曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者   作:さらみパスタ

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聖歴0096 10月14日

 

 

 

 ついに連合王国軍が、大大陸に向け出発をする日がやってきていた。その軍勢は凄まじいものだった。かつて大大陸は人間が支配していた。

 魔族の侵攻で多くの国々が滅ぶ中で、兵士や避難民が海を渡り小大陸に流れ着いている。

 帰るべき港を失った軍船も。

 可能な限りの人を乗せ、生命からがら逃げた客船も。大人も子どもも、女も男も。

 

 そのうちのかなりのものは戦うことを選んでいた。でなければ死が待っているのだから。

 

 そんな避難してきた敗軍と、小大陸のありとあらゆる海軍戦力及び陸軍戦力は、魔国に支配された大大陸に向けて出発していた。

 軍勢の多さに、物資の数。

 兵站のこと、軍船が入れる港湾のこと。

 軍人や、地元のものたちの話をまとめた結果選ばれた地に連合王国の軍勢は辿り着こうとしていた。

 

 

「イヤな予感がするけど避けられない感じかな」

 

 

 勇者レーヘンはため息混じりにそんな言葉を口にした。彼女の勘は本当によく当たる。つまり敵が待ち構えていることは想定するべき、ということだった。

 

 というわけで俺たちは少し目的地をずらした。

 勇者の言葉は何より重い。

 突然の寄港地の変更に、不満を漏らすものはいない。ある程度根回ししていたからね。

 船は寄港地をずらした。

 舵が回り船舶は進路を切り替えた。

 

 かっこいい言い方をするなら、運命が切り替わった音がしたーーとかになるのかな?

 

 

「船から落ちないようにね?」

 

「わかってるよライフズくん」

 

 

 こっちがこっそり男の浪漫を堪能してる間も、勇者レーヘンは相変わらず、子どもっぽさを失うことがないようだった。

 旗艦であり、この大軍勢の指揮を担当する船に乗りこんでるわけなんだが……これが客船だと勘違いしているかのように甲板を走り回る無邪気な姿に、幼馴染くんも釘を刺している。

 

 

「刀魚がでたぞー、気をつけろ!」

 

 

 と、そんな時のことだった。刀魚の群れと偶然鉢合わせたのである。魔物ではない野生の魚だ。しかし厄介な生き物でもある。

 飛魚のように空を跳ね、船の上に飛び込んでくることもあるのだが、そのひれは鋭利な刃物のように鋭くなっている。

 

 そんな魚が何匹か軍艦に飛び込んできたのだ。

 

 

「……えっ……」

 

「わ、危ない、危ない」

 

 

 それが気を抜いていた幼馴染くんの目前に迫り、身を割り込ませたレーヘンは刀魚を素手で捕えたのだった。

 

 

「もー、気を抜きすぎだよ、ライフズくん」

 

「あ……ご、ごめん……ってレーヘンその手っ」

 

 

 ポタポタとレーヘンの指から血が滴り落ちている。こんなことで聖剣は使えない。

 

 聖剣を間違って発動させたら困るーーみたいな理由で強敵との戦闘時以外は聖剣を抜くことはないからだ。

 

 なので通常戦闘時は勇者はもう一振りの剣を携えているなどが……しかし完全にオフモードである彼女は他の武装を装備していなかった。

 だからこそ、素手で捕えるという選択をしたわけだが……ざっくりと指を切ってしまったのだろう。

 

 

「大丈夫、大丈夫……神官長」

 

「まてまて、まず血を拭ってからな?」

 

 

 仕方なく俺はハンカチで彼女の手を拭い、回復魔法を行使する。鋭利なヒレで斬り裂かれたから癒着は簡単で傷はすぐ塞がった。

 しかし……腕を伝うべっとりとした血潮、まるで不吉の予兆であるかのようだった。

 

 

「本当にごめん、僕は、僕は……」

 

「いやいや、いうて刀魚は切れ味良すぎて全然痛くないからさ」

 

 幼馴染くんの謝罪に、そう返事をするレーヘン。

 

 わかってねぇなぁ。

 俺は内心でそう呟いた。

 自分を庇って、幼馴染が怪我をしたーーそれは年頃の男の子には堪えるものだった。

 これが戦闘ならまだマシなのだろうけど、平常時に咄嗟に庇われたってのが、ね。それを痛い、痛くないの話で語るのは見当違いというしかない。

 

 

「あっ、神官長、どうしよう、ライフズくんがまた曇り始めて」

 

「これはもう、どうしようもないな」

 

 

 強いショックを受けてる幼馴染くんを前にしてレーヘンが泣きついたのが俺だった。コソコソと距離を詰めてそう囁く女勇者。あのね、俺はヒーラーだけど心の傷は専門外なのよ?

