曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者   作:さらみパスタ

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とある書籍からの引用2

 

 

 

 『レーヘンの日記帳』、それは連合王国の国宝であり、17代目の連合王国国王レーヘン五世が開示した貴重な資料です。

 

 連合王国2代国王『聖王』ゾーニッヒの妻、勇者レーヘンが直筆で記したものとされており、長らく連合王国にて保管されていました。

 

 この資料を開示したことがレーヘン5世の最大の功績と称えられるほどに多くの研究を加速させたことは言うまでもないでしょう。

 

 また当時根深かった魔族への差別感情を和らげた大きな原因の一つであるとされてもいます。

 

 魔族の人権が認められ、幾星霜。

 しかし彼らへの差別感情は公開当時も根深く存在していました。かつて人類を脅かした敵『魔王』の罪を魔族全体に向ける人は多くいました。

 

 しかしレーヘン直筆の日記に、魔族への恨みなど記されていないことは皆さんご存知のことでしょう。

 

 魔族嫌悪者に冷や水を浴びせ、『勇者レーヘン』や『神官長ゾーニッヒ』の演説を用いて差別を肯定していたものたちは、歴史の偉人を武器に用いることを禁じられたのです。

 

 連合王国王家にも受け継がれた、勇者レーヘンへの信仰や幻想の一部を剥ぎ取ることを理解した上で行われたこの聖断の偉大さは計り知れません。

 

 連合王国国民のみならず翻訳されただけでなく、漫画化、映画化など多彩な作品の原典となり、非常に多くの人々に広く親しまれるようになったこの『レーヘンの日記帳』ですが、今回は原本についての詳細を記していこうと思います。

 

 幼馴染であったライフズの強い勧めで記し始めたとされるこの日記は、彼女が冒険を始める直前、聖歴0095年10月3日から始まります。

 魔王軍が小大陸に上陸する直前。まだ平和に満ちていたソルト王国の片田舎の小さな家の部屋の中で。

 

『ライフズくんに勧められて日記を記すことにする、でも何を書けば良いのかわかんないや、とりあえず晩御飯?』

 

 そんな書き出しで始まった日記の最も特徴的なことこそその文体の軽やかさでしょう。

 当時はまだ勇者として人類を救済することになるなんて彼女自身でさえ思っていない、普通の子どもであったレーヘンが記した日記は年齢相応にあどけないものでした。

 

 いや、それは当たり前なのかもしれません。

 勇者パーティーメンバー。

 ワイス姫は王族でしたし、ライフズも『聖剣守の一族』と呼ばれた特殊な一族の末裔で専門教育を受けていました。

 魔法使いバックルも魔法学園で講師をしていた高い知性の持ち主です。

 記録こそ残していませんが神官長ゾーニッヒも、旧ソルト王国の第二王子でした。

 

 それに引き替え勇者レーヘンは特に専門的な教育が施されていない田舎育ちの村娘です。

 つまり、我々と一番似た感性の持ち主であったということなのです。それは夏休みの宿題で記録をつけるようなものなのでしょうか?

 まだ聖剣に選ばれるとつゆにも思っていなかった少女の、誰かに見せることになるなんて思っていない赤裸々な日記。

 

 その日、その日に起きたことを個人的な主観と年頃の女の子らしい感覚で記したそれは、完全無欠の勇者さまというキャラクターを破壊し尽くすものでした。

 

 礼儀正しく気品があり、田舎出身と思えないほどの知性と教養を見せる、品行方正な理想の勇者。

 

 多くの逸話や演説などを継ぎ接ぎして産み出されたそんな後世のイメージとは程遠い、屋台で買い食いするのが趣味で、少し鈍感なところがあるごくごく普通の女の子。

 

 そんな親しみやすいレーヘンの素顔や秘めた恋心を切り取ったような記録は当時の人々の多くの驚きを誘いました。

 

 勇者レーヘンを元にした創作作品は日記帳公開前から多く存在しました。勇者がどのような存在であったか、多様な視点から解釈された結果、作品ごとの人物像にブレが生じていました。

 

 しかし現在のレーヘンのイメージは、ほぼこの『レーヘンの日記帳』に記された内容を基にしています。本人の主観で記された文章ですから、彼女の人柄を示す何よりの根拠となるのは必然でしょう。

 

 だからこそ『勇者レーヘンは魔族を嫌ってなどいなかった』という何より大きな根拠となるのです。

 

 例えば姫騎士ワイスの手記には魔族への悪感情が確かに記載されていましたし。

 魔法使いバックルが亡き妻にあてて書き続けた手紙には、確かに魔族憎悪を感じさせる文章が相当数残されています。

 

 しかし、レーヘンの日記にはそのようなものは一行だって記されていません。勇者レーヘンが書き連ねた膨大な文章の中に、一切存在していないというのは大きなことでしょう。

 

 今にして思えば、ソルト王国は魔国軍の攻撃に荒らされなかった土地です。レーヘンの親類縁者にも魔王軍の犠牲になったものは存在していませんから。

 

 魔族への直接的な憎悪を抱かなかったというのは納得のいく話でしょう。

 

 そんな魔族融和に一役かった『レーヘンの日記帳』ですが勇者の残した遺産は、同時に歴史的新事実を多く明かしました。

 

 当時の人々の食生活や文化形態、それに物価や金銭感覚についてだったり。

 

 市場に流れていたパーティーメンバーの色恋の噂だったり。それにきゃーきゃーと色めき立つものの、当の勇者レーヘンが幼馴染の恋心に全く気がついていなかったことだったり。

