曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者 作:さらみパスタ
その空飛ぶ魔族の噂は、以前から軍の中に広く広まっていた。四天王ルッデバラン、複数の国家を壊滅させた強大なる魔族。
どれだけ追い詰めようと空高くに逃げられてしまえば、人間ではどうしようもない。
しかもその戦闘力は四天王相当。
真っ向勝負させない、魔国最強とは別種の強さを持つ強大な魔族は人類に莫大な被害を出した怨敵の一人であり。
そんな存在が活動を開始したのはまさに一週間前のことだった。
暫定首都からはるか遠く、最前線にて。
この空飛ぶ魔族は故郷奪還に燃えるパルチザンの部隊に強襲を行ったのだ。
勇者パーティーはすぐに動いた。
最前線に向かい、パルチザンの援護。
可能ならば四天王の討伐を行う。
「……ルッデバラン、そうか、あいつが出てきたのか」
その報告を聞かされた時、魔法使いさんは一切の表情が抜け落ちた顔をしてそう呟いた。強烈な激情、怒りと憎悪、他諸々が入り混じった強い感情で、彼の表層筋がオーバーフローを起こしたようだった。
異様なる気配を滲まざる彼の異変に、勇者パーティーメンバーの全員が気がついていて。
「え、えっとその、ど、どうしたの?」
「……ああ、なんでもねぇよ、レーヘンのお嬢ちゃん」
唯一話しかけることができた、悪く言えば遠慮のない勇者さまの言葉に彼は慌てて平静の仮面を被り直した。それは今の態度の理由を誰かに伝えることはないという暗黙の意思表示だった。
ーー聖歴0098 3月7日ーーーーー
空飛ぶ魔族は神出鬼没で、瞬く間に撤退してしまう。
勇者パーティーが接近するとすぐに離脱し、後に残されたのは肩や首をざっくり切り落とされた、無数の怪我人と死者の群れ。
勇者レーヘンとは真正面から戦わず。
人類連合の軍だけを狙っていることは明らかだった。
とはいえだからこそ、人類側の被害は決して大きくはない。大部隊が殲滅されるなんてことは起きてはいない。
しかしそれは時間の問題といえた。
それから数日おきに出撃は起きている。
襲撃地点から遥か遠方にて。
全く別のパルチザンが襲撃されていた。
鳥に啄まれるように、少しずつ兵力が削り取られていく。
各パルチザンには動揺が広がっていた。
薄らと広がっていたイケイケムードはすっかり形を顰め、社交の席でも確かな緊張の色が広がっていた。
「ええと、ここに入るの、また⁇」
「一応確認しときたいことがあるからな」
そんな日のことだった。
俺はバックルさんが借りてる倉庫に侵入していた。
部屋に置かれたスーツケース、その中にしまわれた手紙はまた量が増えているようであった。俺はそこに手を伸ばし、上から順に内容を確認していく。
魔法使いさんのご家族は魔族に殺された。
彼が『ルッデバラン』の名前を聞いた時に見せた憎悪。それはとてつもないものだった。
元教え子であることは知っているが、単なる裏切り者、とかそういうレベルではない激情から考えるに答えは一つだが……最後の一足とするため、こうして部屋の中に忍び込み、情報を集めていた。
そうして見てると心が病んでいきそうな手紙の中から、数日前に記された手紙を閲覧しーー俺たちは答えを得た。
「四天王ルッデバランが家族の仇……か」
「やっぱ勝手に見るのは良くなかったんじゃないかなぁ、神官長」
「必要な犠牲ってやつだよ、レーヘン」
レーヘンは俺の服の袖を引っ張りながらそう告げた。
いや、まあ、そうなんだけどね?
あの人俺にはこういう秘密を明かさない。
というかレーヘンにも詳細は語らない。
「でもでも、普通に聞けばよかったんじゃない?」
「その作戦連戦連敗だったじゃねぇか」
先に言っとくけどできる限りはしたからね?
