花と蟲の番い目   作:ph.i

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プロローグ2

カナエと別れたあとは一通りの素振りを終え帰宅した。

 

母さんにはカナエの家で晩飯食べることになったと伝え、しのぶお手製の薬草などがまとめてある本を読んだり、体を綺麗にしたり、勉強をしたりと、気がつけばあっという間に夕刻。

ついさっき、慌てて準備して向かい始めた。

 

町中にある僕の家とは違い、少し町外れにある胡蝶家まで5分程かかる。

薬草を育てるのに少し外れにあることが便利らしい。詳しくはわからないけど。

 

 きっとしのぶ辺りに聞いたら、色々詳しくは教えてくれるが長くなってしまうことが容易に想像できてしまう。

 

慌てて準備した時には気づいていなかったが、お腹はもうぺこぺこで、料理が待ち遠しく思わず、早足になるのは仕方がない。

胡蝶家の前には見覚えのある桃色の着物を着た少女が立っていて、こっちに気づくと凄い勢いで、手を振りながら向かってきた。

 

「こんばんは!未来お兄ちゃん。遅いよ!!すごく待ったんだよ」

 

手が届くくらい近くなると、両手で鬼の角を頭に生やしながら擦り寄ってくる。

 

「こんばんはしのぶ、ごめんね」

 

こちらの謝罪を聞くと、流れる様に腕を絡め取られ、歩き始めた。

しのぶと一緒に歩く時のスタイルは大体腕組みだ。甘えん坊将軍しのぶ様のお気に入りらしい。

 

「んー今日ずっと遊んでくれるならいいよ?」

 

「できる限りは遊ぶよ」

 

カナエの言っていた通り、遊んで欲しくて堪らないのだ。

おそらく、最初に言ったすごく待ったは嘘だろう。

怒ったふりして遊びに付き合わせる約束を取り付けるっていう作戦。

 

「やったぁ。もうね、やることは決めてるし、準備もしてあるの!始めはおはじき取りでーその後は中抜き!!」

 

やっぱり。しのぶの頭の中では遊ぶことしかない。回避はもうほとんど無理だ。

 

「おはじきかー、しのぶ強いからなぁ」

 

今日も今日とてしのぶのサンドバッグにされることになるのだろう。ともかく、お話してればしのぶが駆けてきた距離なんて微々たるもの。

 

「母さん!父さん!未来お兄ちゃん来たよ!」

 

戸を開け、家族を呼ぶしのぶに引っ張られるように家に連れ込まれる。お兄ちゃん逃げないから腕離しませんか?

毎度毎度引っ張られる様に入るが、貴女のお母さんとお父さんに微笑ましい目で見られるの恥ずかしいんだからね?

 

「あらあら、またしのぶは未来君にくっついて。」

 

「いらっしゃいみーくん。」

 

案の定おばさんからの温かい目を向けられている。

お邪魔しますとおばさんと挨拶する時に目についたのはカナエの紫エプロン。

 

「エプロン似合ってるね。けど紫のカナエは新鮮だ。」

 

「ありがとう。さっきまで料理をしてたからね。外すの忘れていたわ。」

 

少し照れくさそうにしているカナエのお手製ご飯が今日の料理の料理のようだ。

ますます楽しみになる。カナエの作るものはどれも美味しく、葉物からお肉まで多岐に渡って豊富な種類を取り揃えてるのだ。

カナエの料理はなんでも好きであるが、特に好きなのは豚汁で、おかわり常習犯だ。みーくん用に少し多めに作ってるから大丈夫よなんて言われることもしばしばあるくらいにね。

 

「今日はね!私とカナエ姉さんで作ったの!」

 

 私も!私も!褒めて褒めてと下から覗きこんでくるので頭を撫でといた。最近料理を始めたらしいしのぶは姉さんに似て上手なようで、期待してもいいらしい(カナエ談)。

 

「しのぶったら『未来お兄ちゃんに食べてもらいたい』って昼ごろから頑張ってたのよ」

 

 嬉しいことだ。感謝を込めて撫でる手を少し強めてあげると、目を閉じてどんどんすり寄ってくる。

 

「しのぶは一品できた瞬間に未来君を探しに行っちゃったけどね。」

 

