「エリーカ?それは本当ですか?」
「ああ、本当だ。ヘルゴンド大陸にある罪人の封牢に寄った時に大罪人として扱われているハインリヒの魂と会話した。そこで一部始終を聞いたさ」
「エデン様、私もエリーカの言葉を保証します。私でなくともミカエラ様もエリーカの言葉を信じてこの場まで許しました。それ故に必要とあらばミカエラ様は戦力的に手伝うこともお聞きしてます」
「!!…ホルミエル、貴方がそう言うのなら間違い無いのでしょう…」
さて、俺とホルミエルは腰を下ろして会話しやすい場所までエデンに案内され、武器や道具を下ろしてテーブルに蝋燭を灯した。
仄かな熱がひとまず落ち着かせてくれる。
しかし内容は落ち着けないモノだ。
「で、話の内容だが…結論から言う。アレは過去に8代目魔王アリスが孕っていた時に女神イリアスによって殺された子供だ」
「!?」
エデンは目を見開く。それは天界を襲った正体に対してか。それとも魔王が勇者との子供を孕っていた事に対して。いやどっちもだろう。
「8代目魔王アリスの子供は女神イリアスに殺害された後、ハインリヒと共にヘルゴンド大陸にある罪人の封牢に魂ごと封印した。そして500年後の現在、異界からやってきた混沌の神が面白み半分で己の身体の一部を子供アリスの魂に受肉させると、過去にハインリヒが抱えていた天使に対する殺戮衝動を原動力に黒塗りのアリスと化し、その結果として天界に襲い掛かった。それがアレの正体」
「な、なんと!!あの正体は魔王アリスなのですか!?天使でも、悪魔でも、ましてや神でもない地上に穢れた魂!?…いや、しかし待ってください。その前に大罪人ハインリヒと8代目魔王アリスに子供がいたのですか??そんなことは何も…」
「女神イリアスがこっそり裁いたんだろ。ハインリヒも言ってた。そのため8代目魔王アリスの記録にそのような話は残ってない。残っているのは天界に叛逆したハインリヒが大罪人扱いですよー、って記録だけ」
「あ、あり得ません。まずイリアス様が地上に罰を下すにしても己の手でわざわざ振り下ろすような真似は致しません。何故なら女神様ですよ?」
「本来ならな。でも女神の考えるシステムから外れてしまった特大イレギュラーは本人が動かざるを得ない状況。なにせ勇者が魔王を討たずにむしろ愛し合ってしまい、女神イリアスが望む勇者との本懐を否定されてしまった。かなり癇に障ったんだろ。勇者の英雄譚ではなく勇者と魔王の恋物語とやらに」
「そんな、バカな…」
ルミエ曰く、エデンという熾天使は女神イリアスに対して狂信と言えるほどに高い忠誠を誓った者だ。だからこの話をするのはもしかしたらタブーなのかもしれない。何せ女神イリアスの所業にて黒塗りのアリスが誕生し、その結果として天界は倒壊、天使の居所となる筈の女神イリアスも生存不明とかいうフォールダウンを食らってしまった。天使は何も悪くないのに。
「天界では大罪人として扱われている勇者ハインリヒ。でもそうなったのは妻として愛していた8代目魔王アリスとお腹の子供を女神イリアスの手によって殺されたから。それは勇者のシステムとやらを覆されてしまった女神の怒りによる個人的な所業から…って、ミカエラさんは言ってたね」
「っ!!」
「だってそうだろ?ハインリヒのことを大罪人と一方的に扱ったのは、女神イリアスが自ら捌き下したやり方を悟らせないため。本来なら静観を決めるべき女神なのに、イリアスという個人の怒りでそうした…いや、してしまった。なので天界では大罪人としてのレッテルでハインリヒを天使達に討たせ、封印し、そうしてハインリヒは大罪人として物語を閉ざした」
「………信じ難い……ですね…」
「この場では俺だけが知ってる話だからね。周りからすればそうなんだろう。でもアレは8代目魔王アリスとハインリヒの子供だ。どちらも当時最強、その血を引き継いだハイブリッドなんだよ。だからそれ相応に力があって、天界を崩せた」
「それは…」
「俺も正直、この話を聞いた時は信じられなかったよ。でも封牢と碑、それからハインリヒの魂との邂逅。そこから名も顔も知らない突如現れた混沌の神に関しても素っ頓狂な内容で着いていけなかったが、しかし地上に伝わるハインリヒの英雄譚は大罪人扱いで、2年前に天界が倒壊した事で天使が地上を彷徨っていたところは俺が助けた事で意味を知り、そして大陸と化した元天界は天使がいる事で真実になり、女神イリアスもいないことを知った。これほどの出来事が起きてしまったのなら俺が今語った内容は相応に当て嵌まらないと寧ろおかしい。じゃないと納得がいかないよ、こんなのは」
本当に、納得がいかない。
天界が落ちる必要はあったのか?