カンペ用意して、レーヘンに読ませて、なんとか魔法使いさんを説得しようとしたけど……意味はなかった。
彼は大人なので、そういう周囲のメンタルを悪くするような内容は気を遣って言わないのである。
でも、家族を何より愛していたから、仇への憎悪は大人の矜持を易々と吹き飛ばしてしまう。なにせ、今も態度から憎悪や殺意が滲むほどなのだ。
そして彼がそんな強い憎悪に囚われているとあらかじめ知っていれば、彼が戦闘中に怒りに囚われ暴走したとしても対処できる。
そしてそれは、バックルさんの為でもある。
自分の暴走で仲間に迷惑をかけたらーー彼はきっと強い後悔の念を抱き、曇ってしまうからね。
、構ってしまうからね。
俺はバックルさんの精神の安定という大のために、彼のプライベートという小を犠牲にしたのであった。
「……じゃ、神官長もプライベート漁られても文句言っちゃダメだよ? 人にはやったんだからさ、自分がやられても仕方ないってことだからね?」
「俺は以前にお前に家探しされたけど、そんな煩くはしてないだろ」
「もー、あーいえばこーいうんだから。全く、神官長ってほんとにそういうとこあるよねー」
ぶつくさと文句を口にする勇者さまなのだが……この子、俺の私室を散々漁った過去があるんだよなぁ。
そんな過去の犯行をすっかり忘れたご様子の勇者さまに、俺は思わずそんなツッコミを入れるのであった。
ーー聖歴0098 3月10日ーーーー
パチパチと暖炉の中で薪が燃える音が静かに反響する中で、小さな吐息が耳元をそっと撫でていた。
ワイス姫は相変わらずの薄着姿だ。……正直、寒くないのかなと少し思うが、そういうの変に口に出すのはセクハラだからね、俺はお口にチャックをする。
いつもの長椅子に二人がけして、俺とワイス姫は言葉を交わしていた。
「本当に厄介なことですわね……敵の動きの予測がまるでついておりませんもの、神官長さま」
今回の事案も大声でするべきではない、勇者パーティーの作戦会議だ。二人っきりの部屋の中で、小声で囁くように。距離を詰めて会話してるわけなのだが。
ワイス姫は深くため息を吐いていた。
俺も全く同じ気持ちである。
勇者パーティーを徹底して避ける四天王。
それは今までと違い非常に厄介な敵と言えた。
「ですが、ワイス姫としては少しホッとしているのでは?」
「……ええ、そうですわね……わたくしは皇族失格の無能です、身内が無事でいることを喜んでしまう……浅ましさはありますわね」
「誰でもそうですよ、俺も、姫さまも、ね?」
それの何がいけないかという話である。
俺もね、代償の補填を知らなかったら、彼女と同じ反応をした。
「あの子が少しでも危険から遠ざかりますように」と。祈り、願い、戦いから遠ざかることを安堵した。
そういう点で、俺とワイス姫は似ているし。
なんならどんな支配者だって身内は可愛いものだ。子どもや配偶者と、部下、怪我を治療した時と態度の違いを見ればそれがよくわかる。
俺は瞳をキラキラさせそう訴える。
「…………….」
ただ、所詮は漁師の孫、貴人としての心構えが全くなってない俺と違い、世界で二、三番目に尊い血を引くお姫さまは性根の底から高貴な方であるようで。
こんな言葉にまるで全然響いていないのである。生き残ってしまった姫君の苦悩は根深く、俺の羽より軽い言葉で彼女の心を癒すことは困難と言えた。
「まあ、ともかく今回の敵は次はどう動くのやら、俺もさっぱりわかりませんからね」
「……こういう時こそ、バックルさんのご意見も伺いたいとこなのですが……」
「かつての教え子ですからね、思うところがあるのでしょう」
というわけで話題は魔法使いさんについてだ。
明らかに憎悪を撒き散らしており、そのルッデバランが家族の仇であることはパーティーメンバーと共有しておく必要がある。彼は多分……仇との戦いで暴走するリスクがある。
責任感と憎悪は違う。
師として弟子の不始末を拭うのと。
家族の仇に向ける憎悪の熱量はちがう。
我を忘れ復讐に身を投じるーーそんなのよくある話だ。
だから俺は仲間のプライベートを、本人のいないところで広めていた。
