曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者   作:さらみパスタ

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聖歴0098 7月18日

 

 

 

 人類連合の首脳陣。

 その中で魔族が内偵しているかもしれない。

 俺とライフズくんはそう結論付けていた。

 

 ルッデバラン戦には多くの疑念があった。 

 なぜ、敵はわざわざ不利な戦場を選んだのか。人類が空飛ぶ魔族の情報を集め、反抗作戦に打って出ようとしたーーこと全てを知っていたかのような戦略。

 

 情報は漏れている。

 人類連合にスパイが存在している。

 そして、反攻作戦の詳細を知っている、その情報を集められるだけの地位にいた存在だということだ。

 

 そしてライフズくんから得た情報からして、人に化ける能力はないらしい。つまり、いわゆる高貴な血を引く存在は省かれる。

 

 そういう存在を排除して、元平民である将軍とか、教授なんてものをピックアップする作業はすぐ終わった。

 

 幸いというか、かつてパルチザン組と亡命組は対立していて、そういう時に家柄に関しての揶揄が口にされることもあった。

 

 そうして出てきた疑惑の人物263人。

 

 うん、全然絞れてないと言っても過言ではない。

 本当に数が多いというか、今、組織の中核にあるパルチザンはかなりの激戦を潜り抜けてきた組織が多く……身分的には高くないものが繰り上がりで軍事指導者の地位に着いたパターンも少なくないのだ。

 

 そしてリーダーの副官、側仕えなど含めるとその数は膨大。

 いちいち調べてる余裕なんてない。

 

 ちなみにその中にはヤムルさんや、姫騎士ワイスの付き人リバースの名前もある。

 

 となると調査の優先順位は、敵だった場合にリスクが大きい存在からとなる。となると姫騎士ワイス周りの関係者から調べるべきなのだろう。

 

 『反魔族同盟』は、まとめて人類の全兵力を叩き潰すために結集させられた囮であり、勇者が舞台に上がる前に可能な限り戦況を優位にするという魔王軍の作戦の一端だったーーみたいな揶揄をかつて社交の場でされていた。

 

 もちろんそれが判断ミスだなんていえない。

 現在進行形で国家を魔族に侵略されてる最中に、それを甘んじて見ているだけなど支配者階級として許されるわけがない。

 

 一国で敵わないから同盟を結び、力を合わせて戦いを挑むことは当時としては合理的で、正しい判断だ。

 

 ただ、それが魔王軍の策かどうかを今から逆算的に判断すると、確かに魔王軍を優位にした行いであったことは間違いなかった。

 

 そして、何より姫騎士は何かと勘違いをすることが多い。 

 

 『勇者レーヘン代償で苦しんでる説』

 『苦しみのあまり俺と関係を持った説』

 

 やはり彼女の周りにも敵の間者はいるのではないか?

 日々、悪質なデマを吹き込まれているのでは?

 だからこうして勘違いするのでは?

 

 俺にはそんな確信があった。

 

 かつての従者、そして盟友。

 調査するべきなのは確かだった。

 

 もちろんその辺りの情報はレーヘンにも伝えている。

 

 彼女の勇者の勘は、こういう社会の裏に隠れて暗躍する敵を見出すことにも用いられる。だから敵を見つけ出すための最も手っ取り早い手段としてこれ以上なく有用なので。

 

 俺はそれを遠慮なく頼るのであった。

 

 

ーーーーーー

 

 さて、そんな人間世界に潜伏する敵を見つけ出すという大変重要な職務を敢行している俺はーーレーヘンとデートしていた。

 

 正直、息を潜めて隠れているスパイを探すより、あえて何かしらの行動を起こさせた方が簡単なのは間違いなかった。

 

 俺は別に内偵の専門家ではないからね。

 しかしどこに敵がいるのか、誰を信頼すればいいのかわからない状態で大々的な調査などできないのはあるし。

 

 勇者レーヘンの代償についての噂が、市場にも広まりつつある。

 それへの対抗策として選ばれたのが、週刊誌に情報をリークさせるという話なのだが……。

 

 

「で,デートするべきだと思う、気分転換にもなるし、その……そうした方がいい気がするし!」

 

「お前がそういうなら、遊びに行くか」

 

 

 何故か勇者さまは俺とデートすることを望んでいたのだ。そういう噂が広がりやすくなるように、まるで恋仲であるように振る舞うべきだ、と。

 

