曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者   作:さらみパスタ

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聖歴0097 9月15日

 

 

 

 頼れる魔法使いバックル。

 魔法学園教諭である彼もまた、『代償は治せない』という概念に縛られた常識の奴隷であった。そんなことはあり得ない、世界を変える発見を前にしてそう考えてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。

 

 常識という名の鎖は、仲間への信頼を容易く上回っていて、彼を説得するためには同等の知識を身につけ、討論の土台に上がる必要がある。それは一朝一夕では済まない。数年、いや、数十年は必要なのは確実だった。

 

 まあともかく、魔法使いさんに真実を告げることができなかった俺の前で、とんでも無い光景が繰り広げられていた。

 

 

「レーヘン、これを受け取ってくださらない?」

 

「わぁ、綺麗な髪飾り! ……お高そうだけどえーっと、これは?」

 

 

 ここは、姫騎士ワイスの私室である。

 ホウレンソウは大事だ。

 俺は変な誤解により事故が発生する前にレーヘンに情報共有することにして。姫さまのメンタルケアを行うとか言っていた勇者さまの様子を見にきたのだが……。

 

 

「わたくしの妹の遺した品です、あなたに似合うかなと、ぜひ使ってもらえませんか?」

 

「……ひぇ……」

 

 

 レーヘンは姫騎士とは結構親しい。

 同性ということもあり仲良く言葉を交わすことも多いし、何より隣近所に屋敷があるのだ、プライベートで顔を合わせる頻度もそりゃ多くなる。

 

 相手は皇国の姫君であるが、パン屋の娘は特に慄くこともなく親しくしているのだが。

 そんな関係の割に、本日のレーヘンの声音はどこか慄くようであった。

 

 

「えーっと、それは、その……」

 

「あの子もあなたに似ていて、ああ、髪は伸ばしていたのですけどね? わんぱくで快活で、ちょっとじゃじゃ馬なところがあって。生きていたらきっと仲良くなったのでしょうねぇ……」

 

 

 渡された髪飾り=妹の形見というあまりの重さは普通の女の子には色々と荷が重いのだろう。

 

 というか世界で二、三番目に権威ある王族の残した品ってことはそれはもう貴重で由緒正しいものでありーーパン屋の娘も、そういう高価な品を触るとまず『壊した時の弁償』とかそういうことが脳裏をよぎっているのは間違いなかった。

 

 正直俺も似た気分である。

 

 ……ワイス姫はなんていうか、高貴なお方だからか距離感を詰めるのが下手というか……。

 

 いや大切な仲間ではあるんだけどね、でも妹の形見を渡すのはちょっと重すぎはしないのではなかろうかという話である。

 

 俺たちは知り合って未だ一年と半年ちょい程度。

 

 ま、姫さまにはそもそも形見を託せるくらいに親しい存在が、もういないというのはあるのかもしれないが。

 

 

「姫さま、神官長さまがいらっしゃられております」

 

「あっ、神官長!」

 

 

 部屋を開け、いつもの侍従くんがそう告げると。

 困ったように視線を彷徨わせていたレーヘンは、俺の姿にぱぁっと嬉しそうに微笑んで、全力ダッシュでこちらに駆け寄ってきて。

 

 その指先が俺の腕をガシッと掴んだ。

 お前は逃さないという強い本音が滲み出ていた。

 

 

「あらあら、レーヘンったら、本当に神官長さまに懐いているのね」

 

「まー、そりゃ仲間だし? 初期メンバーだし」

 

 

 そして俺の身体を盾に用いるように、背中の影からひょいと顔を覗かせてワイス姫のことをじーっと見つめるのだ。

 

 姫騎士はそんな勇者さまの態度になにか勘違いしたのか……いや、勘違いしてないからこそそんな揶揄いを口にしたのか。悪戯っ子のように瞳を煌めかせた亡国の姫君。

 

 なお、妹の形見を託そうとしたのは本気である。

 

 

「姫さま、あまり価値のあるものはレーヘンには荷が重いと思いますよ? そういう品より……安価ですが、今市場にあるものなどを一緒に探して買い与えた方がいいのでは?」

 

「そうだよ! 流石は神官長! ボク姫さまと買い物に行ってお揃いの装飾品とか買う方が嬉しいからね‼︎」

 

 

 だから俺は助け舟を出し。

 その場をなんとか丸め込むのであった。

 

 

「あら、そうなのですか? ならこれを託すのはまた後日にしましょうか」

 

 