悪いことではあるが、仕方ない。
深追いをする、止めを刺そうと無理をする。
魔法使いさんの行動は周囲に迷惑をかける。
特に盾役は背中の味方の位置と目の前の敵の両者を常に意識している。無理に動いた味方を庇おうとして怪我をしたり痛手を負うことも考えられる。
まして、姫騎士は咄嗟に身を動かして誰かを庇ってしまうタイプ。
予め情報を伝えとく必要がある。
「……まあ、そうだったのですの? わたくしは全然知りませんでしたわ? 神官長さまはお詳しいのですね」
と、思ったが姫さまはこれ知ってたな。
初めて聞きました的な素振りをしてるものの、その態度は前々から知っていた話を改めて耳にしたーーみたいな感じなのだ。
魔法使いさんの噂は、すでにそこそこ広まっている。耳の広い姫君なら知ってて当然なのだろう。
「そんな可愛がっていた弟子に妻子を殺されたのですから……彼の怒りはどれほどのものなのか……」
「……っ……⁉︎ そ、そうだったのですね……なるほど、だからあれだけ激情を示されているというわけなのですか」
でも、妻子の仇であるなんて話は不思議なくらいに広まっていない。ということは、彼の妻子がどうして死んだのか知るものは少ないということになる。
まあ、その辺はどうでもいいか。
その次に俺が紡いだ言葉に、姫さまはひどく驚いた。
というか、随分すんなり信じてくれるのね。
俺てっきり明確な証拠がないと『それはあなたの主観的な意見なだけでしょう?』とか言われると思っていて、だから手紙という根拠を用意したというのに……。
勇者レーヘンの疑惑への釈明は全く信じてくれないのに、この話の話の速さはなんなのか。
「……申し訳ありません……ですが、どうやってそこまで調べたのです? 魔法学園の生き残りなんてほとんどいないと聞いておりますのに、身内の仇であるなんて……」
そんな態度を勘違いされてしまったことは本当に申し訳なかった。少し態度というか目線に感情が乗ったというか……ね?
「まあ、蛇の道は蛇、ということです」
「………………」
そして姫さまの質問にも答えることはできない。
『バックルさんの私室に忍び込んで、手紙盗み見ました』なんて、流石に言えないんだよね。俺にだってキャラあるし。
何でもかんでも伝える必要はない。
責任の所在を分散させる必要はない。
俺が全部悪くて、他の仲間は手紙を盗み見たことを知らず、ただ情報だけ聞かされたという立場にいてもらうというか、プライバシー侵害の共犯になる必要などないわけだしね。
じゃあ、なぜ勇者さまと一緒だったかというとーー彼女には倉庫に忍び込む姿を目撃され、そのままひっつかれてしまったのだ。変に騒ぐと人も集まるから帰らせる事もできず、ずるずると共犯関係になってしまったのだ。
魔法使いさんの手紙について知ってしまった仲だからこそ、まあいいかと思ってしまったのもあるし……多分俺はレーヘンへの好感度と信頼が高いからこう言う時に無意識に甘えてしまうのだろう。
「ですので、お気をつけください、盾役のあなたは特にリスクが大きいのですからね」
「…………ご冗談を。今回の敵は空を飛ぶ、ただでさえ無能なわたくしは今回は完全な置き物になるだけでしょうに」
と言うわけで要約すると仲間を想って泥を被るイケメン王子様ムーブをしようとしたわけなんだけど……残念ながらそうは上手くはいかないようだ。
そ、そうだね、空飛ぶ敵に隊列なんて意味はない。
……道理でレーヘンが渋るわけだよね。
だって意味ないもん。
姫騎士ワイスに事情を説明する必要はなかった。
だから、具体的な証拠を用意して、論理的に説得する必要もなかった。家探しして手紙を探す必要なんてーーなかった。
俺は自分の過ちを悟った。
勘違いして先走って、仲間のプライベート暴くだけ暴いたぽんこつ王子、それが俺だった。
でも、俺だって人間だから。
間違えることがあるのは仕方ないのである。
ーー聖歴0098 3月17日ーーーーー
人類連合は、空飛ぶ魔族への対策など何一つできぬまま時間ばかりが経過していた。姫さまも魔法使いさんも、ライフズくんも、裏で色々やっているようなんだけどね,俺にできることは、何もなかった。
