曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者   作:さらみパスタ

40 / 97

ネタが思いつかなかったので、本文更新です


聖歴0098 11月21日

 

 

 

 

 魔族四天王疑惑、というかほぼ確定なヤムルさん。

 彼を暗殺する前にやらねばならぬことがある。

 それが証拠の収集と根回しであった。

 

 さて、具体的にどうするかという問題なのだが……俺は先日起きた殺人事件に目を向けていた。

 

 レーヘンが行ったとされる殺人事件なのだが……実際本当にパルチザンリーダーは殺害されていたのだ。検死などもヤムルさんの部下が行ったし葬儀も数日で済まされてしまった。

 

 パルチザンメンバーやら、身内が集まるより前に、だ。

 

そしてそのことに誰も違和感を抱いていないのが、恐ろしい話であるわけなんだが……。

 

 まあともかく違和感があった。

 

 というわけで俺は故人に聞いてみたのだが、彼はワイス姫に恨みを抱いているそうで、対魔国同盟の中核メンバーをかなりあれこれ調べていたらしい。

 

 その中でヤムルさんの正体に迫っていたのだ。

 

 妄執的に集めた資料の中には……対魔国同盟時代からの各国の軍事行動と魔王軍の動きについても詳細に調べられており、端的に言えばヤムルさんが情報を流していた決定的な証拠といえた。

 

 ま、その資料も全て、彼の暗殺直後に焼かれてしまい、何の痕跡も残されていないんだけどね……。

 

 

「じゃ、だめじゃん」

 

「いや聞いてくればいいんだよ、戦死した兵隊さんからな!」

 

 

 今回はいつもの報告会だ。

 事件解決の進捗について、勇者さまに報告する席。

 

 俺の部屋の中で実家のように寛いでいる勇者さまは、お菓子の煎餅をパリパリ食べながらジト目で俺を見ていた。

 

 まあ確かにこれだけ聞くと証拠は焼けてしまいました、おしまい、と期待させること言ってぬか喜びさせたみたいな感じなんだけどね。

 しかし、ここに勝気はある。

 

 

「で、データを改めて用意した上で根回しする、そっから暗殺実行って感じを予定してるから」

 

「ふーん、まあいいんじゃない? ボクは神官長に任せてるからさ、責任取ってもらえるならなんでもいーよ」

 

 

 ルッデバランの時と同じだ。

 故人に話を聞いてデータを纏める。

 

 残念ながら殺されたパルチザンリーダーは妄執に狂ってて、そのデータの詳細について語れないから戦場跡地を巡って他の残留思念に話を伺う必要はあるわけだけどね。

 

 あの時と違うのはーー明確に答えが判明していること、敵が誰かわかっていること、そして周囲を納得させられればそれでいいこと、

 

 それっぽい資料でいいってことだ。

 

 資料を集めスパイ疑惑があることを示し、パルチザンリーダーがヤムルさんの手で殺されたことを立証できさえすれば。

 

 彼を暗殺しても問題ない。

 

 そこまで準備すれば俺の政治能力でヤムルさん=四天王の一角であるってことにできるからね。

 

 というわけで、かつての激戦地を巡る旅がスタートしようと思うわけなんだけど……当然こんな行動を突如始めたら違和感を持たれるのは当然であり。

 

 

「というわけで数日遠出するから、お前は気をつけて留守番してろよ?」

 

「はーい、ま、困ったら人目を盗んで外に行くから」

 

 

 そのための名目として最適なのがーー連続殺人犯レーヘンの追跡だった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「というわけで、各地を回りたいと思っています」

 

 

 勇者レーヘンの元屋敷にて、俺は仲間達と言葉を交わしていた。

 連続殺人犯を追い、彼女に盗まれた聖剣を奪取する。

 そのために彼女が逃げたであろう魔国との戦線方面ーー旧戦場後跡に向かうという意思表明をしたわけなんだけど。

 

 

「あなたが気にすることではありませんのよ? 人間ですもの、何もかもを背負えるわけがありません」

 

「まあ兵士達への慰労もした方がいいでしょ、平和な間に、ね?」

 

 

 心優しい神官長、仲間達は俺をそう認知しており今回の件に強い責任を感じていると考えているようで。

 

 特に姫騎士はこちらを労る顔であれこれ言ってくるのだ。

 

 優しい。

 俺は確かな絆をはっきり感じていた。

 

 

「そういう建前は不要です、わたくし達は仲間でしょう? 一番強いからって全部背負う必要などないのですよ?」

 

