曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者 作:さらみパスタ
魔王軍の侵略により、ソルト王国一国を除いてすべての国が滅ぼされた。支配下に置かれた都市は荒廃し、人間の手で取り戻しただけでは済まず、各国は復興を余儀なくされている。
その中でも特に魔道具の存在は極めて重要だった。
各国の基礎的なライフラインは魔道具さえあれば開通できる。
それは人類連合暫定首都や、皇国のように。
魔法技術はこの世界の文明の発展に大きく貢献していた。
そんな知識を牽引したのが魔法学園であり、かつて存在した魔法国という国家だった。
それ故に魔王に狙われ戦争初期に滅ぼされた。特に学園は魔王軍に包囲された後に保管されていた多くの資料ごと焼き尽くされた。
ここまで聞くと知識の継承は失敗したと思われるかもしれない。実際当時の多くの支配者階級は文明の後退を覚悟したそうだ。
しかし、希望は残されていた。
滅びた魔法学園の生き残りであり、最年少教授として知られた魔法使いさんの頭脳は消失した知識の全てが収められていた。
彼の頭脳さえあれば失われた資料の復元も可能。
また文明を発展させることができる。
だからこそ、そんな魔法使いさんが存命のうちに、魔法学園を復旧させるーーそれは各国首脳陣にとっては急務と言えた。
そして知識とは力だ。
そんな力を単独国家が独占するなんて許されるわけがない。
というわけで再建中の魔法学園は特定の一カ国が独占せぬよう人類連合から直接資金が流入し、再建が成されていた。
「バックル学園長も久しぶりです」
「いやぁ、おじさんとしてはサボりたいんだけどねぇ、ゾニ坊。せめて知識だけは後進に教えとかないといけないからな」
俺たちは二週間ほどで魔法学園に辿り着いていた。
かつて学園跡地に再び建設させられた学園は皇国とはかなり距離があるのだが、平和になった今の世界は街道などの整備も進んでいる。
以前までなら一月は必要だった道のりも、世界の復興が進む中で築かれた大規模輸送網を用いれば半分の時間で移動することができた。
前述した通り、多額の資金を投じて建設された魔法学校は施設だけ見れば完全な復元が済まされているのだが、そんな施設の頂点こそ魔法使いさんだ。
豪華な椅子に腰掛けていた彼は俺の言葉にくすぐったそうに身を縮めている。
勇者パーティーメンバーとしての名声、だけでなく魔法に関しての現代の人類で最も深い叡智を持っている彼は、全会一致で魔法学園の学長の座に選任されている。
ま、その上の学園理事という名誉職が複数用意され、人類連合上層陣に割り振られているんだけどね。
ちなみに実は俺も理事の一人である。
連合王国も連合経由で多額の支援金を払っているし、政治的なあれこれもあってそういう名誉職を任されているわけなんだが。
「もー隠居は早いよ、魔法使いさん」
「おじさんになると疲れやすくなるんだよ、レーヘンのお嬢ちゃん。もう歳なのかもねぇ……若さが、若さが足りない」
彼の覇気は明らかに弱まっていた。
冗談めかした言葉だが、事態はかなり深刻と言える。
確か女神さまの慈悲で妻子と少し言葉を交わせたらしいし。それで緊張の糸もぷっつり切れてしまっていたのだ。
傍には秘書として以前から弟子入りしていた少女が侍っているが、その表情にも憂いがある。
「それでその、ご報告がありまして……」
「ライフズの件か。なんかの誤解だろ? あいつが裏切るわけがねぇからな」
「いえそれもそうなんですけど、もう一つあるんですよ」
燃え尽き症候群、と聞けば聞こえもいいけど。教え子がほとんど殺され、家族も失った彼は生きる目的というものが乏しい。
人類連合上層部はそれを本当に危惧していた。しかし何かを強要するなんてできない。そんなことして彼の気力をますます削り取るなんてことはできないのである。
なんてことを考えながら。
「年末にレーヘンと結婚することになりそうです」
「……そうか、そうか……」
これが彼の元気を取り戻す一因になればな。そんな期待を込めて、俺は勇者さまとの結婚についての報告を口にした。
もちろん魔法使いさんも俺と勇者の婚約の話は聞いていたし、その報告も済ませている。