俺は極めて優秀なヒーラーだけどね、そんな敵が何してくるのか分かるわけがないのだ。
定期的に首都に送られてくる怪我人の治療、或いは敵の動きを牽制するための出撃などの対症療法的な真似しかできないのである。
そしてそんな俺より遥かに仕事がないのが勇者レーヘンその人であった。
「むー、ボクも特訓してるから、別に暇ってわけじゃないんだけどねー!」
「ま、勇者さまのお仕事は戦闘だからね、こういうのは役割分担だから、戦闘ではおねがいしますよ、レーヘン先生」
俺の部屋に遠慮なく上がり込んできた少女は、顔を合わせるとナチュラルに人の考えを読んでくるのだ。
まあ、仮に仕事があったとしても周囲から取り上げられるのだろうけど……。代償で寿命はすり減り味覚まで失ったーーレーヘンはそんな疑惑がまことしやかに語られているからね。
「まー、魔国最強よりは弱いんでしょ? ならなんとかなるかな」
「流石は勇者さま! でもレーヘン肩には気をつけろ? 敵は上から降りてくる攻撃を多用してるから」
怪我人は欠損者が多い。
天高くから強襲する四天王は、人を殺すというより傷害を負わすことを目的にしてるのかもしれない。もちろん無数の死者は出ているが。殺すだけでなく、足手纏いを増やすことを目的としたゲリラ戦術。
一応、死者、負傷者がどこに傷を負ったのかのデータをまとめた結果、天高くから首ーー肩のラインに一撃入れてくるのが敵の基本的な攻撃行動であることは判明していた。
おそらくだが狙いが確実ではない。
天高くからの強襲は風の影響を受けやすい。
頭を狙った一撃が横にずれ、肩やら腕やらを斬り落とす結果となっているのだろう。
俺は一応神官なので死者と対話できる。ま、死者っていうか残留思念なんだけどね?
その能力を用いて殺された人々から色々聞き取った結果、攻撃時は風が止んでいたか、弱かったことが判明していた。
また、戦闘についても部隊が生きて帰れるような状況ではなかったとも伝えられたのだ。
逆に生存者たちは一様に戦闘直前に風が強くなったことを口にしているし、逃げることができるくらいには余裕があったそうだ。
おそらくだがルッデバランは、風が弱い空間でこそ、その本領を発揮できる。
そして風が吹かない戦場を狙って攻撃してきている。
そしてその攻撃は一撃で四肢を両断する。
大の大人の腕を易々と切り裂く攻撃だ。
肩、というより胴体半ばまで削ぎ落とす、それほどのまさしく断頭の如き通常攻撃を連打してくるのだ。しかも防具を貫通してくるからね。
しかも、敵は魔法使いさんの弟子。
魔法という手札を隠しているのは明らかだが。
なんて説明を資料片手に、俺はレーヘンに行った。
もちろんこの情報は上にも報告するわけだが。
「あれー、神官長、いつからこんなに資料書けるようになったの?」
「勉強したんだ、お前の誤解を解くために必死にな」
仲間の曇らせを拭うために必死に努力した成果がこういう形で生かされたのは塞翁が馬であった。身長や体重、装備のデータと、怪我の位置あたりをまとめた資料は……まあ、ちょっとわかりにくいんだけどね。
素人がまとめたにしては割と頑張った方だと思う。
「ともかく、お前は身体が細いからなぁ、掠めただけで持ってかれると思う、避ける時は余裕を持てよ?」
「え、えへへ、そ、そうかな!」
肉体的には平凡で、年相応に小柄な体格のレーヘンでは、掠っただけで四肢が欠損するのは間違いない。
ま、戦場で俺がいる限り四肢なんて即座に無限に治るんだけどね! これは天才だからそういうことができる。
「ま、そういうことなら聖剣、片手で打てるように訓練しとかないとねー」
「……いや、そんな必要はないんじゃないか?」
しかし、僅かな勝機を見逃さない勇者さまからすれば、腕が生えるそのわずかな時間さえ長すぎると感じているようなのだ。
まあ確かに次の敵は空飛ぶ魔族。
攻撃される瞬間にカウンターを入れるしか、まともにダメージを入れる方法はない。特に遠距離攻撃のない俺とレーヘンはね?