 ……丸め込んだというか、問題を先延ばしにしただけかもしれないけど。ワイス姫は妹の形見を勇者さまに託そうとしていて、そんな形見の贈与はこれから先定期的に起こることは明らかだった。

 

 

「ふふ、でも神官長さまもとても可愛がっておられるようで、まるでレーヘンのお父さまのようですね?」

 

「ええ、可愛い娘のような存在ですよ」

 

「……そんなことないと思うけど」

 

 

 さて、そんな笑えない行為に及んでいた姫騎士も、ちょっとメンタルが病んでるだけ。普段は小粋なトークで場を和ませてくれる。

 

 というわけで俺の発言に対してのイジリだが。

 俺が父親なら……母親はルーテシアだな。

 彼女がここにいたらきっと頰を赤く染めただろうなぁ、なんて脳の片隅で思考しつつ。

 

 俺はぎゅぅと指に力を込めた勇者さまのことを視野に入れた。

 

 彼女もまだまだ小娘、仲間が保護者のように見えるーーみたいな話に不満を抱くお年頃だったようで、少しむすっとしている。

 

 それがまたあどけなくて、姫騎士にとっては愛らしく映るのだろう。柔らかな笑顔を浮かべたお姫さまはお上品に口元を隠した。

 

 

「そうだ、神官長さまには……父の形見の王冠なんてどうでしょう。きっとお似合いですわよ? これ、一回身につけてみてはどうですか?」

 

「それは大変光栄なことですねぇ」

 

 

 しかしその瞳は本気だった。

 姫騎士ワイスによる皇国皇室の遺品贈呈会。

 俺はそのターゲットに選ばれたのだ。

 

 仲がいいからね。俺にもプレゼントを用意してくれるのは本当に嬉しいんだけど、皇国の王の形見の品の王冠は漁師の孫には荷が重すぎる。

 

 百パーセント愛想笑いを浮かべた俺は、窮地に追い詰められていた。先ほどのレーヘンの気持ちは痛いほど理解できる。さて、どういうのが一番角の立たないお断りの言葉なのか……。

 

 

「そういえば神官長、ボクになんか用事があるんでしょ!」

 

「そうでした。所用がありまして、レーヘンを借りていきますよ?」

 

 

 レーヘンはグイグイと、まるで命綱を手繰り寄せるように俺の腕を引っ張っている。突如断崖に投げ込まれたに等しい俺は、されるがままに話の流れに身を任せるのだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 そうしてワイス姫の屋敷から逃げ出した勇者一行なのだが。その後、レーヘンは何故か俺と一緒に俺の部屋に上がり込んでいた。すっごく自然についてきたからツッコミを入れるのさえ忘れるほどだった。

 

 いや、話があるとは言ったけどね? 部屋の中で話すなんて一言も言ってないし、部屋に上がる前に一言あってもいいはずなんだが……まあいいか。彼女は愚痴というか苦労を誰かに語りたいのだろう。

 

 

「大変だったな、レーヘン」

 

「ほんとそーだよー! いや、途中まで楽しくおしゃべりしてたんだけどね、姫さまが突然とち狂ってあんなものを託そうとしてきてさー」

 

 

 だから俺はそう切り出した。

 勇者さまも一応女の子だし、光り物が嫌いなわけではないのだろうけどね、それにしたって限度がある。

 

 まー、悪意があるわけではない。

 むしろ善意ではある。

 

 貴重な品をプレゼントしてくれたことは、彼女の好意であり決して悪いことではない。

 

 ただワイス姫はこの世界において二番目か三番目に権威ある国の王族メンバー。ちょっと金銭感覚とか、色々と世俗とは感覚がズレているところがあった。

 

 

「お前はいいよな、妹の形見で。俺は父親の形見兼、王冠渡されそうになったからな?」

 

「……うわー似合わなさそー、絶対やめた方がいいってボク思うけど」

 

 

 レーヘンの軽口にいつものキレはなかった。彼女も流石にこの件をネタに揶揄うのが憚られるのだろう。

 勇者さまが思わず躊躇うほどの品。

 それこそ皇国の王冠である!

 

 

「受け取るわけないんだよなぁ、あれ値段どれくらいかとか考えたくもないわ。うちのパチモンとは訳が違うからな」

 

「そーそー、神官長はソルト王室くらいがちょうどいいよね!」

 

 

 レーヘンは全肯定モードに入っている。そこは『ソルト王国の王冠はパチモンじゃないよー』とかなんとか言うべき所なんだけど……というか今の軽いディスりなのかな?