 

 俺の瞳を見ながら、しっかり手を握ってくる姫さま。仲間を元気づけなければという強い決意が伝わってくるのだ。

 

 ……これで洗脳されてなかったらなぁ……。

 

 

「わたくしはバカですけど、責任は背負うことくらいはできますもの。あの方々が死んだ責任はわたくしにもあります」

 

「機材を用意して、パルチザン全員が集めるようにしたのはおじさんの責任だしな」

 

「それをいうなら僕は勇者ですよ? このパーティーのリーダーなんですから」

 

 

 姫騎士だけではない。仲間達全員が俺を気遣い、あれこれと言葉をかけてくれている風景。これが普段のレーヘンの視点なのか⁉︎ ……いやここからさらに数十倍事態を深刻にした感じだから違うか。

 

 シリアスのレベルが違うからね。

 

 ま、ともかく和気藹々してる!

 レーヘンの代償の時とは全然違ってる!

 

 そうしみじみと想ってしまうのは無理もないことだと思う。

 

 俺は思わず感動してしまうのだった。

 

 

「そうだ、こういう時はお酒を飲んで悩みを打ち明けるといいのですのよ? わたくしもそれで随分と楽になりましたから……」

 

「流石に朝っぱらからお酒はダメっておじさんは思うけどな、夜にしなさい、夜に」

 

「意外と姫さまってヤンチャなんだよね」

 

 

 そしてこの場にはいないもう一人の仲間のため、勇者一行は各地の戦場跡地を巡ることになるのであった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「そうですか、そうですか……ワイスから聞きましたが意思は固いようですね? なら仕方ありません」

 

「はぁー、よかった。ヤムルさんに反対されたら大変ですからね……、パルチザンの説得をお願いしますね」

 

 

 各地のパルチザンの元に向かう。

 そんな話を聞きつけたのは確定黒のヤムルさんだった。勇者パーティーと話し合ったまさにその日の夕方、旧レーヘン宅を訪れた彼は理解者顔で頷いていた。

 

 どこまで気がつかれているのか。

 俺の提案はあくまで魔王シンパを追うという名目で、最前線に向かう予定だし、論理に矛盾はないはずだし。

 

 疑われているとしても、レーヘンは外に逃げていると印象付けることもできるはずだし。そもそも勇者の勘が反応するか。『イヤな予感がする』とか言ってないし当分手は出されないかな?

 

 そう考えて俺は全身から緊張の色を抜いた。

 

 

「いやー、絶対反対されると思ってましたよ。また中央にレーヘンが乗り込んできたらー、とかあれそれ言われると思ってまして」

 

「必要なことでしょう。本来ならこちらで依頼する筈でしたからな。……調査には我が副官をお使いください、御者としてもお役に立てるはずです」

 

「何から何まで感謝します」

 

 

 レニヒと名乗る女性が御者として紹介されたのはそれからすぐのことだった。

 どう考えても監視役……っぽく見えるけど、多分デコイかな? ここまで洗脳ができる以上は仲間達から情報吸えるだろうし。

 

 

「そういえば姫さまは御一緒ではないのですか?」

 

「ええ、彼女は疲れて寝てしまいまして」

 

 

 このタイミングで姿を現すなんて都合が良すぎる。

 ヤムルさんは登場タイミング的に姫騎士から色々聞き出したっぽいし。本当に危険な敵だ、もういっそのこと早々にレーヘンと一緒に闇討ちするか? そんな考えも脳裏をよぎった。

 

 でも、これほど狡猾で頭がいい存在が闇討ちという手段を考慮にいれないわけもなく。多分そんなことしたら、勇者一行と人類連合に遺恨を残す仕掛けが用意されてるのは確実だった。

 

 短慮はいけない。

 俺は自分にそう言い聞かせるのだった。

 

 

ーー聖歴0098 12月24日ーーーー

 

 

 資料の準備は着々と進んでいた。

 休暇とかある度に古戦場へと向かい、亡霊達から情報を収集していた。もちろんそのための建前として軍の慰労を忙しなく行う忙しい日々。

 

 しかもその中でレニヒさん魔族っぽいみたいな話も出るし、パルチザン内部のスパイ云々みたいな話も出るし、外周地区の流民達から融和を求める声まで上がっているし。なんか人類連合中枢で相当暗躍しており、魔族との融和みたいな話も進められてるらしい。

 