その前にハインリヒと8代目魔王アリスを引き裂く必要があったか?こんな事がなければ今でも天界は平和だってはず。あと俺も今頃はフィサリス演劇団で本格的に参入して父の後を継げるように奮闘していた。ミカエラさんだって静かに過ごしていた。でも何もかも崩れた。
いまの勇者には任せれない事象。
全て___ああ、全て。
女神イリアスの間違いがこの瞬間に現れた。
そこに混沌の神が嗅ぎつけた。
故に、この世界は天使を始めとしてナニカが壊れ始めているんだ、そう感じる。
「エリーカ。貴方の話はよくわかりました。ですがやはりかっ飛び過ぎた内容に私は信じるという判断ができません。ましてやイリアス様がそのような事をしたなど思えない…」
「俺は、何千何億回と女神イリアスを信じ支えてきたエデンに、イリアスを疑わせるなんて出来ないと思っている。貴方にとって女神イリアスは親だから。俺も父さんを信じて生きている」
「ええ、そうです。私はイリアス様を信じています。ホルミエルの証言が、ミカエラ様の言葉があったとしても、エデンはイリアス様のために全てを尽くすと決めている。あの方がどのような考えを持っていようともエデンは楽園を意味して女神のために健在である。ですが…」
エデンは一度言葉を限り、周りを見渡す。
この地下施設には沢山の天使がいる。
総勢300名くらい。
これが多いのか、少ないのか分からない。
でも天界の倒壊によって多くの天使が亡くなられたことは聞いている。
正直、ルミエやティル、コルクやメイルなど今エンリカに住んでいる天使達が生きてたのはかなりの幸運だった。もちろん無事とは言い難い者も含めてだが助かった者は多い。あとは地上勤務中のため天界の倒壊に巻き込まれたなかった天使が助かったくらいだ。数は僅かだが。
しかしここに残っている天使達、エンリカに比べたら数は多いが右も左も知らず、上のみは知っていて、見下ろしていたはずの下は何もかも知らない未体験者ばかり。
地上の生き方を何も知らない。
そこに着々と堕天する事で苦痛を明確にしてきて皆が慣れない痛みと苦しみに疲弊している。
上位種族の天使だったという強みだけで生きている状態で、押し寄せてくる現実が明日の保証を恐ろしくさせる。どのようにして助かるかを知らないのだ。皆が不安だ。
それを感じ取っているエデンは俺の方に向き直って言葉を続ける。
「ですが、この現状は本物。天界が天界で無くなった事も真実。奇跡が失われてしまったこの瞬間も疑えない現実です。ならば私たちはこの状況を打破して行くことが今の目的。それは間違いない事であると信じています」
女神イリアスの話はまだ信じられない。
しかしこの瞬間は疑わない。
エデンは状況を違えていない。
「だから貴方の話、この目で見てないため混沌の神など些か信じ難い内容ですが…しかし天界を倒壊させ、この神聖を堕落させた出来事は堕天したこの身体に真実だと教えてくれる。ならばエリーカ・エコーズ。貴方の導きがこの大地に託されたのなら私は貴方がこれからすべき事は信じましょう。アレをどうにかできるのですね?」
「もちろんだ。俺はそのためにルミエとこうして荒海を渡って極地までやってきた。黒塗りのアリスを鎮めるために。エコーズがそれを果たさんとしよう」
「エリーカ、私も手伝うぞ」
「もちろんだルミエ。君がいるなら無敵だ。でもやることは戦闘じゃない。俺を中継先としてハインリヒの声を黒塗りのアリスに届かせるのが目的だ。まぁでも…万が一発生するのならその時はルミエが頼りだよ」
「案ずるな。私は智天使だぞ。エデン様には負けてしまうが、でもめちゃくちゃ強い戦闘天使としてエリーカの力になる。確かだ」
「ああ、頼んだよルミエ」