「まだお兄ちゃんに食べてもらったことないのよ!?出来立ての状態で美味しいって言ってもらいたいじゃない!」

 

 総監督でもしてたのであろうおばさんが逃げ出した小娘を軽く叱りつけるようにしても全く悪びれる様子もない。

この様子じゃ食卓に着いたらまず、しのぶっぽいのを早めに食べないと拗ねてしまいかねない。

 

「手を洗ってご飯にしましょう。お父さんも待っていますから。」

 

挨拶も早々に玄関から居間に通され、あれよあれよという間に食事は始まった。

お米に豚汁。野菜に、生姜の佃煮。ホカホカな状態で5人分置かれてあった。

うん。これは。わかりやすくて助かる。

他の人より多めに盛られた佃煮が圧倒的な存在感を放っていた。

それにしのぶの好物でもあり、食べたいから作ったまでありそうだ。

 

おじさんの合唱に合わせていただきますをしても、しのぶは箸を取らず、食べろ食べろ光線で圧を出してきた。

少しイタズラをして後回しにしたら、きっと面白い反応をしてくれるだろうが、わざとだったなんて知られたらもう大変。

拗ねたしのぶのポカポカ殴りと共に、離れることは許されず、今日の自由は全てしのぶに捧げられてしまう。

 米と一緒に口の中に入れ、よく咀嚼した。適度な辛みとほんの少しの甘さ。よくご飯が進む美味しいおかずだ。

 

「この佃煮美味しいですね」

 

少しわざとらしかっただろうか。

撒き散らした餌にしのぶはすぐかかってくれる。

 

「ほんと!!私が作ったの!!美味しい?」

 

「うん、とっても。程よい辛さでご飯によく合うよ」

 

「やった!!」

 

ガッツポーズを決める直向きな彼女には、バレることなく伝えることが出来たようだ。

 

「母さんのお陰だよ、またもっと他の料理も教えてね!」

 

「うふふふふ、じゃあ作るときにはまた、未来君を呼ぼうかしら」

 

子供らしさ全開に喜ぶ彼女を中心にみんなの笑顔で囲む。

ああ、なんて幸せなのだろう。

 

 

 

 

 

会話もお腹も笑顔をいっぱいの夕飯を終え、食後休憩もそこそこにおばさんが立ち上がった。

 

「さてと、片付けをしようかしら。2人は早くお風呂に入ってきなさい。未来君と沢山遊ぶんでしょ。あとの片付けは私がやっておくから」

 

「「はーい」」

 

おばさんの指示の元、少女たちは動き出す。

僕も食器を片付ける2人に倣い、台所へ持っていく。

 

「僕も手伝いますよ」

 

「いいのよ。お客さんなんだからゆっくりしてて」

 

 手持ち無沙汰になるのを避けるため、声をかけるがやんわり断られる。それでも美味しいご飯をいただいたのだ。

少しは働かないとバチが当たってしまう。

 

「とは言ってもなにもしないのは……」

 

「じゃあ、未来お兄ちゃん髪洗ってよ」

 

「残念ながら、父さんの番だ、未来君には父さんの晩酌に付き合って貰うからね」

 

「えーー!!私が出たらすぐ返してよ!?」

 

「だ、そうよ。これお父さんのお酒だから、私が片付けてる間お話相手になってもらってもいい?」

 

あっという間に話は進み、台所からは追い出されおじさんの元へ。

危険な香りがする誘いから助けていただいたのはありがたいが、2人で話すというはちょっと気が重い。

 

「お酒持ってきました。」

 

徳利とお猪口が乗ったお盆をおじさんに渡して、お猪口に注いでいく。

呑みの注ぎはここで習った言っても間違えはない。

 

「わるいねぇ。未来君、いつもありがとう」

 

「いえいえ、こちらこそ。いつも食事にお邪魔させていただいてありがとうございます」

 

「なんも、気にするでない。未来君が居るといつにも増して、カナエもしのぶも笑うんだ。それに釣られて私たちも笑ってしまう。とても暖かくて良いじゃないか」

 

食事の時から考えてもう、3本目の徳利だ。かなり顔も赤く、上機嫌。いつもは厳格に仕事を行っているおじさんの見る影もなく、完全な酔っ払いが出来上がっていた。

 

それでも学校の話やら、勉強の話、仕事の話とか少し厳格なところは出てしまうがご愛機だろう。

いくら話してて色々話題は尽きないのは、おじさんの手腕たるものだ。

 

「未来君。今日呼んだのは少しお願いがあってね」

 

 いつの間にか片付けを終えたおばさんが近くに座ると、おじさんが急に姿勢を正して話し始めた。

 

「込み入った話なんだが、率直に言う。カナエとしのぶ。2人と見合いをしてくれないか。」

 

見合い……………???

