曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者 作:さらみパスタ
勇者一行が、大大陸にやってきてそろそろ一年を迎えようとしていた。俺たちが奪還した暫定首都はだいぶ復興が進んでいた。
旧王城近くに存在した旧迎賓館は、人類連合の会議施設として生まれ変わり、この地に滞在する旧支配階級やパルチザンのリーダーが情報交換や交流、交易について議論を重ねている。
また、そこでは社交会なども開かれており、俺もパルチザンや亡命組の有力者と言葉を交わすことは、実は結構多くある。
連合王国の王子というより、勇者パーティーの顔役として、各地の戦況や復興の状況などを耳にするーーといえば聞こえはいいが、実際はかなり優雅なティータイムに近いものがあった。
そんな豪華絢爛な社交の場は見かけだけ、その実態は腹黒狸の伏魔殿ーーそんな印象を持っていたのだが、こうして社交の場に出てみるとそれが事実無根の噂であると思い知らされた。
俺の扱いはかなり良かった。
旧支配者階級も多くいるパーティー会場には俺も知っている大国の国王なんかも多くいるのだが……その瞳にはどこまでも好意ばかりが滲んでいた。
「おお、神官長殿! それともゾーニッヒ王子の方が宜しいのかな? あいにくソルトの風習には疎く……」
「好きに呼んでくださって結構ですよ」
いや、俺が読み取れないだけかもしれないが……かなり親切にしてもらっているのは事実だった。
暫定首都の噂は、人類の生き残りの耳にもはっきり届いているようで、生き残りが逃げ延びてきたり、パルチザン組織が逃げ込んでくることもよくあった。
まだ彼らの祖国が解放されたわけではない。しかし、魔族の支配地域から逃げ延びた、それは大きな安堵を齎すのだろう。
まるで安全地帯にたどり着いたように泣き腫らす避難民、軍人その垣根なく、俺が負傷者の手当てや傷跡の治療をすることもよくあった。
自慢だけど天才ヒーラーだからね。
そして少し後に社交の場としてそのリーダーと顔合わせをすることになるのだが。
「ゾーニッヒ殿下、こちらはルクリス王国国王、アルビレオ六世陛下であられます。以前お会いしたこともあるとか」
「おお、ゾーニッヒ王子、お会いしとうございました」
その時紹介されたのはそんな、俺が家族一同治療した国王一家の皆さまである。かつて大大陸に存在した大国を支配していた王室である。
「改めて感謝を。こうして再び歩けるようになれたのは、全ては殿下のお陰」
「いえいえ、陛下、俺はなすべきことをなしただけですよ。勇者レーヘンが大魔を斬ったようにね」
自慢だけど俺は天才ヒーラーだから欠損とかも普通に治せる。しかし同じことをできるヒーラーはそういないらしく、国王は俺を命の恩人であるかのように崇めていた。
ま、こういう貸しを作れるーーという点でも俺が勇者パーティーの政治を担当するのは理にかなってたなぁ、と思う。
人気取りも兼ねているけど、苦しんでる人がいるわけだから、この力は今は公益のために使われるべきだしね。
完治させた後の嬉しそうな表情を見てると、こっちも頑張って良かったって気分になるし、その後のご飯も美味しくなるし。
「よく今まで耐え抜いてくださいましたね、陛下、もう大丈夫です。ルクリス王国は勇者レーヘンが必ず取り戻しましょう」
「おお、なんと心強い!」
ま、勇者パーティーとしての責任だね。人類の希望レーヘンの代理人として、俺は人々を安心させる振る舞いをしなければならない。
……正直に言えば勝機は極めて高い。
聖剣を無限に使用できる、それは勇者レーヘンという存在が最強の兵器と化したことを意味していた。本来ならば5回、6回ほどしか使えない絶技を気安く撃てる。
だからこそ勝てる。
この秘密を隠し切ることができるなら。