 未だ魔王軍に奪われて領土を取り戻せていないパルチザンは反発しているようで、話は簡単ではないようだが……。勇者レーヘンの代償問題という、融和ムードを齎していた元凶も忘れ去られてしまってるからね。

 

 そんな層が俺との面談を求めてるし。

 なんなら政治的な旗印役を請われているし。

 

 ヤムルさんが暴挙に出れないように、政治的な立場の確保は必須なのでそういう層を無碍にもできないし。

 

 魔王軍の動きは鈍化したため怪我人の治療というお仕事は明確に減少したわけなんだけど……それでも俺の睡眠時間は一時間も減っていた。

 

 辛く苦しい激務の日々だった。

 

 

「ようゾニ坊!」

 

 

 そんな日々の中でのクリスマスだった。

 俺が忙しくしてることを理解している仲間達はーーきっと俺を元気つけるためにあれこれ準備してくれたんだろう、ワイス姫以外。

 

 

「姫さまはクリスマスはご予定があるそうだからな……男三人で気楽にパーっと騒ごうぜ」

 

「あー、すみません、この時期はその……」

 

 

 でも俺は予定がある風の演技をした。

 クリスマスは一人で過ごしたいと暗に示唆する。少し寂しそうな目をして、意味深に口籠るのだ。

 

 

「……ああ、わりぃ。ま、気が向いたらいつでも来てくれよ? 勇者邸でパーティーやってっからさ」

 

 

 まあ、勘違いされるわけだ。

 魔法使いさんの中では神官長はこの時期はかつて失った最愛の人に想い馳せているーーとでも勘違いしてるのだろう。

 

 もちろんわざとだ。

 

 本当はレーヘンと過ごす予定なんだけど、監視の目があるからね。魔法使いさん経由でデマを流してもらうわけ。

 

 俺なら絶対監視つけてるし、魔法使いさんから色々聞き出すからね。実際以前から勘違いされてたし今回はそれを利用させてもらう。悪いとは思うけど……勇者レーヘンの存在を誤魔化すための必要な犠牲だった。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「なるほど……神官長さまは過去に交際相手を失っていた……と」

 

「ああ、昔っからあいつは寂しそうな目をしてたんだ、誰にもいわないって約束してて……あれ? 俺は何を言って……ってヤムルさんに相談するのはおかしな話じゃないのか、あはは」

 

「そうですね、冒険前からあの人は時々そういう顔をして……あれ? ええと、そのとき僕は誰かと一緒に……あはは、なんか変なこと言っちゃいましたね、酔いすぎたかな、あはは!」

 

「道理でわたくしが言い寄っていた頃も拒否されていたのですね……なのにあの子と……あの子? ん、ぁ……頭が……いたい……あはは、飲みすぎてしまったのかしら、申し訳ないですわ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「うわ、こわー」

 

「あれはヤバすぎだよなぁ、ちょっと正気が削れそうになるわ」

 

 

 クリスマスパーティーは俺の屋敷の真隣。旧レーヘン邸で行われているわけなんだけど、それを覗きながら俺は勇者さまと一緒に震えていた。

 

 用意した七面鳥をパクつきつつ、望遠鏡やら盗聴器やらで部屋の様子を確認しているわけなんだが。

 

 ワイス姫のお屋敷から姿を現したヤムルさんと姫さまはそのまま旧レーヘン邸のパーティー会場に突如現れ、なんでもないことを行っている風景を俺たちは目撃してしまったのだ。

 

 恐怖映像でしかないからね?

 しかもしっかり情報抜かれてるし。

 

 ……俺のとこに直接来ないのはなぜなのか。

 立場的に俺を排除するのは難しいと考えた?

 何かしらの条件が必要とか⁇

 

 ……ということはあの洗脳って記憶が残るとか、強い違和感があれば洗脳解けるとか? いや、それは仲間達の態度からして違うか……。

 

 

「神官長過大評価されてるんじゃない? ちょっとした違和感で洗脳解けそうとか、実は洗脳されてなくて犯人探してると思われてるとか、何が起きるかわからないから下手に手を出さないとか」

 

 

 勇者の勘は真実を見抜く。

 だから彼女のこういうなんてことない発言は、こういう判断を下す上で何より頼れる羅針盤ではあるんだが……今回は聞きたくなかったなぁ。

 

 あんな風景見せられた上で実は疑われてますよー、なんて言われるのは恐怖体験である。俺普通にいろんな場所で顔合わせるからね? なんなら政治的にわりと対立してるからね⁇

 