 そんな彼女の強い要望に折れて、俺はレーヘンと首都の外周地区を散策していた。

 

 暫定首都の復興はどんどん進んでいた。

 この地に押し寄せた魔の大群を勇者レーヘンが薙ぎ払ったことで、逞しく生き延びていた生き残りの人類はこの地に押し寄せてくるようになっていた。

 

 辺境で隠れ住むより、勇者の武威の元にいた方が安全であると考えたのだろう。

 

 大陸全土の生き残りの数は、復興を終えたとは言え、大都市で受け入れきれぬほどに膨大なものだった。

 

 この一帯の人口は増し、暫定首都を護る城壁の外に流民達が勝手に住みつき都市を形成していた。

 

 外周地区。

 そんな名前がつけられた、避難民達が身を寄せ合い生活している地区である。

 

 それだけ聞くとまるでスラムのように無秩序であるように思えるが、実際はしっかり治安維持が行われているし。

 

 怪我人や病人がいたら、しっかり都市内のヒーラー(俺を含む)が治療にあたっている。

 

 なんなら都市機能を行う魔道具を改造し、この辺りまでインフラを拡張できる改造を、魔法使いさんが行っていたからね。

 

 ま、以前訪れた時より明らかに外周地区が大きくなったというか、外周地区のさらに外周に新たな地区が形成されており、魔法使いさんのお仕事はまだまだ続きそうではあるんだけど……ね。

 

 

「あ、ほらほらここら辺さ、神官長と相乗りしたとこだよ、ほら!」

 

「普段は移動拠点に乗ってサッと通り過ぎるけど、歩いてみると本当に人が増えたよなぁ」

 

 

 ちなみに避難民からの情報によると、魔族の支配領域もすっかり様変わりしてるらしい。

 

 勇者さまの手によって多くの魔王軍兵士が討ち取られた結果、巡回の兵は数を減らし、隠れ住んでいるものたちが安全地帯に逃亡する際にも怪我を負うなんてこともなくなったとか。

 

 だから暫定首都への旅路も危険が少なく、安心して移動した人達も多いというか、それで今まである程度なんとかなっていた避難民の人たちがこうしてやってきてるらしい。

 

 そういう層は魔族への恨みなんてものは少なく、初期に命辛々この地に逃げ込んできた層とはかなりの温度差がある。

 

 だから人類連合の中枢からすると少し頭を悩ませる存在だった。

 

 

「よくもまあ、こんなに隠れてたよねー」

 

「隠れてたっていうか……まあ、うん、そうだね」

 

 

 多分、魔族の庇護下にいたんだろうなぁ。

 魔王軍には穏健的というか、かつて人類と共存していたっぽい人もそれなりにいる。ベストールさんみたいな人ね? そういう人が魔王の目を盗んでこっそり匿ってたとか、支援していたみたいな感じなんだろう。

 

 いや、それとも魔族の策か?

 こういう時に市民の厭戦感情を高めたり、内通者を生み出すためにいくつかの市民グループを庇護下に置いていたのかもしれない。

 

 レーヘンの代償絡みの話ーーあれだけ年若い少女が、身を削り続けるのはやめさせるべきだという考えと、この辺りの穏健的な人たちの思想と混じり合い、魔族と融和して戦いをやめるべきなのでは? みたいな思想に変貌を遂げる可能性もある。

 

 そうなる前に手を打つべき、というのはこの一帯を支配するパルチザンリーダーの考えるところでもあった。

 

 ま、俺個人としては和平できるならするに越したことはないと思うけどね?

 

 

「……ね、ねぇ、神官長、また今度、その……竜に乗せてほしいなーって」

 

「いいぞいいぞ、移動拠点も楽でいいけど、竜に乗ると風気持ちいいからなー」

 

「昔からいろんなところに乗り回してたもんねー、神官長はさー」

 

 

 だからってデートする必要はない。

 つまり、レーヘンにはそれ以外の理由がある。

 俺は腕を引っ張られつつ、ふと思った。

 

 あくまで噂をばら撒くのは、週刊誌の報道だけで十分だしね? 変に色々とデートっぽい姿を目撃されては、それが虚偽情報であったなんて言い張れなくなるリスクもある。

 

 勇者レーヘン……そして俺は共に狙われている。

 

 多くの魔族を屠った勇者さま。

 そして代償の補填を行える俺。

 それぞれ暗殺リストの上位に名前が記されてるのは明らかだった。

 

