曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者   作:さらみパスタ

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聖歴0097 11月20日

 

 

 

 

 人類連邦首都に迫った危機を乗り越えて数日。

 市民は方々に、魔族の大群を討滅した勇者レーヘンの名を讃えていた。

 

 絶望を振り払った希望の象徴。

 今の彼女はそういう存在だった。

 

 魔族四天王を二人討伐したことで高かった名声は、こうして実際に護られたことで絶対的なものへと変貌を遂げていたのだ。

 

 勇者レーヘンに任せればなんとかなる。

 この地は、何があっても平和なのだ。

 そんな希望を胸に抱いた市民達は数日前の勝利をいまだに祝っている。

 

 それはさながらお祭り騒ぎ、と呼ぶべきだった。

 路地を行き交う人々の顔には安堵と笑顔に包まれている。

 

 そんな賑わいに満ちた市場の中で。

 地べたに座り込む一人の男の子がいた。

 

 勇者パーティーメンバー、ライフズくんは強い悲嘆を隠しきれていなかった。まるで通夜のような雰囲気は、賑やかな路地だからこそいっとう際立つものがあった。

 

 

「うーん、これはやばい……」

 

「だから言ったじゃん、ボクなんか勘違いされてるってさ!」

 

 

 そんな姿を俺とレーヘンは遠目で眺めていた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 その日は、俺は朝から気を抜いていた。

 心悩ませる難問『勇者レーヘン自己犠牲説なんてデマを仲間達が信じてる問題』がやっと解決したからだ。

 

 俺だって仲間達を大切に思っている。

 

 彼らがありもしない出まかせを信じ、心労を抱える姿なんて見ていられなかった。

 苦節半年、ようやくその誤解が氷解した安堵と達成感に身を任せ、窓からお祭り騒ぎに興じる人々の姿をぼーっと見つめていたまさにそんな時だった。

 

 

「神官長ー、ちょっとこっちきて!」

 

 

 俺の部屋に勢いよく入ってきた勇者さまは、そのまま俺の腕をぐいと掴み、そのまま屋外へと引っ張り出したのである。

 

 まあ、彼女は先日の勝利の貢献者。

 ご飯を奢って欲しいのかなーとか、誤解解消祝いも兼ねよっか、とか、そういえば食事会の企画今日だっけ、とか色々気楽に考えた俺は抵抗することもなく勇者さまに連れ出され。

 

 そうして路地を歩く、まさにその時だった。

 幼馴染、ライフズくんの絶望的な姿を目にしたのは。

 

 

「なんかみんなね、ボクの味覚が無くなったって勘違いしてるっぽくてね」

 

「ライフズくんだけじゃなくて、みんな⁈」

 

 

 俺は天を仰いだ。

 

 勇者レーヘンは、寿命をすり減らしただけでなく遂には味覚を失ってしまっていた。頼れる勇者パーティーの面々はそんな勘違いをしているーーそんな言葉は本当なのだろう。

 

 でなければライフズくんはあそこまで曇っていない。

 

 

「ほら、あそこのお店今度みんなでご飯食べに行こう、みたいなこと計画してたじゃん、ライフズくん」

 

 

 勇者さまはライフズくんが座り込む路地の近くを指差した。

 そこは数日前にオープンした飲食店だった。

 

 寿命をすり減らした勇者さまにせめて楽しい日々を送ってほしいと、ライフズくんはあれこれとイベントを企画している。その中の一つが美味しい夕食会の開催であり、パーティーメンバーが参加することもよくあった。

 

 あのお店ちょっと気になるねーーなんて勇者さまが仰られるものだから、次の食事会はそのお店で開かれる予定だった。

 

 勇者レーヘンがこの都市を救った、二日後。

 つまり今日、行われるはずだった。

 

 レーヘンはご飯を楽しみにしていたのに。首都を救い穏やかな日常を守り抜いたといくのに……彼女は食事を楽しむ権利さえ奪い取られていた。

 

 それが悔しくて、苦しくて、辛くて。

 止められなかった後悔と苦悩を抱え。

 ああして地べたに座り込んでしまったのだ。

 

 

「な、なんでぇ……」

 

 

 でも、俺だって、許されるなら地べたにへたり込みたかった。

 

 俺は理解できなかった。

 なぜ彼はここまで悲嘆してるのか、と。

 なぜならレーヘンは確かに味覚があることを実証しているからだ。

 