そして敵の動きはかなり早い一撃離脱戦法の使い手だ。しかも亡霊さんたちの話ではカウンター喰らいそうになると攻撃寸前だろうと関係なく、空に戻って行ったそうだからね。
だから後の後。
敵に攻撃させた上でギリギリで回避しーー腕の一本失った状態で聖剣で消し飛ばす。
レーヘンはそんなイメージをしてるようで。
「でも、腕がなくなると突然歩けなくなるんでしょ? バランスが崩れるってよく聞くし」
「……いや、それはそうなんだけど……」
流石のレーヘンも身体のバランスが崩れた状態でいつもの動きをすることはできない。
腕を失うとどれだけ重心がズレるのか、経験しなければわからない。
「というわけで神官長、特訓するから手伝って!」
つまり何が言いたいかというただ。
レーヘンは腕を切り落とした上で剣を振るという、とても表には出せない特訓をしたいというわけ。
そしてそれを俺に手伝って欲しいというわけ。
剣をこちらに渡してくるあたり、治療だけでなく腕の切除までお願いしますっていいたいわけ。
ま、必要なのはわかるけどね。
「………………」
「え、神官長、何その顔? 痛いのボクなんだけど?」
片手で聖剣を打つ訓練。
こんなん誰かに見られたら止められるのは明白だ。代償を誤認されてる状態で寿命をすり減らす訓練なんて誰がさせるかって話だし。
片腕をあえて失う工程が、ね?
俺にだって常識はある。腕なんて幾らでも生やせるし、テロメアがすり減るなんて起きないとはいえーー一般的に見て肉体な欠損は極めて深刻な負傷であり。
「お前に怪我を負わせるのはね、割と拒否感凄いからね……必要なのはわかった、手伝うことは約束する……ただちょっと覚悟決めさせてくれ」
「いいけどさー、治るとはいえボクに寿命すり減らさせてるくせによく言うよねー」
「自分でやるのと聖剣が勝手にやるのは話が違うんだよ……俺結構、お前のこと好きなんだぞ?」
そもそも、気安く行ってはいけない加害であるし。口ではあれこれ言ってるけどね、俺はレーヘンのことが大好きなのだ。そんな幼子の腕を切り落とすとか……いや、必要なことは認めるしやるけどね、覚悟を決める時間が欲しかった。
というわけで俺は報告書を上に提出することにして、その場を切り抜けるのだった。
「ぼ、ボクも神官長のこと……す、好きだけど、腕くらい切れるよ? そうだ神官長も一緒に練習しようよ、動けなくなるの不便だしさ、ボク切ってあげるね!」
ツッコミどころ満載なそんな言葉をスルーして。
ーーーーーー
その日の夕方のことである。
俺は人類連合の拠点で、ヤムルさんに推測というか集めたデータを見せて、プレゼンをしていた。
……正直、この人と会うと緊張してしまうけど、彼は軍事指導者として極めて優秀な人物だ。意見を聞くのにこれ以上ない相手であるし。
レーヘンに危害を加えるより万倍マシだからね。
「……ふむ、なるほど……」
昼にレーヘンに見せた資料を提示していた。
一応、俺は資料の作成だけでなく、プレゼンみたいなことも触りだけは勉強している。プロには遠く及ばない未熟な素人芸だし。
なんなら資料もそうだ。
至らぬところは山のようにあるし。
割と酷評されるかなぁとは思っていた。
「……なるほど、なるほど……」
ヤムルさんは俺をジロリと見つめた。
そして深く考え込んだ彼は小さくため息を吐く。そして彼は瞳を瞑った。すごく思考を回転させているのだ。
「……これは素晴らしい、まさか、あのルッデバランの弱点をこんなに早く見抜くとは……噂通りと言うべきでしょうなぁ」
「いえいえ、こんなことわかっている人は多いと思いますよ」
ヤムルさんのように、ね。
彼もおそらく、敵の秘密に勘づいていた。
というかある程度情報解析ができる人なら全員同じ答えを導き出せる。
しかし彼は頭がいいからこそしっかり情報を集め精査しており、それ故にすぐに判断を出せなかったのだろう。
俺は死者と語り合えるタイプの神官だからね。部隊が壊滅した戦場の気象条件調べるみたいな手間暇は必要ないから早く答えを出せただけ。全部死者に聞けば済むからね。
「……ですが他の者達では裏付けが必要となります。この時間の早さというのは極めて大きな意義があると思います……魔王もここまで早く手を読まれるとは思ってもいないでしょうね」
「そうですか、それは光栄です」