婚姻をする前に顔合わせをするあの…???

カナエとしのぶと????

 

色んな疑問が頭上でハテナを描き、1つ2つ3つと増えていく。

 

「結婚するのはどちらか1人でもいい。ただ、2人とも未来君のことをいたく気に入っていることもあるし、ぜひとも2人をお願いしたいと思ってるんだ。」

 

やがで色んなハテナが肥大化し、くっついては大きくなっていった。

 

「なんで急にこんな話になったかと言うとな。最近2人に縁談の話がよく来てな。カナエは特に、数が多くて、本人も少しうんざりしてるんだよ。」

 

それはなんとなく理解できた。容姿端麗であり、家事や性格もばっちりな彼女を妻として迎えたいと思う人は多いだろう。

 

「カナエと相談して、向こうから来たのを受けるのではなく、こっちからいい人を選ぼうと言う話になってな。同年の子でカナエが1番仲がいいのは未来君だからな。話を通してみようと思ったんだ。」

 

一呼吸置いて、2人が顔を合わし、苦笑いして続けた。

 

「それに、しのぶは未来君にはすごく懐いて甘えん坊で女の子らしい一面を見せる時が多いのだけれど、普段は男勝りな面があってね。喧嘩して友達を泣かせてしまうことも多いし、真っ直ぐでいい子ではあるのだけど、ちょっと他の人の所に出すのは、すこし心配なところがあるんだ。」

 

「未来君大好きっ子のしのぶにとっても悪い話ではないと思うのだけれど…」

 

「後日、未来君の家に行って両親に話す予定なんだが、その前に未来君に聞きたかったんだ。カナエとしのぶと結婚することに対してどう思う。」

 

交互に話された内容は全くもってついていけてない。

 

 

一旦!一旦整理をしよう。要するにだ。

 

 【カナエとしのぶと見合いをして、ぜひとも結婚ほしい。】

 

「そ、それは…………」

 

 僕とカナエってまだ14だよね?しのぶに至っては11?早すぎないか?カナエとしのぶの気持ちも考えなきゃだし。まだ仕事もしてないから稼ぎだってないし。

 考えたことのなかった内容に、頭はオーバーヒート寸前で目の前がぐるぐると回る。

 

 「ただいま!みーくん遊ぼ!!」

 

 思考の渦から抜け出せたのは、居間の戸が勢いよく開けられた音。

 

 体を清めてすぐに着物だけ来て出てきました!髪もびしょ濡れでタオルを片手に仁王立ち。

なんてワイルド。そこまでして遊びたいのか。しのぶよ。お前の両親、頭を抱えてるぞ。

 

「まったくしのぶったら、こっちに来なさい」

 

 呆れ半分怒り半分、というか呆れが大半だろう。

 

「えーまたお預け〜?」

 

「ちゃんと乾かしてからよ」

 

大きなため息と共に、しのぶを引きずり退出した。渋々連れてかれるしのぶの背中には不服ですと書いてあった。

思わず苦笑いが溢れる。両親が心配するのはこういう一面があるのだろう。

 

「母さんがしのぶなら、私はみーくんにやってもらおっと」

 

入れ替わりで帰ってきたカナエにタオルを渡され、引っ張られる。

おじさんにはいってらっしゃいと手を振られ、会話は一旦終わりと告げられた気がした。僕としても考える時間が欲しいのでとてもありがたい。

 

しのぶに見つかったら大変だからと縁側まで連れていかれたが、座るとすぐに、少ししお茶でも取ってくるから待っててねと居間に行ってしまった。

手持ち無沙汰になって、すっかり暗くなった空を見上げる。暗闇に輝く月は大きく輝いていた。

 

「綺麗よね」

 

