曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者 作:さらみパスタ
ルクリス王宮。
復興が進む大国の宮殿内部。
聖王であり、この国に多くの金銭援助を続ける連合王国の王である俺は、最賓客。用意された部屋も一番良いお部屋となっている。
豪華に飾られた廊下の中で。
ライフズくんはorzっていた。
壁にかけられた豪華な装飾とは正反対の情けない姿だった。
己の身を犠牲に魔族との融和の架け橋になることを選んだ偉大な魔王とは思えぬほどに。
「……僕はヘタレです……ごめんなさい」
「お主は本当になぁ……申し訳ない聖王ゾーニッヒ」
ライフズくんは勇者さまに告白できなかった。
あそこまで御膳立てされて、あと一歩踏み込むことができなかったのである。
部屋を出てきた時から妙に思ったんだよね、レーヘンはあまりにいつも通りすぎたし。彼はひどく落ち込んでいたから。
まさか? とは思っていたけど。
勇者さまが立ち去った後。
崩れ落ちるように廊下にへたり込んだ少年の哀れな懺悔に、俺は思わず天を仰いでいた。
カキカキと手帳に何かをしたためるレニヒさんも不干渉を決め込んでいるようだ。……まさかライフズくんの告白失敗まで記してるんだろうか?
ま、彼は基本的に受け身がちな男の子。誰かのためでもなければ二の足を踏んでしまうタイプ。だから、告白するとこまで行けたってのは大きな一歩ではある。
俺はポジティブ思考をした。
「いいんだよ? 勇気を出して一歩進んだんだ、これは大きな一歩だよ」
「ぅぅ、その優しさが心に染みる……」
「仕方ないのぅ……よしよし」
そんな態度は年頃の男の子のメンタルを少し追い詰めてしまったようなんだけどね。穴があったら入りたいと言わんばかりに頭を抱えたーー取り繕わない素顔を見せるライフズくん。
そしてそんな姿がベストールさんの母性をくすぐっているらしく、優しい目をしながら項垂れる少年のことを慰めていた。
ライフズくんが想いにけりをつけられない=自分と結ばれるのが遅くなる=婚期を逃してしまうかもしれないというのに。
それでも彼女は柔和な笑みを浮かべていた。
ま、いざとなれば、俺が寿命補填して若々しくしてあげれば何の問題もないんだけどね。一応あれは生命エネルギーだし、回復魔法のちょっとした応用で若返りも可能だし。
もう俺がライフズくんのことをフォローする必要もないのかもしれないなぁ。この子には頼りになるヒロインが傍にいる。彼の欠点まで受け入れてくれる魔王妃は、まさしく理想の女の子。
俺はほっこりしながら、二人のことを見つめ。
そして、空気を読んで立ち去った。
後のフォローは彼女に任せて。
そうしてライフズくんとの非公式(公式)な会談は終わりを告げ。俺とレーヘンは次の目的地に向かうのだった。
ーー聖歴0101 11月24日ーーーー
というわけでルクリスを出発した俺たちが次に訪れたのは皇国だ。
近隣の複数国家の生き残りを纏めて併呑したことで一気に国力を増した大国。その首都は一年前に訪れた時とは比較にならぬほど復興が進んでいる。
皇城の復旧は成し遂げられ。かつてライフズくんが執務していた仮の行政府は影も形も無くなっている。
いつの間にか用意されていた来賓を持て成す部屋にて、俺とレーヘンは姫騎士ワイス直々の歓待を受けていた。
「ルクリスの侵攻で人的な被害などは特に出なかったのですか」
「ええ。まぁ想定内ですわね……取られたのも皇国の旧領土ではありませんし、ギリセーフ」
そんな部屋の中で、いつものようなオフの姿を見せているワイス姫なのだが……その発言とは裏腹に彼女はあからさまに強がっていた。
領土を取られたことを悔しがっている。
軽く地団駄踏んでるからね?
完全にしてやられたと思ってるのだ。
「……さて、言い訳があるなら聞きますわよ、聖王陛下?」
「本当に申し訳ない。でもこれはより良い未来のためなんです、姫さまに負担を背負わせたのは本当に申し訳ないですが」
……俺にね?