「……娘も、ゾーニッヒ殿下に顔の傷を治していただいてから、よく笑うようになりました。鏡を見るのをあれだけ嫌がっていたのに、今日はドレスを選ぶのに鏡の前で何時間も費やして」
嬉しそうにそう語る姿は国王というより、娘の無事に喜ぶ父親としての顔だった。
息子さんを亡くされてるから、その喜びというか安堵の方も一際増しているのだ。
「それでこの後なのですが……娘が、是非とも直接お礼を述べたいと言っておりまして、少しお時間をいただけますか?」
それはさておき、欠損などはなかなか治せる人がいない、と説明したと思う。
それは傷跡の治療も似たようなものらしかった。傷は治せても傷跡は治せない、とかなんとか。
俺としてはなんで傷を治せて痕を治せないのかわからないんだけど、まあ、そういうものらしい。
そしてそういう深手を負ったものの中には女性の存在もあった。四肢を失ったもの、容姿が損なうほどの傷跡が残ったもの。
応急手当てで傷を焼き、そのせいで消えぬ痕跡が刻まれてしまったものなどなど。
避難民の中にはそういう人がかなりの数存在していて……。
そういう人の傷を治すと時々、こう、フラグが立ってしまうのだ。
俺もねバカじゃないの、さっきから王様の後ろで熱っぽくこちらを見つめているお姫様に『あれ、風邪引いてるのかな?』とかは思わないのよ。
でも、俺こういうので恋愛感情持たれるのは少し抵抗あるっていうか。人を好きって気持ちって心を通わせて愛を育むものじゃん⁇
こういう恩があるから好き、みたいな恋心には少し抵抗があるというか……。
面倒な自覚はある。
レーヘンにも色々言われたしね。
でも俺の
そこを妥協できるわけもない。
「申し訳ありません、その、お気持ちは嬉しいのですが……今はそういうことは考えないようにしていまして」
「全ては魔王を討伐してから、というわけですか。少し先走った真似をしてしまいましたな」
俺は拒否った。
確かに交際から始まる恋があるのは認める、それが悪いとも思わないけどね。
俺の理想の恋ってのは、そういうんじゃないのよ。なんてことない日常を重ねて『あっ、すきっ』ってなるのがベストなわけ。
そんな会話をしてるその時だった。
「ご歓談中に申し訳ありませんわ、神官長、新たな流民が首都に近づいているようで、待機の方をお願いしても宜しくて?」
ワイス姫は社交の場に姿を現していた。
怪我人の治療は都市の中で居住してる人の元を訪れるより、入り口で流れ作業のように治療していく方が効率的だ。
ま、俺というか、都市在住の暇なヒーラーの仕事の一つでもある。だから人間の集団の接近の報告があるとこうして呼び出しがかかるのだ。
しかし、それは普段は専用の連絡員さんがやってくるもので、高貴なワイス姫がこんな真似をするのは初めてのことだった。
「おお、お久しぶりですなぁワイス姫、ご活躍の程はよく耳にしております。相変わらず逃げ足だけは速いとか」
そうして、社交の場の有力者に会釈しながら会場を立ち去ろうとしたまさにその時であった。そんな声がはっきりと響いていた。
「ワイス姫は、いざという時に真っ先に逃げ出されるお方です、ルルキアの戦いでもルクリス王軍を置き去りに逃げ延びられたとか……」
「ええ全く、あんなお方と知っていたなら、あの子を婚約などさせなかったというのに……」
口々にそんなことを言う人の一人にーーつい先ほどまで俺と話していた元国王の姿もある。
そこには隠しきれない憎悪があった。
彼の息子は、ワイス姫の婚約者であり、対魔連合の戦いで戦死している。なんか話を聞く限り彼女が逃げる時間を稼ぐため殿となり、亡くなられたとかなんとか。
そして、そこで多くの兵を失った王国は、国民や貴人を逃がす時間も得られずに壊滅した。国王は片足を失い、姫君が顔に大火傷を負うような激戦の末に、彼らは祖国を失った。
そういう恨みを表に出すのは、はっきり言えばお行儀がいい真似ではない。
悪いのは魔族だしね?