 もしかしたら、敵を釣り出そうとしてるのかもしれない。

 

 次は二人で竜に乗って郊外を駆け回りーー敵の行動を誘う。なるほど、ありだ。

 

 

「じゃあ、次は竜に乗ってその辺を走り回ることにしよっか」

 

「……う、うん、そ、そうする」

 

 

 ちなみに先日遊んだサーカス団もこの地域で興業が行われていたわけなのだが。

 

 都市計画が練られたわけでもない、どこかごちゃごちゃした街並みは悪く言えば誰がどこに潜んでいるのか覆い隠すベールでもある。

 

 だからこそ誘う。

 意識して敵の行動を誘発させる。

 なるほど、確かにそれは正しい。

 

 

「あれ、こんなところに宿があるんだ」

 

「行商人とかが泊まるんだろうなぁ……ってそこにいるのはリバースくんか?」

 

 

 と、そんな時のことだった。

 宿屋の内見を確認するが如く、お店の中を覗いているレーヘンと俺は顔見知りと遭遇した。

 

 リバースーー姫騎士ワイスの従者である少年だった。

 

 

「神官長ゾーニッヒさま、どうなされましたか?」

 

「いや、少し散策をしててね」

 

「えっとみんなに内緒でデートしてるんだ……姫さまとかには秘密にしといてね?」

 

 

 年若い男の子だ。もしかしたらレーヘンと同年代かもしれない。

 

 反魔族同盟結成前、皇国でワイス姫に仕えていた従者だ。ソルト王国で会った時は確か片腕を失っていたんだよね、俺が治した覚えがある。……あれ、それはちがう子だっけ?

 

 まあともかく。

 皇女ワイスの従者なんて相当家柄が良くなければ選ばれないはずなのに、彼は平民である。ワイス姫がかつてどこぞから拾ってきた孤児らしい。不断の努力で従者として相応しい地位まで上り詰めた非常に勤勉な男の子。……非常に怪しい。

 

 今も俺の顔を見て、すっと目線を逸らしたからね。まるで何かを恐れているように。

 

 自慢だけど風評がめちゃくちゃいいし、一応怪我を治してくれた恩人であるはずの俺にこの態度はおかしいのだ。

 

 

「実はボク達交際してて、でもあんまり噂になりたくないんだよねー。だからワイスにも内緒にしておいてね!」

 

「……おい、レーヘン」

 

「……変に隠そうとしたら、詮索されるだけじゃん? どうせバレるなら色々いったほうがいいってー」

 

 

 そんな男の子のことを、レーヘンはじーっと見つめ、そんな言葉を口にしたのだ。

 

 ま、わざわざ疑惑の人物に『敵を誘き寄せるためにふらふらしてまーす』なんて言えないからね。

 なので俺もそれが真実であるっぽく、勇者の言葉を嗜め秘密を誤魔化そうとする風の演技をする。

 

 さてそんな話を耳にしたリバースくんは酷く苦しそうな顔をしていた。罪悪感と苦悩が入り混じった表情だった。

 

 

「そう言えばさ、ボク前から気になってたんだけど、ヤムルさんだっけ? 最近姫さまとよく一緒にいる人、姫さまって仲がいいの? 付き合ってたりする? ボク達のこと教えたんだから、なんか教えてよー」

 

「いえ、その……そんなことはないかと……最近は相談などでよくお会いしていますが……その……」

 

 

 それに、それも目的か。

 スパイ疑惑があるヤムルさんについての話を聞くための噺枕として、こういうこと言ったわけか。

 

 レーヘンはあまりに自然にこれがデートであると口にした。流石の演技力と言わざるを得ない。

 

 リバースくんは俺のことをちらりとみて、話を濁した。

 ま、そんな簡単には聞き出せないか。

 その後、軽く雑談したものの残念ながら何かしら有益な情報を得ることはできなかったのである。

 

 

「レーヘン、どう思った?」

 

「………………」

 

 

 勇者さまは、少し黙り込んだのだ。

 その予想外の態度に、俺は動揺した。

 まさか、彼が魔族四天王なのか⁈

 

 

「いや、あの子……たぶん、姫さまと赤い糸で繋がってる気がする、神官長、姫さまの運命の相手はきっとあの子なんだと思う!」

 

「あ、そうなんだ」

 

 

 まあ、レーヘンとライフズくんが結ばれて。

 俺とルーテシアも結ばれて。

 魔法使いさんは操を守るわけで。

 

 となると溢れた姫騎士の相手がどうなるかと考えた時ーーずっと隣で支え続けてくれた男の子が選ばれるというのはひどく納得のいく話である。

 

 ということはスパイではない?