 いつの間にか持ってきたお茶を横に置き、僕と同じように腰掛けてた。

 

「うん。いつもより」

 

 2人でただ空を眺めて、お茶を飲む。

 胡蝶家では忙しなく色んなことに巻き込まれるから新鮮な時間。緊張で籠っていた熱が風によって流されていくのが心地よい。お茶を置く際にふとのカナエが目に入る。

 

もしカナエと結婚したら、こんな日常を送るのだろうか。

のんびりと外を眺めながら、どうでもいいようなことを話しているのに、そこには満面な笑みの君がいて。

 

 「なーに。みーくん視線が熱いよ?」

 

思っているより熟考してたのか、声をかけられるまでカナエがこっちを見てることに気が付かなかった。貴女を妻として迎えた生活を考えた。なんて直球を投げるには恥ずかしく。

 

「髪乾かすんじゃないの?」

 

 逃げた。自分の考えを盛大に誤魔化した。

 

「いいのよ。父さんからみーくんを連れ出す口実だから」

 

「けどまだ濡れてるんでしょ。タオル貸りるね」

 

「そう?ありがとう」

 

後ろに行けば、熱を感じる頬を見られないで済むから。

なんて理由で半ば強引にタオルを奪って、髪の水分を拭き取っていく。

さっきまで考えてたことを忘れようと。おじさんとおばさんの話を忘れるために一心不乱に。

 

「うん!もう大丈夫よ」

 

5分ほどだろうか。髪を傷つけないよう、細心の注意を払って水分を飛ばした。髪を数箇所触った彼女から完璧!とお褒めの言葉を授かった。

すぐにタオルは没収され、代わりに髪飾りを置かれる。

 

縁がピンクに彩られ、中は黄緑で彩られた蝶の形をした髪飾り。カナエのお気に入りでいつも出かける時には身につけているが、お風呂の後に付けるは珍しい。手渡してきたって事は付けろって事だろう。

 

もう慣れたもんだ。右と左それぞれの髪に挟んでつけてあげる。

カナエが触れて最終確認をしたらおしまい。みんなが集まる居間に行こうとした時、服の端を摘まれた。右手でポンポンっと床を触れながら。

 

特に断る理由もなく言われるがままに隣に座った。沈黙が続いく。話す話題を焦って探すなんてこともない。ただのんびり外を眺めながら静けさを味わう沈黙。

 

カナエの息を吸った音が大きく聞こえ、沈黙は破られた。

 

「みーくん。お父さんから話は聞いた?」

 

 思わずビクッとした手前、なんの話。とは聞き返せない。十中八九、お見合いの話だろう。

 

「急な話でびっくりしたよね…あははは………」

 

 笑ってはいるけど。暗い笑い声。

 同じように笑顔で返しはしたが、きっと頬は引き攣ってだはずだ。

 地面一点を見つめてる彼女と空を見上げる僕。

 さっきとは打って変わって沈黙が重い。

 

「…………一回ね……お父さんがどうしても断れないところなんだって言われて、お見合いに行ったことがあるの。」

 

 罪人が懺悔するかのように。ぽつりぽつりと震えた声。

 内容は罪ではなく、年齢に比べて少し早めの経験のこと。

 

 

「私を給仕か何かと勘違いしてるんじゃないかって思うような高圧的な人で」

 

 

 

「話をしてもずっと上からだったわ」

 

 

 

「楽しさは全くなかったの」

 

 ゆっくりと一言ずつ語られることを、流れる雲を見ながら合いの手一つ入れることなく聞き入っていた。

 

 

「怖かった」

 

 

 

「私は物として扱われるように過ごしてくのかしら」

 

 

 

「ただ、綺麗だ。美しい。って人形のように愛でられるのかなって」

 

 

 

「怖いって思ってからはあんまり覚えてないのだけれど」

 

 

 

「母さんが青ざめた私を見て、断ったって言ってたわ」

 

 

 

「でも、最近他の所から沢山お見合いの話が来るみたいでね」

 

 

「ちょっと最近、憂鬱だったわ」

 

淡々と語る彼女の表情は虚無だった。

穴が開くのではないかと思うほどに、花を見つめていた。

 

 

「それで。私、思ったの」

 

横に置いていた手にカナエの手が重なった。

熱く燃えるような熱を持っていた。

 

