Harry Potter Quatwizard Tournament 作:マクゴナガル命
『──みなさん、おはようございます。朝6時、ただいまよりニュースの時間です!」
元気なキャスターの声が涼やかな朝の空気に響き渡る。
日の出直前の薄青の部屋のなか、ヒバリだってようやく起き出すくらいの時間帯だ。随分とまあ大人って元気なんだなあ。
初春と言ってもまだ寒いし、あたたかい布団の中って気持ちいい。
ぬくぬくと、このままもっかい寝ようかなと寝返りを打ったところで、ふと、ご飯の炊き上がる甘い香りが鼻先を掠めた。
醤油の匂い、煮物かな。
今朝は何だろ?
起き抜けの鈍い思考でそんなことを思った。人間の身体って不思議だ。あれこれ考えながら過ごしているうちに少しずつ目が覚めてくる。そうすると、より鋭敏に鼻が匂いを拾い始めた。
焼き魚、鮭かな……? 油の跳ねる音もする。いい匂い。
「……あ」
ぐぅと、お腹が鳴った。
こうなってくると二度寝なんかできそうにもない。
僕はゆっくりと起き上がると、一度ぐっと伸びをして立ちあがった。薄暗いのが幸いして、目が光に慣れるまでにそれほど時間はかからなかった。
6時10分過ぎ──襖を開けながら、山間から顔を覗かせる朝日に目を細めた。
『続いて本日の天気です。全国的に今日は晴れの模様ですが、一部内陸に雲がかかるところもありそうです』
予報の通りの青い空。見ているだけで気持ちが良くて窓から見上げるようにして眺めていると、上空を小さな影が飛んでいるのが見えた。
「啓、朝食の準備できたぞ」
「わかった」
鳥を悠々と翼を広げてながら風を乗りこなしている。あんな風に飛べなら、どれほど気持ちいいだろうな。
山の稜線へ向かっていく姿はどこまでも自由で、すぐに飛び出したい気持ちを抑えながら僕は席についた。
「いただきます!」
勢い込んで、白い湯気を立てるご飯を口へ運ぶ。ただ、想定外だったのは急ぐ気持ちに任せて大きく頬張ったせいで喉奥が湯気と熱気でつまったことだ。慌てて飲み込もうとした瞬間、ご飯が喉にひっかかった。
「……げほっ、げほっ!」
咳き込みながら胸を叩く僕を見て、向かいの父が呆れたように眉を寄せた。
「こら、焦らず食え! 外の景色が逃げるわけじゃないんだ」
「わ……かって…ごほっ!」
喉の違和感と息苦しさを水で押し流していると、父は「まったく」とため息を吐いて味噌汁をすすった。
『ところによっては小雨も降るかもしれません。心配な方は傘をお持ちくださいね』
雨、降るのかな。
「一応、傘は持っていくんだぞ」
頷きを返して箸を取り、今度はゆっくりと食べ進める。
せっかく作ってもらったものを詰め込むんじゃ、確かに申し訳ないなとも思って。
鳥の声が聞こえた。
家を出たのは少したって、日の光が白くなりはじめた頃。まだまだ少し肌寒いけど、厚着の服を着込んでいればへっちゃらだった。
「じゃあ、行ってきまーす」
手を上げて返す父さんに笑い返し、靴を鳴らして外へ出た。少し前まで薄暗かった景色も、今はすっかり白んだ光に包まれている。
陽に照らされているだけで気分は軽やかだ。
田畑のあぜを通り、坂を下って林へ。ただ、橋へ差し掛かったとき、なんとなく昨日のことが思い出された。
川の下をのぞきこむ。
何かいないか……。
「よかった」
妙ちきりんなあの蛙は、どうやら今日はいないみたい。
これで、何かがいたりなんかしたら間違いなく腰を抜かしてた気がするけど、しばらく見つめていても何も起こらなくてほっと胸を撫で下ろした。
けど……。
「どうして、こんなに気になるんだろ」
ずっとそれが気になってはいたけど、答えの出ないまま今朝を迎えて、結局わからないまま僕は林道に入った。
木々を抜け、山に分け入り、昨日とはまた別の場所へ。
今日は別な目的がある。小川へ出ると、そこから上流へ向かい、さらに進むと耳に届く水音が一段と強くなってきた。最初はただのせせらぎだったものが、やがて低い轟きに変わっていく。足を進めるごとに胸の奥へ響いてきて、鼓動と混じり合うようだ。
開けた場所に出ると、小さな滝が姿を現した。
岩肌を滑るように白い水が落ち、下の岩を叩いて細かい飛沫を散らしている。
滝の下、沢から水をすくって口に含むと冷たい雪解けの水が、火照った身体をゆっくりと冷やしてくれた。
ここが今日の目的地、そして、沢で何をするかといったら答えは決まってる。
水遊び──!