 

「えっとね、この前の戦闘後に神官長と一旦別れたじゃん? ボクはその、元気な姿を見せるためにみんなと遊んでたんだよね……で、その時にさ……」

 

「あー、それで味しないのに気がついて、味わからないのに気が付かれたのかぁ……」

 

 

 おそらく気を抜いていたのだろう。

 

 レーヘンも俺と同じ気持ちだったのだ。

 これで全ての誤解が解けるとはしゃぎながら、勝利の余韻を満喫していたのだろう。だから、ちょっと気を抜いてしまった。

 

 仲間達も彼女の体調を確認するためによく見ていたのだろう。

 だから気がつかれた。

 

 

「ぅぅ、でもボクだって代償について気がつかなかったからさ、味しないよーって言ったのは仕方なくない?」

 

「それは仕方ないし補填も終わって、試験も通っただろ? なのになんで勘違いが継続中なんだよー!」

 

「だよね、ボクも思ってた」

 

 

 まあ、それは仕方ない。

 代償の内容が突然変わるなんて予想外だしね? 勇者さまが短慮であるなんて口が裂けても言えない。

 

 でも……だとしてもだ。

 それに俺はその代償を補填したし。

 その事は確かに実証されていた。

 

 

「というか神官長も見てたんだ、ボク頑張ったでしょ!」

 

「同じ会場にいたからな、お偉いさん達と何事かって感じで見ててさ。あとお前あれは本当に偉かった、全問正解するとは流石、偉大な勇者さま!」

 

 

 人間の味覚は割と大雑把なものである。

 かき氷の味は基本同じで色と香料だけがちがうのに味が異なって感じるように。

 

 その上元田舎娘で、別に特別いいものを食べて育ったわけではない勇者さまの味覚は、別に優れているわけではないのだ。

 

 そんな少女に出題されたのは、えげつない引っかけ問題。魔法で湯気を作り出しぱっと見熱いお茶に見えるお冷なんてのは序の口。

 

 カレー風のチョコレート。

 魚料理に見えるパン。

 手を変え品を変えて繰り出される問題。

 

 その全てを正解したのは流石のレーヘンと言えたのだが。

 

 そうして仲間達の疑惑の目を乗り越えて見事、全問正解を果たした勇者さまをどうして疑えるのだろうか。

 

 

「でもなんで、ちゃんと味言い当てたのに誤解が残るのか」

 

「……えっ、あ……」

 

 

 味覚がないのに味を当てられるわけがない。つまり代償が補填されているのは火を見るより明らかだ。なのになんで仲間達はそんな誤解をしているのか。俺は疑問だったのだが。

 

 レーヘンは「ボク心当たりありますっ」なんて顔をしていたのだ。

 

 

「あのさほら、ボクスパイスマシマシ激辛料理をお土産にした事あったじゃん?」

 

「食べ残しを渡してきたやつな……」

 

 

 俺はこの時点で大体察した。

 そしてレーヘンは俺が察した事を察した。

 その上で彼女は言葉を連ねた。

 

 

「ほらボク、姫さまとよく遊びに行ってるじゃん? そのときにね、姫さまがあれ気になるって言い出したのよ、出店を見て」

 

 

 レーヘンは無駄に口数が多かった。

 言い訳がましくあれこれ口にする姿には、年相応の幼さが満ち満ちている。

 

 

「で、ボクビーンときてさ、これ激辛料理食べさせたら姫さま買い食い絶対許さなくなるじゃん。こんな毒物口にするなんて許せません!ってなるのは確実じゃん?」

 

 

 お腹痛くなって俺を頼ったなんて、年頃の女の子が口にするにはあまりに恥ずかしい内容だった。

 

 

「だからカッコつけて『勇者の勘』って答えたわけか。あれは激辛料理だとか味まで言い当てて」

 

「ボクにだって恥もプライドもキャラもあるんだよ! 激辛料理を食べてお腹痛くなったとかいえないの!」

 

「それは仕方ない。でも味を詳細に告げる必要は本当にあったのか?」

 

 

 レーヘンの勘は本当に鋭い。

 戦局を読み当てるだけでなく、敵の攻撃が次どういうものが来るのかわかっているかのように動く時がある。

 

 実際、彼女はそれがわかるそうだ。

 