心強い仲間がいる。
必要とあらば、ミカエラさんもくる。
俺には強力…なんてありきたりな二文字では収まらない程の強力な後ろ盾がいる。
だから不安になんかになっていない。
「ルミエ……ですか、ホルミエル」
「エデン様…はい、そうです。私はエリーカから地上で生きるための名を授かりました。それ故に…」
「いえ、貴方はもうエリーカの守護天使です。ですが堕天しても尚、己を智天使だったと誇るならばエリーカ・エコーズのために残された役割を果たしなさい。それがルミエの名を授かったホルミエルなのですから」
「はい。もちろんでございます、エデン様」
それから話し合いは一度終わることにした。
エデンもリーダーとして忙しい。
なので後日また改めて話す事にした。
黒塗りのアリスをなんとかするために。
…
…
「エリーカ、寒くないか?」
「大丈夫だ。この地下施設には沢山の天使がいるからな。あと焚き火とか蝋燭も立ってるし、外よりはマシだよ」
「そうか」
「でも…そうだな。ティルがいたら湯たんぽ変わりにしてもっと温かったんだけど、今はいないんだよねー、あー、誰か湯たんぽ天使はいないかなー……チラっ?チラッ?」
「………ココでも、必要か?」
「うん。てな訳でほらルミエ、そんなとこ見てないでこっちに来いホイ」
壁沿いに開いたスペース、そこなら好きに使って良いと言う事で俺はクッションをひとつだけ拝借し、その上に座りながら道具袋からアルミ素材で作られた防寒用シートを取り出し、寒さを凌ぐ準備を完了させる。
これで暖かく仮眠できるだろう。
しかしもう一押し欲しい。
そう考えて俺はルミエを引き込んだ。
「ふほー、あたたけぇー。あと柔らけぇぇ」
「エリーカ、急に引っ張るな…」
「すぅぅ、はぁぁぁ…良き良き。やはりルミエの抱き心地は最高だな。ティルとかもモチっと感があって良いけど、極地ならルミエの方が適任だな。すぅぅぅぅぅ…はぁぁぁぁ…」
「やれやれ、まったく…」
下にはクッション、その上に俺、そして胡座の上にルミエをポスンと乗せてアルミ製防寒シートで俺たちを覆い包み、丁度良いサイズ。
仮眠の準備が完了した。
俺はルミエの首肩に顔を埋めるようにして一気に天使吸いをしてリラックスし、それと同時にギュとルミエを抱きしめれば身体中にオキシトシンが湧き上がり、旅のストレスが一気に和らいでいく。
やれやれ顔のルミエだが、されるがままに受け入れてくれて、甘やかしてくれる。
「え、なに、あの人間?」
「なんか幸せそうな顔してるぜ…」
「まさかだけど、智天使を吸ってるの?」
「ワイティエルとかじゃなくホルミエルに?」
「えー、人間が智天使に一方的に?」
「とんだ人間もいたな。怖くねーのかよ…」
「お、恐れ知らずもいた者ね…」
「でも温かそうだよ?私達もする?」
と、俺たちの様子にヒソヒソ気味。
まあ人間がいるってだけで珍しいよね。
そこに智天使とかいう上位存在が人間如きに好きなようにされている光景。
まあ初めて見る天使からすればそうだよな。
「エリーカ、目立っているぞ…」
「気にしなーい、気にしない。エンリカでも似たようなもんだろ。なら俺は気にしないよ」
「やれやれ、本当に君って人は…」
「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ……ずぞぞぞぞ…」
「だからそれはなにを吸っているんだ!?」
「ルミエぇぇ……ふへへへへぇぇ…」
天使キメ過ぎて脳が蕩ける。
あぁ^〜心がぴょんぴょんするんじゃ^〜
それからしばらくして俺はコテンと、堕ちる。
そのままルミエの肩首に頭が垂れ、寝息は防寒シートの中で完結するから外の空気で凍えることはなくなる。
