Harry Potter Quatwizard Tournament 作:マクゴナガル命
息苦しい……というか、重苦しい。
思ったとおり、待合室のなかの空気は最悪だった。ダームストランが合流した後なんか、なおのこと張り詰めていた。
「懐かしのホグワーツ。いやあ、なんとも歴史を感じさせるところだな」
銀髪と山羊髭、髪と同色の滑らかな毛皮に身を包んだ男、待合室へ入ってきたイゴール・カルカロフは一見して平凡な人に見えた。
けれど、すぐに違うと気づいた。そもそも癖の強い魔法使い達の中で責任ある立場にいる人間が、平凡であるはずもない。
「やあやあ、マダム・マクシーム。いや、相変わらずお美しい!」
カルカロフの第一声はそれだった。扉の近くにいた僕になんか目もくれず、マダム・マクシームを見つけた瞬間の表情の変わりようと言ったら目を見張るものがあった。
「遅かったでーすね、カルカロフ」
「ああ、少し“見せ場”を整えるのに時間がかかりましてな」
満面の笑み、甘い声。“笑顔”って仮面がこの世にあるとしたら、カルカロフはそれを被ったに違いない──仮面を被ったところで瞳を変えることはできないから。
冷淡な光を宿したままの目は、マダム・マクシームの長身とその後ろに座るボーバトンの生徒たちを鋭く見据えていた。
ダームストラングがホグワーツに到着したのは、僕が待合室に入って数分が経った頃だっただろうか。
分厚い毛皮で着膨れした身体を揺らして、額に汗を浮かべ、薄着のボーバトン生に比べるといささか厚着しすぎな集団。制服の色も対照的で、校長の服の色も真反対。
ふたつの魔法学校が部屋を二分して、それぞれに緊張の面持ちをしている。
それは壮観ではあったけど、ひとりぼっちで彼らと一緒に押し込められている状況は正直、圧迫感も伴っていた。
「しかし、寮でわけるだなーんて、
「ああ、まったく。イルヴァーモーニーもだが、非合理に過ぎると私も思うがねえ」
校長二人だけが静かな言葉を交わしている。
「やれやれ、これではいつ夕飯にありつけるかもわからんよ」
言い方だけを見たら随分と朗らかだけど、口にした内容はどこか嫌味ったらしく、壁の時計を見ながらため息を吐いた。
「歴史とは変革するためにあるものと思われませんか? マダム・マクシーム」
それには答えず、長い指先でマニキュアの艶を確かめるマダム・マクシームの横顔に一瞬、不快そうな色が浮かんだ。
けれど、饒舌なカルカロフはそれに気づかない様子だ。
「ところで、マホウトコロの面々が見えないようだが」
部屋のなかを見回しながらカルカロフが言った。その言葉に、マダム・マクシームの指が僕に向けられた。
「何?」
指の先を追って、カルカロフの視線がようやく僕を捉えた。透明な空気の一部に、色があることに気づいたような顔をして。
礼を欠いた値踏みするような嫌な目だった。しげしげとこちらを観察したカルカロフの口元に嘲るような笑みが浮かぶ。
「なるほど。随分、マホウトコロは自信がおありのようだ」
隣でマダム・マクシームが眉を上げる。
僕が特に反応も返さずにいると、カルカロフは呆れたように頭を振って、再びマダム・マクシームとの会話に戻った。
「……」
侮りだ。そう思った。
僕に対しても、魔法処に対しても、もしかしたら、僕を招いたホグワーツやダンブルドアに対しても。
“四校の誇り”と、ダンブルドアとの会話の中でマダム・マクシームは表現した。最低限の配慮をしつつも、彼女の視線は不満げに僕に向けられていた。
カルカロフの方は、もっと露骨で敵意とすら言っても良い。
彼らが参加資格として設けた基準を満たしているから僕はこの場にいるわけだし、ひとりっきりで来させられたのだって僕が望んだことじゃない。
あんな態度をとられる謂れはなければ、僕がそれを呑みこまなきゃいけない理由がどこにあるっていうんだろう?