そういえば俺はかなり高評価されており、当然ルクリスの暴走も読み通りと考えてる人たちもそれなりにいるらしく。
姫さまも当然そう考えていて。
頰を膨らませ、拗ねたように不満を口にしているのだ。
それは事実であった。
実際のところ風評ほどの智謀はないんだが……今回はそんな作戦が上手くいったわけで。
俺は素直に謝罪した。
ちょっとホッとしたのはある。
姫さまはきちんと俺の行動をわかっていて。
仲間に秘密を抱えずに済んでいたし、なんなら謝罪をすることを許されていたのだから。
「許します! ふふ、だってわたくし達は仲間ですからね。それに頼ってもらえた事は本当に嬉しい……あれ? これ頼ったということにしても宜しいですわよね?」
「頼ったであってます、姫さま」
ま、もちろん本気で怒ってたわけではないようで、しっかり謝ったら許して貰えたわけなんだけどね。
俺をまっすぐに見つめる姫さまは、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
そう、俺は姫さまを騙して謀略でハメたわけではなく、頼ったのだ。
より良い世界を作るために。
負担を共に背負っただけ。
……まあ、ちょっと連合王国の負担は少ないまであるんだけどね。そこら辺はここからしっかり返していけばいい。
「……な、なんですの、レーヘン」
「え? いや、姫さま元気そうでよかったーってね。落ち込んでたらどうしようとか色々考えてたんだ」
「ち、違いますのよ? 深い意味はなくて、ただちょっと揶揄ってやろうと思っただけでして」
そんな姫騎士を、勇者さまはじっと見つめている。内心を探るようなその瞳にこう、圧を感じたのだろう。
ワイス姫は少し慌てた。
「いやわかってるからね? ……別にボク、この人が女友達と仲良くしてることに文句言ったりしないからね? そこまで嫉妬深くはないんだけどなぁ……」
「……そ、そうですの、おほほほ……」
その息のあった姿が変な誤解を招いたらどうしよう、とか色々考えていたのだろうなぁ。
でも勇者さまは寛容だった。
別に浮気された云々とかそういう話ではなく、仲のいい姉貴分が空元気でないか探っていたのだ。
あと、もう一つあるかもだけど。
「でも安心しました。ここで変な誤解が生まれたらまーた揉めますもの。『勇者の婿を誑かした悪女』なんて勘弁して欲しいものですし」
「過去はなかったことにできないよ、ワイス」
「……なんのことか、わたくしさっぱりですわ?」
ま、ともかく。
ワイスはライフズくんのことが好きだった。しかし今の姫さまには、彼が失踪当時に見せた焦燥や、魔族に与した時に見せている影はもはや存在しない。
「本当に心配しないでくださいねレーヘン。あなたの夫に変な恨みなんて抱いてませんもの」
「…それならよかった」
「……少し目が曇っていたと言われたらその通りですから。今は復興を優先するべきだと自覚しております。……これはおそらく未練のせいですわね、元カレへの」
こういうことを言えるくらいにはっきり過去の思い出にしたこと。
あと、ついでに姫さまを騙して外交的な痛手を負わせた俺への恨みがないことに、勇者さまは心底ホッとしたように息を吐いた。
「かつてはヤムルと交際していた融和派であるわたくしが、魔族の方々への攻撃を選んでしまうほどに」
「……姫さま、強くなられましたね……」
「そういえばヤムルは魔族と人の共生を謳っていたとかなんとか……ですわね? わたくしも実はその意志を受け継いでおりますの」
姫騎士はしたたかな女だった。
彼女は割と政治ができる。
本音と建前を巧みに使いこなせる
しれっとかつて交際していた四天王のことを国家の利益戦略に利用しようというのだ。
つまり一気に方針を転換する。
反魔族から親魔族へ。
魔族は厄介だ、何かあればすぐに逃げ出す腰の軽さは特に。まして人類が一枚岩ではない以上敵対を選んだところで『魔王の後継者』の暗殺は困難。辺境や、他国に逃げ込んで行方もわからなくなるリスクもある。
ま、今のところはルクリスに逃げ込む可能性は高いんだけどね? 今回の事件で強い信頼関係を抱くことになっただろうし、何かあったら辺境ではなく、縁ある大国に身を寄せることになる。
そしてそこには連合王国の手が多く伸びている。
だから本当にいざという時の準備はできてるんだが。
それはさておき。
となると別の手段を使うべきだ。
「ええ、そんな感じのことを言っていたような気がします」
「つまり、スピカではなくわたくしこそが人と魔族の融和の架け橋ですわね?」
それにライフズくんが生きてる限りは魔族への対応なんてする必要はないからね。
彼は過激派の暴走を抑え続ける。
となると暫くの間は平和になる。
魔王の遺児もまだ幼子だし。
勇者レーヘン全盛期の間は何があっても対応可能。
平和は戦争の準備期間。
今なすべきは魔族への攻撃ではなく、足元をしっかり固めること。つまり復興だ。
というわけで今は魔国と交易することで、仮想敵国であるルクリスに流れる魔族マネーを掠め取ろう目論みなのだ。
そして国力を更に強めて軍事に力を入れて。
その上で必要なら魔族と戦えばいい。
「ライフズくんと意外と早く再会しそうですね」
「ええ。交渉の席ではリバースとの甘い日々をたっぷり惚気るつもりですわ! あの子は本当にいじらしくてですね?」
「……やめてあげてくださいね」
ちなみに魔国としてもルクリスに独占されて、足元見られる独占取引は早めに改善したい。となると密貿易の類が解禁されるのは、かなり早いことになるのだろうけど。
……俺はライフズくんの頭が心配だった。
元カノにそんなこと言われたら普通に脳破壊されるのは間違いない。
姫さまとしてもちょっとした意趣返しで、元カレの心の弱いとこをチクチクしようとか思ってるのだろうけど……。
それは多分今のライフズくんには相当効く。
「わたくしの結婚式の招待状を送るべきなのでしょうか、聖王さまはどう思われます?」
「……それもやめてあげてください……」
そろそろワイス姫の結婚式もあるからね?
