曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者 作:さらみパスタ
魔族との戦いで、人類連合の優勢はますます強まっていた。
四天王最後の男の死は魔王の戦略に致命的な破綻を齎した。敵の諜報網の崩壊と共に、人類は戦線を一気に押し上げた。
連戦連勝は続き、人間の勢力範囲は一気に拡張されている。
四天王ーーこういう劣勢を単身でひっくり返せる大駒を全て失った魔王軍に打つ手はなかった。
人類連合は安定して勝ち続けていた。
まだ魔王が残っているとはいえ、余裕が生まれていた。だからこそ、明確に戦後について意識する層が増えてくるのは当然のことであった。
もちろん俺と姫騎士がそれぞれ穏健派、主戦派の中核となり政治的な暴走とかは起きないように手綱を握ってるわけだし。
政治的な足の引っ張り合いなんてことは起きてないんだけどね?
「神官長さま、先日の件で我が娘がぜひお礼を述べたいと申しておりまして」
「ハイレーン王、当家が先に面談の約束を取り付けておるのですが?」
「すみません、今はそう言うことは考えないようにしていまして」
端的にいうと俺に娘を紹介しようとする貴人達が定期的に出没しているのである。その人数は以前より明らかに増えていた。
ちなみに会えば済む話ではなく、お見合いとかそういう話に限りなく近いといえた。
まあ、前々からあったわけなんだけどね。
以前までなら丁重に断ればそれで済んだ。
しかし今は少し、長引くのだ。
「いえいえ、深い意味などありますまい。少しだけ言葉を交わすだけで良いですから、感謝の言葉を一言だけ言わせてほしいのです」
「まぁまぁ、神官長さま。そんな深い意味などございませぬ、少しだけお時間を頂くだけですから、な?」
戦後を見据えたこと。
そして俺が人類連合主戦派の盟主的扱いされていることも理由の一つなのだろう。後に声をかけてきたパルチザンリーダーは手のひらを返すように擁護の言葉を口にし始めていた。
一人でダメなら二人掛かりで。
二人がダメなら派閥を動かして。
取り込みに図る姿は流石の腹黒狸。
「申し訳ございません、次の出陣の準備などがありますから……」
ま、そういう時のための魔法の言葉があるんだけどね。魔王軍との戦いより優先されることはない。面倒になったら戦いの準備云々で誤魔化せる。
ではなぜそんな社交界に足繁く通うのかというとーー四天王ヤムルさんのせいで過激化し続ける世論の過激化を抑え込むためであった。
今は安定してるとはいえ、ふとした拍子に暴走し始めるかわからないからね。しっかり手を尽くす必要があるのだが。だからこそ、逃げられなくなったとも言えるのだ。
ーー聖歴0099 7月3日ーーーー
『倒せば解決する問題って楽だよね、特に戦いで解消できる問題はとくに』
勇者レーヘンの偉大なお言葉である。
仲間たちの勘違い問題のように言葉を交わさねばならない問題と違って、敵を倒せば解決する問題ってのは本当に対処が楽であった。
人類の優勢が続く中ーー勇者パーティーが最前線で戦うことはよくあった。
混乱によって魔王軍の戦線は一気にズタズタにされていた。
そんな中で魔王軍の精強さが強まったのだ。
敵もここが正念場という自覚はあるのだろう。ここを耐えてなんとか人類の動きを抑え込もうと足掻いたのだ。
幾つかの土地をあえて捨てて、戦線を減らして兵を再編したり。
優秀な指揮官がいるのか、進軍を抑え込まれる土地が出てきたり。
そんな状況に勇者パーティーは投入された。
かつての魔王軍四天王のように。
勇者パーティーは劣勢に追い込まれた戦線をひっくり返せる大駒となっていた。
敵の猛攻を抑え込み、撃退する。
厄介な指揮官を斬首作戦で討伐し。
そして負傷兵の治療にあたる。
そうして人類連合は一気に前線を押し上げ続ける。敵の決死の抵抗のような反抗はーーそうして何人かの指揮官を討ち取るうちに陰り。
やがて潰えた。
人類の生息範囲はドミノ倒しのように一気に広がっていくのであった。
そうしてそろそろ、勇者パーティーの仕事も終わるかな? そんな、厄介な敵の出没自体が減ったある日のこと。
「おいゾニ坊、少し時間はあるか?」
「ええ、構いませんけど、どうしました?」
移動拠点の中で、俺は魔法使いさんに話しかけられたのだ。
魔法使いさんは思い悩む顔をしていた。
まあ、前からそうなんだけどね?