数分後、外からバタバタと足音が聞こえてきた。
扉を開けて飛び込んできた痩せてみすぼらしい男が、上がった息を整えながら部屋のなかを見回す。
部屋中の視線が集まっているのに気づいて、身体をこわばらせると、「時間です」と短く告げた。
その張り詰めた雰囲気に、生徒たちも一段と緊張し始めたようだ。暖炉の火がぱちりと弾けた音さえ、場違いに響くような気がした。
「でーは、カロカロフ?」
「ええ、レディファーストといきましょうか。お先にどうぞ、マダム・マクシーム」
不安そうな表情をのぞかせるボーバトン生に軽く手をあげて、すっと立ち上がるマダム・マクシーム。
カルカロフといえば、芝居がかった調子で上機嫌に返した。
ふたりとも、僕には尋ねてこない。
当然のように自分たちが優先されるものと信じて疑っていないんだろう。
「こちらへ」
先導する男に続いて出ていくボーバトン一行を見送った後、カルカロフが舌打ちをした。ハナを飾る目論見でもあったのか、苛立っているのを取り繕うこともなく低く悪態をつく。
ほどなくして、大広間の方からどっと歓声が上がった。
ボーバトンが入場したのだろう。カルカロフの眉間がさらに寄った。
「ちっ……派手にやるじゃないか」
小さく吐き捨てたその直後、近くにいた生徒がくしゃみをした。張り詰めた空気の中に鋭い叱責が飛ぶ。
「うるさいぞ、ポリアコフ!」
誰もが一瞬で息を潜めた。
扉の向こうで短くノックの音がした。全員の視線が一斉に向けられる。やがて、きぃ…と金属が擦れるような軋みとともに扉が開いた。
先の痩せた男が気まずげに顔を覗かせた。カルカロフの怒声が外まで聞こえていたのかもしれない。
「次は……」
「我々だ」
しわがれた声がひときわ静まり返った部屋に落ちると、カルカロフがその言い終わりを待たず、さっさと立ち上がった。
僕には一瞥もくれず、軽く髭を撫でながら口角を上げる。
「ようやく、私たちの出番だな」
その言葉に、近くの席で背を丸めていた少年が反応した。猫背気味の肩をぴくりと動かして、むっつりと無表情のまま、「はい」と短く返す。
少年の声には年相応の緊張が滲んでいたが、カルカロフは満足げに頷くだけだった。
「おい、お前たちもさっさと準備をしないか」
低く響く声に、ダームストラングの生徒たちが一斉に動き出し、各々が準備を始める。
ひとりが椅子の下に手を伸ばし、黒いアタッシュケースを引きずり出した。金具が外され、なかに手を入れた少年が装飾の施された金属の棍をいくつも取り出していく。
棍を受け取った生徒たちは、両手で確かめるようにそれを握りしめ、
「さあ、整列だ」
カルカロフの指示に従って、扉の前に列をなした。
重い靴音が石床に反響し、待合室の空気をわずかに揺らした。
扉が開き、一団は外へ滑り出る。扉が閉じる音がやけに大きく響き、そして、静寂が戻った。
「……はあ」
部屋の空気が少しだけ軽くな無駄感じがする……それでも、胸の奥には刺のような違和感が残ったままだ。
ダームストラングの鮮やかな真紅の色が細い線のように瞼の裏に残っている。
完全に閉まった扉の向こうから、先ほどと同様に歓声が沸き起こった。
何はともあれ、次は僕の番だ。
冷えた空気が肺の奥を抜けていく。代わりに胸の中へ戻ってきたのは、静かな鼓動の音だけだった。
「……切り替えないと」
そう呟いて、ようやく身体を動かした。とにかく、このままの格好じゃまずい。
立ち上がり、指で襟元を弾く。
わずかな音とともに服の折り目が解け、布の感触が変わっていく──私服から制服へ、変化はほんの数秒で終わり、ついで、ズボンのポケットに指を差し入れる。
「……あった。これだ」
指先に触れた布片を引き抜くと、ポケットを抜けた瞬間に重みを取り戻し、布片は漆黒の外套へ姿を変えた。
肩にかけ、前を合わせる。革靴の踵をトンと床へ。
背筋が伸びると同時に、胸の奥のざわつきがより強くなっていった。
緊張と苛立ち、それからほんの少しの期待が胸の内でせめぎ合って、心臓を叩いているような感覚がする。
「準備はいいかね?」
凝り固まった腰を伸ばしていると、後ろから遠慮がちに呼ばれた。
いよいよ僕の出番らしい。
待合室を出て、ホールを進む。大広間へ続く扉の前に立つと、横に控えていた男が恭しく真鍮の取っ手に手をかけた。
扉が重々しく開いていく。扉の真ん中を割って溢れ出てくる眩い光に目を細め、僕はゆっくりと瞬いた。
百を超える歓声のうねり、蝋燭は揺れ、雲に覆われた夜空の下で星のように浮かんでいる。
最後列の方からホグワーツの生徒たちがこちらを振り向きつつあって、その注目の只中にあるということを自覚した瞬間、耳の奥で心臓が高鳴った。
緊張……いや、違う。僕の意識は彼ら生徒には向いていなかった。
壇上、真ん中にダンブルドアがいた。
扉が開き切っていないにも関わらず、僕の目を正面に捉えていた。瞳をキラキラと輝かせて──僕の出番を待ち侘びていたかのように。
「……わかったよ。おじいさん」
胸の奥が不思議と静まる。代わりに、指先だけが熱を帯びていた。
「度肝、抜いてやらなくちゃね」
外套の内側で、僕は指を鳴らした。