しかし結婚については初耳だった。他国に話はしてあるが、魔法使いさんに関しては直接俺たちの口で報告したかったからね。
ちなみに姫さまにも余裕が出たら報告する手筈だ。
流石に今の彼女にそれをいうのは憚られたのだ。ま、今回の大大陸での活動期間中には挨拶をするけど。
「よかったな、レーヘン。ずっと夢見てたんだろ?」
「えへへ、ありがとうね、魔法使いさん! ボク幸せになるから‼︎」
「……ああ、ウェディングドレス楽しみにしてるよ」
そんな報告を耳にして、魔法使いさんは感極まったような声を出した。瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
彼にとってレーヘンは娘のような存在だった。そんな女の子の結婚式を目にするなんて、生きる目標が与えられたに等しい。
「ゾニ坊も、この子のことを頼むな?」
「ええもちろん、幸せにしますよ。俺たちの子どもが大きくなったら、ここで面倒見てもらうのもいいかもしれませんね?」
「も、もー、気が早いよ、神官長! 結婚したからにはそうなるんだろうけどさ……えっと、その、まだ早いから!」
というわけで、彼の生への渇望を引き出すためにはこういう会話を多用するしかない。結婚したからには子どもを作るわけで。いわゆる孫的な存在はこの世代にはよく刺さる。
セクハラ一歩手前、というかグレーゾーンスレスレの発言だ。照れ恥じらい、ペタペタと俺の腕に触れる勇者さまには申し訳ないのだけどね。
「へへ、それを聞いたらやる気が出てきたな。俺もしっかり頑張らなきゃな。お前達の子どもが通えるくらいの立派な学園にしなきゃいけねぇんだからさ」
ま、そんな勇者さまの羞恥心と引き換えに、魔法使いさんのやる気はぐーんと増している。それでも魔王討伐前の覇気には遠く及ばないのだけど……。
「というわけで本題は終わったのですが、さっき行ったライフズくんの件で一つお手を借りたいことがありまして」
というわけでまずはいい知らせを口にしつつ、その直後に俺は本題を切り出した。
できるだけ明るい調子で。
深刻さの欠片もないような感じで。
ライフズ君の裏切り()なんて全然大したことがないように。
事件についてのあらましについて説明した。
彼は家族を魔族に奪われている。
燃え尽きたはずの憎悪に変な火種が投じられることは避けたかった。
「……あいつがそんなことするかぁ? ライフズはそんなことするやつだとは思えねぇんだが」
「ですよね、ま、姫さまはそれだけショックだったと思うんですけどね。それでこれを見て欲しいんですけど」
ただ、魔法使いさんは、姫騎士と違ってライフズさんへの信頼を揺るがすことはなく。魔族への憎悪を口にすることもなかった。
魔族への嫌悪感は予想以上に薄れているらしい。
俺はほっと胸を撫で下ろし。
そのまま皇国地下で見つかった謎の魔法陣のスケッチを見せる。
「……魔王軍の残党共がこれをね……でもこれは未完成だな。まず円周回路が繋がっていないし、こことここも未完成で……これはオリジナルか? しっかり学んではいないようだな……」
俺は全く理解できないのだが。
流石は魔法使いさんで、一目で色々と見抜いたらしい。
「悪いゾニ坊、解析には数日かかるかもしれねぇ。式が粗雑だし、独自要素が多すぎてすぐに答えは出せねぇ」
「それなら学園内を見学したり、観光したりして過ごします」
というわけで俺と勇者さまは魔法使いさんの解析が終わるまで、魔法学園に滞在することにしたのだ。
「それなら、カラン、二人を案内しといてくれ」
「はい、わかりました師匠」
というわけで俺は魔法使いさんのお弟子さんに案内されて、魔法学園の中を視察することになっていた。
「ゾニ様、勇者様、お二人が以前来訪された時と随分変わったでしょう」
「うん、生徒もずいぶん増えたみたいだよね。周囲にも街みたいなのできてるし……人もすごく増えてるし」
「はい、本格的に授業も開始されて、生徒数も増えましたから」
とはいえ、別に今回が初来訪というわけではない。
前回の婚前旅行にも魔法使いさんに会うついでに遊びに来ていたのだが……たった数ヶ月の間に学園は様変わりしていた。