でも例えば俺の指揮する部隊の兵士が亡くなられたとして(回復してるから死傷者ゼロだが)遺族から恨みを向けられることがおかしいなんて言えなかった。
だから俺にできるのは、ワイス姫ともども社交の場から立ち去ることだけだったのである。
ーーーーーー
「感謝いたします、神官長さま」
ワイス姫は特に気にした様子もなかった。
流民の接近中と連絡が来たが、まずは身元というか魔族ではないか確認を済ませたうえで負傷者の治療に入る。
急ぐ必要はそれほどなく、歩きながら言葉を交わす余裕もある。というわけで俺はワイス姫と会話しながら歩いているのだが……。
ワイス姫はどこかホッとしていた。
婚約者の家族からここまで嫌われてるのは覚悟の上だったのだろうし。
「スピカの治療をしてくださったことを感謝させてください。あの子は、祖国を失ったわたくしに優しくしてくれた、妹になるかもしれなかった娘ですから」
それ以上に彼らの無事を安堵していた。
死んだと思っていた知り合いが元気な姿を見られたことは間違いなく喜ばしいことなのだ。
「だから報告員のような真似をしたんですね」
「……ええ、そうですわ。仰られる通り顔を合わせるべきではないことは理解していました。ですがどうしても、一目、会いたくて」
そしてそんな女の子を、自分の短慮のせいで苦しめた、とかなんとか思ってるんだよなぁ、このお姫さまは。
俺はバカではないので、彼女がなにを考えているのか手に取るように理解できた。
「わたくしの無能を謝りたかった」
「悪いのは魔族でしょう? あなたに責任がないとは言いませんが、全てを背負おうなんて傲慢がすぎると思いませんか?」
あと、ライフズくんみたいに責められて楽になりたかったのだろう。強い罪悪感を抱くあまりに裁かれることを望むーー姫騎士はそういう精神状態にあるのだ。
ただ俺から言わせれば敵が強かった。
ただそれに尽きる。
「『魔国最強、ゼンネルシア』はバケモノでした。レーヘンが自爆覚悟で聖剣を抜かねば倒せなかった強大な魔族なのですから」
「……………」
戦略、戦術的ミス云々の話ではない。
魔国最強と謳われた男は本当に強かった。
かつて姫騎士を旗印にした対魔王同盟軍は、魔国最強と謳われた男に壊滅させられた。
そんな怪物を連合王国軍と亡命軍は共同で討伐したわけなのだが……強かった。
勇者パーティーも、俺もボロボロになり、亡命軍からも連合王国軍からも相当な被害を出していた。
その上で勇者レーヘンの聖剣がなければ勝つのは困難だった。
大軍勢を率いた魔王四天王。
聖剣を5度、寿命100年分を贅沢に使う必要があった、強大な魔の軍勢に単なる国家の軍隊がどう抗えたというのか。
「……ええ、わかっております。わたくしが祖国奪還を成し遂げんと……逸るべきではなかったことなど、勇者を待つべきだったことなど痛いほどに……理解しているつもりです」
「そういう意図があるわけではないのですがね」
「………………」
と、そう擁護というか、姫君に寄り添った言葉を吐いたわけなのだが。残念ながら真意は伝わらず、何か勘違いされたことは明らかだった。
多分『聖剣を持ったレーヘンじゃないと倒せないのに、同盟軍なんてまとめて無駄に戦って悪戯に軍勢を失い、人類の戦況を悪くしやがって』とか言ったと思われたっぽい。
そんなわけはない、が……それは下々のものの考えだ。
ワイス姫は高貴なお方だった。
こういう言葉の裏を考える必要がある、そういう本物の貴人だった。
俺の考えたらずの浅はかな言葉が彼女の心を痛く傷つけてしまったことは本当に申し訳なかった。
「ま、まあ、スピカ姫との関係も生きていれば改善するかもしれませんからね。平和な世を築き上げてから、改めて考えればいい。魔王を倒してから、ね?」
「……………………」
だから彼女の苦しみを和らげたい、俺はそんな思いでさらに言葉を紡ぐのだが……ただ俺はこの過酷な時代で大切なものを特になにも失っていない幸運な男だった。親兄弟、友人知人、なんなら部下まで(旧ソルト軍の犠牲は今の今までゼロ)。だから俺の言葉はとても軽い。
