降りたらだ。僕の聞いた話じゃあ……あ、いやいや、こりゃダメだな」
うずうずと何事かを言おうとしつつ、けれど、思い直したように首を振った。
後ろからビルに小突かれて、頬を掻きながら、おばさんへ向けて肩をすくめていると、
「隠すのも楽じゃないねえ、兄貴?」
「そうだぜ、思い切ってゲロっちまえば楽になると思うぜ?」
突然、現れた双子が声を揃えて茶化した。
ハリーと肩を組むようにしてフレッドが、同じようにジョージがロンの後ろに現れて、ふたり揃って
一体いつの間にいたんだろう? まるで気がつかなかった。
「どこから聞いてたんだ?」
「最初っからさ。俺らがいたんじゃ兄貴の口も緩んでくれなかっただろうし」
その言葉に、チャーリーが天井を仰いだ。『参ったな』と言いたげにため息をつく。
「僕がバラしたなんて知ったら、パーシーに殺されちまうよ」
「だな、それは間違いない……でも、安心してくれよ、兄貴。そのバトンは俺らが引き継ぐからさ」
「兄貴の死はウィーズリー家の礎になるよ……故チャールズ・ウィーズリー氏に我らが鎮魂歌を捧げよう。なあ、ハリー?」
「え? 僕?」
戸惑うハリーをよそに、ふたりが神妙な声を装いながらチャーリーの足元へ十字を切った。そのまま胸の前で手を組んで黙祷までし出すものだから、さも亡くなった人の墓参りをしているかのようなふたりの様子に、ハリーは思わず吹き出してしまった。
「誰がお前らのための犠牲になんかなるか」
鼻を鳴らしていながらも、チャーリーも目の奥が笑っている。
「だってよ。お前も酷いこと言われたもんだな、ハリー」
肩を組みながらフレッドがそう言ってきたのを、
「弟たちよ。残念ながら、君たちとハリーとでは事情が変わってくるらしいぞ?」
今度はビルが横合いからハリーの身体を引き寄せて、さらりと口にした。
「なんせ、僕もチャーリーもハリーのためなら喜んでこの身を捧げる覚悟があるものでね」
軽くウィンクを投げかけてくるビルに、ハリーもまた肩すくめてニヤリと応じる。
「とにかく、面白いものが見られるのは約束するよ。なにせ百年ぶりの一大イベントだし、あちらさんも見栄は張ってくるだろうから」
「あちらさん?」
「て、どちらさん?」
「ヒントはここまで。さ、そろそろタイムリミットのようだ」
ビルがホグワーツ特急へ視線を向けると、その時ちょうど汽笛がボォーッと響き渡り、煙を勢いよく吐き出した。
悔しそうにうめく双子の背をビルとチャーリーが押していく。それと入れ替わるように汽車の扉から飛び出してきたジニーが、四人の様子を不思議そうに見やった。
「何かあった?」
「いいえ、なんでもないわ」
四人の輪に顔を出したリー・ジョーダンまで加わって扉のそばで騒いでいる。それを見ながらおばさんが首を振ると、ジニーは「ふうん」とハリーたちに眉を上げて見せた。
「まあ、いいけど。じゃあ、行ってくるね、ママ」
「ええ、行ってらっしゃい」
おばさんがジニーを抱きしめる。続いてロンを。
「さあ、ハリー。ハーマイオニーも」
四人ともにハグをして、名残惜しく思いながらもハリーたちは汽車に乗り込んだ。
扉を閉めると、おばさんが窓に寄ってきて、みんなの顔をひとつひとつ見てからにっこりと笑った。ビルとチャーリーも、その肩越しに手を上げる。
「みんな、お行儀良くするのよ? 先生方にくれぐれもご迷惑をおかけしないように。フレッド、ジョージ、あなたたちに言ってるんですよ?」
後ろでリー・ジョーダンを交えながら、あれこれと話し込んでいる双子におばさんが呼びかける。
「去年は四通も、あなたたちがしでかしたことのお便りがホグワーツから来たのよ、知っていて? お母さん、顔から火が出るんじゃないかと思ったんだから」
「口から火は出てた気がするな」
「ビル!」
後ろで軽口を叩いたビルに、おばさんが鋭く睨みを入れた。
「とにかく、トイレを爆発させようだとか、ダンブルドア先生の髭を三つ編みにしようだとか、そういうことを無闇に考えたりはしないこと」
「はいはい。わかったよ、ママ」
「本当にわかってるの? いい? フィルチさんがどれだけ嫌味な人だろうと、あの人の額に“
くどくどと続けるおばさんの声を、再び鳴った汽笛の音が遮った。
ピストンが大きくシューッという音を立て、汽車が動きはじめた。おばさんたちの姿が遠ざかりつつあるなか、フレッドが窓から顔を出して声を張り上げた。