 

 

「余計な手傷を負った方が悪い、今度から剣は常に身につけとけ」

 

「えー、重いじゃん。あんなのずっと持ってたら肩凝るんだよねー」

 

 

 レーヘンは最低限の剣技は習得しているし、実際剣才も凄まじい。聖剣があるから強い、というより強いやつが聖剣を使ってる、というのが正しい。

 しかしその性根は村娘というか。

 こういうところで突然敵に襲われることを想定しておらず、聖剣と比べてはるかに重い(というか聖剣があまりに軽すぎる)剣とかを嫌がる子どもっぽさも兼ね備えていた。

 

 

「あとさ」

 

 

 すんとした顔で見つめてくる勇者レーヘン。突如の感情の切り替えの温度差はすごい。先程までのわちゃくちゃっぷりが嘘のようで。

 

 

「それ神官長に言われたくないなぁ、危ないとか狙われるとか自称してるのにろくに装備身につけないじゃん」

 

「メイス装備してるんだよなぁ」

 

「いつまでその棒を武器って言い張るつもり?」

 

 

 神官である俺は確かにメイスくらいしか装備していない。

 田舎娘で武というものに疎いというか、剣のことしか頭にない少女にとって俺の姿はなんか棒だけ持って武装したと言い張る変人のように思えているのだろう。

 

 でもね、レーヘンに迫る刀魚を三匹くらいは弾いてたんですよ? 

 

 一応俺は青い血引いているし、このご時世なので幼少期からエリート教育受けてるから近接戦闘は普通にできる。レーヘンと違って危機意識は持ってるからな!

 

 

ーー聖歴0096 10月21日ーーーー

 

 

 勇者の勘は当たっていた。

 

 次の敵幹部は強敵だった。

 奪還された大陸に渡った直後に起きた闘いは苛烈の一言だった。四天王最強の男を次鋒として投入して来たのは流石の魔王と言えた。

 

 敵軍がどこに上陸されるかを読み切り、最高戦力と夥しい魔軍を配置した慧眼は流石は大陸を制覇した覇王。

 

 ただ勇者の勘で、最悪の事態は免れていた。

 

 敵が布陣し、防御陣地を作り上げた港湾の対岸に上陸した連合王国軍は、確かに橋頭堡を作ることに成功したのだ。

 

 しかし、そこから先は激戦だった。

 敵軍は橋頭堡の近く、同じ湾の中に布陣していたのだから。戦えど戦えど敵の増援が湧いてくる始末で。

 聖剣という最強な武器をもつ勇者をして激闘と呼ぶしかないものだった。千の雷が降り続き人間と魔が激闘を続ける中、聖剣は五度使用され、黄金の煌めきが戦場を幾度となく焼き払った。

 

 激闘だった、俺も重傷を負ったし勇者パーティーも怪我を負わなかったものなどいないくらいの死闘。

 国軍にも相当の被害が出たとかなんとか。

 

 その果てに勇者レーヘンは死んだ。

 四天王最強との相打ちだった。

 五度目として、超至近距離で聖剣の力を爆発させ、屍の残らぬクレーターの底には聖剣だけがその輝きを放っていた。

 

 情報が錯綜する中、勇者の死は未だ伏せられていた。

 勇者レーヘンは希望だった。

 四天王二人を討った人類の希望。

 その死は誰かに漏らしてはならない。

 

 

「……レーヘン……」

 

 

 勇者の死は、年若い仲間には堪えるのだろう。

 幼馴染くんもそうだし、本来ならば自分が庇護せねばならぬ民草の娘に、命を賭けて護られた姫騎士も。死んだ娘と同い年でよく似ている子どもが自分を護るために死んだ魔法使いも。

 

 夥しい犠牲の果てに作り出された橋頭堡。

 魔に支配された大陸の最前線に用意された最低限の陣地の中。人間、魔族、無数の屍の山が転がる戦場の中。

 