姫さまには全く響いていないらしい。
ただ愛想笑いを浮かべた姫騎士を前にして、俺は無力を痛感するしかなかった。
ま、こういうのは時間が解決してくれるものだから、戦争が終わって穏やかで平和な時間の中でゆっくり心の傷を癒していくしかないのだろうなぁ。
なんて考えていたわけなのだが
「じーー」
「あら、レーヘンどうしたのですの?」
と、路地の小脇から勇者レーヘンが俺たちのことを見つめていた。じーっとわざわざ見ているアピールをするもんだから、姫騎士はそそくさと俺から離れていく。
「いや、二人とも距離感近いなーって思って」
「……いえ、違いますわよ、その、レーヘン」
俺と姫さまは結構仲がいい。
よく二人で言葉を交わすし、プライベートでも屋敷を訪れることはよくある。でも彼女は俺に恋愛感情など抱いていないのになぁ。
しかし距離感の近さは恋愛関係にあるからではない。
貴人は大声を出さない。
声を伝える時は近習などを使いお言葉を伝えるーーワイス姫はそういう高貴なお方だったし。勇者パーティーとして、機密を語る時なんかは囁くように小声で話す必要もある。
だから囁き声が聞こえるくらいに距離感が近くなりやすいってだけ。
そもそも、レーヘンもただ事実を指摘しただけだ。深い意味なんてないわけなんだけど。高貴な人にとってその指摘はかなり気恥ずかしいのだろう、姫君の頬はうっすら赤くなっている。
「ふーん……ま、ボクはいいけどさ……」
「それでどうしたのですか、レーヘン」
と、レーヘンは俺のことを見ていた。
そしてアイコンタクトしてくるのだ。
そういえば、姫さま関連は任せといてとか言ってたな。俺は察して、後のことは勇者さまに任せてその場を後にするのだった。
ーーーーーー
今回、暫定首都を訪れたのはパルチザンではなく、辺境に逃げ延びていた流民だったらしい。噂を聞きつけてやってきた彼らの治療を終えれば、俺の仕事は終わり。あとは役人の皆さんにお願いすることになる。
ま、いいことしたぜ!
泣いて喜ぶ怪我人とその家族たちの感極まった声を背中に、達成感と充足感に包まれながら屋敷に到着した俺は。
「おかえり神官長っ、あのさ、あのさ、ちょっといいよね、聞いて、聞いて!」
「わかった、わかった。とりあえずうちに上がれって」
タイミングよく姿を現した勇者レーヘンに纏わりつかれて、そのまま二人で屋敷の中に入るのだった。
「あのね、あのね、姫さまってさ、なんかさ、勘違いしてない? 絶対してるよね⁉︎」
レーヘンは部屋に入るのと待たず、玄関を抜けたあたりでそう告げる。よっぽど報告したいのだろう。ま、気持ちはわかる。姫騎士ワイスは知性と教養ある本物のお姫さま。市場に広がるデマなんて信じるわけがない、俺もそう思っていたのだから。
さて、鈍いところのあるレーヘンも姫騎士の誤解に気がついたらしいが……姫騎士は感情を隠すのが上手い。
それなのにこのにぶにぶ勇者が気がつけたということは、実は彼女が鋭かったか……姫騎士が抱える罪悪感は、とんでもないことになってるか、だ。
今回は後者だな。
俺たちは会話を続けながら俺の部屋に入る。
「前の姫さまってもっとこう、孤高だったじゃん? なんか最近『祖国奪還のために必要のないこと』とか、ばんばんしてくるんだよね」
とめどなく言葉を紡ぐ勇者さまは何の躊躇いもなく部屋の椅子に腰を下ろし、その間も彼女の口は止まることなく言葉を吐き続けていた。
「でさ、ボクも元気アピールするのにさ、そうすると露骨に顔引き攣るしさ、唇噛み締めて『ごめんなさい』とかいうのよ、これ絶対勘違いしてるって確信したよね」
「だから前から言ってただろ」
「信じられるわけないじゃん、あの姫さまが、だよ?」
かつて姫騎士は孤高の女だった。『祖国を取り返すために必要なことなのですか?』と、仲間内でプライベートの交流さえしなかったのだが……。
一緒に日常を過ごす中で情を抱き。