 

 

「……あ……いや、ほんとはライフズくんかも?」

 

「お前、今、嘘ついただろ」

 

 

 いや、絶対に嘘だな。

 俺は察した。流石に勇者の勘でも将来誰と結ばれるかまではわからない。もしそうなら、幼馴染の好意にも気がつくはずだしね。

 

 勇者レーヘンは見栄っ張りだ。

 何も分からなかったなんていえないから、なんかわかったふりをしてカッコつけただけである。

 

 

「本当は何も分からなかったんだな?」

 

「ぁぅ……いや、ほら……なんでこういう時だけ鋭くなるのかなぁ、この人は本当にさぁー、軽い冗談じゃん!」

 

 

 俺のじとーっとした眼差しに、レーヘンはそそくさと目線を逸らした。本当に適当言ってたことを自白した勇者さまは逆ギレするのであった。

 

 

ーー聖歴0098 8月11日ーーーー

 

 

 俺は人類連合中枢にて、社交界に出席していた。

 さて、今回の目的は何かというと、『レーヘンと少し竜に乗って郊外をお散歩するという報告』である。

 

 レーヘンからの突き上げはすごいのだ。

 

 「いつ竜に乗ってお散歩するの? はやくいこーよ」と、何かにつけて強い要望を表明されていた。俺としてはいつでもいいんだけど。

 しかし勇者さまが竜に乗ってどっかいく、なんてことを、『勇者さまは最前線に向かおうとしている』なんて誤解されたら面倒なことになる。

 

 というわけで俺は人類連合のお偉い様にそういう話をしていた。

 

 ま、実際のところはスパイを見つけるための誘いである。わざとこういうとこで情報を広めて、敵の動きを誘発させるってわけ。

 

 勇者さまは本当にやる気満々だよね。

 俺としては心強い限りである。

 

 

「つまり、単なるお散歩なんですよね、その日のうちに帰るつもりなのですが……念のために報告をさせてもらいました」

 

「むう……レーヘンさまがそれを望まれているならばやむなしですなぁ……代償で身を削られた方の意思を無視して閉じ込めるわけにもいきませんし」

 

 

 この一帯を支配していた国家の元国王は難しそうな顔をしている。

 王族であった彼は白確定でいいだろう。

 

 

「それと、レーヘンの代償の件を誤魔化すために、幾つか妙案を考えてきたのですがーー

 

 

 というわけで俺はついでに週刊誌に情報を流す云々の話をした。今回の竜の相乗りもその一環である、というふうにね?

 

 

ーーということを考えていまして」

 

「なるほど……どちらの件もヤムルさんにはわたくしからお伝えしましょう。あの方はきっと勇者さまが前線に向かうことをひどく嫌がるでしょうからなぁ……」

 

「……そうなんですか?」

 

「ええ、勇者レーヘンを犠牲にすることを誰よりも苦悩しているのは、我らの中ではあの方でしょうからね」

 

 

 なるほどねー、ふーん、そっかー。

 

 いろんな方に、誰に『勇者レーヘン』の代償について聞かされたかという話をした時、結構の割合でヤムルさんと仲のいいグループメンバーの名前が上がっている。

 

 俺はパルチザンリーダーの大半と仲がいいから、ささっと情報を集められたわけだが……。

 

 ま、まだ判断を出すのは早い。

 ともかく俺は貴重な証言を得たわけなんだけど。

 

 

「…………」

 

 

 この場にいる姫騎士ワイスは沈痛な表情を浮かべ、押し黙っている。もちろんワイス姫は確定で味方、一切の疑惑は抱いてないのだが。

 

 ただちょっと勘違いされていた。

 

 案の定、社交界から立ち去るときに、俺は暗がりに引っ張り込まれてしまったのである。

 

 

「……忠告ですが、あそこの宿は噂が広まりやすいですのよ? その、致すのなら自室で行うべきですわ」

 

「あの子は言っちゃった感じかな? 秘密にしておいてって言ってたんだけどなぁ……」

 

「……どうしてもというなら当家を用いてください。部屋を用意させますので……」

 

 

 どうやらリバースくんは姫騎士に報告してしまってたらしい。なんかとんでもない勘違いされていた。

 