勇者さまを忘れてしまったことで極めて強いメンタルダメージを受けているのは魔法使いさんも同じだ。
特に魔法技術のスペシャリストである彼は、敵の洗脳にむざむざ引っかかってしまったことが本当に苦しいのだろう。
「いやなんていうか、俺も色々と噂を耳にしてるんだけどよぉ」
役割を果たすことができなかった。
娘のように想っている勇者さまに苦労ばかりを背負わせた。
そんな苦しみに苛まれている彼も、勇者レーヘンの元気な姿を見続けることで少しづつ復調してきてるようだった。
「ゾニ坊、大丈夫なのか? お前の嫁取りについて結構話題になってるぞ」
「まあ大変ですけど、魔法使いさんも似たようなとこあるでしょ?」
俺の婚姻の話は割といろんなところに出ているのかもしれない。
魔法使いさんはそんな戦いに明け暮れる最中に、声をかけてきたのだ。
そして俺もバカではない。
こういう時に『大丈夫です』とかいうと余計に気を遣わせるからね。大変さアピールはしっかりしておいた方がいい。
苦労はしている、ただ今はなんとかなる。
必要になったら手を借りる、と。
「なにやら弟子に押しかけられているとか、あれこれ聞きますけど」
「俺とお前は話が全く違うだろ」
俺は俺で気を遣っているけれど。
魔法使いさんも明らかにこちらを気遣っている。亡くした妻に操を貫くナイスミドルは、周囲に適切なフォローを行える男だ。(レーヘン代償問題以外には)
だから彼もまあ、すごくモテてるんだけどね。なんか押しかけの弟子(美少女)がやってきてるとかなんとかあれこれ聞くし。
パッと見たことあるけどどう考えても恋愛感情持たれてるし。
「高貴なる義務ってやつとか、血を残す義務とか、嫌なことを無理強いされそうなら言えよ?」
「ええ本当に困った時は頼ります、助けてくださいね、約束ですよ?」
だからそんな軽口で余裕があることをアピールする。態度の節々に余裕がありますよー、と滲ませる必要がある。
なぜなら俺は望まぬ婚姻に追い込まれつつあるお姫さま的認知をされているからだ。
ま、こう言うことを言われるのは想定済み。
仲間を曇らせないためにも、俺はしっかり返答集を用意していた。
「レーヘンの嬢ちゃんも結構気にしてるみたいだからな……勇者さまの精神の安定のため、とかなんとか言えば、なんとかなると思うしな」
「あー、そういう……」
なんて思っていたが。
魔法使いさんの言葉は想定から外れていた。
レーヘンが最近、やたらとあれこれ首突っ込んでくる理由を俺は察した。なるほど、俺のことを気遣ってるのかあいつ。
彼女は最近やたらと俺と出歩きたがっていた。
姫騎士に嫉妬するようなことを言うし。
なんかもしかして、俺のこと好きなのかな?
みんなから忘れられたショックと、俺だけが覚えてたことへの喜びが変に作用したのでは?
独占欲と好意が絡み合った嫉妬に苛まれてるのでは?
姫騎士の勘違いは……別に勘違いではないのでは?
とか変な勘違い抱きかけていたんだが……そう言うわけではなさそうだ。
よかった、変なこと言わなくて。
俺にも恥はあるからね。
『お前俺のこと好きなの?』とか言わなくて本当によかった。
俺は結構、安堵したわけだが。
まあともかく、勇者レーヘンは俺が彼女とできてる説を広めることで婚約問題をなんとかしようと奮闘してくれている。
なんだかんだで勇者さま。
仲間想いの女の子らしい振る舞いだ。
……ただちょっと至らないんだよな。
レーヘンは旧支配階級に妊娠機能を失ったと勘違いされており、血を残すという義務を果たすことができないと思われている。
だからこそ彼女と仲がいいなんて噂を広めても俺の嫁取りを牽制することはできない。
むしろ勇者の夫の後妻という立場で、俺の価値は悪戯に上がってしまうまである。
表向きは抑えられているように見えて、裏ではどんどん過熱化してしまうのだ。
ま、レーヘンがそんな王族の義務について無知であることは仕方ないので『余計なことやりやがって』なんて思うこともないんだけどね。
正直にいえば俺は嬉しかった。
ここまで考えてきてくれるなんて、感激だった。
やっぱレーヘンは勇者なんだよね。
「そうだ、今度一緒に出歩いてみたりするといいんじゃないか? それだけでいいんだ」
「ええ、構いませんよ?」
ま、魔法使いさんはそれが空回りだということも察していた。
ではなぜこんなことを言うのかといえば……勇者さまはあと数年の命であると認知されてるからだ。
生きてる間に、何か残したい。
仲間のために何かできることをしたい。
レーヘンの行動はそんな健気な献身だと思ってるのだ。だから彼女に達成感と満足感を与えるために一役買ってもらえないか?