 

「うっさい! ボクだってカッコつけたくなる時はあるの! 神官長だってよく似たことしてるくせによく言うよね‼︎」

 

「とまあ、味を勘で当てられることを証明してしまったわけだ、お前は……」

 

 

 俺は話を変えた。

 実際、俺の心の中の述懐とか。

 ルーテシアに関する資料とか。

 そういうものを勘、の一言で言い当てるレベルで精度が高い。

 

 そんな超常的な勘を何度も見てきた仲間たちは、彼女の第六感に絶大な信頼を寄せていた。だから姫さまはそういうものだと納得したのである。

 

 それが、ボディーブローのように効いていたのだ。

 

 

「て、てへ?」

 

 

 今回の件は全て、それが原因であった。

 

 

「で、でも言ったからね? あれは嘘だって! 流石にボクだってみんなにあんな顔させるくらいなら恥かくことを選ぶから!」

 

「……意味ないし、逆効果だったんだろうなぁ……」

 

 

 過去に勘で味を言い当てた女の子がね、味覚がなくなった疑惑がかかった後にあれは嘘だった、本当そんな勘なんてないって言い出しても信じられるかという話だ。

 

 しかも、必死に言葉を紡ぐんだよ?

 冗談に決まってるじゃんとか、軽く流すのではなく、必死に、一生懸命に……。

 

 勇者レーヘンはそういう態度は逆に疑いを招くことを知らなかった。

 

 

「そりゃ、みんなあんな顔するわけだな」

 

「で、でもボク悪くないよねー、ね?」

 

「それはそう、お前は悪くはないよ、巡り合わせが悪かった」

 

 

 俺だって実は信じてるからね?

 レーヘンは食べる前にそれが当たりか外れかある程度、予測がついていると。その上で知的好奇心のままにパクりとしてるのだと。

 

 だって勇者の勘なんて目に見えないものが、何をどこまでできるのか、他者が見通す術などないのだから。

 

 しかも勇者レーヘンはーー普段は生意気言うくせに、誰かのために優しい嘘をつける心優しい女の子なのだ。みんなが辛くならないようにと元気なふりをするタイプなのだ。

 

 そりゃ勘違いするわけだよ。

 

 

「……よし過ぎたことを悔やんでも意味はない、切り替えていこう」

 

「だよねー、ボクも実はそう思ってた」

 

 

 というわけで俺は切り替えた。

 いつまでも悔やんでたって何も変わらないからね。

 

 仲間達の誤解を解く、そんな俺たちの戦いはもう少しだけ続きそうだった。

 

 

 

「……ライフズ、こんなところにいましたか」

 

 

 と、勇者さまとそんな会話をしてるまさにその時のことだった。路地に座り込んでいた幼馴染くんにそっと声をかける女が現れた。

 

 姫騎士ワイスである。

 

 

「……姫さま?」

 

「そんなところで座っていては通行の迷惑になりますのよ? わたくしの屋敷においでなさい? 少しお話しをしてくださいませんか?」

 

 

 それが口実なのは明らかだった。

 おそらく、旅の仲間がフラフラしてるなんて連絡が入ったのだろう。ワイス姫だって辛いだろうに、こうして仲間をフォローできるのだから本当にすごい人だよね。俺は姫騎士へ敬意を深めた。

 

 

「……もしかして姫さまとライフズくんって仲良いのかな? 神官長はどう思う? ボク、あの二人って距離感近いような気がするなぁ」

 

「姫さまは困ってる仲間に手を伸ばせる、そういう素敵な女性だってことさ」

 

 

 なのに鈍感勇者さまはなにか勘違いしたことを仰られるのだ。

 

 ライフズくんは、何を隠そうこの勇者さまに恋をしている。

 そして俺は彼の恋路を応援していた。

 だから、誤解や勘違いの芽はしっかり断つ。

 

 二人が交際してると誤認し変に距離を取ることがないように、ね。

 

 

「……鈍感のくせによくいうよね、そんなこと」

 

「おまえだけには言われたくないんだよなぁ」

 

 

 俺はつい反論した。

 唐変木な女の子にそんな揶揄をされたら、ね?