 最悪、俺の記憶がないだけであれこれ情報抜かれてる可能性もある。

 というかこの情勢で俺を洗脳することで、ここぞという時に敵対派閥の動きを操るとかやれるわけだからね⁇

 

 これから先のことを考えて、俺は胃を痛めるのであった。

 

 

「もし俺が洗脳されたら、聖剣を使えよ?」

 

「あったりまえじゃん。神官長おかしくされそうなら、その前にあの男は絶対殺すから。なにがなんでもね、だから安心して!」

 

 

 勇者さまの心強いお言葉に、俺は心底安堵するのであった。まあいざとなったらレーヘンがなんとかしてくれるだろう。多少の犠牲を覚悟して夜とか屋敷ごと焼き払えば、最悪それで解決できるからね。

 

 普通の人間にも犠牲が多く出るわけだし。

 勇者への畏れなんてのも絶対産まれるし。

 後々に遺恨が産まれるわけだし。

 戦後に第二の魔王扱いされかねないし。

 

 本当にどうしようもなくなった場合以外には使いたくないんだけどね。

 

 

「あと、あれってルーテシアの事だよね、いいの?」

 

「……よくはないけど必要な犠牲だろ。流石にそれくらいの分別はある……いやだけど、本当にいやだけどな」

 

 

 

ーー聖歴0099 1月18日ーーーー

 

 

 

「ねぇ、神官長、演劇見にいこーよー!」

 

 

 と、俺は大変心を痛めてあれこれ動いているわけなんだけどね、そんなある日のことだった。これから先の対応に頭を悩ませてる俺の真隣で、元気いっぱいな素振りを行っていた勇者さまは、ふと何かを思いついたように

 

 レーヘンは退屈だからと演劇を見たいと言い出したのだ。この情勢で、である。

 ただ何か違和感に勘づいたとか家探しされるリスクがある可能性もある。勇者の勘というこの情勢で何より頼れる指標について諸々を合算的に判断した結果、俺はレーヘンと演劇を見に行くことにしたのだ。

 

 

「えっと、その、これ入ればいいの?」

 

「面倒だけど息を合わせて歩くぞ、お前なら簡単にできるだろ?」

 

「……ま、まあボクは構わないけどね? その……いいけどね?」

 

 

 というわけで俺は身バレを嫌がって正体を誤魔化してるーー風に長めのマントを羽織り、その内側にレーヘンを隠し、息を合わせて歩いて劇場に向かうのだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 魔王軍の動きが鈍った現状。

 小競り合いさえ全く起きていない状況で、外周地区の穏健的な価値観は緩やかに中央部にまで広がっている。

 このまま終戦するのでは?

 そんなことを考える市民も多いだろう。

  

 復興が進んだ大衆は娯楽を求め、主戦派と反戦派はそれぞれの息のかかった劇作家にプロパガンダを描かせる。

 

 俺たちが選んだ演劇は主戦派贔屓の作品なのかな? 内容は勇者一行の冒険譚、なのだが当然レーヘンではなくライフズくんが勇者役で、彼の千の技術で魔族をばったばったと薙ぎ払っていく大衆演劇であった。

 

 ちなみにヒロイン役は姫さまで、勇者とラブロマンスを繰り広げる内容だった。

 

 それがたいそうウケたのだろう、俺の膝の上で大爆笑する勇者さまの姿に、二人羽織がバレるんじゃないかと俺はヒヤヒヤしていた。

 

 まあ、俺も爆笑しちゃったんだけどね?

 

 と、そんな演劇を勇者さまと楽しんだ帰り道でのことだった。

 

 

「あ、神官長お疲れさまです! お仕事の帰りですか?」

 

「いや、今日は演劇を見に行っただけだよ。巷で噂の勇者と姫騎士の恋物語をね」

 

「……う゛……」

 

 

 道中で鉢合わせた勇者さまは相変わらず、年齢相当に元気いっぱいという感じだった。一切の曇りのない笑顔を浮かべ、街中をぶらついているのだろう。……以前までの彼なら修行漬けの日々を過ごしてたからね……。

 

 そのメンタルは実に健全といえよう。

 だから仲間と恋愛関係にあると噂されてる事実に、年齢相当に照れ恥じらう初々しい態度を見せてしまう。

 

 

「いや、や、やめてくださいよ、そんなんじゃないですよ! 仲間に誤解されるなんて一番いやなことじゃないですか」

 

「ごめんごめん、冗談だって」

 

 