 

 

「……正直、ボクもソルト王室くらいがちょうどいいなーって思ってるよ」

 

「本当それ、皇国の王族の私物とか貴重な品しかないからなぁ、よく王宮内を歩けるよなぁ、壺割ったらどうしようとか気にならないのなぁ」

 

 

 ま、パン屋の娘のくせにちょっと上から目線じゃないかと思われる方もいるかもしれないが、レーヘンは実際偉い。四天王二人を討伐した勇者レーヘンの権威はこの時点で大国の国家元首に勝っている。

 

 

「……そう考えるとソルトの宮殿も割と過ごしやすそうだね、冒険が終わったならお世話になろうかなー、なんてね」

 

「おー、こいこい。賓客待遇待ったなしだな!」

 

 

 彼女に与えられた屋敷はそれはもう、豪華というか。パルチザン組の王族用のそれよりずっと大きい。

 だから、彼女はお庭に『犬小屋』のような小さな小屋を建ててもらい、そこで慎ましやかな生活をしているほどだ。

 

 そんな勇者さまにとってソルト王室の宮殿は程々に暮らしやすい簡素な場所なのだ。うーん、これは軽く皮肉に片足突っ込んでるわけだが、事実だ。

 

 ソルト王室は現国王の父親が元漁師だからね、宮殿にあるのは安物ばっかだ。いや、もちろんパン屋の娘にとっては高価な品なんだけど、王の宮殿と考えるとありえないほど安価な品しかない。

 

 

「じゃ、ボク東の方の部屋がいいから、今から予約ね!」

 

 

 さて、そんな雑談をしていたから勇者さまはすっかり元気になったようだ。彼女は元々切り替えがかなり速いタイプ。精神的な疲労もすぐ回復するーーずぶとい女の子であった。

 

 

「そういえばバックルさんも代償の件を誤解していたぞ。説得したけど全然ダメ、俺までメンタルやられてるって勘違いされかけた」

 

「んなわけないじゃん、何言ってるの」

 

 

 というわけで俺は本題を切り出した。

 すなわち魔法使いバックルも『勇者レーヘン代償で身体ボロボロ説』を信じてしまってるよ、という話なのだが。

 

 彼女はそう一笑に付した。

 

 

「残念ながら、事実です……」

 

「……いやいや、魔法使いさんは魔法のスペシャリストだよ? 一目で代償を補填してるって気がついてる……はず」

 

 

 勇者レーヘンは仲間達に強い信頼を寄せている。

 幼馴染の錬成士にも。姉貴分の姫騎士にも。父親のような魔法使いにも。

 

 勇者レーヘンはこの問題においては、仲間への信頼を薄れさせていた。幼馴染に姫騎士、頼りになる仲間が二人もデマを信じ切っている現実に『二度あることは三度ある』、なんて考えが鎌首をもたげたのは確かで。

 

 しかし彼女はそれを振り払った。

 三度目の正直、と。

 

 

「ボクは仲間を信じる! あの人はそんな勘違いしたりしないんだ!」

 

「人は間違えるものなんだよ、レーヘン」

 

 

 ま、人は間違えるものだ。善人だろうが悪人だろうが関係なく。人格と行動の正誤は比例しない。無垢なる信頼も行き過ぎれば盲信にほかならないのである。

 

 それでも仲間を信頼することは間違いなく美徳なんだけどね。

 

 

「というかそこで頼り甲斐のある兄貴分、神官長であるこの俺を信頼しないのかよ」

 

「だって神官長って結構ポンコツじゃん。なんか抜けてて鈍感で、物事の真実を見抜けなくて、外面に騙されるタイプだし……もー、ほんとボクがいないとダメなんだからさ」

 

 

 というか、その割に俺のいうことに全然信頼向けてなくない? もちろんそんな不満はきちんと口に出す。変に溜め込むなんてことはしない。

 

 しかし、レーヘンはこんなに頼りがいのある俺のことを何かとんでもないことに気がついていないように揶揄してくるのだ。

 

 俺が気がついてないことなんてないからね?

 勇者さまが割と結構、俺のことを舐めてることまでしっかりとね?