 しかしこれは白か、黒か。

 忠実なる従者なら、主人に報告を入れるのは当然だが……あえて勘違いさせる言動をとった可能性もある。

 

 どんな風に報告してたのかなんて、直接見聞きしないとわからないんだよね。

 

 

「レーヘンはそんなに良くないのですのね? ……交際してるふりをするという名目を立ててーー露骨にケアをする必要があるくらいに」

 

 

 姫騎士の瞳にはあらぬ確信があった。

 疑惑はますます深まっている。

 

 まあそう思う気持ちはわかる。 

 俺とレーヘンが態々デートする必要はないっていうのは、言うまでもないからね。なぜそんなことをしたのか、と考えた時に裏を読むのは当たり前の話だ。

 

 

「わたくしも協力いたします……いえ、部屋を用意するくらいしかできませんが……せめてこれくらいはさせてください」

 

 

 すごくありがたいし、俺たちへの思いやりを強く感じるわけなんだけど……勘違いなんだよね。

 

 

「いえ、本当は敵のスパイを誘き寄せるための計略なんですよ。これは絶対に、他の誰にも言わないでくださいね? ヤムルさんにも、リバースくんにも」

 

「…………」

 

 

 だから俺は真実を告げた。

 そりゃ仲間だもん、いうよね、事実。

 

 

 

ーー聖歴0098 10月21日ーーーー

 

 

 

 スパイの捜査は続いている。

 しかし、敵もさるもので、容疑者を何人かまでは絞れたものの具体的な特定はついぞできていない。

 

 竜での遠乗りでも、結局なんの成果も得られず一日中遊びまわるだけだったしね? 

 

 そうして二ヶ月が経過していた。

 そして俺とレーヘンはスパイの捜査以外にもなすべき仕事が存在していた。

 

 

 

 10月21日。一年前のこの日、人類は最大の激戦を経験した。

 

 連合王国及び亡命軍から莫大な死者を出し、魔界最強と謳われた怪物を討伐した今世紀最大の激戦『ネッテルシー上陸作戦』である。 

 

 人類の優勢が決まった戦いだった。魔界最強、そして精鋭を失ったダメージは、今も魔王軍を苦しめ続けている。

 

 戦後一年とは言え、穏やかな日々が続く中で、この日に何かしらの式典を行おうという話がパルチザン組から盛り上がったのだ。

 

 これはかなり異例なことだった。

 パルチザン組はこの戦いには参加していない。

 あくまで連合王国と亡命組のみで成し遂げた戦果でーーだからこそ『国を守らず逃げた連中が成し遂げた功績』に否定的な考えを持っているものも多かったというのに。

 

 空飛ぶ魔族との戦いで融和が進んだことで、お互いに歩み寄りが進んでいるのだろう。

 

 そうして、開催されたイベントは、それはもうとんでもないものだった。人類連合中枢の全員ーー全パルチザンリーダーが参加する式典には、海の向こうにいるはずの連合王国国王や、大臣の姿もある。

 

 俺は大変緊張していた。

 この式典は2日に渡って開催されるのだが、その初日の演説を俺に任されたのである。

 

 ちなみに締めの挨拶はレーヘンが担当することとなっている。

 

 連合王国の王子としての仕事である。

 いやいいんだけどね。

 必要だと思ってるけどね? 

 

 人類の全指導者が顔を合わせるイベントだ、録画された映像は世界全土で放送されるらしく、そりゃ緊張しちゃうってわけだった。

 

 

「ふへー……緊張する……」

 

「まあまあ、頑張れよゾニ坊」

 

 

 そんな俺を元気つけてくれるのが,勇者パーティー最年長の魔法使いさんだった。数ヶ月の勇者と幼馴染セラピーで精神面はかなり復調してきているようだった。

 

 

「ま、あれだ、本気で辛いなら逃げてもいいんだぜ?」

 

「それは流石にできませんって。戦いで犠牲になった人たちの慰霊でもあるわけですし……」

 

 

 せめて物静かな弔問なら全然いいんだけどね? 

 全世界放送されるからね?