だからこそ、レーヘンの払った『代償』という重荷に向き合わされているのだろう。あと、自分が人類の兵力を無駄に消費しなければここまで負担を背負わせずに済んだとか思ってるのかもしれない。
「さっきさ、お前と鉢合わせる直前にさーー
俺はレーヘンにさっきしていた会話について説明をする。
ーーとか、言ってたんだよね」
「……姫さまってさメンタル……やばい?」
「かもしれないな、だから判断力が落ちて嘘を嘘と見抜けなくなっているんだろう」
高貴なお方がなぜ出所も定かではない噂を信じてしまうかと言えば
精神的に追い込まれているからだ。視野は狭まり判断力は低下する。
それを責めることはできない。
俺も今は余裕あるけど、追い詰められて余裕がなくなったら道を間違えるかも知れない。自分ができないことを人に求めるべきではない。
「つまりメンタルケアをすれば、誤解が解けるってことだね、神官長!」
「そういうことだな」
彼女の痛めつけられた精神を癒すこと。
それこそ誤解を解く最善の策である。
「まっかせてー、自慢だけどボクは誰とでも仲良くなれる才能があるからね!……神官長はあんまり手伝わない方がいいかもね」
「ぐぬぬ……まあ、任せた」
レーヘンは天性の才能がある。
いつも元気で周囲を明るく照らしてくれる勇者さまはパーティーの中で真っ先に……いや二番目に姫騎士の心を溶かしていた。(一番はライフズくん)
彼女との交流は、姫騎士の心を癒してくれる。俺にはそんな確信があった。だから姫騎士のケアは彼女に任せ。
俺は頼れるもう一人の男、偉大な魔法使いバックルさんを頼ることにしたのである!
俺はこの時一つのミスを犯した。
得意げに頷く勇者さまの頼り甲斐あるお姿に大切なことを忘れていたのだ。彼女は周囲を明るく照らすからこそ、影が色濃く浮かぶという、本当に大切なことを。
ーーーーーー
魔法使いバックル。
親しいか、親しくないかでいうと実は他パーティーメンバーよりは親しくない。
彼は基本的にライフズくんとかとよく絡んでいて、俺が二人っきりでプライベートで一緒に過ごすことは滅多にない。
でも頼れないとは思わない。
何せ勇者パーティー最年長であるからだ!
姫騎士ワイスの説得に失敗した以上、俺は魔法理論に造詣の深い彼を頼る事にしたのだ。
最先端の医療知識は時にそれ以前の常識を破壊する。輸血然り、殺菌然り、外科手術然り、世に出た時は常識外と否定されがちなものである。
ではどうすればいいか。
答えは簡単、明確な理論を用意すればいいのだ。常識外の内容も信じてくれるぐらいに絆を育んでいるライフズくんならまだしも、姫騎士の説得には理屈を用意する必要がある。
俺は手順を間違えない。
まず、口が上手く知性の高い姫騎士に理論が示された論文を見せた上で味方につけ、その上でライフズくんの誤解を解く。
しかし、言語化と理論化、俺はそういうことが苦手だった。
生命エネルギーの製造は感覚的な技術だ。俺の感覚だと魔力をグルグルして、ギュッーとすると、生命エネルギーが産まれるのよ。でこれをさらにいっぱい集めてぎゅーぎゅーってしたやつを、身体にとくとく注ぐ。
こんな感覚的な手順を口で言ったところで伝わらないのは理解している。でも、手をぐぅぱぁするやり方って、ぱっと説明できないでしょ? 指をどうやって動かすかなんてアマチュアでは言語化できない。
だからこそ、魔法理論に造詣の深い魔法使いバックルさんを頼るべきなのだ。魔法学園の元教師である彼は、技術の解明に習熟している。
俺の知らぬ魔法理論を収めた研究者なのだから、どうして魔力をぎゅーっとして治れーってすると生命エネルギーになるのか立証出来るのだ。
生命力の製造、それを理論化することは多くのリスクを伴っている。魔族のスパイがいた場合、レーヘンの秘密が露見する恐れもある。
でも、今の仲間達の誤解は、コンディションを著しく悪くしかねない。戦闘で不要にレーヘンを庇う場面も既に多く見られている。
強敵との闘いで、ここぞという時にそんな真似をされ戦線が崩壊するーーそんなリスクの方がずっと大きい。
だから俺は、論文の制作を決意した。
誤解を解くにはこれが最も単純なやり方だしね。