 もぞもぞとマントの下でレーヘンは身動いでいる。「わ、ライフズくんイメチェンしたの⁈」みたいなこと考えているのは明らかだった。そして先ほどの演劇を思い出して、必死に笑いを堪えている。

 

 もう少し、忘れられたことにショックとか覚えないのかなーとか、バレたら困るくせになんでそんなに楽しそうなのかとか、俺は色々考えて少し遠い目をしてしまう。

 

 

「でもそれなら神官長の方がずっと距離近かった……あ、いや、すみません」

 

「あれは秘密の会話をするためってだけだろ? 深い意味なんてない」

 

 

 どうやら先日のクリスマスの会話は覚えているようだ。俺は意識してちょっと強引に話題を逸らしたーー的な演技をした。

 もちろん毎度の如くブラフである。

 

 こういうほんの些細なタイミングで匂わせる。俺はかつて勇者レーヘンが無意識に行っていた周囲への曇らせ術を習得していた。

 

 

「でもぶっちゃけどうなの? 好きなの、嫌いなの?」

 

「えっとなんていうか……僕は恋愛とかはしばらくいいかなって思ってて。その、レニヒさんから告白されたんですけどね? 断りました」

 

「……そっか……」

 

 

 愛はここにあった。

 俺は全てを理解した。

 記憶は失われても心は繋がっている。

 

 ライフズくんは幼馴染のことを忘れているけれど、心の片隅には彼女の存在が残っているのだ。だからあれこれ理由をつけて恋愛を遠ざけているのだ。

 

 俺はそれが本当に嬉しかった。

 

 

 

ーー聖歴0099 2月14日ーーーー

 

 

 

 情勢は相変わらず表面上は平静を保っていた。

 裏では対魔国派と、融和派が対立してるんだけど、あくまで意見の衝突にすぎず物理的な事件なんてものは全く起きていない。

 

 ま、そんな指導者達の諸々とは裏腹に市民は穏やかな日々を謳歌しているようで市場ではバレンタインが盛り上がっている。

 

 魔王軍の侵略で失われていた日常を満喫する市民達の姿は戦前のそれと殆ど同じものであった。

 

 

「ボクもチョコ食べたいんだけどー!」

 

 

 元一般市民である勇者さまはそう強く要請してきたのである。

 これだけ聞くと、なら市販の品を購入すればいいだけに聞こえるけれどそうではない。

 

 厄介なことにレーヘンはバレンタインというお祝いを楽しみたいそうだったのだ。お金を払えば解決する問題ではない、非常に厄介な話だった。

 

 最終的に俺は手作りチョコパーティーを開催するという解決策を得たわけなんだけどね? なんかどんどん図太いというか、遠慮なくなる勇者さま。もしかしたらストレスが溜まっているのだろうか? 

 

 別に俺が苦労する分には構わないんだけど、彼女にこの軟禁生活の中で負担を強いているならば解決しなければならないーーとか色々考えていたんだけどね?

 

 

「はい、バレンタインチョコだよ! 日頃の感謝を込めてね」

 

「……もしかして、お前、こっそり出かけてる?」

 

「ぎくーっ……まあ、ほら……大丈夫かなってなった時には定期的にお散歩してるというか……」

 

 

 勇者さまは、しれっとお外で買ってきたチョコを俺に渡してきたのである。……いや、別にいいんだけどね? 勇者の勘が大丈夫というなら本当に大丈夫なんだろう。一声あって欲しかったけどね。

 

 と市販の品を渡された後、俺たちはそのまま手作りのチョコレート制作を楽しんでいた。市販品を冷やして固めたり、生クリーム混ぜたり、ケーキにしてみたりと色々混ぜたりと楽しい時間を過ごしているーーそんな時だった。

 屋敷に来客が訪れたのは。

 

 

「ごきげんよう、神官長さま。……何をされてるので?」

 

「手作りチョコを作っていたんですよ。でもあんまり上手くいかないものなんですね……」

 

「もー、食べものを粗末にするのはいけませんわよ?」

 

「俺ももっと上手くできると思っていたんですがねぇ……」

 

 

 屋敷に乗り込んできた姫騎士に、俺は不器用そうにそう微笑んだ。もちろん俺は料理上手、その気になれば美味しいご飯くらい作れるけど。

 

 変に怪しまれないように、俺はこれは屋敷の中の誰かとチョコパーティーしていたわけでなく、仲間達にチョコを手作りしようとしたけど失敗してしまったていを装った。

 

 