まあルミエの聖素が僅かながらも寒さを遠ざけてくれるので、湯たんぽとか関係なしにルミエを抱きしめて寝るのは極地に於いて実は正解である。ティルもいたら効果は二倍だ。
「すぅ……すぅ……」
「おやすみエリーカ。君の眠りは私が護ろう」
膝の上に乗せたルミエを微睡の材料に、その優しい声を聞きながら完全に寝落ちる。
ここに寒さも、辛さもない。
天使がどこまでも祝福してくれるから。
♢
「え?天使の攻撃が効かなかった??」
「厳密には聖素を受け付けない。そのため格闘戦が主体でした。故に黒塗りのアリスから遅れを取ってしまったんです」
仮眠のつもりだったがそのまま5時間くらい眠り落ちていた。まあ久方ぶりの地上かつ寒冷地だからな。体力が追いつかない。でもぐっすり寝たおかげで元気だ。
ちなみに俺が起きるまでルミエも膝の上で包まるように眠っていたが、俺の寝相で一緒にコテンと横に倒れてしまい、それでも温もりを求めて熱を逃さぬようそのまま抱きしめ合いながら一緒に眠り続けていた。
ただ近くに気配を感じると同じタイミングで目覚め、周りを見渡すと俺たちの様子を近くで覗き見ていた天使達と目が合う。
ルミエはギョッとしていたし、俺たちを覗き見ていた天使達も「やばっ…」と反応していたが、俺は欠伸しながら普通に天使達へ「おはよう」と声をかけるとトリニティ種だけは微笑みを崩さぬまま「おはようございます」と返してくれた。
まあ他の天使達は蜘蛛の子を散らすように離れて行いったが。
まあでも気持ちわかるよ。人間と仲良くしてる天使の姿なんて知らない天使からすれば不思議だよな。たしかにエンリカに来たばかりの天使とかも主に人間で構成されたフィサリス演劇団の者達と仲良くしてるところ見て初めて共存の二文字を受け止めていたからな。
でも俺達は見た目も含めて身も心も天使とはそう代わりないと思っている。
証拠にフィサリス演劇団に所属する独身男性なんかエンリカに住まう天使と恋仲に発展してるし、なんなら結婚まで考えてる男性もいる。だって種族差とか抜きにしたら羽のつけたただの美しい女性達だもの天使って。そりゃ男も惹かれますとも。
「格闘戦主体か。それでも天使ほどの存在がフィジカルで押し負けてしまう。なかなかに恐ろしいな黒塗りのアリス…」
「ロンギヌスがあれば恐らくは聖素など関係なく穿つことは可能でしたが、しかしイリアス様から受け取ることも叶わずに…このエデン、不覚の一生ッ!」
救出した際にもルミエから聞いていたが、呼吸も与えぬ強襲によって天界は真っ二つにされる勢いで崩され、それでなんとか智天使以上のクラスが迎撃するも悉く遮られ、手応えは無かったと無力感を溢していた。
しかし今回の会話によって最後まで戦っていたエデンから「実は聖素が効かない」とかいう天使サイドに対するクソゲー情報を初耳にし、これにはルミエも頭を抑えていた。
混沌の神によって与えられた力。
…いや、とんでもないな。
間違っても戦っちゃいけない相手だ。
とまぁ、そんな感じに天界サイドに対する初見殺しが一方的に襲い掛かり、これには女神イリアスも対応に遅れてしまい天界の力は食い破られて地上に落下。
しかしそんなエデンも、苦渋の果てに天界そのものを封印の場として作用させることで結界を張り、そして力を使い切って動きが鈍くなった黒塗りのアリスをこれ以上は暴れさせないよう抑え込むことに成功した。
いや、判断すごいな。
これが天使のリーダーか。
ただし結界を張ったことで外部から助けは求められなくなり、女神イリアスの声も無いまま地上の知識も当てもなく、現在は自分達で状況をなんとかしようと動いている状態。
だから苦渋の決断。
こうなれば外部から助けは無いに等しい。