「ママ、ありがとう! その発想はなかった! 去年よりはお行儀よくするつもりだけど──フィルチの頭の件は、多分一通確実だな!」
おばさんが、遠くで怒ったように何事かを言った。それを宥めるビルとチャーリー。気を取り直して、こちらへ手を振ってくる三人に、ハリーたちも手を振り返す。
ガタンと車体が揺れた拍子によろめきかけ、壁に手をつく。汽車がカーブを曲がる直前にホームの方へ視線を戻した時には、三人ともすでに姿を消してしまっていた。
ジニーや双子と別れ、ハリー、ロン、ハーマイオニーはコンパートメントへ戻る。
扉を開く寸前に、ハリーはふと思い出した。
そういえば、あの子は……。
そのまま扉を開く。黒髪の少年は定位置のまま、そこにいた。
本に集中していたようだ。顔を上げた少年にハリーたちが会釈すると、少年の方もそっと目礼を返してきた。
不思議な雰囲気を醸し出す子だ。それでも、居づらい感じはしない。最初こそ幾分か控えめに話をしていた三人も、十分も経つ頃には普段通りの賑やかさを取り戻していた。
話題といえば、やはりビルの語った“一大イベント”が何かということだ。
「百年ぶりって言ってたよね?」
ヌガーを食べながらハリーが尋ねると、ロンが渋い顔をして低く唸った。話題に食いついてくるものと思っていたのに、どうしたんだろう。
ハリーが首を傾げると、
「うへえ、鼻くそ味だ」
何かと思えば、噛みかけの百味ビーンズを乗せたまま、ロンが舌を突き出した。飲み込むべきか決めかねて、犬みたいに口で息をし始めている。
そんなロンの様子にハリーは思わず笑ってしまった。
「ちょっと、やめてよロン」
眉間に皺を寄せて、ハーマイオニーがロンの鼻先にティッシュを差し出すと、受け取ったロンが口の中のビーンズを唾ごと吐き出しながらぶつぶつ悪態をつく。
「そんなに不味いなら百味ビーンズなんか買わなきゃいいのよ」
「わかってないんだなあ。こういう不味いのがあるからスリルがあっていいんじゃないか。これだから優等生ってやつはさ」
「はいはい、どうせ私は優等生です」
言葉尻にとげはないし、どちらも本気で怒っているわけでもない。ただの冗談の応酬だ。
「まあまあ」
ハリーは笑いを堪えながらふたりの会話に声を挟んだ。
「話を戻したいんだけどさ。ビルが百年ぶりって言ってたけど、ハーマイオニーなら何かわかるんじゃないかな?」
「どうして?」
「『ホグワーツの歴史』、君、暗記してただろ?」
ハリーが探るように言うと、ハーマイオニーは少し息を吐いた。考えを口にする前に、軽く息を整えるようにして「うーん」と唸る。
「正直ね? 思い当たることがないわけじゃないんだけど」
「えっ!」
ロンがパッと顔を上げる。目が一気に輝きを帯び、身を乗り出した。
「知ってるなら、早く教えてくれよ!」
「私は思い当たることがあるってだけ。知ってるわけじゃない。あくまで、私の考えが合ってたらって話だもの」
「でも、君の考えが間違ってたこと今まであったか?」
「何回かあったわね」
そう言って、ハーマイオニーはくすりと笑った。皮肉とからかいが入り混じって、わざとらしく肩を揺らしてみせる仕草にロンが言葉を詰まらせる。
「でも、その……えと、アレだ。僕とハリーなんか思いつきもしないんだぜ?」
「だから、教えてって? 間違ってるかもしれないけどいいの?」
「いいよ」
ロンが大きくうなずくのを見て、ハーマイオニーは「じゃあ」と声を落とした。
そのまま身体を屈めて、秘密を打ち明けるときのように口に手を添える。釣られてハリーとロンが顔を寄せると、ハーマイオニーが静かに言った。
「──
車窓に打ちつける雨音に掻き消えるくらい小さな声だ。あやうく聞き逃すところだった。
「
「何だそれ」
ハーマイオニーは思わずといったように肩を落とした。
「まず、ヨーロッパには最古の魔法学校が三つあります。ハリー、あなたわかる?」
「あー……ホグワーツは含まれてるんだよね?」
「当たり前でしょ。ロン、あなたは?」
「ええと、うーん、イルバー……なんちゃら?」
「イル
“あなたたちってホントになんにも知らないのね”とでも言いたげに、ハーマイオニーは呆れ返った様子で、いっそ可哀想なものを見るような目を二人に向けてきた。
「いい? ヨーロッパの魔法学校を三つ挙げろって言われたら、それはボーバトン、ダームストラング、ホグワーツよ。三大魔法学校対抗試合《トライウィザード・トーナメント》は、その三つの学校が競い合う、お祭りみたいなもの」