「せっかくですし失敗作とやらを一口味見をさせていただけない?」

 

「ええ、どうぞどうぞ」

 

 

 ま、そんなこと聞かされたら仲間想いの姫騎士はグイグイくるわけ。どれだけ不味くても仲間が手作りした料理は平らげるーーワイス姫はそういう女性だった。

 

 というわけで俺は手作りのチョコを渡した。

 

 

「あら、普通に美味しいではありませんか。あなた、意外と完璧主義なところがあるのですね?」

 

「あら、評判がいいなら、想定通りこれはみんなへのプレゼントにするのもいいかもしれませんね」

 

「……はぁ……あなたは本当に……」

 

 

 それをペロリと平らげた姫さまは、にこやかな笑みを浮かべていたんだけど。俺の返事に彼女は深くため息を吐き。

 

 そして、傍に携えた小包を俺に渡してきたのだ。

 

 

「ではこちらはその……お返しということで……」

 

 

ーーーーーー

 

 

 せっかくのパーティーを抜け出して、自分は会えない仲間達と楽しい時間を過ごされると若干拗ねたレーヘンを慰めつつ。

 

 俺は、他の仲間達に手作り友チョコを用意して渡しに向かっていた。魔法使いさんは、甘いの苦手だから苦めなやつを。そしてライフズくんは俺の手作りの品にレーヘンの手作りの品を混ぜた品を。

 

 魔法使いさんはかなりモテるようで、なんか色んな人からチョコを渡されていて、なんなら順番待ちの列ができていたくらいであった。

 

 俺がやってきた事を知ると、さっさとその場から逃げ出そうとしてたんだけどね……ま、チョコを受け取るくらいはいいだろうと、俺は彼を置き去りに次の目的地に向かっていた。

 

 大通りから少し外れにあるライフズくんの屋敷に向かう途中。大通りから少し外れた路地裏にて、俺は彼を偶然見かけたのだ。

 

 

「……まだ戻らんか、ライフズよ」

 

「ベストールさん? どうしたんですか⁇」

 

 

 多分彼女は洗脳されていないのだろう。 

 もしかしたらすでに何度かこの都市を訪れ彼と接触していたのかもしれない。

 

 

「認識できている事を信じてもう一度話す、やつの洗脳は術者を殺せば終わる、じゃが、その動きは全魔族最速、だそうじゃ。我も詳しくは知らぬが、その動きには注意せよ」

 

「はは、もーやめてくださいよ、ほんと僕と姫さまはそういう関係じゃないんですからー」

 

 

 会話は完全に噛み合っていなかった。

 まるで彼女の話が別の何かにすり替えられているかのように、ライフズくんは見当違いの音の羅列を奏でている。

 

 

「そしてやつは魔王軍との和平のために大々的に動いておる……が、それは意味がない。魔王さまは人類を滅ぼすつもりなのじゃからな」

 

「今はヤムルさんと交際中だし、それに結構神官長とも仲良いですし……ま、あの人は……今は誰かと恋愛する気はないようですけど」

 

「話を戻すが、やつは和平のために相当忙しくしておる、余計なことに気を払ってる余裕はないじゃろう」

 

 

 それでもベストールさんは懸命に声をかけていた。薄暗い路地の中で彼女の声は虚しく響き渡っていた。

 

 

「だからこそ隙がある。穏健派の中枢人物を殺せ、そやつが四天王の最後の一人じゃ」

 

 

 ま、俺はその言葉をしっかり耳にしてるんだけどね。……多分これは信じていい情報だろう。なるほど、今は政争や根回しで忙しくしてるということか。

 

 つまり、俺がこっそり動く程度では問題がないということになる。信頼できる人間に集めた資料の幾つかを見せ、根回ししても問題ないのかもしれない。

 

 俺は音もなくその場を離れた。

 

 

 

ーー聖歴0099 4月10日ーーーー

 

 

 資料の準備は完成していた。

 

 取り敢えずこれがあればヤムルさんがスパイであると言い包められる。ま、その前に色々と根回しをしたわけなんだけどね。

 彼にバレないようにこっそり政治的陰謀を張り巡らせるのは本当に骨が折れる。

 

 向こうも向こうでなにやら、魔王軍との融和とか和睦とかそういう動きをしているらしく、それで相当忙しくしてたから隙を突けたと言えるのだろうけどね。

 

 俺は暗殺決行を決意するのだった。

 勇者レーヘンが指名手配されて五ヶ月近くが経過した日のことだった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。