施設として本格稼働し、多くの生徒が今日も授業を受けているそうだ。
それに伴い、生徒達の居住区画に、彼らを相手にした商店が建設され。
学園を中心とした都市が形成され始めている。
「そうだ勇者さま、ゾニ様、教室を見ていきます?」
今回はお弟子さんのご厚意に甘えて、授業を見学させてもらうのだった。
ーーーーーー
知識の継承は重要だ。
それは魔法使いさんが魔法知識を書き残すだけでなく、それを後世に受け継ぐことも含まれている。
しかしそれを一人で行うなんて、どれほど天才的な研究者にもできるわけがない。
この学園の教師は、魔法使いさん一人ではない。
再建中の魔法学園には、それなりの数の生き残りが所属している。
以前、魔法使いさんが怪しいとか言ってたパルチザンリーダーも今は学園講師として教鞭を取っているそうで。学園長の右腕として、以前の対立が嘘のような確かな信頼を築き上げてるらしい。
他にも学園の元生徒や、他国所属の研究者などもこの地に赴任してきている。各国としても手元で研究させるより、魔法学園に送り込んで影響力を拡大させた方が利益が出ると踏んだのだろう。
ちなみにソルト王国にはそんな技術者いないんだが……連合王国にはそれなりの数の知識人が存在しており、現在は出向という形でその大部分が魔法学園に所属している。
ま、彼ら全員、魔法学園の現役教授であった魔法使いさんには遥かに劣る知識しかないんだけどね。
そんな多国籍な教師陣と同様に。
生徒陣も多国籍である。
知識は力だ。
国家を支え、文明の発展に寄与する魔導技術の研究者は、これからの覇権競争の要石に等しい。金の雛を単独国家が独占することは許されない。
というわけで魔法学園の生徒はほぼ全員が各国からの留学生。
なんなら各国を背負うことになる、という枕詞もつく。
そして勇者レーヘンは莫大な名声を持つ英雄。
他国に赴けば国賓待遇でおもてなしされる超VIP。
教師からも生徒達からも丁重に扱われるのは当然なのだが。
生徒達の中に一人、レーヘンに明確に隔意があるような態度を取っている子がいた。ちなみに魔族とかではなく、純粋な人間だ。
こういう存在は勇者さまが直接面識を持ったことはなかった。
人類の救世主として持て囃されていた少女が初めて体験する守ってきた人々から向けられた悪意。
一応メンタルの様子を確認したほうがいい。
というわけで視察の最中のふとした自由時間に、俺はレーヘンに話しかけた。
「いや、別にそういう人はいるでしょ? ボクは温室育ちのワイスみたいなのと違って、パン屋の娘だからね? 神官長は心配しすぎだよー」
「まー、それもそっか」
とか思っていたんだが……。
勇者さまは全く気にしておらず、逆に俺を揶揄うように笑われたのだ。ま、こんな悪意には慣れっこというか、人間生きていればそういう負の感情を向けられることもある。気にするだけ無駄だと言わんばかりに笑い飛ばす姿は、すごくたくましいというか……。
そういえばこの子って図太いもんな。
俺は勇者さまの過去の行動を幾つか思い出して納得していた。
「でもお前、さっきの視察中、よく魔法への知識なんてろくにないのに、訳知り顔で頷いてたよなぁ……」
「ふふーん、そりゃ、これからはこれくらいできないといけないでしょ」
というわけで俺は話を変えた。
もちろん勇者さまに魔法に関する知識はない。
講義を行う教授が黒板に記された知識について触りも理解できていないのだが……彼女はさも理解してます風な体を貫いていたのは流石といえよう。
「というかそれなら神官長もわかんなかったんじゃないの?」
「と、思うじゃん? 俺は事前にコツコツ勉強してたから、ある程度は理解できたんだよなぁ」
まあ、俺も少しはわかる。
一応、論文とか読んでたし、代償の補填についての論文を作成するために、魔法的な知識についての勉強はしていた。
魔法には適性というものが存在し、適性外の属性は使用できないとか云々カンヌンくらいな説明はできる。
ちなみに学園の講義で俺でもわかるくらいの浅い話しかできていないということでもある。知識の劣化は本当に甚だしい。上層部が危機感を覚えたくらいの深刻な事態であった。
「あれ、じゃ神官長って魔法使えるの⁇」