 

 神官長ゾーニッヒに向ける明確な好意や、彼への不器用なアプローチ、そして彼への鈍感さへの愚痴であったり。

 

 レーヘンの演説の全てが神官長ゾーニッヒが即興で用意したものであったことだったり。或いは『ルーテシア』と呼ばれる謎の女性の存在が確定したことだったり。

 

 しかし大事なことが一つあります。

 それはこれらはあくまでレーヘンの主観に基づいて記されたものであるということです。

 

 他の記録で多く見られる聖剣を行使したことによる『代償』に苦しんでいたーー勇者に近しい人の残した文書で必ず取り上げられるそんな記録は単なる勘違いであったことは、主観で記される一次資料の欠点を示すものでしょう。

 

 身を削り人々を救ったというパブリックイメージは完全に崩壊したのとはいうまでもありませんが……。

 

 とはいえそれは『レーヘンの日記帳』もまた同じ欠点があることを忘れてはなりません。

 彼女の日記には、あくまで彼女の主観で記されたものに過ぎません。

 

 特に他の資料で明確に記された軍事行動や、戦果についての記載が驚くほどに少ないのです。あの伝説的な『魔族千人斬り』や、会戦での英雄的な功績の数々はほとんど記されていません。

 

 『レーヘンの日記帳』は食べた食事についての感想や、或いは後に結ばれることになる神官長ゾーニッヒ、あるいは他の仲間たちとの些細な日常についての記録が主となっています。

 

 だからこそ『レーヘンの日記帳』だけを元に歴史を語ることはあまりに無知であると言わざるを得ないでしょう。

 

 当時は人と魔族が殺し合いをしていた時代です。たくさんの人々が殺され、国が滅び、人類はただ一国だけが残されるのみという絶望的な状況に追い込まれていました。

 

 戦死者の数は膨大で、幾つもの国家は復興されることもなく滅びました。魔族の攻撃で多くの建築物や歴史的遺産、そして歴史を記した書物が消失しました。

 

 当時、降伏勧告なんてものはありません。

 魔王軍との戦いは文字通りの生存競争。

 魔族には人類に与する穏健派は確かに存在しました。パルチザンに食糧を提供していたことも歴史的な事実です。が、それは本当にごく少数でした。

 

 魔族の大部分は魔王軍に所属し。

 魔王軍は間違いなく人類の敵で。

 

 人類は間違いなく滅亡寸前まで追い込まれていたのです。他の資料に滲む絶望感や、苦悩、陰鬱な記録こそこの時代に満ちていた空気と言えるのです。

 

 現在は魔族の人権は保障されていますが、当時の魔族は間違いなく人類の敵でありました。レーヘン自身も戦場で多くの魔族を手にかけていることは事実です。

 

 この時代は平和であり、魔族への恐怖なんてものは後世の人々が作ったプロパガンダーーなんて考えを抱くことは愚かであると言わざるを得ないのです。

 

 また、当時の魔族の敵対感情を、現在の感覚で非難することなどあってはならないことでしょう。生存競争をしていた敵であった時代の感性を、同じ時を生きる良き隣人であった今の感覚で批評するのはおかしな話なのです。

 

 もちろんその対立感情を平和な現代に持ち込むことも、愚かと言わざるを得ないのでしょうけどね。

 

 そしてそんな時代背景を思えば、『レーヘンの日記帳』はあまりに希望的すぎるという印象を抱く者も多くいます。

 

 しかしこうとも考えられます、勇者レーヘンは彼女が抱いた希望を人類全土に分け与えたのだと。あらゆる苦しみを笑い飛ばし、悲劇を斬り捨て、魔王を討伐し、人類を救った偉大なる英雄。

 

 彼女の残した希望は今もなお、日記という形でわたしたちを明るく照らしてくれているのです。

 

 そしてだからこそ親しみやすいと言えるのかもしれません。平和な時代を生きるものからすれば、多くの悲嘆や苦しみに満ちた『魔王事変』の主観的な記録に触れることは気が引けるものなのですから。

 

 そういう意味では『勇者レーヘンの日記帳』は、この時代に興味を持つ最初の一歩としての役割を果たしがちです。

 

 後にレーヘンと結ばれる神官長ゾーニッヒ。

 気品に満ちし姉貴分の騎士姫ワイス。

 穏やかでお父さんのような魔法使いバックル。

 そして親友で幼馴染のライフズ。

 

 勇者レーヘンの日記でよく名前が上がる、勇者パーティーのメンバーについて興味を持ち、歴史を調べ、英雄達の功績や残した一時資料、そして彼らのその後を知り驚く人も多くいるでしょう。

 

 当代最高の将軍にして、民族自決の精神を訴え人類連合を設立し、医学の技術水準を飛躍的に押し上げた現代医学の父、聖王。

 

 ワイセリア連邦の前身となったワイセリア王国女王にして、多くの歌劇でヒロインを務めることになるあの白百合姫。

 

 評議国の議員にして、魔法学園理事長、消失した研究資料の復元に尽力し、現代魔法理論を開発したあの賢者。

 

 そしてライフル王国ーー旧名魔王国の三代目魔王。人類の裏切り者と扱われながらも人間と魔族融和を説き、現在の平和を生み出したあの慈悲深き魔王。

 

 歴史の偉人達の素顔が多く記載された『勇者レーヘンの日記』を読み、他の英雄に興味を示していく、そんな歴史研究家の卵を産み出したことも、レーヘンの新たなる功績なのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

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