 

 

「ま、仕方ないからライフズくんと姫さま、あともしそうだったら魔法使いさんもさ、ボクが責任を持って説得してあげるから、感謝してよね!」

 

「流石は偉大な勇者、レーヘンっ!」

 

 

 俺は即座に手のひらを返した。

 なんなら足もぺろぺろ舐める勢いだった。

 

 偉大なる勇者レーヘン。

 現在進行形で世界を救う偉大なる英雄。

 俺はもはや彼女を頼るしかなかった。

 

 俺じゃ無理なんだよね、特に魔法使いさんは。変に説得しようとしたら頭がおかしくなってると思われかねない。

 何を言おうと逆効果と言わざるを得ないのである。

 

 

 

ーー聖暦0097 11月17日ーーーー

 

 

 ヴーヴーヴーヴー

 

 穏やかな日々を切り裂くような、警報の音が暫定首都全体に響いていた。

 魔王軍の襲撃だった。

 地を埋め尽くすほどの莫大な兵が、暫定首都に迫っている。その兵数は人類連合に加入するパルチザン総軍の数倍。

 

 四天王の姿は見えないものの、魔王軍は精鋭だ。

 数の上で互角なら人間に勝ち目はないのに、それが数倍。

 しかもパルチザンは長い戦線の各地に広く散らばっており、急に一箇所に集めることなどできないのだ。

 

 首都防衛に携わる総軍からすれば数十倍の差がある。勝てるわけがない、都市の中には絶望感が漂ってきた。

 

 ま、俺とレーヘンには余裕があった。

 数、というものは勇者さま……いや、聖剣を用いれば簡単に覆せる。まして今回は軍勢がまとまっているのだ。まるで聖剣を使えるなら使えと言わんばかりの布陣である。

 

 ではなぜ敵がこんな手を打ってきたかといえば、勇者レーヘンの代償について勘違いしてるから、ということになる。

 

 レーヘンは四天王の一人目、二人目。

 合わせて6回、聖剣を使用した。

 消費寿命は120年。

 それは人間の寿命と同等だ。

 

 だから、これは勇者レーヘンの寿命を削り取ろうとする魔王の策でありーー俺たちの隠蔽工作が産み出した明確な勝ち筋だった。

 

 

「ちょっと神官長、やばいよ!」

 

 

 なのに、俺の部屋に駆け込んできた勇者レーヘンは焦りを滲ませていた。額に汗を浮かべた姿は、魔王四天王を前にした時より遥かに逼迫している。

 

 

「魔法使いさんって、もしかしなくても勘違いしてるよね‼︎」

 

「そうだね、勘違いしてるよ?」

 

 

 俺は色々察していた。

 なんなら、さっきまで仲間達と打ち合わせをしていたからね? レーヘンが聖剣をブッパすればそれで戦いは終わるとは言え、ある程度戦略について話しておく必要があった。

 

 例えば今回の布陣は勇者を誘き出す囮説。

 別機動隊の存在の有無。

 四天王が待ち構えてる可能性の有無。

 

 そういうわけで俺の屋敷に仲間を呼んで『レーヘンに聖剣を使って敵を皆殺しにしてもらおう大作戦』についてあれこれと話してきたのだが……。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「そんなことっ、許されるわけがないでしょう、神官長!」

 

「でも、そうしないと多くの人が犠牲になるよ? わかってるだろう?」

 

 

 『勇者レーヘン寿命すり減りすぎてやばい説』を盲信するライフズ君に猛反対されてしまったのである。ま、それは予想通りだった。

 

  幼馴染であり、『聖剣守でありながら聖剣を受け継ぐことができず、幼馴染に負担をかける無能者』そう自認し苦悩している彼が首を縦に振れるわけがない。

 

 

「……今は逃げるべきです、小大陸まで撤退し、情勢を立て直すべきです」

 

「そして、同じ事が繰り返されるだけだろう。その時はどこに逃げるんだい?」

 

 

 この情勢でレーヘンは聖剣を使用せざるを得ない。このまま暫定首都が崩壊すればパルチザン組にも壊滅的な打撃が産まれる。そうすれば大大陸の組織的な反攻は困難となり、情勢は一気に不利になる。

 

 仮に逃げ出したとして同じことが繰り返されるだけ。人類はどんどん兵力を失い、そうして敗北することになる。

 

 そんなこと彼もわかっている。

 でもわかっていても受け入れられない。

 

 

「……それでも!」

 

「うんうん、それが君の意見だね?」

 

 

 ライフズくんは明確に反対に回っていた。

 

 この地に生きる人々を見捨てて逃げるべきーーそう強く提言してテコでも動かないといった感じなのだ。

 

 それは俺からすれば美徳だ。

 