「私は私の好きな人と一緒に毎日笑って生きてきたいなぁって」

 

振り返ったカナエは見たことのない笑みを浮かべていた。

まるで夜桜ように……妖艶で幻想的であった。

 

 

「女の子だもの、甘い夢を見てもいいでしょ?」

 

 重ねるだけであった手は、指を絡め握られていた。

 

 

「だから今回お母さんにお願いして、縁談の話をみーくんの家に持っていって貰うんだ」

 

 指先からは僕との境界線が無くなるかのように熱が伝わってきた。

 

「みーくんと縁談って考えたらもう嬉しくて、着物どれにしようかとか、髪も髪飾りもどういうのが好きなんだろうとか、何の話しようかなーって」

 

着物に、さっきまで触れていた髪に目が行く。カナエにならきっと、どんなものでも似合うはずだ。

 

 

「私びっくりしたわ」

 

 

「あれだけもう2度とやりたくないって思っていたのに、みーくんとって考えただけで」

 

 

 

「明るく色づいたものになっていったの」

 

体の向きを僕に向けて整え、深呼吸が深く成された。

開かれた薄紫の双眼に僕が写る。

 

 

 

 

 

 

「私、貴方のことが大好き」

 

 

 

 

 

 心臓の鼓動が耳のから飛び出すくらい煩く響く。

 カナエから伝わる熱が全身に広がる。

 

 答えなきゃ。何か僕も彼女に伝えないと。

 

「しぃーーー」

 

 指を唇に当てられ、口を開く事はできなかった。

 

「うふふ…すごい緊張したわ。いまも胸がドキドキして止まらないの。」

 

 和かに笑うカナエは胸元に引きよせ、抱き抱えられた手から伝う心音は僕と変わらないほど大きく鳴っていた。

 

 「さ!そろそろ戻りましょう。しのぶに見つかったら大変よ」

 

手を叩いて立ち上がった彼女は妖艶に魅了してきた姿から普段通りに戻っていた。

足早に急ぐかなえを追いかけるように歩き出した瞬間、何かを思い出したかのように止まり、耳打ちで囁く。

 

「私はしのぶも一緒に3人で愛し合うのも素敵だと思うわ。」

 

 ごめんね。さっき聞き耳立ててたんだ。って舌を出しながらおちゃらけてきたカナエに対して。

 

「カンガエテオキマス」

 カタコトでそう返事を返すのが精一杯だった。

 

急足のカナエについていって居間に戻ったが、しのぶの方がだいぶ早く帰ってきていたようで、ブー垂れたしのぶがお茶を飲んでいた。

2人とも顔が赤いよ。なんて聞かれだが。遊びを始める事で誤魔化して事なきを得た。

 

案の定、心が落ち着かないまま始めたおはじきは、カナエも交えてフルボッコにされたが、2人が笑顔で終わったから満足だ。

 

遊んでいると時間はあっという間に過ぎ、おばさんの子供達は早く寝なさいという号令の元、2人の部屋に連れてかれ就寝準備を整えた。

 

3人で寝るには二つの布団では少し手狭ではあるが、しのぶがだいぶ小さいのでまだ余裕はある。

 

「未来お兄ちゃん。手」

 

ぶっきらぼうに。それでも拒否権は与えないで先に布団の住人となったしのぶが掴んでいった。最もいつものことなので驚きはしないが。

ここからだった。僕、しのぶ、カナエの定位置みたいな順番が崩れ去っていた。もっと詰めてとカナエが強引に入ってきたと思うと

 

「じゃあ、私は逆の手」

 

 僕の腕を攫っていった。

 

「「え」」

 

 思わず、しのぶまでもが声を上げて驚愕を全面に訴えている。

 

「えぇ?姉さんだけ仲間ハズレはやよ?」

 

 違うそうじゃない。いつも仲間だけど、いつもはしのぶにくっついているから貴女の妹まで驚いてるんです。反対する僕としのぶを強引に動かして3人で布団に入ることに成功した。騒ぐしのぶを他所に耳元ではカナエが暴れていた。

 

「今後はこんなふうに寝ることになるのかしらね?」

 

横で寝るのは認めます。だから、僕が色々考えて寝れなくなるような事は囁かないでください。

 