魔法使いさんは俺にそう訴えていた。
「悪りぃなゾニ坊、お前にばかり苦労かけるようで、本当に悪りぃ」
「魔法使いさん、こう言うことは苦労ではありませんよ? 教えていただき助かりました」
そしてそれは魔法使いさんのメンタルにも全く同じことが言えるだろう。
こうして俺に働きかけることで勇者レーヘンにいい思い出を残すことができたーーなんて満足感は彼のメンタル回復に大きな効果を齎す。
俺がレーヘンの本音を教えられて、ちょっと嬉しそうな顔をしたことを魔法使いさんは見抜いていた。
だから、こう言う頼みを口にしたし。
それは俺をも喜ばせた、全方位が丸く収まる提案をすることができたのは、彼の心の傷を大いに癒すだろう。
魔王討伐した後も、いつまでも元気な顔を見せていれば『勇者レーヘンの代償問題』がただの勘違いであるとわかってもらえる。
「あの子のこと、大切にしてやってくれよ?」
「ええ、もちろん」
そんな俺たちのことをじっと見つめている人物が二人いた。
一人目は物陰からこっそり俺たちのこと見つめいた勇者レーヘン。どことなくガッツポーズしてる姿には、自分の本音を他人に語られた恥じらいなどない。
魔法使いさんのメンタルが少し良くなったことがそれだけ嬉しいのだろう。
或いは今回の話自体が勇者さまの計画の一環なのかもしれない。
気持ちはわかる。
俺も人目がなかったら、とりあえず今回の勝利の美酒に酔って目の前の問題から目を背けたかったもん。
……現実逃避はやめよう。
そして二人目。
それが姫騎士ワイスであった。
さっきからこちらの会話に聞き耳を立てている高貴なお方ーーその顔にはどうしようもない苦しみがあった。
魔法使いさんと違い、俺が身体を使って勇者さまを元気つけていると勘違いしている姫騎士はなんていうか、俺がまた身を削って仲間たちのために尽くしてる、と誤認してるのだ。
こちらを立てればあちらが立たず。
魔法使いさんのメンタルは少しマシになった分、姫騎士ワイスは曇ってしまったのだ。
ーーーーーー
「レーヘンの具合はどうなのです? それに応じて軍部を急かす必要もあるでしょう」
というわけで、その会話の少し後。
姫騎士ワイスは移動拠点の中の俺の部屋にやってきていた。
彼女の勘違いも依然継続中であった。俺の部屋の中で、尋ねられたそんな言葉はもう何度目になるのだろうか。
基本的にこの話題を口にすると少し場の空気が澱むので、ワイス姫ももちろんあまり口にすることはなくなっている。
「いや、なんの問題もありませんよ?」
「……あなたがそうおっしゃるのなら……そうなのでしょうね、神官長さま」
レーヘンの負担≒俺の負担。
姫騎士視点だとそうなっており、俺の負担がひたすらに強まってるって認知なんだよね。
でも今の情勢で無理な攻勢など許してはならない。兵に余計な負担を強いてはならない。犠牲は最小限にしたうえで魔王城までの道を切り開かねばならない。
姫騎士もそれはわかっていて。
だからこそ俺がその身を犠牲にし続けているーーとか考えてしまうのである。
でも俺もそれと同じ理屈で姫騎士の苦悩が深まることを覚悟の上で安定策を取っていたのである意味お揃いなんだけどね。
「……レーヘンは少しストレスが強まっているようです。先程もわたくしのことをじっと睨んでいました。あなたを盗られると恐れているのでしょうね」
そんなことないと思うけどね。
レーヘンは姫さまと俺の会話に割り込むことが増えてきており、それで何か変な勘違いしてるのだ。
あの態度は恋愛絡みで嫉妬してる、と。
本当はメンタル追い詰められた姫さまのケアに関して対立してるだけなんだけどね。
ワイスに優しく接してあげる派VS尻を叩いて激励しよう派の戦いというか。
俺がやらかさないか、勇者なりに心配しているのだが……。
そのキツイ口調と、垣間見える確かな親愛、勇者さまのサイコパスじみた切り替えの速さが相まって人格が乖離するほどに病んでいると認識されてしまっているのだ。
だからね、メンタルが限界と言われたら、ね? 確かにそう見えるのは確かなのだろう。
「それと、その……先日の失言を謝罪いたします、感情を抑えられずつい口にしてしまいました。お許しください」