 俺もね、もし代償を補填できる事を知らなかったら絶対に反対したからね。自慢だけど俺はそういう為政者として小を犠牲にできず、逆に被害を大きくしてしまうタイプだった。

 

 知り合い犠牲にして勝利なんて選べない。

 俺もそう思うもん。

 

 だから彼への好感度はぐーんとあがった。

 

 

「では、姫さまはどう思いますか?」

 

「……神官長さま、わ、わたくしは……」

 

 

 そして祖国奪還を求める姫騎士ワイスは。

 何も発言することができなかった。

 

 彼女は知性が高い。ここで撤退することが許されぬことは理解しているが、……それでもレーヘンへの情ゆえに寿命をすり減らす聖剣を使えなんて言えないのだ。

 

 それは高貴なる者としては背任に等しい。

 死ぬべきものに死ねと命じるのが為政者の役目。

 

 

「答えられない、なるほど、なるほど」

 

「……っ、わたくしはっ……わたくしは……」

 

 

 だからワイス姫は為政者失格と言わざるを得ないーーのだろう。

 

 それに姫さまは家族や家臣達に命を賭けて逃がされた過去がある。

 『祖国復興』、それは死したみんなに託された願いであり。叶えなければならぬ義務であるのに。個人的な情からその願いをも無碍にしている。

 

 でも俺の好感度はもちろん上がった。

 それの何が悪いのかって話よ。

 家臣のみんなが生きていたらきっと『幼な子一人を犠牲にするなんて、皇国の恥、おやめくだされ姫さま!』なんていうに違いない、間違いない。

 

 

「では、バックルさんはどう思われますか?」

 

「ば、バックルさん、ここは攻めるべき場面だよね、そうだよね⁉︎」

 

 

 彼の返答を聞くより先に口火を切ったのは勇者レーヘンだった。

 

 先に言っておくがレーヘンに発言はさせるつもりはなかった。作戦会議直前に喋らないでと言っていたんだけど……ね? 勇者さまは俺の窮地につい口を開いてしまったのだろう。

 

 が、頼られた魔法使いバックルは……酷く苦しそうな顔をして。

 

 

「次に聖剣を使えばお前は……死ぬ可能性が高いんだぞ、わかっているのか⁈」

 

「……え……」

 

「これで7回目、どれだけ長く生きても人間は140年は生きられないんだ……お前は死ぬんだぞ、レーヘン‼︎」

 

 

 なんて仰られてしまったのである。

 

 驚いたように小さく音を漏らしたレーヘン、その反応はひどく誤解を産みかねない。

 

 というわけで俺は話し合いの席を一時中断したのだが、そんな折にレーヘンが部屋に駆け込んできたのであった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「うー、どうしょー、神官長なんとかしてー!」

 

「レーヘン、よく考えてみよう、冷静になって? どうしてみんなを説得する必要があるんだい?」

 

 

 しかし、俺に焦りはなかった。

 今回は仲間の力を頼る必要はない。

 烏合の衆をビームで薙ぎ払うだけ。

 

 つまり単独で出撃すればいいのだ。

 いや、俺もついてくけどね。

 四天王が出てきた時とかのために足は用意しておいて、危険そうだったら即座に逃げればいいだけだしね。

 

 

「竜に乗って敵に接近して、薙ぎ払えばいいだけだろ? 何かあればすぐ撤退してみんなと合流すればいい」

 

「……えーっと、ボクは竜に乗れないけど……それはもしかして相乗りする感じかな?」

 

「何か問題はあるか? イヤな予感がするならやめとくけど」

 

 

 レーヘンは無言でブンブンと頭を振った。

 

 

「で、でも大丈夫? 帰ってきたあともめないかな?」

 

「お前が聖剣を使えば寿命消費は140年分になるーーつまり帰ってきたお前が生きてることが代償なんて治ってることの証明になるだろ、そして誤解はとけるわけだ!」

 

「た、確かに! なんだ、もう解決したも同然じゃん!」

 

 

 レーヘンは酷く納得していた。

 俺の思いついた最高に頭のいい冴えた解決策。

 

 俺だってバカじゃないわけ。

 常にあれこれ頭を使ってるわけ。

 

 ま、魔王に代償の補填は露見するわけだが……まあ、ここはカードを切るべき場面なのだ。聖剣の代償の踏み倒しを隠し切れるなんて最初から思っていなかった。

 