 

 

3人で転がって寝転がり始めて二、三分だろうか。

 

「何か変な音しない……?」

 

カナエがそんなことを呟いた。ほぼ同時だった。

玄関の方から大きな壊れるような音が聞こえてきたのは。

 

家に鈍く重い音が響く。

 

「なんだろね。少し見に行ってくるよ。」

 

襖の奥からおじさんの声が聞こえてきた。

 

重い音が止まって数秒

 

「キャァアアアアアア」

 

おばさんの悲鳴がこだました。

 

何が。何が起きてる。

 

 未知への恐怖から懐に入れてあった短刀に手をかけ、襖を素早く開けた。

 

ピチャピチャっと音を立てて飛沫が飛んできた。

生暖かいモノが頬に付着した。ドロっとした悍ましい感触。不快感から拭った手には赤黒いモノがべっとりと付着していた。

 

ナニコレ…………??…………??

 

黒くモヤがかかった思考のまま、見上げた目の前では、得体の知れない化け物の腕がおばさんの体を貫通していた。

 

「は?」

 

力なく倒れるおばさんの身体から腕を抜き取り、付着した血液を舐めながらソレはコチラを向いた。

身なり形は人であるが、一部が人の其れではない。目立つのは腕。膨張した筋肉がはち切れんばかりに太い。

 

赤く染まった目と視線が交差し、バケモノの口角が上がった。

来るッ!!

 

ドシャっとヤツの足元が壊れながら勢いよく向かってくる。単純な右腕の薙ぎ払い。左からの抜刀による居合で斬ればいい。

けれどそんな目論見は甘く、高い音が鳴り響き、後ろの壁まで易々と飛ばされた。

 

なんなんだよ。このバケモンは。おばさん生きてるのか。刀できれないってどんな腕してやがるんだ。様々な思考が頭をよぎった。わかんないことだらけだ。

 

ただ1つ理解したことは今の現状が危険すぎるってこと。

いや、危険で済まない。無理だわ、これ。こんなバケモノに襲われてどうしろってんだ。殺されておしまいだ。

 

此方を見てケタケタ笑うバケモノにこのまま強靭な腕で嬲られるのだろうか。死への思考に向かったらもう止まらない。飛ばされてなんとか立ち上がったけれども、膝が、腕が笑ってる。

 

「「おか……あさん…………??」」

 

しのぶとカナエから呟かれた一言。倒れた己の母親を見てしまった現実に対してついて行けず漏れてしまった一言だろう。しのぶは穴の空いた母に向かって歩み始め、カナエは膝から崩れ落ちた。

 

その一言でバケモノが2人を見た。見てしまった。

バケモノは吟味するように、じっくり観察したあとケタケタ笑ってしのぶを見た。少し前の僕を見たように。

 

このままじゃ、しのぶも同じ目に……。

 

咄嗟に手元の短刀をバケモノに向けて投げた。

確かにバケモノに当たった。しかし、バケモノの興味も変わらず、しのぶを見つめたまま右腕を振りかぶった。

 

笑っていた足が止まった。地を捉えバケモノに向かって走り出す。

やるしかない。あいつの興味をこっちに移さなきゃ。

このままじゃ、しのぶが殺されてしまう。しのぶの後はカナエも……。

そんなのはダメだ。

 

今すぐヤツを殺す。けれど、短刀じゃ心臓まで届かない。奴が死ぬ前にしのぶが殴られる。腕を落とす?いや、無理だ。あんなに硬く太い腕は落とせない。落としたところで逆腕にやられておしまいだ。一撃で決めなきゃ。

 

 

 それなら…………()…………!!

 

 

一回で全てを出し切れ。

さらに床を蹴り上げ速度を出す、落ちている短刀を掴み、跳躍。

全ての勢いを短刀へ。横一閃。

今度は振り抜けた。

バケモノの首が飛んで地面に落ちたのだ。

 

「終わった。守れたんだ。」

 

「みーくん後ろ!!」

 

カナエの叫び声に振り返ると同時に衝撃に襲われた。

空気が喉から漏れ、何度も回転しながら台所でようやく止まった。目の前に何度目かわからない現実離れな状況が起きてた。首を無くしたバケモノの体が何かを探すように動いていた。

 

不死身……。

 

何をしても僕には殺せない。その結果に血の気が引いてくる。体の震えが止まらない。

今しかない。すぐに襲ってこないってことは何も見えてない。3人でここから離れれば。一途な希望の光が見えた。

 

「カナエッしのぶ、走れ!!今のうちに逃げるぞ」

 

早く早く、あいつが動けるようになる前に!