一応皇国内で行われるそうだが……交渉の結果次第ではライフズくんもこっそり参列するって流れになるかもしれない。
そうなると、ね?
メンタル大丈夫かなぁ。
俺は可愛い弟分の無事を祈るのだった。
ーー聖歴0101 12月1日ーーーー
というわけで外交日程を無事に終え。人類連合議長ともしっかり会談して、憂なく帰路に就こうとした俺を待っていたのは魔法使いさんだった。
魔法学園の学園長であり、多くの生徒に勉学を教える立場である上に、さらに人類連合過激派の中核でもある魔法使いさん。
三足の草鞋を履いているとは思えないフットワークの軽さに少しびっくりしてしまうというか。知性が高いから要領よく、あれこれなんでも解決できるのだろうなぁ……とぼんやり思いつつ。
「なるほどねぇ、あいつのこと割り切れたのか……よかった」
「ええ、本当に良かったですよ、変に拗らせずにすみましたからね。リバースくんには感謝するしかありません」
俺はバックルさんと駄弁っていた。
ちなみに、公的な会談ではなく。
帰りの船に乗るまでの待ち時間。
ちょっと雑談してるって感じかな。
聖王国や学園長という立場の絡まぬ、私人としての雑談なんだが……彼は姫騎士ワイスの選択を聞きホッとしていた。
彼は勇者レーヘンのことを娘のように思っているし。魔王ライフズのことを息子のように思っている。
でも、俺と姫さまのことだって親友のように思っている。姫さまが過去を割り切ったことに安心したのだろう。
「でも姫さまはそっちの方向に舵を切ることにしたわけね」
「バックルさんはそうではないと?」
ちなみに、バックルさんも亡き奥さんに操を守り続けているわけなんだけどね? 他人の心配するなら自分はどうなのか、みたいなツッコミはせず。次の話題を切り出した。
「ああ、誰かが魔族を警戒し続ける必要があるだろ? うちはそれに最適だ」
「……それはそうですね」
魔法学園は国家ではなく。
それ故に復興を意識する必要もなく。
理念を追い求められる。
つまり、穏健派の皇国、親魔族派のルクリスと違って。
魔法学園は、魔国への鞭役になるというのだ。
『今はともかく、後世で問題が起きた時に対応できる組織が必要』とは魔法使いさんの弁だった。
或いは、魔族に否定的な考えを持つ層の受け皿になるというのだ。
「……もしかして俺の為だったり?」
「いや、普通に俺が魔族は嫌いってだけ。それはそれでこれはこれだ。ベストールを許すつもりもないしな。それに、あのバカが失敗した時に誰かがケジメをつける必要があるだろ?」
ライフズくんが失敗した場合。
つまり、魔族過激派が台頭した場合。
俺は約束通りメイスを振るうことになる。
でも魔法使いさんは俺とライフズくんの秘密の約束は知らない。だからいざという時に己の手を汚す決意をしていたのだ。
「いざという時は俺も動きますからね」
「……ゾニ坊にはこういうことして欲しくないんだけどなぁ。レーヘンの嬢ちゃんを優先しなさい」
魔法使いさんは俺にそういう悪名を背負わせたくないっぽいんだよね。
それはそれとして魔族への嫌悪感があるのも事実なんだろうけど。
そして連合王国としてはルクリス、皇国のバランスを取る必要があるから、あんまり過激派とばかり仲良くなるってわけにはいかない。
できなくはないんだけどね?