でも、ここまでチヤホヤされると気分がいいし、ホッとしてしまう。めちゃくちゃ指摘されると思っていたからね。
なんか心の距離が縮まった気がするし。
割と今の関係なら言ってもいいのかな、怪我を治しましょうかって。
俺はじっと彼の服の下に残る無数の傷跡に視線を向ける。
ヤムルさんは……身体のほとんどの部位に他者の臓器が移植されている。顔の皮膚、全身の四肢、幾つもの臓器。
激闘の最中に重傷を負い、部下から皮膚なり、臓器なりを受け継ぎ命を紡いだーー彼はそういう地獄を潜り抜けてきたパルチザンリーダーだからね。
ま、珍しくもないけど。
今回の四天王もそうだが、敵の攻撃で欠損するなんてよくある話で。戦友や、その遺体から失った部位の移植を受ける、なんてのはよくある話だったそうだ。
彼のような存在が珍しいわけでもないのが大大陸のパルチザンの地獄をこれ以上なく示唆しているわけなのだが……。
俺が回復魔法を使った場合、本来の臓器が再生され、移植された臓器が異物として排出されてしまう。
身体を分け与えてくれた部下ーーそれを捨てるなんてできるわけがないと、免疫抑制剤を飲み続けることを選ぶ指揮官も多くいる。
俺はそんな気持ちは痛いほど理解できた。
だからそう言う人々の治療はしていない。
ヤムルさんもその一人だ。
まあ、直接言われたわけじゃないんだけどね。
「……さて、どうされましたか、王子」
「いや、なんでもありません。大変参考になったなと感服していただけですとも、流石はヤムルさんですね」
それゆえに苦手意識があった。
患者さんやご家族に文句言われるなら、そういうものだと割り切れるんだけどね。
患者枠に入ってないからこそ、初対面の人であることを強く意識して緊張してしまう、というか。キツいこと言われたら傷ついちゃうというか……。
でもそれは過去の話だ。
こうして一緒に強大な魔族の対応について、尽力していくと──絆が芽生えるものだ。
「そうだ、この後食事にでも行きませんか? 俺はいいお店知ってるんですよ」
「……いえ、申し訳ない……緊急の要件があるので……」
食事をしつつ、過去の話を聞いてみて、移植された部位の治療についての話をしようという計画だったのだが……。
ちょっと調子に乗りすぎたようで。
俺は即座にお断りされてしまうのだった。
「部下に報告を入れ、気象の専門家を集める必要がありますからな、他パルチザンにも情報を共有する必要もありますので」
「ええ、後はお願いしますね」
ヤムルさんは言い訳をするかのように、そう詳細な説明を口にしていた。表情に色々出ていたのかもしれない。
だも、それはそうというか。
彼はこの情報を急ぎ、仲間と共有するのだろう。
敵の弱点は風であることはわかった。
でもこれは第一段階だ。
ここから過去の気象データを解析し、次に敵が出現する=風速が弱い地点を予測しなければならない。
それは俺が今回やったことより遥かに難解で、本物の知性と知識を必要とする莫大な工程となる。
専門家を用意し、データを用意し、研究機関を発足させる必要がある。政治的に非常に大変な大仕事だ。
残念ながら俺では手も足もでない。
だからま、俺の仕事はここまで。
と言うわけで俺は自宅に帰宅するのであった。
ーーーーーー
「もー、神官長、遅いんだからさー。ボクも準備済ませといたよー、ほら、ちゃんと着替え用意しといたから、え、偉いでしょ……」
報告を終え屋敷に帰宅した俺の前に、にゅっと勇者レーヘンが現れた。その腕には折り畳まれた着替えや、血が飛び散った時用のタオルなどがいろいろ用意されている。
こんなこと屋外ではできないからね。
やるんだったら私室の中で、だ。
そしてレーヘンは俺の私室を選んだ。
「……やっぱり少し緊張しちゃうね? ぼ、ボク、こういうこと初めてだしさ、その……あ、あはは、先部屋に行ってるね?」
明らかに緊張の色を滲ませた勇者さまは、ぎこちない態度で俺の部屋の中に入っていくのだった。そりゃ身内に腕切り落とされるなんて、緊張するに決まってるよね。
まあ、仕方ない。
訓練をするべきだと言われたら、その通りというしかないし。頼れる仲間もこういう話では頼らない。悪戯に曇らせるだけだからね。だからこれはきっと俺が成すべき職務であった。
俺は覚悟を決めた。