 

 

「……そうだ、こうして二人っきりになる機会は滅多にないからさ、言わせてもらうんだが……」

 

 

 魔法使いさんは少し黙り込んで、そう口にした。確かに俺と彼がサシで会うのは滅多にないけどどうしたのだろうか、なんて考えていたんだけど。

 

 

「なぁ、ゾニ坊……誰かを亡くした傷は、話せば楽になる事はあるんだぜ?」

 

 

 一瞬彼が何を言っているのか理解できなかった。

 

 

「えーっとなにをですか?」

 

「あー、言いづらいよな、すまねぇ……」

 

 

 バックルさんは頰をパリパリ掻きながら,どこか仲間意識のある眼差しを注いでくるのだ。

 

 

「知ってると思うけど俺は妻と娘を殺された。けど、レーヘンにライフズ、

そしてお前と一緒に過ごすうちにその傷は癒えたんだ」

 

 

 すごく嬉しい話だ。

 俺の存在が彼の苦しみを癒す一助になっていることは、本当に光栄なことだと思うし、嬉しいんだけどね?

 

 

「お前も大切な人を無くしたんだろ?」

 

「…………」

 

 

 俺は本気で理解できなかった。

 思わず黙り込んだ俺に、魔法使いさんは優しく語りかけてくる。

 

 

「時々寂しい目をしてるしさ……だから、何かあれば相談には乗るって、言っておきたかったんだ、じゃ、またな」

 

 

 俺は本当に大切な人を失っていない。

 地元の旧ソルト出身者に戦死者はゼロだし、身内にも古馴染みの廷臣達にも死傷者は出ていない。だから、そもそも何を勘違いされているのか全く思い当たらなくて、少し考え込んで。

 

 ふと気がついたのだ。

 多分だがもしかしたらだが、俺が定期的に行うルーテシアとの妄想を勘づかれていた?

 

 確かに俺は何かあると、最愛の女性がここにいることを妄想している。特に穏やかな日々が続く中だと、ね? サーカスを見に行った時も、川遊びに行った時も、夏の日差しに目を細めた時も。

 

 勇者パーティーで何かしらのイベントを楽しむ時とか、幼馴染2人の甘酸っぱいシーンを見るたびに、『ルーテシアがいたらこうするかなぁ』とか、あれこれ考えている。

 

 それを勘違いされた?

 少し、遠い目をしただけで⁇

 

 なんて思考を纏めているうちに、魔法使いさんは立ち去っていた。

 

 俺はよくルーテシアがいたら(キリッ)とか言ってるけどね、流石に非実在系彼女だ。自覚はある、身内を亡くなられた方と同一条件で語れるわけがないことは理解していた。

 

 なんだか、鏡を見たことがないのか、俺とはレベルが違う悲劇を経験したはずの男は、まるで俺が同じ経験をしてきた過去があるかのような誤解をしていたのだ。

 

 俺は舐めていた。

 魔法使いさんは心に深い傷がついているし、ケアは必要だけど……姫騎士みたいな勘違いの連鎖とかはしないよなーって。

 

 甘く見ていたのだ。

 

 

「……神官長も大切な人を亡くしていた?」

 

 

 そしてそれをライフズくんに聞かれるというね。魔法使いさんは気がつかなかったけど、どうやら物陰からライフズくんがこちらを覗いていた。多分俺を元気づけるために、何か準備していたらしいのだが。

 

 だからこの会話を聞かれてしまったのだ。

 

 勘違いの連鎖反応は止まらない。  

 一人が誤解する分でも厄介だし、魔法使いさんはこういうこと広めるタイプではないんだけど……よりにもよってライフズにそんな話が広まってしまったのだ。

 

 ……ま、まあ何事も優先順位があるわけだしね。俺は全神経を演説に投入することにした。それはあまりに自然に行えたことだった。

 

 それはいわゆるーー現実逃避であった。

 

 俺は完璧な演説を行った。

 体感時間としては一瞬だった。

 

 

 さて、そんな苦悩せず真実を言えばいいと思われるかもしれない。勇者パーティーメンバーに予め『そんなんじゃなくて理想の嫁といちゃつく妄想していまーす』なんてね?

 

 でも俺にだって恥はあった。

 言いたくないのだ、言えないのだ、そんなこと。

 

 というか、ぶっちゃけ誰にも迷惑かけないんだし一々誤解を解く必要なくない? 俺は開き直った。いっそのこと大切な人を失ったことにしよう。

 

 俺は大切な人を過去に失い、そして立ち直った男!

 

 

 

ーー聖歴0098 10月22日ーーーー

 

 

 その日、勇者レーヘンは演説することはなかった。

 そして彼女は、指名手配されていた。

 

 人類連合に潜伏し、多くの情報を盗み取った魔族の尖兵として。

 広域に指名手配されてしまったのだ。

 

 

 

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