俺は魔法使いバックルの屋敷を訪れ、その私室にて人類史を変える偉業を行った。魔力を圧縮し生成した生命エネルギーを見せた。
「……んー、ゾニ坊、回復魔法なんて見せてどうかしたのか?」
「……あ、あれ?……」
のだが。彼はなんていうか、回復魔法を行使しただけかのような反応を示していた。
ほら、生きてる人間って生命力を放ってるじゃん? 幽霊と生きてる人間の明確の違うオーラというかなんというか……ともかく、そんなエネルギーの塊を俺は手のひらに産み出したというのに。
魔法使いさんは、首を傾げるだけなのだ。
だから俺は次に、部屋の中で萎びていた花に生命エネルギーを注いだり、魔法使いさんの身体にも注いでみた。
萎びていた花はみるみるうちに生命力を取り戻し、魔法使いさんの寿命は数年伸びた。
これは明確な実証実験であり、俺の技術の証明である。
「ああ、相変わらずすげぇ回復魔法だな。身体が軽くなった、流石は天才ヒーラーだな」
「違うんですって。これ、なんか違うでしょ?」
が、ダメだった。
寿命の補填と回復は違うのに。
魔法使いバックルは、その違いをまるで理解してくれないのだ
「回復魔法はこうでしょ? こっちは生命エネルギーの製造で」
「……お前疲れてんだよ、ゾニ坊……」
しかし俺は言葉を連ねようとしたのだが……魔法使いバックルの闇が深まる音がした。
年下の若造が政治、治療の二足のわらじを引いてる上に『勇者レーヘンの治療』のために寝る間を惜しんで研究に勤しんでいて、そのせいで少しおかしくなったーーとか思われてるのは明らかだった。
「そうだよな、お前も……いやお前が一番キツイよな……当たり前だ……わりぃな、苦労ばかりかけさせて……俺は大人なのに大切なことを見落としていた……バカだよなぁ」
「何勘違いしてるんですか、俺は元気ですよ」
嘘じゃないよ。
俺は元気だよ!
事実として睡眠時間は8時間確保してるし、三食はしっかり食べてるし。治療に関しても治した人の嬉しそうな顔を見てれば元気回復する。
確かにレーヘンを前にしたときに疲れた、とか、面倒くさい、とか、俺の苦労をやたらと盛って語ることはある。
でもそんなのあくまで冗談に過ぎない。レーヘンも鼻で笑い飛ばしているようにね?
俺は俺の価値を誰よりも理解している。無茶なんて絶対にしない、休息もしっかり取っている。ルーテシアとの甘い日々の考察だって欠かしたことはない。
なのに、魔法使いさんの顔には苦渋が浮かんでいた。まるで俺が無茶してると誤認してるかのように。
「……今のは軽い冗談です。そこまで本気で受け取らないでください」
「はー、びっくりさせないでくれよ、おじさん本気で心胆冷えたからねぇ」
だから、俺は嘘をついた。
変に深く追求したら『神官長の身体もボロボロ説』が流布するのは確定的に明らかだった。
その場合、曇らせ率二倍の地獄が産まれかねない。
だから俺は嘘をついた。
「……でもそうだよな、レーヘンのお嬢ちゃんのために、俺たちは今できることをやらなくちゃいけないんだよなぁ……悔やんでいてもなんの意味もない」
「……治療法の模索ですか? レーヘンは健康なんですがね……。ま、あまり無理はしないでくださいね」
俺は次善の策を取るしかなかった。
ここで『レーヘンは無事である』なんて強く主張し続けたら、魔法使いさんは強い罪悪感に駆られ無理をする。間違いなくする、彼は魔法使い、研究者だからね。
「あなたが無理をし調子を崩せば、戦闘でレーヘンが背負う負担が多くなることをお忘れなく」
「……わりぃ、忘れてた。流石はゾニ坊、しっかりしてるな……金言忘れねぇから」
ま、ともかく魔法使いバックルは代償の補填の研究をしてくれるわけで。……彼の研究がある態度進んだ状態で、俺も生命エネルギーの製造に成功したことにしよう。
うん、皆を説得するために必要な理論を研究してくれることはいいことだ。俺は良かった探しを始めるのだった。
勇者パーティーの仲間が全員事実を誤解している事実から懸命に目を背ける必要があったのだ。