それでもエデンは天使達を纏めようと堕天しながらもリーダーシップを発揮し、飢えを凌ぐ手段を確立させ、地下施設で密集することで暖を取れるように状況を作り上げ、それと堕天する速度を落とすことで戦力を保てるようにしたりと、この2年間で天使達は傷を癒しながら自然化した天界の情報を集めているらしい。
しかし長引いてしまう状況下に天使達は絶望を感じており、急激に弱り始めている。
なにせ堕天化が進み、苦痛を感じるようになった不自由さに心も身体も追いつかなくなってきている。てか見たらわかる。かなり弱っているなココの天使達。
「早めに地上に馴れた方が良いな。君たちの感覚は人間に近くなっている。そうなると人間のように病気にも弱くなってしまうし、そうなれば間違いなく酸素供給による生き方を強いられてしまう。寒さに強いとはいえ痛覚が表面に浮き出てるなら凍傷とかも免れんぞ。なら住まうための環境を変えなければ…」
「随分とお詳しいのですね」
「当時、俺の
「人間としての生き方…」
「この天界があの日のように戻るなら話は別だが、でもそれが叶わないのなら土いじりの知識は絶対必要になる。もしそれに関しての知識や技術が必要なら俺が力になるよ」
「!?」
彼女達自身で全てを完結してるなら俺の介入なんてのは不要だ。でもここにいる者達が地上での付き合い方をするようになるなら、それを教えてあげるべき先駆者が必ず必要になる。ここまで関わったんだ。見て見ぬフリとか既に選択の中から消えている。
俺もフィサリス演劇団の一員だ。
ならば偉大な天使の先駆者達に準えて俺も天使のために何かできることするべきだ。
「なぜ、天使に…人間の貴方がそこまで?」
「さっきも言った通り、天使達の隠れ里はフィサリス演劇団という俺の父ハルトマンが率いる組織が作り上げた。俺はその天使達が住まう隠れ里で祝福されながら生れ育ち、今こうして健やかにいるのはミカエラさんとか天使達のお陰なんだよ。ならば天使の先駆者たらんフィサリス演劇団の一員かつ天使達によって育った俺がやること、それは先駆者に準えてエリーカ・エコーズも成すべき役割がある。そう考えてあの場所で俺は俺を形成したんだと考えるから」
もう何度と言った、エリーカの意味。
そしてエコーズはレミナにある追憶。
でも二つ合わせて俺のことだ。
その二つを欲張って俺がこの場にいる。
熾天使の前で、それを名乗る。
「先駆者、役割、形成……ふふっ、まるで天使であるような言い回しですね」
「おおー、それなんか素敵だな!俺も君たちと同じような感じ天使か。うん、悪くないな」
「む……それはダメだエリーカ。君は人間のままでいろ。そうでなければ寵愛すべき君はエリーカじゃない…」
「はははっ、冗談だよルミエ。俺は人間で沢山なまま迷えし天使のために先駆者たらしめると決めている。まあ言うてミカエラさんは俺が聖素を扱い過ぎてるため老いが少し遅れそうになってるのでは?とか言ってたけど」
「人間を超えたな、エリーカ」
「まあエコーズの血筋の時点でまんま普通とは言い難いさ。でも心は人のまま、それは変わりないよ」
朝ごはん代わりのカンパンを口に放り込んで人として食を楽しむ。帰ったらスイーツとか楽しみたいな。雪ばかり見てアイスクリームとか食べたくなって来たわ。でも、そのためには…
「黒塗りのアリス。この問題から片付けよう」
「ええ、そうですね。本当は貴方が持ち込んだ真実や事実はもっと擦り合わせを行い、確かめたい限りですが、しかしそれらはあの元凶を解決してからになります。でなければ私達は明日の保証も許されていない状況、何も成せずに終わり告げるでしょう」