 軍医に治療され、包帯でぐるぐる巻きになったパーティーメンバーは言葉を交わす気力もなくーーそれぞれ私室として用意されたテントに篭り勇者の死を悼んでいた。

 

 

「全く、仲間不孝な女だよ、レーヘン」

 

「いや、仕方なくない、あれは相打ち狙いするしかなかったじゃん、ボクが聖剣使わなきゃ全滅だったじゃん」

 

 

 その中の一つ。

 神官長である俺に与えられた、そこそこ大きなテントの中で思わず漏れた本音に、レーヘンは喚き散らすように反論してきた。

 先に言っておくが、妄想ではない。勇者レーヘンは袖の長いシャツに包まりながらジトっとした目で俺を睨んでいた。

 

 レーヘンは死んだ。

 だから俺は彼女に死者蘇生をした。

 

 流石にね、俺だって勇者への情はある。こんなことでおさらばなんてさせない。

 というわけで急ぎ三途の川に向かって魂を捕まえて、そのまま以前確保していた細胞片で肉体を構築させて、勇者を復活させたのだ!

 

 この前の休日というか、勇者パーティーメンバーに与えられた月単位の余暇の中で貯めるに貯めた生命エネルギーを百年分消費し切って。

 

 

「それでボクの細胞片はいつ確保してたわけ?」

 

「船上で刀魚掴んで怪我しただろ? あの時血を拭ったハンカチ」

 

「……きっしょ……」

 

 

 レーヘンは仮にも命の恩人な俺にそんな文句を口にしてくるのだ。

 

 

「せめて一言あるでしょ、何かあった時ように血を取っとくとか言ってくれてたらわかるよ?そりゃ仕方ないもん、文句も言わないよ? でも神官長今回勝手にやったでしょ」

 

「はいはい、悪い悪い」

 

「はー⁈ 別に命の恩人だし? 助けてもらったわけだし、最低限『知らずにこんな事してすまなかった』的な態度で言うならともかくなにその開き直り!」

 

 

 レーヘンは口煩く喚き立てた。

 蘇生した直後だから、感情の制御がうまくいかないのだろうか? やたらとハイになってる勇者さまの声量はとても大きい。

 先程、復活直後に喚き散らかすせいで兵士が声をかけてきた時と同じくらいに大きい。あの時は慌てて口を噤んで一時的に冷静になってたんだが今度は無理そうだな。

 俺はレーヘンが纏うダボダボのシャツを見て、そう思った。

 

 

「あとなんで全裸で復活させたわけ⁇ せめて服を着せるとかあるじゃん!」

 

「本当に悪い、お前もそういうこと気にするって知らなくてさ」

 

「……すよ」

 

 

 なぜ服を着せなかったか?

 そんなの着せるのが面倒だからだ。

 別に服を着せる時間くらいはあったからね? 彼女を蘇生できる確信もあったし。

 

 でも、平然と自己犠牲する高潔な勇者さま。その感性は一般的な女の子とはかけ離れてるからいいかなと思ったが……今のは完全に失言。

 どうやら彼女はそうとうお怒りのようだった。

 

 俺の渡したシャツの裾をギュッと掴んだレーヘンは、先程兵士がやってきた時と同じ、それ以上の声で叫ぶのだ。

 

 

「ボクだって普通に女の子なんですけど! 裸見られたら恥ずかしいと思うくらいの情緒はあるんですけど!」

 

 

 そして重傷を負ったというのに勇者さまを蘇生したMVPである筈の俺は、激昂した勇者にぽこぽこ殴られるのだった。

 

 

「レーヘンっ、生きていたのか⁉︎」

 

「うん、まあ、ええと、ギリギリね?」

 

 

 そんな騒ぎというか、勇者の声は随分と遠くまで響いていたらしく。

 慌てて駆けつけて来たパーティメンバーに勇者の復活が知らされたのはそれからすぐのことだった。

 

 

 ーーーーー

 

 

「いや、だから言いたくなかったんだよ、素っ裸に近い形で彷徨ってたなんて! で、神官長に見つかって服借りて、自分の服を探してたなんてさ‼︎」

 

「ご、ごめんって、レーヘン!」

 

「神官長も神官長だよ、重症者の治療とかで僕の服持ってくるの遅かった上にさ、こんな事態を起こしてさ‼︎」

 

 

 というわけでレーヘンは実は生きていた。

 ということになった。

 

 死者蘇生なんてできると知られたら、ね?