「知識はあるけど体質的に無理、俺は回復特化型で攻撃系の技術は全く使えないそうだからね」
ちなみに俺は攻撃魔法は使えない。
適性が回復魔法に極振りしてるって言ったらわかりやすいかな? 俺が攻撃魔法を行使しても、相手は問答無用で回復してしまう。
それくらい回復に特化してるってことなので、ヒーラーとしては世紀の大天才なんだが……。
こういう人は稀にいるそうで、素養が一つのことに特化する分、大成する魔法使いも多いそうだ。
ちなみに魔法使いさんは回復魔法以外の全属性使用可能なオールラウンダーのくせに下手な特化型より優秀な怪物である。その上独自の魔法理論を開発できるくらいの才能まであるバケモノだ。
「へー、そうなんだ。ならボクも勉強したら使えるようになるのかな? 割と気になってはいたんだよねー」
「冒険の暇な時に、魔法使いさんに教えてもらえばよかったのに」
「……今のは好きな人と一緒に過ごす口実なんだけどー、神官長の発言はどうかと思うなぁー」
なんて話をしていたつもりなのだけど。
レーヘンはもしかしたら魔法使いさんとの会話で頭がピンクになったまま切り替わっていなかったらしい。
頰を膨らませて子どもっぽく不満を表明する勇者さまを、俺はなんとかなだめるのだった。
「そんな頼りになる勇者さまには、教室の視察とか頼んでいいか? 俺はやりたいことができてさ」
「任せといて! 王妃になったあとに外遊とかしなきゃだし、嫁入り修行にもなると思って頑張るね!」
少し頰を染めたレーヘン。
自分の行動の理由を口に出して。
それで恥ずかしくなったのだろう。
「わざわざ口にする必要ないと思うけど?」
「自己アピールだよ、少しでもボクを好きになってもらわないといけないんだから、恥ずかしくても報告はするんだよ」
ーーーーーー
図書館。
多くの蔵書を保管できる仕組みとなっているこの施設には、しかし現在はごく僅かな論文しか保管されていない。
魔王との戦いが終わって数ヶ月。
焼き払われた資料の復元という事業に取り組み始めて、まだそれほど時間がたったわけではない。
人類が積み重ねた叡智を書き記すには時間も人もあまりに足りていない。そんな中で後進の育成なんてことをするのは困難であるとしか言いようがないし。
そこにさらに魔族の残した魔法陣の解析なんてことをしたら手が何本あっても足りなくなってしまう。
できることをするべきなのだ。
俺は学園内にちらほら存在する旧学園教師陣の亡霊を視野に入れた。
そう、俺は魔法知識なんてこれっぽっちもないが……知識を持ってる方々の言葉を書き記すことはできる。
ま、理論が間違ってる可能性はある。
亡霊は最近の知識なんてものを新たに得るなんてことはできない。古い時代の亡霊から教えてもらった魔法理論はもちろん古いものとなる。
でも、それでも理論やらわかりやすい指導書なんて作ることができれば、仲間が背負った重く苦しい重労働から開発される一助になる。
というか冗談じゃなく知識の継承は文明維持の根幹だ。俺もできることはしなければならない。
というわけで。
俺は案内の子(また別の案内役)に諸々の用意をしてもらい、亡霊さん達の声に耳を傾けながら、黙々と論文の制作に取り組むのであった。
「神官長、何してるのさー」
「魔法使いさんのお手伝い」
レーヘンが図書館にやってきたのはそんな作業の最中のことだった。視察を終えて俺と合流しにきたのだろう。
左から亡霊の言葉を聞いて。
右手でそれを書き写す作業を黙々と続けた俺の目の前の座席に遠慮なく腰掛けた勇者さまは、瞳を丸くしながらじーっとこちらを見つめていて。
ちょうど作業が終わったから声をかけてきた。
「へー、やるじゃん」
「俺じゃなくてそこの肖像画のおじさんがすごいんだよ。俺はそれをこうして書き記してるだけだからね」
「へー、じゃダメじゃん」
ま、俺じゃなくて隣でふわふわしてる亡霊さんがすごいんだけどね。かなりの大物らしく、図書館に肖像が飾られてるくらいの偉人である。
もちろんレーヘンは俺が見える人だと知っており。実はインテリで知識も豊富なんて勘違いをすることはなかったんだけどね。
俺と勇者さまはそんな日々を過ごしながら。
魔族が残した魔法陣の解析が終わるのを待つのであった。