「そんなの許すものかよ。堕天しちまったなら堕天したなりの生きた方と楽しみ方を、その延長線上にある苦楽の愛し方を、俺は地上の先駆者として君達天使に教え足りない。それにまだルシフィナにだって色々と教えてやりたいことがあるんだ。時間は幾らあっても足りないねぇよ」
「ルシフィナ姉さん…そうですね。また会うためには生きなければならない。良いでしょう。このエデンが今しばしエリーカをお手伝い致しましょう」
「よし来た」
まあ言っても、俺が黒塗りのアリスの元まで行ってハインリヒの声を届かせるだけ。でもそのためにはエデンがこの天界に張り巡らせた結界を解除させる必要がある。そうじゃないとハインリヒは俺の元までアクセスできないから。
…
…
…
そして…
「エリーカ、本当に大丈夫だな?」
「ああ、アレには一人で近づく。休眠中とはいえ天使に対する殺戮衝動を引き立てさせないためにも人間の俺だけが近づくよ。それにハインリヒの声も俺の体を通して伝えることになっている。だから俺一人だ」
「あまり無理はなさらぬように、エリーカ」
朝食を簡単に済ませた後、準備を完了させた俺達は結界を解除するためのエデンと共に洞窟を抜けた。陽の下に出ると入り口からそのまままっすぐ進軍し、天界の中心部まで向かう。
するとそこには、黒塗りに染められた繭がひとつポツンと鎮座していた。
幼子がすっぽりと収まるくらいのサイズ。
剣を振り下ろせば簡単に両断できそうだ。
こんな小さな存在が天界を崩したのか?
そう疑問を感じるほどに、小さい。
それでも結界が厳重に封印をし、暴れないように抑えている。と、言っても暴れる気配は無く不気味なくらいに静かで繭からは力一つ感じられない。でもエデンはこの中にいると言う。
「じゃ、合図したら頼むよ、エデン」
「ええ、わかりました」
この2年間で積もった雪を足で踏み分け、黒い繭の元まで足を運ぶ。
後ろにはルミエとエデン、あとここまで護衛として同行してくれたヴァルキュリーやキューピッド、それとギリエルと言う名の戦闘特化の中級天使もいた。俺のことを物珍しく覗き見ていた天使だ。ただジロジロと覗き見が過ぎたので上司に座位するルミエに軽く睨まれると慌てて目を逸らしたのは記憶に新しいか。なかなか表情豊かだねギリエルってのも。
ま、こんな感じにまだ見たことない天使がこの世にはいるんだなと内心ワクワクしながらも今は務めを果たすべき。俺はじわりじわりと黒塗りの繭に近づき、そして手を伸ばせば届く位置まで足を進めた。
ココに、ハインリヒと8代目魔王の子供が封印の中で眠っている。
「よし…」
俺は後ろに振り向き、エデンに向けて手を振るとそれを合図として結界の解除が始まる。
一つ、一つ、解除される結界。
俺は目を閉ざし、意識をヘルゴンド大陸のある西に投げ、そしてある者に語りかける。
「(__ハインリヒ、聞こえるか?)」
俺の体に落とし込まれた勇者の力、それが同じ勇者だったハインリヒと通じ合っているのか繋がっている感覚がある。
すると意識の中にノイズが走る。
恐らく、繋がっている証拠だろう。
『__聞__る__リー__カ』
ああ、聞こえた。
ハインリヒの声だ。
「(__あと数枚で結界が全て割れる)」
状況を伝えながらハインリヒの声が完全に届くまでパスを繋げ続ける。
すると段々、何かが迫ってくる感覚。
それは優しさ、それから強かさ。
それと勇ましさ、もしくは逞しさ。
これは間違いなくハインリヒのモノ。
『エリーカ、ここまでありがとう』
「ああ。ハインリヒ、あとは頼んだぞ」
俺はそこから数歩下がり、代わりに青白い粒子が俺の真横を通り抜けていく。
そこで幻視する。
現役時代にこの世界の500年前を渡り歩いて来た勇者の後ろ姿、いわば俺の先輩だ。
え?何故先輩なのかって??