 

僕の声にハッとしたのか、カナエが立ち上がって玄関に向かおうとしてる。言うことを聞かない棒になっている足に鞭をいれ、早く早く一歩でも遠くに。

 でも。1人。走り出した僕の少し前でしゃがみ続ける者がいた。

「母さんが、母さんが動いてくれないの!返事も何もしてくれなくて……」

 亡骸に縋り付き、揺り続けるしのぶ。

「早く!!走れ!!」

「でも母さんを連れてかないと…早くお医者さんのところへ……」

 何言ってんだよ。もう生きてるわけがないだろ。胸を貫かれて死んだんだ。

「今、動ける3人だけでも生きて逃げるんだよ」

「まだ!……まだ死んでないもん……」

なんで、なんで聞いてくれないんだ。今逃したらまたあいつは僕たちを襲ってくる。復活する前に少しでも逃げるしか3人が生きる手段なんてないだろ。

 

「また起きてすぐ笑いかけてくれるもん」

このまま抱き抱えてでも走るしかない。強引にでも離して……

 

「この血が止まれば……きっと」

では、大きな穴が開いた母の胸に手を突っ込み、溢れ出てくる血を小さな手で一生懸命止めようとしていた。

「しのぶ…」

 足が止まる。

「未来お兄ちゃん、どうしよう全然止まらないの。押さえても押さえてもダメなの。でも!まだ大丈夫なはず!!きっと間に合うから!押さえながら連れて行ければ、きっと!!」

頭ではきっと理解してるんだ。それを拒んで懸命に自分に言い聞かせているだけ。

 しのぶはこのまま無理矢理連れ出しても、きっと助けれなかった自分を責める。生き残ったとしてもしのぶは生きてる自分を許せなくなってしまうだろう。

「もう」

 震える喉を抑えできるだけ優しい声で。

「お母さんは助からない」

 背中をゆっくりと撫でながら厳しい事実を言い聞かせる。

「しのぶのせいじゃない。誰が見てももうダメなんだ」

 お母さんの命が燃え尽きるのは、しのぶのせいじゃない。

「これからしのぶが生きることが、母さんの何よりの願いなはずだ」

 ニコニコ笑うしのぶを何よりも大切に、幸せそうに眺めてたお母さんだ。ずっとお母さんから目を離さなかったしのぶがようやく目を見てくれた。

「これからは空から見てくれてる。お母さんに幸せな姿をみせてあげようね」

 亡骸から両手を離し、僕の胸元で大声を出して泣いてるしのぶの頭を撫でてあげる。

 これできっと大丈夫。優しくて真っ直ぐなしのぶは、これからの道を進んでくれるはずだ。

「みーくん…」

「カナエ。しのぶを頼む」

横まできてくれた、カナエにしのぶを預ける。

もうまともに握れない右手と短刀を服の切れ端で巻いていく。怖い。それでもやるしかない。2人を守る。

「わ、私は……これから先の人生で貴方が横にいて欲しいわ。貴方じゃなきゃ嫌」

上擦った声で爆弾発言の続きをされた。そんなに首から真っ赤にするくらいなら言わなきゃいいのに。

「だから3人でにげ「ありがとう。カナエ」

 おかげで恐怖は消えた。改めて、目の前で大事な2人を失いたくない。そう思えた。覚悟は決めた。

時間切れだ。目の前には首から先が完全に回復した化け物がいた。今から走っても誰かが追いつかれて、生き残ることは出来ないだろう。

 さっきまであった希望の光は消え、絶望が恐怖と共に体を支配する。でも恐怖(それ)はさっき乗り越えた。

一歩。二歩。

 勢いを付けて走り出す。

短刀と鞘を両手に持ち擬似的な双剣を構える。

 疾走する僕を拒む右の拳が体を掠める。続く拳も舞い踊るように回避。勢いそのまま。牙突。ヤツの両目を捉えた。

 だがそれと同時に体を握られた。

 そりゃそうだよな。両目深くまで抉り抜いた鞘と短刀は、簡単に抜けてくれない。唯一の武器であるこの二つを手放すこともできない。

 勢いも全て眼球に費やした。止まった僕を捕まえるのは容易いことだ。易々と持ち上げられ、そのまま地面一線。

 背中全体を酷く打ち付け、少し跳ねたところを右足で振り抜かれた。腕でなんとかガードはしたが、叩きつけられた衝撃とその後の蹴り飛ばされた痛みに嗚咽をこぼすことしかできない。