 俺の死のリスクは跳ね上がるし、俺が死ぬ……いや、捕まり、囚われてしまえば聖剣の無限使用などもできなくなる。

 ライフズくん達には言わなかったが、俺とレーヘンさえ無事ならば魔王軍を撃破することはできる。

 今は逃げるべきなのかもしれない。

 これが最善手ではないのかもしれない。

 

 しかし俺は甘ちゃんなので、小の犠牲なんて選べない。

 結果的に大きな損失が出るとしても。

 顔馴染みの死を容認できるわけがないのだ。

 

 と、最高にかっこいい述懐を内心で称えつつ、俺の冴えた計略に鼻を伸ばし、得意げにしていたのだ。

 そう、この時は……。

 

 

 ーー聖歴0097 11月18日ーーーー

 

 

 

 夜闇に紛れ、魔王軍に接近したレーヘンは聖剣を使った。

 暫定首都に住むものにとって、まるで陽の光が昇ったような情景だった、らしい。敵軍の中には四天王なんて存在せず、レーヘンは密集した魔王軍を一撃で消し飛ばした。

 

 そうして人類連合は窮地を免れた。

 

 そしてそんな偉大な戦果を成し遂げた勇者一行は、物静かに凱旋を果たしていた。喝采も称賛の声もなかった。

 

 

「うーん? 随分と静かだねー」

 

「何が起きたかまだわかってないんだろ? お偉いさん達に報告なんてしてないからな!」

 

「ほ、ホウレンソウを怠ってるじゃん、もー神官長はだめだなぁ」

 

 

 なにせ都市に住まうものは、そして軍兵士たちは、まだ絶望が拭われたことを理解していなかったからだ。ま、それも時間の問題だろう。

 

 敵陰が突如消滅したことに気がついた兵士たちが慌ただしく動いている路地の中、竜に乗って道を進む俺たちだったのだが。

 

 

「レーヘン⁉︎ 無事だったのか⁈」

 

「ふふーん、無事じゃなかったらこんな場所にいないでしょ!」

 

 

 ただこれは聖剣の輝きを知らぬものにとってはーーなのかもしれない。

 勇者が聖剣を使ったことは、わかる人にはわかるものだった。

 

 都市に残された仲間達はその輝きに何が起きたのかを理解して、慌てて部屋から飛び出したらしいが……ま、彼らの説得は終わったも同然だ。

 

 仲間達は三人とも得意げにVサインする勇者さまの姿に目を白黒させているのだから。

 

 俺はレーヘンを竜から降ろし、そのまま仲間達の元に向かわせる。余計な言葉なんていらない、数日勇者レーヘンの元気な姿を見せていれば誤解なんてすぐ解けるわけだしね。

 

 

「あれ、神官長はどこかいくの?」

 

「連合の人に報告する必要があるからな、レーヘン、お前はのんびり遊んで元気な姿を皆に見せといて」

 

「はーい、りょうかーい!」

 

 

 で、俺は人類連合首脳陣に報告という仕事をするわけだ。はっきり言って達成感に満ちていた。これで仲間達の誤解は解ける。勇者パーティー内で密かに広まっていた断絶は解消されたもの同然だった。

 

 というわけで敵の殲滅の報告を終え。

 しっかり就寝をとり。

 

 翌朝、もう一度しっかりした場で、敵の殲滅について報告し、勝利を祝う会食の場が用意されてることを伝えられ。

 その挨拶を任されることになった俺は、スピーチの準備に明け暮れているーー俺がレーヘンから味覚が無くなったことを聞かされたのはまさにそんなタイミングでのことだった。

 

 

 その時の俺は彼女の発言をかなり軽く捉えていた。

 なぜレーヘンは味覚を失ったことを知っていたのか、俺は深く考えなかった。いつもの勇者の勘とばかりに思っていた。

 

 スピーチ内容を考えるのに一生懸命だったから軽く流したそんな会話は…… 俺の計画の破綻を意味するものだった。

 

 でも仕方ないだろう? 俺は確かに今は誤解されてるかもしれないが、時間が経過すればやがて解けるものだと思っていた。

 そんな固定観念を抱いていた。

 だからレーヘンは終わった問題をまだあれこれ言ってる、俺はそう受け取ってしまったのだ。

 

 寿命を消費したわけではない=勘違いは未だ継続している。その上、味覚まで失われてしまっているーー周囲からするとそう認識されるのは、自然な話だというのに。

 

 俺が見落としていたそんな事実を正しく理解させられたのは、この日からさらに数日、日を跨ぐことになる。

 

 

 

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