「いえいえ、お気になさらず。戦いの後は昂るものでしょう?」
姫騎士ワイスの言説は俺からすれば好意的なものでしかなかった。
俺はレーヘンを大切に思っている。
俺の大切な人を大切に思うが故に放った言葉だとわかっているのだ、負の感情など生まれない。
「………………」
「深い意味はありませんよ? 変な勘違いはやめてくださいね」
ちょっと言い回しが良くなかったかもしれない。今の姫騎士は勇者パーティー一の地雷原、注意に注意を払う必要があった。
俺は少し反省した。
「……あなたは大丈夫なのですか?」
「姫さまの視点ではどう見えています?」
「……無能なわたくしが……そんなものを見抜けるわけないでしょう」
姫さまは自己評価が低い。
俺がどれだけ健やかで元気であるかをアピールしても『わたくしの目は曇っている』なんて自己定義してる姫さまの勘違いを解くことはできないのである。
俺めちゃくちゃ元気なのに。
毎日八時間寝てるし、ルーテシアとのイチャつきを妄想する時間も確保してるからね? 肉体的、精神的にも絶好調であるのに、だ。
「では姫さまの話はこれで終わりですか?」
「いえ……それでバックルさまとの話の続きですが、わたくしの元にも、そういう話が届いております」
ま、それはさておき。
魔法使いさんに聞こえるくらいに婚約の話が広まっていると言うことは、もちろん政治担当の姫騎士の元に入る情報はその比ではない。
あそこの王家が言い寄った。
あそこの姫君が手紙を出した。
プライベートの欠片もない婚約絡みの話なわんさか耳に入っているのだろう。
ま、実際何の問題もない。
俺はそういう諸々の問題をひっくり返せるだけの政治力があるからね。
知り合いの旧ソルトの貴族()に頼んでルーテシアを養女ということにしてもらったうえで婚姻すればいいんだし。
ま、流石に婚約者がいないことにはどうすることもできない。魔王討伐までの辛抱だ。
「レーヘンとの噂が広がったことで、表向きでは随分と抑えられているのは事実なのでしょうね。……わたくしの存在もあるのでしょうけど」
「ええ、本当に助かります、困っていて」
でも、前々から予想していたが姫騎士がそういう声を抑え込んでくれているのだ。
やっぱ政治は姫さまなんだよね。俺の好感度はぐーんと上がった。
割と本心が滲み出た言葉だった。
余裕はある、なんとかできる。
でも大変ではあるのよ、相手方に失礼がないようにお断りをするのはさ。かなりの大物王族が多いからね。
いや価値を見出してくれることは嬉しいんだけどね、やっぱ俺としては心を見て欲しいし。
割と本心から、大きくため息を吐いてしまう。好意を持ってくれることは本当に嬉しいんだけどね……。
「………………」
俺は過ちを察した。
そもそも田舎の漁師の息子が政治に取り組む羽目になったのは姫さまが政治復帰を嫌がったからである。
……あの多くの人に恨まれている情勢で無理に政界復帰したら、多くの問題が生まれていただろうし、俺としては仕方ないと思ってるけど。姫さまはそうは思っていないのだ。
『わたくしが非難から逃げず勇者パーティーの政治担当としての役割を果たせていたら、あなたが嫁取り問題なんて起こさずに済みましたのに』
とか考えてしまっているのだ。
「別に姫さまは悪くはないと思いますけどねぇ? 変に責任なんて感じる必要はありませんよ」
「……申し訳ございません、また、わたくしは……」
俺は即座にフォローをいれるのだった。
「ですが……子を残すことは王家の義務です……レーヘンは妊娠機能が損なわれてるでしょう? 誰かしらとの間に血を残す必要はあるのです。それを忘れないでください」
ま、その場合はルーテシアがいるんだけど……俺が死ぬ前に、ということなのだろう。
わかってるんだけどね。
でもその場合生きて帰ったら、妊娠させた相手とそのまま結婚なんてことになるのは明らかだった。
俺はそういう小の犠牲は許せない高潔な男だった。その理屈はもちろん俺にも当てはまる。
俺を犠牲なんて絶対にしない。
生きて帰ることに賭けて未婚を貫く。
その覚悟を改めて決めるのであった。