「よぉ〜し」
と言っても、ただ水を飛ばすだけじゃ面白くも何ない。僕ひとりじゃ出来ることも限られるし、そもそも水が冷たすぎるし。
それに超能力って言ったら、花を咲かせるよりもっとメジャーなものもあるわけだ。
つまりは、
「上がれ」
水面に意識を集中する。水が浮き上がり、空中に輪を描く様を想像して。
「上がれ……上がって」
滝の飛沫に揺らめきながら、木漏れ日を映して水面がきらめいている。
語りかけるように囁きながら指で水面に触れると、沢がほんの少しだけ水かさを増した。
「もっと、もっと!」
いける──そんな確信があって、バッと手を振り上げた瞬間、噴き上がった水が宙を舞った。
水は細かな飛沫を上げ、その雫の一つひとつが雨のように激しく水面を打ち付ける。
「やったっ!」
成功だ。やっぱり、思った通りだった。
「こんなに色んなことができるんだ……! 超能力すごい!」
高揚にまかせて水に手を突っ込み、もう一度力を込める。と、今度は簡単に水が噴き上がった。
水を持ち上げられる。でも、まだ乱雑に掴んで上げただけという感じで完全に操作できるわけじゃない。
もっと繊細に、指先で整えるような感じで。目標は細い糸を作るくらい丁寧に。
「難しい、けど」
けど、できる。白く糸状の水を宙に浮かせて、輪を描くように動かす。
リボン、犬、星型。
慣れてくると手で触れていなくても動かせるようになってきた。浮かせられる時間も最初より格段に伸びている。
どこまで自由に操れるんだろう。例えば、凍らせたりは?
水球を宙に浮かべる。
水球はうんともすんとも言わない。翳した手を下ろすと、水球もそれに合わせて水面に落ちた。
「なんでだろう? 無理じゃない気がするんだけどな」
首を捻りつつ今度は蒸気にできるかを試したら、これはできた。
「うーん?」
河原に身を投げ出すように、仰向けに寝っ転がった。蒸気にはできる。でも、氷にはできない。
どうして?
「何故かなど言うまでもない。それは君が想像しきれておらんからじゃよ」
「っ!?」
素早く身体を起こし周囲に目を向ける。声が聞こえた。確かに今のは僕に向けられた言葉だった。
でも、小石や枯れた葉の草木が生い茂るだけで、そこには何もいない。
音はない。いや、
「……鳴いてる」
鳥が遠く高らかに鳴いている。
それは歌だ。祝福の歌。草木に生命を吹き込み、芽吹きを謳う桜色の調べ。
それに応えるように、山桜の枝先からまたひとつ、ふたつと花が咲き、連鎖するように木々の間へ広がっていく。
ポンッ、パサッ――枝が弾けるような音と共に、冬枯れの森が一瞬で色を帯びていく。
山の斜面を駆け上がるように花の波が走り、梅も桜も見境なくほころび、甘い香りが空気を満たしていった。
「誰が……これを」
ふと、風が変わった。
花びらが下へ落ちず、逆らうように宙へ舞い上がる。ひとひら、ふたひらが渦を描き、やがて数えきれないほどの薄紅が天へと昇っていった。
頬を撫でる風はあたたかく、色までも変えてしまったかのように世界が淡く霞む。
その花びらの渦の向こう、かすかな影が立っていた。
花と風に紛れるようにして、けれど決して見間違えられない輪郭――深い色のローブ、銀色の長い髭、澄んだ青の眼差し。
突風がすっと止み、花びらが地面に落ちる。
「こんにちは、ケイ」
そこにはすでに老爺がいた。