それは俺が光の【勇者】だから。
なら【勇者】たるハインリヒは勇者の大先輩だ。
ただそう言う話なんだ、これは。
『アリス、アリス、僕の娘よ』
黒塗りの繭に跪き、手を伸ばして語りかける勇者時代のハインリヒの姿。
しかしその声は、己の娘に優しく声をかける父のようだ。
ああ、まるで迷子の子供を見つけた父と迷子から見つかった娘のようだ。
俺はその様子に安心しきり、僅かに緊張感を解いて、肩の荷を下ろし___
_______憎悪、が…弾けた。
「まずい!!エリーカっ!!!」
「!?」
後方から聞こえたのはルミエの声。
俺はその声に意識を覚醒させた。
緊張感を取り戻し、今一度前を見る。
そこには真っ黒なオーラが飛び出していた。
まるで殺戮衝動を具現化したような光。
そして黒塗りの繭から響き渡った。
___天使ィ、コロスゥゥゥ!!!
『アリスっ!!!』
「なっ!」
まさか、ダメなのか…!?
ハインリヒ、の…!!
父の声は届かなかったのか!?
「エリーカ!離れろ!離れるんだ!!」
「っ、全天使兵は戦闘準備を!!」
黒塗りのアリスは繭から飛び出し、それと同時にエデンは天使に指示。その間にルミエは聖素の羽を展開させると低空飛行で俺の元まで滑空し、俺の手を掴んだ。
「この場を退くぞ…!!」
「…くっ!!」
俺はその場を少しだけ飛ぶとルミエは軽量化の魔法を使い、次に脱出用の時魔法テレポートを応用して一気にその場からエデンの元まで飛び退いた。
「くそっ!黒塗りのアリスが抱えている憎悪はそれほどなのかよ!!」
「私にも感じました。確かに勇者の魂が貴方を通してこの天界に舞い込んだ。なら予定通りに声は掛けたのでしょう。しかしそれはつまり…」
「ハインリヒの声は届かず、黒塗りのアリスは天使に対する殺戮衝動が上回っていた。そういう事になるな、エリーカ…」
エデン、ルミエ、その他の天使達も一斉に武器を構える。すると二人のヴァルキリーが俺の前に立って兜の隙間から横目で訴える。これ以上は前に出るな。人間なら死ぬぞ…と。
「ええ…どの道こうなる運命でした。天界が自然化する毎に結界の効力は弱まる一方、ならば近い内にアレを叩く必要がありました。それがエリーカの到来によって早まったまでです。ならば予定に狂いは無い、この瞬間を持って全身全霊を持ってこのエデンが終わらせましょう」
大型の槍を構えたエデン。
すると他天使は飛び出す。
「それとエリーカ、お願いがあります」
「え?」
エデンは振り向かずにこちらに語りかける。
人間程度の俺になんだろうか?
「私は差し違えてでもアレを落とします。なにせ残してはならない天使の危険分子。右も左もわからない天使達がこの先を生きるために私は熾天使として務めを果たす。だからエリーカ…もしもの時はお願いします。貴方が地上の先駆者たらしめる存在ならば残された天使達をどうか…」
「!!」
そう言ってエデンは飛び出す。
天使殺しと化した黒塗りのアリスに。
「「「「はぁぁぁぁあ!!!!」」」」
「天使天使天使ィィ!!!!」
天使と魔王。
または 白 と 黒 。
上位存在が鍔迫り合う領域。
俺はそれを眺めてる事しか出来ない。
ああ__ここはなんて世界なんだ。
つづく
何も出来ないクソザコ人間くぅん可愛いね。
これぞ、もんむす・くえすと!!
いやー、素晴らしいインフレですな!!
終章はあまりにもインフレし過ぎてるけど。
じゃぁな!