 それでも、両目を潰せた。

「……かなえ…しのぶ…ゲホッ…逃げろ……ゲホッゲホッ……ッ」

 いまなら行けるさ。

「でも、みーくんがッ!!!」

「未来お兄ちゃんも逃げようよ!」

 目一杯に涙を貯めて渋る2人を送り出す為に首を振る。ありがとう。その優しさだけで充分だよ。だから行ってくれ。カナエの宝石のような目を見続ける。雫がゆっくりと溢れた。

 

 しのぶを抱えてカナエは外へ向かってくれた。

「姉さん!駄目よ!未来お兄ちゃんも一緒に……」

 

 僕の役割はもう決まりだ。2人が安全な場所に逃げ込めるまで、コイツの足止めをする。

 遠のく声を背に最後の力を振り絞る。

 立ち上がる膝からは軋みが、体を支える腕からは痙攣が止まらない。短刀は刃がもうボロボロに崩れていた。

もう少し、あと少しだから。持ってくれ。

 短刀を構え、バケモノに相対する。

 ヤツからの眼光は痛いほど強いが慣れてしまった。

 愚直に向かってくるデタラメで拙いラッシュ。それでも1発直接当たれば僕は動けなくなるほどの力の籠った殴り。

 全身を使ってただただ受け流す。

 右に左に衝撃を逃し何十何百捌き切った。

 たった一回。初めてやってきたフェイント。

 ニタァと歪んだバケモノの顔が見えた。両手をクロスして精一杯守る。完璧に騙され重心が崩れた体を襲う衝撃。

 これまで食らったどの一撃よりも重かった。後ろにあった壁など簡単に破壊して外まで飛ばされ、地面を何度も転がる。木にぶつかってなんかと止まったものの、手から溢れた短刀を掴もうとして違和感が襲う。

 痛みは全くもってない。それでも横たわる僕の腕は、たった数センチ先の短刀を掴みにいくことが出来なかった。

 終わった。静かにそう悟った。

 

目を閉じて思い出すは、真っ赤になったカナエからの告白じみた言葉。

カッコつけてないで返せばよかった。

 

 僕も君の隣がいい。

 

 雄叫びが上がり、最後の審判が行われようと腕が振り下ろされる。

 

 

「子供よ、よくぞ耐えた」

 

 衝撃が僕を襲うことはなく、声と共に破壊音が聞こえた。目の前では鉄の塊がバケモノを潰していた。

残った両脚は塵を撒き散らした。

 

「みーくん!!!」

 逃げたはずのカナエが勢いよく上から覆い被さって視界一杯美人。やっぱコイツって綺麗なんだな。

「まだ生きてるよね……よかったぁぁ……よかったよぉぉ……間に合ってよかったよぉぉお」

顔面ぐっしゃぐしゃに大号泣して、痛いくらいに抱いてくる。全身が痺れるような痛みを脳へ送るが、今はこの温もりを離したくはない。

「カナエも無事そうでよかった」

カナエという女神の抱擁を受け、襲ってきた急激な眠気に抗わず、ゆっくりと僕は目を閉じた。

 

 

 

 これはきっと僕の呪縛なんだろう。あの日、カナエの両親に言われたこと。これがいつまでも離れない。

 

 「目の前で父さんと母さんを殺されたのよ!? 大好きな未来お兄ちゃんも殺されかけた!?それで、何もなかったように生きれると思う!? できるわけない……できるわけないじゃない 普通に生きることが幸せなの!? 自分を騙して、忘れたふりして暮らすのが幸せなの!? そんな幸せなら私はいらない そんなの死んでるのと同じじゃない」

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