 大変なことになると世間知らずの勇者さまも自覚していたようで、爆発の影響で素っ裸だったから人前に出られなかった云々という言い訳を、恥ずかしくて隠したかったけど言わざるを得なかったーーみたいな感じで口にすることで誤魔化していた。ちょっと支離滅裂で、自分で探しに行く、のと俺に持ってきてもらう、という二つの内容が混在してはわけなんだが……。

 

 

「よかった、レーヘン、あなたが生きていてくれて」

 

「姫さま、大袈裟だなぁ。ボクがこれくらいで死ぬわけないじゃん。故郷取り戻すの手伝うって約束したでしょ?」

 

 

 勢いで押し切ったレーヘンは、その生還を祝う仲間たちにもみくちゃにされていたし。

 なんなら兵達も勇者が健在な様子に「あの噂はやっぱりデマだったな」とかあれこれ口にしているようだった。

 

 俺はそんな様子をじっと見つめ、大騒ぎになり広場に向かう勇者一行のことをじっと見つめ、ベッドに深く腰掛けるのだった。

 

 

 ーーーーーー

 

 

 ちなみにその後、レーヘンはまたコソコソと俺のテントに帰ってきた、それは勇者生存のお祭り騒ぎの最中でのことだった。

 

 

「神官長、さっきの話の続きなんだけど……他の人とかって蘇生できないの?」

 

「見知らぬ他人は無理だぞ、縁が相当深い相手じゃないと無理だし、死亡直後じゃないと無理」

 

 

 おそらく、軍事基地近くに並べられた無数の亡骸を目にしたのだろう。全員分の名簿は残され、慰霊碑がこの地に作られるのは間違いないが、死は死だ。

 

 彼らは割と、未来を信じて命を懸けた連中とか死場所を探していたものも多くいるし、実際に大大陸に橋頭堡を築き、四天王最強の男の討伐を成し遂げたので無駄死にでもない。

 

 なすべきことを果たせた。

 あの時できなかったことが、できた。

 

 割と満足してる連中ばかりだと、最高位のヒーラーであり、ある程度霊的存在とも対話もできる俺だからわかるが。

 年若い少女には思うところがあるのだろう。

 

 

「そういう意味で兵士たちの蘇生は無理、魔王軍の被害者の蘇生も無理、パーティーメンバーでもお前以外は無理」

 

「まー、そんな都合のいい技術はないか」

 

 

 もちろん俺は旅の仲間たちにも、戦場で死んだ兵士たちにも友誼や友情を抱いている。ただそれでも彼らを蘇生することはできない。

 

 縁云々というか、正確にいうと俺のお手製生命力を散々注いでるからである。

 そりゃ縁も深くなるのよ。

 普通は三途の川いっても見つけることはできないし、実際あの戦いで死んだ他の兵士の魂を見つけ出すことはできなかった。

 

 が……こいつに関してはできるという確信が最初からあったし、かなり呆気なく見つかった。

 マジで秒というか、向こうから来たまであるからね?

 

 

「ま、つまり、これからは危険な時はボクが前に出ればいいのか。いつも通りじゃんか」

 

「お前蘇生されることを前提にすんな、本当に疲れるんだぞ、あれ」

 

 

 あれはすごく疲れるのだ。

 なぜ俺が、勇者レーヘン生存のお祭り騒ぎの中でテントの中に籠っていたのかの理由だ。

 

 ま、疲れるだけで何かしらの代償はない。

 が、それでも本当に、ひどく疲れるのだ。

 いや、ほんとにフルマラソン走ってるに等しいからね? 10キロや20キロじゃなくて42キロだからね? 本当にキツくて疲れるし翌日は疲労し切ってクタクタになるわけ。

 そのレベルの疲労だからね?

 

 流石に若くして死んだ子どもを蘇生させるためならこの程度の苦労は屁でもない、屁でもないんだけど、このぐったりと疲れ切った様子を見て『また蘇生しといて』と考えるのは非情と呼ぶより他にない。

 

 

「必要な犠牲だよ、諦めて」

 

「っすぞ」

 

 

 俺はぐったりしていたのだがーーそんな姿に労りの一つしないのっておかしくない? フルマラソン級だからね、俺の疲労はさ⁉︎

 それを軽く扱われるなんて我慢できない。

 俺は吠えて、強く主張するのだった。

 

 

 

 

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