 

 勇者の勘はどうしたと思われるかもしれないけどね。レーヘンは幼馴染ライフズくんの恋心にまったく、これっぽっちも、気がついていないからね。そういう恋愛には効果を為さないことは立証済み。

 

 だから俺は一笑にふした。

 

 

「……だからその……あの二人はそっとしておいて、ボク達だけであそこのお店のご飯を食べてみよーよ」

 

「ああ、そういう事? 悪い悪い、頭回ってなかったわ」

 

 

 なんて考えてたんだけどね。

 俺は鈍感だった、

 

 つまり、勇者さまは食い意地を張っていたというか、楽しみにしていた美味しいご飯が食べたいということなのだ。

 意図が通じなかったからむすっとした顔をしてる勇者さまには申し訳ないけど……こっちも割とメンタルダメージ大きかったからね。

 

 

「予約したのに来ないとなると向こうさんにも悪いから、俺たちだけで食べに行くのはいいけどよ、誘い方が下手くそすぎない?」

 

「……ボクだって余裕なかったし。ともかく、良かった探ししたいの! 今日という日に、せめて何かしらのいい思いをしたいのー!」

 

 

 それは彼女も同じなのだ。

 これで厄介な仕事は全部終わり、と考えていたのに実はそうでないことを突きつけられたわけだから。

 

 ぱーっと憂さ晴らししたいのだろう。

 というわけで、俺とレーヘンはそのまま予約していたお店に向かうのであった。

 

 

 

 

ーー聖歴0097 12月10日ーーーー

 

 

 

 正直、勇者レーヘン味覚がなくなってるよ疑惑の解決は困難に近い。目に見えない感覚器官というものが治ってるかどうかを傍から確認する事は困難に等しいからだ。

 

 本人の言葉を信じるか。

 或いは味覚があるか試験してみるか。

 

 そんな二通りの解決策は残念ながら失敗に終わっている。

 斬ることができないゴルディアスの結び目を、なんとか解こうと試みる事は時間の無駄だ。

 

 というわけで俺は懸案を棚上げし。

 次なる問題の解決な取り組んでいた。

 

 

「魔法使いバックルへ、よからぬ噂を耳にしました」

 

 

 魔法使いバックルが怪しい。

 そんな垂れ込みが入ったのは……首都に迫る魔族の大群を勇者レーヘンが撃退して一月も経たないうちのことだった。

 

 次から次へと問題が起こっているわけだが……。

 

 社交の席でのこと、俺はパルチザンのリーダーを務めているとある男にそう切り出された。

 

 ヤムル。

 彼は対魔国同盟という組織の構成国の宰相であり、対魔国同盟締結のためにあちこちに駆けずり回ったとされる優秀な人物だ。

 

 社交の場での人望も非常に厚い。

 

 死んだと思われていたが、辛くも生き延びており、先日人類連合に加入したパルチザンでリーダーを務めているのだが。

 

 今回の発言は決して彼の意見ではないのだろう。

 

 

「魔法学園包囲網、魔族に囲まれた死地から、彼は見事に逃げ延びたそうです。他の誰もがそんなことできなかったというのに」

 

 

 彼の背後でコチラを凝視する男がいた。

 この情報をリークしたのはあちらの方で。 

 ヤムルさんは伝書鳩のように、伝えに来ただけ。

 

 勇者パーティーの名声は随分と上がっている。

 俺に直接そういう話をするのは憚られたから、こうして有力者経由で話をしたとかそんな感じだろう。

 

 

「その後、彼は海を渡り、小大陸にたどり着きました。そんなことできるならこの地の多くの市民が海を超えたでしょう。ただの教授である彼が果たして単独で行えたことなのでしょうか」

 

 

 或いはヤムルさんがそういう不満を汲み取った上で、こうして伝えに来てくれているとかね。彼は大国の元宰相だけあって非常に優秀な男だった。

 

 

「それに……彼は昔から融和派で、魔族を学園に入学させる運動もしていたとか……聞くところによると四天王ルッデバランは、彼の教え子などという話もありまして」

 

「ええ、こちらでも調査はしておきます」

 

 

 もちろん俺は仲間を疑うことはない。

 でも、魔法使いさんを擁護するためにもある程度前後関係を知る必要があるから調査は必要ではある。

 

 

「本当に手数をおかけします、ゾーニッヒ王子」

 

 

 レーヘンの勇者の勘を頼るか。

 俺はそんな新たな問題に取り組むために思考を回し始めたのだが……。

 