ただめちゃくちゃ大変なのは確実なので。
魔法使いさんの言葉は渡りに船だった。
「そうだ、今度ゾニ坊に見せたい理論があるんだ。昔から研究してたテーマなんだが……次の外遊ん時には学園に来てくれ」
「ええ、次は姫さまの結婚式の準備がありますからね。すぐに遊びに行きますよ」
ま、船が来るまでの間のちょっとした雑談をそうして終えて。俺は大大陸での全ての要件を終わらせ、故郷に帰ることになるのだった。
ーー聖歴0100 12月4日ーーーー
大大陸から小大陸に向かうための船旅は、この二年の間ですっかり慣れたものだった。本当に足繁く出張していたからね?
我ながらすごく頑張ってたわけなんだが。
「でも、安心したよね、これで暫くは平和だろうしさ」
「……そうなるといいね……」
船舶の揺れに身を預けながら、ベッドの上で寝転んでいた勇者レーヘンは、水面に沈みゆく夕陽を目にしながらそんな言葉を口にしていた。
新婚早々夫がやたらと忙しくしていたことに不満を漏らさなかった勇者さまだが、その瞳には確かな期待の色が浮かんでいた。
そんな彼女には本当に申し訳ないんだけどね。
魔王軍残党が壊滅し。
魔王ライフズを多くの人々が消極的に受け入れた現状。世界を揺るがすリスクの殆どは沈静化している。
魔王討伐からそろそろ二年。
穏やかな日々は長くは続かず、発生した多くのやり残しをなんとか解決したわけで。これでしばらく平穏になるのかなぁ?
そんな疑念は消すことはできない。
……なるといいなぁ、平和……。
ルクリスと皇国の対立はまだ始まったばかりだし。魔族嫌悪者がいなくなったわけではない。魔族との交易絡みで問題は起きるだろうし。大国を羨む小国の暗躍もあるだろうし。
取りあえず課題は山積み。
またすぐに世は荒れそうではある。
俺は思わずため息を吐きつつ。
レーヘンに現状、世界にはこういう問題が残ってるんだよ〜と説明してたわけなんだけどね。
「あと、ライフズくんのお嫁さん問題もあるよ? ベストールさんとさっさと結婚しないとまた火種が生まれそうだし」
「……あー、まあその辺はおいおいで」
まだしばらく時間が必要だしなぁ。
とか色々思ってたわけなんだが。
「でもボクから告白するように促すのも変じゃん? でもあの調子だとまだまだ時間は必要そうなんだし……どうするべきかなぁ」
「…………」
唐突にそんな話をされたもんだから。
俺は思わず目を見開いた。
え、気がついてたの⁈
「いや流石に気がつくからね? あそこまで態度に出されたら察するに決まってるじゃん? でもボクが配慮しすぎるのも本人のためにならないのが悩ましいんだよ」
勇者は意外と普通の女の子で。
割と周囲の機敏には聡いタイプだった。
ライフズくんの好意にはもちろん気がついていたのだ。
「やっぱ、勇気を出して告白するから、割り切れるとこあると思うし……」
俺は動揺していた。
だから無言で黙り込んでしまうわけだが。
勇者さまは俺の内面を正確に読み取れるだけの洞察力を宿していた。
「……あのね、ボクは神官長みたいな鈍い人じゃないんだけど? 割と人の感情には聡い方なんだけどなぁ」
「俺だってお前よりは敏感だよ」
「よく言うよねー、ボクの気持ちに全然気がつかなかったくせしてさー」
そして、彼女は俺に体重を預けてきた。
「ま、ボクは妻なので夫をちゃんと支えるから安心してよね! イチャイチャしたいなら旦那さまについてけばいいんだし」
「そうだなぁ、今度からは一緒にいようか」
楽しそうにそう囁いたのだ。
その瞳には期待の色が浮かんでいた。
一緒に外遊するのも、旅行みたいで楽しいようだ。
「うん! それで今後の予定はどうなってるの? ボクもしっかりサポートしてあげるからね!」
……まだまだ人類には課題が多いからね。
魔族への嫌悪感を抱く人も多いし。
皇国とルクリスの対立が激化しないように手を尽くす必要もあるし。
各国首脳陣が暴走しないように気を配る必要もある。
あと、エットゥロちゃんのための根回しをしっかり行っとく必要もあるしわけで。俺はどの国で何をする予定なのかを説明したのだが。
「……えへへ、その……がんばってね?」
「理解ある妻を得た、俺は本当に幸せ者だなぁ。お前も手伝ってくれるんだよな、レーヘン」
「むむむぅ、ボク一応、パン屋の娘なんですけど! 複雑な政治的なあれこれなんてさっぱりなんですけど‼︎」
勇者さまは秒で手のひら返しをした。
ま、彼女は俺の妻であり、今更逃げ出すことなんてできないんだけどね? ある程度の公務は行わなければならないんだし。
というわけで魔王討伐した後にも色んな問題が残っているので、俺はそれをどうにかするために頑張るのであった。