「なんだかスケールのでかい話だね」
「スケールが大きいからこそ危険なの。百年前に中止されたのだって、試合に参加した代表選手が何人も命を落としたからなのよ?」
「でも、逆に言えば、それだけ熱中できる祭りってことだ」
胸の奥で心臓が踊る。心配そうなハーマイオニーには悪いけど、代表に立候補できると言われれば、絶対に名乗り出たい。ロンだって同じ気持ちのはずだ。
「そう言うと思ったわ」
ハーマイオニーが微かに息を吐き出して窓の外を眺めた。
汽車が北に進むにつれて、雨足はますます激しくなりつつある。豪雨のせいでガラスの向こうは絵の具を流したように滲んでしまっている。
「……違ってくれてないかしら」
声は今度こそ雨音に紛れ、誰かの耳に届くよりも前に溶けて消えていった。
午後になると、ネビルやシェーマスら同級生達が、変わるがわるハリーたちのコンパートメントを訪ねてきた。
夏休みの間の、特にクィディッチ・ワールドカップでの出来事は記憶に新しく、しきりに聞きたがるネビルにハリーやロン、シェーマスは熱く語って聞かせた。
中でもビクトール・クラムのプレーについてネビルは目を輝かせ、羨ましそうに聞いてくれるものだから、ハリー達もより張り切った。
ハーマイオニーは飽きてしまって『基本呪文集・四学年用』に没頭し、ハリーの隣に座る少年も同様に見慣れない文字で書かれた本に集中している。ロンは汽車に乗って早々に少年に対する興味を失ってしまったようだったけれど、ハリーは彼を完全に意識の外に置くことはできないでいた。
「そろそろ着くみたいだ。見て」
重く垂れ込めた雲の下、ホグワーツ城が近づいてくる、車窓からかろうじて城の尖塔を認め、ハリーはみんなに呼びかけると荷物から取り出したローブに袖を通した。
空は灰色で日は暮れていないにもかかわらず車内灯が点いていた。
ホグワーツ特急が速度を落とし始めた。ホグズミードの駅に停車し、外に出たとき、ハリーは左右を見回して、ホームの向かい端に立つ大きなシルエットを見つけて叫んだ。
「ハグリッド! 久しぶりっ!」
「おう、ハリー! 元気にしとったか!」
ハグリッドも雨音に負けないくらいの大声で呼びかけてくれた。けれど、その両手に見慣れないものを持っているのに気づいて、ハリーは首を捻った。
団扇のようなものだ。よく知るものよりだいぶ大きく、横幅も縦幅も常人の二、三倍はあるハグリッドが持っていてなお巨大に感じるんだから相当なものだ。
それが何かを聞きたかったけれど、ハグリッドはすでに背を向けてしまっていて、どうやら湖の方向をじっと注視しているようだった。
「どうしたんだよ、ハリー」
そう尋ねてくるロンに曖昧に返して、ハリーはホームを進む人波に混じった。
ハグリッドがああしているということは、一年生の引率はどうなるんだろうか。そんなことを思う。
子どもたちの小さな頭を探そうと視線を巡らせたとき、ハリーはふと思い至った。
そういえば、彼はどうしたんだろう?
周りを探してみても、あの黒髪は見つからない。単純に人が多いせいもあるけど、それほど暗くもないのに探し当てられないのは不思議だった。
あの少年が降りるところをハリーは見ていない。どころか、ハリーたちがコンパートメントを出たときに、彼はあの場にいただろうか?
「いなかった……?」
思い返してみても、いなかったような気がする。
いつの間にか、人が煙のように消えてしまっていたとでもいうのだろうか。
「ねえ、ロン」
ハリーが先を歩くロンの背中に声をかけたとき、
「──あれ、なんだ?」
誰かが前方で声を上げた。
「なんか、見えないか?」
最初の声に続いて、あちこちでざわめきが起こる。ひとりが呟いた言葉が二人、三人と伝播して、やがてホーム全体を包み込むようになった。
次々に生徒たちが湖の方を指差す様子に、ハリーも釣られて目を向けた。
「飛んでる……鳥?」
灰色の空を押しのけるように、何かがこちらへ向かってくる。
何か大きなもの、鳥よりももっと巨大で、翼があって……輪郭はまだ曖昧だったけど、ただならぬ大きさと存在感だけは、はっきりと伝わってきた。
「ドラゴンだ!」
ひとりの生徒が金切り声を上げた。ざわめきが次第に悲鳴混じりの声に変わる。
しかし、
「……天馬だ」
湖の湿った風がホームを駆け抜け、ローブの裾を揺らす。
呆然と立ちすくむ生徒たちのなか、ハグリッドだけがホームの端で扇を振って、天馬たちを誘導するように合図を送っていた。