 

「それと一つ宜しいでしょうか」

 

 

 そんな言葉に少しドキッとしてしまうのは仕方ないことだろう。ヤムルさんは非常に優秀な人物だ。こうして、名声が高まってる俺に臆すことなく話しかけてくるほどに。

 

 そして、旧支配者階級の皆さまは大変よくしてくれているけど……俺の礼儀作法や諸々に問題がないとは思っていない。

 

 だから、そういう名の知られた英雄に立ち振る舞いなどを指摘されるかもと思うだけで緊張してしまうのは仕方ないことだと思う。

 

 

「勇者レーヘンが味覚を無くしているというのは事実ですか?」

 

「全くもって事実無根ですね。完全な出まかせですので話半分に受け取ってもらえると助かります」

 

 

 その言葉に俺は別の意味で心拍数を早めざるを得なかった。

 

 優秀で知られる人物がそんな事実無根の出まかせを信じていることに俺の心臓は激しく鼓動を鳴らしてしまうのだ。

 

 

「勇者パーティーメンバーの軽挙のせいでしょう。しかしあれは親しい間柄の冗談のようなもので、真実から遠くかけ離れています、所詮は事実無根のデマなのですから」

 

 

 しかも噂の出所はおそらく……勇者パーティーメンバーの振る舞いである。魔族撃退を祝う祝賀の中で行われたグルメクイズ、そしてその後の仲間達の沈痛な表情。

 

 そこに聖剣の代償に関する知識が混ざると、ね?

 点と点を結びつけたがる人の本能のままに、あらぬ陰謀論を信じ込んでしまうのは元支配者階級とて同じことなのだろう。

 

 もちろん俺はそれが悪質なデマであると強く主張した。仲間達の疑わしい振る舞いもついでにしっかり謝罪して、なんとか疑惑を解こうと足掻いたのだ。

 

 

「……申し訳ない、ゾーニッヒ王子。私は耳が良く鼓動を聞くことができるのです。その心拍数……嘘を仰られていますね?」

 

「そんなことはないですよ?」

 

「申し訳ない、わかっております。こちらも噂が広まらないように手を尽くしましょう」

 

 

 だからこそ、変な勘違いをされてしまったのだ。俺は嘘をついてるのではなく、彼が勘違いしてることに慌てているのに、だ。

 

 あと焦りのあまり口数が多かったかもしれないし……少し動揺してしまったことも疑惑を根深くした原因かもしれないが……。

 

 そうして俺は己の振る舞いのせいで、あらぬデマをますます広めてしまったのである!

 

 ますますこんがらがった感のある『勇者レーヘン自己犠牲説』であるが、これはまあ……解決策ができるまで棚上げするのであった。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 というわけで、俺は勇者レーヘンを頼った。こういう捜査において勇者の勘というものは非常に有効な手段である。

 

 普通なら地道な捜査が必要な問題を勘の一言で解決できるのだから、それはとんでもないことなのだ。

 

 

「うーん、なんていうか、今急いで探る必要はないんじゃないかな、あとなんかその……街を一緒に出歩いたらいい気がする……かも」

 

 

 でも勇者さまはそう仰られたのだ。

 だから俺はレーヘンを引き連れ街の中を出歩くことにしたのだが。

 

 

「あれはライフズくん?」

 

「うーん……ちょっと様子見とこっか」

 

 

 その途中、路地裏に向かうライフズくんの姿を目撃し、彼の後を追うのであった。

 

 

 メインストリートから少し離れた路地裏の暗がりに、行商人がお店を開いており、そこにライフズくんはいた。

 

 

「なーんだ、ベストールさんのお店か」

 

「よかったよかった、じゃ、で、デートの続きね!」

 

 

 知り合いのお店だった。

 以前、魔法使いバックルの妻子についての情報提供をしてくれた、魔法学園の元生徒のお姉さんにして。

 

 現在進行形で魔族と戦争である大大陸であちこちの品を運んできている、命知らずの行商人だ。

 

 ベールとフードで顔を隠しており、行商人というより占い師と呼ぶべきなのかもしれない。

 

 まあ、とっても怪しい方である。

 ほぼ確実に魔族か、ハーフだ、間違いない。

 

 ちなみに危険人物ではないことは勇者の勘で確定済みだ。いや、もしかしたら危険人物かもしれないけど、今は敵対しないと捉えても問題ないだろう。

 

 というわけで俺たちはそのまま道の散策に戻ろうとしたのだが。

 

 

「味覚の喪失かの? 勇者さまが失ったものは」

 

「……なんでそれを……」

 

 

 勇者パーティーの頼れる錬成士ライフズくんなのだが、どうやらその立ち振る舞いから情報を抜かれてしまったらしい。

 

 ……俺たちは無言で顔を合わせ、その場で盗み聞きする事を決定した。

 

 

「簡単な推理じゃよ、代償というものは器を削る、寿命が減るというのはその副次的な効果にすぎん。なら、寿命を削り切った末に感覚器官が削り取られるのは自然な話じゃろう」

 

「…………」

 

 

 彼女は何かを比喩するように大根を卸し金で摩り下ろしていく。

 

 盗み聞きした話はとても有意義であった。

 つまり器を補填していると証明できれば誤解は解けるってわけだしね。

 

 

「神官長、器ってなんなの?」

 

「俺が知ってるわけないだろ」

 

 

 俺達はコソコソと話をしていた。

 俺だって魔法知識は乏しい。

 とりあえず器について調べてるのが先だな。

 

 俺は目の前に現れた希望の光に思わず飛びついたわけだが。

 

 

「そういう意味で勇者レーヘンはまだ身を削れるということじゃな。視力、嗅覚、聴覚、4回は使えるというわけじゃからな、そこからさらに記憶、感情……なんてものもあるかもしれん」

 

「…………」

 

「それだけ己をすり減らし、人を救うとは健気な娘よのぉ」

 

 

 光が見えたこちら側とは違い。

 あちら側は暗雲に包まれていた。

 

 

「……治す術は……ないんですか……」

 

「これを元に戻すようなものじゃ、あの神官長でもできるわけがない、余計な希望は捨てた方が良いぞ、ライフズ、辛くなるだけじゃ」

 

 

 治せてるんですけど!

 というか大根だって戻せるからね?

 

 ライフズくんは悪質なデマが吹き込まれていた。やっぱあの女はスパイだわ、間違いない。

 

 彼女が言ってることが正しいなら、もう少し、代償の補填を誤魔化せるのかもしれない。味覚、触覚、聴覚、視覚、痛覚。五感を代償にしたと誤認させられたならあと、五回は補填について誤魔化せる。

 

 ……彼女が言ってることが正しいならね。

 

 

「では情報の対価をやろうか……ここにパルチザンの生き残りが在住している。怪我人が少し多くての、神官長殿の手を借りる必要があるかもしれんの」

 

 

 俺が敵なら一々真実を伝えない。

 ライフズくんに嘘を吹き込む。

 

 あらぬ事実をさも本当であるかのように吹き込むのだ。

 

 魔王は代償の補填に気がついた上で、自分達はそれに気がついてないアピールをし、ついでに勇者一行の絆を引き裂くためスパイを用いて欺瞞情報を囁いている可能性もある。

 

 では、そんな女をなぜ放置しているのかといえば、勇者レーヘンの勘+利用価値が高いからだ。

 

 

「……毎度思うんですけど、あなたが直接報告したらいいんじゃないですか? なんでこんな真似を」

 

「妾は……顔は出せない、諍いを齎らすからじゃ」

 

 

 ライフズくん経由でここに避難民がいる、とか、ここにパルチザンが隠れてる、とか多くの情報を渡してくれるからだ。結構な組織、そして人命を救助できたのも彼女のおかげといえる。

 

 ただ詐欺というのは、一度利益を出して信用させるものだ。こんな事で『あっ、いい人だ』なんて認定するのとはできないけどね。

 

 

「では、こんなところじゃの、妾は次の予定があるからの」

 

「レーヘンの件については」

 

「誰にも言わんよ……すでに一部噂は広まってるようじゃがな」

 

 

 ま、こんなとこかな。

 二人の会話はどうやら終わりそうだった。

 地図を渡されたライフズくんは立ち去る素振りを見せていて。俺たちも慌てて撤収の準備に入る。

 

 

「それと、四天王ルッデバランが動くやもしれん、気をつけろ? 空を飛ぶ強大な魔族じゃ。油断すれば一気に背後を取られるからな」

 

 

 そんなライフズくんに行商人はそう言い残した。

 

 

 

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