人間の体内時計というのは良く出来ている。
どの程度起きて、どの程度眠るか、体がちゃんと覚えているもんだから、ほんの僅か頬に朝日の光が刺すだけで体が判断する。特に冒険に慣れた者ならほんの僅か朝の光が頬に差すだけで目を覚ませる。
無論、俺もそれに近いしタイプだ。
間が空いてるとはいえ4年間世界を旅してきた冒険者だから、朝の日差しに敏感だ。
さて、もう起きる時間か。
起きて、顔を洗って、今日の予定を脳内で確認する…と、言っても前日の続きだが。
とある準備に勤しまれる。
それはとても素晴らしき催し。
そう考えながらモゾモゾと布団の中で体を伸ばしたりしながら全体的に目覚めを感じさ、脳も覚醒させれば…次に感じるのは、むにゅぅぅうとした柔らかな感触。しかもそれらが手のひらや首筋を揉む様に触れる。指を食い込ませる勢いでがっしりと掴んでしまっていた。
「………」
もう慣れきった感触だ。
この隠れ里に住んでいるからには受け入れざるを得ない寵愛の形というか、ともかくソレは柔らかいのに、かなり強烈だという事。
「んっ…」
「んぅ…」
許可した覚えもなければ、寝床に招いた記憶もない。しかしココの住まう以上は受け入れざるを得ない祝福の数々、俺はある特定の種族から死ぬほど愛されるようになった。
____天使 だ。
真っ白の羽を付けた聖なる生き物。
しかし今回はかなり特殊な天使だ。
それは
一人は、絹の様に白い肌。
もう一人は、健康的な赤い肌。
この二色が寝ている俺をサンドイッチする形で寝床に潜り込んでいた。それも全裸で。
その上、肌白い方のシスエルは俺の顔を抱きしめる様に眠っている。それも豊満に溢れる胸の中に俺の顔を埋めさせるようにギュッとだ。
その抱擁から離脱しようとモゾモゾ動けばその度に柔らかな感触が頬を愛撫し、もしくはその擽ったさにシスエルから「んん…」と声を溢しながら抱きしめ直されたり、それでムニュムニュと豊満な胸がコチラの顔を挟んで揉む。
いわゆる『ぱふぱふ』というやつだ。
男の誰もが憧れるシチュエーション。
朝から随分な歓迎である。
俺はこのシチュエーション自体もう慣れきっているが、天使の抱擁に馴れない他の一般男性がこの感触を味わえば、瞬く間に蕩けきってしまうだろう。
しかもシスエルの様な天使の枠内でも特に力がある上位種の性的接触は問答無用な快感で、体の全細胞が抗えない幸福感と快楽に溺れて絶頂を免れない。
更にシスエルの場合は全裸で柔らかに抱きしめてくる上に二人で拘束してくる合わせ技、これに抗える男性は男性ではないだろう。
「はぁぁ、コイツら…」
「んん……わたしの…こども…うふふ…」
夢の中で嬉しそうにこぼす寝言。
相変わらず肌白い方のシスエルは俺を自分の子供扱いするのがお好きらしい。俺もあと数年で20歳だというのにシスエルからしたら関係ないのか。まあ長寿だからな天使って。人間なんて皆、赤子のようなもんだろう。
「オマエは本当に……おらぁ!起きろ!」
「 ピギュ 」
手元に聖素を集め、シスエルの顔を鷲掴みにしてエネルギーを放つ。
気分はシャイニングフィンガー。
天使に聖素はあまり効かないが、それでも放たれる時の衝撃はある。なので目覚まし代わりにぶち込めば流石に無視できない衝撃に変な声を溢しながら怯む。
「おはよう、起きたか?」
「?……うふふっ、おはようエリーカ」
無防備なところに目覚ましシャイニングフィンガーを貰ったシスエルだが、しかし彼女からすれば朝を起こしてくれた感覚でしかなく、なんてことない様に笑みんで朝の挨拶をする。
そして愛おしそうに再びむぎゅぅぅぅと抱きしめると、俺の頭に頬をグリグリと擦り付けて可愛がってくる。コイツ無敵かよ。
「んぁ?…おいおい、朝から甘々ちゃんかよ」
「だな。胃もたれ不回避」
肌赤い方のシスエルは目を覚ますと、俺と肌白い方のシスエルとのやり取を察してニヤニヤと眺め、そして当然の様に助けるつもりはない。
「エリーカ、今日のご予定はなにかしら?」
「前日引き続き、演劇団の結婚式の準備だな。しかも3組同時に行う。朝から忙しいぞ」
「あら、素晴らしいわね。ふふっ」
「天使と人の子が結婚か。昔なら考えられなかった組み合わせだな」
ミカエラさん曰く、天界では天使と人間の恋愛は御法度。もし破った場合は女神イリアスから地獄のような罰を天使は受け、そして人間は殺されてしまう。過去にそういった例は度々あったようだ。果たされない愛とはなんとも悲しい事か。
しかし今は天界も無ければ女神イリアスも居ないので天使達は囚われなく結婚し放題。なので人肌を恋しく感じているエンリカの天使達はフィサリス演劇団の独身男性に狙いを定めてはアプローチ。そして無事にカップル成立からの電撃結婚。それも三連続である。
それで結婚式はまとめて行った方がコストパフォーマンス的にも良いし、あとフィサリス演劇団は冬越し期間中のみ広く時間を設けれるので、それならこのタイミングで一斉に執り行おうと考えた結果である。
そして今日、準備の最終日。
「君達にも手伝ってもらうぞ、ココロ、ココナ」
「ええ、出来ることはなんでもするわ」
「おう、なんでも言ってくれよ」
実は名前を付けてある姉妹天使。
肌白いシスエルの方は ココロ。
肌赤いシスエルの方が ココナ。
この二つのネーミングは『こころ無い天使』ってシスエル特有の技名から引っ張り出した。
二人とも名前を気に入ってくれている。
特にココロの方は『こころ無い天使』とかいう非道そうな技名に対するアンチテーゼになってたからとても嬉しがっていた。
「でもあと5分だけ、このまま…」
「なら私も便乗するかな。失礼するぜ」
と、さらにむぎゅぅぅぅとその胸を潰さんとする勢いで俺を抱きしめ、さらに後ろからもサンドイッチする形で完全拘束してしまう。
急な圧迫感で僅かに苦しくなるが、それでも全身を揉みしだくような抱擁感の方が優り、心地の良い柔らかさが余す事なく歓迎してくる。
こうなるとシャイニングフィンガーを行っても仕方ない。俺は諦めると手を引っ込めるとそのままココロの細い腰に手を回して受け入れてやり、ココロは嬉しそうに羽をパタ付かせてご機嫌になる。ココナもコチラの腰に腕を回してギュッと抱きしめてシスエルサンドイッチの完成。こうして朝から胃もたれ必須な天使の寵愛から始まる。ま、馴れたもんさ。
…
…
「エリーカ…このサイズで良いか…?」
「おお、上手いじゃないか、ジェム」
朝方のシスエルと同じ、混沌から造り出されたアポトーシスタイプの天使、シェムハザ。
ジェムの名を得た彼女はフヨフヨと浮かぶ手に宝石を乗せ、その周りには魔力で浮かばせているランスの先端をクルクルとドリルのように回転させて待機中。それからジェムは手に持っている宝石をいろんな角度から確かめると、待機中のランスの回転数を高めると宝石に近づけてドリルのように表面を削り取り、形を整える。
そして穴の空いた木彫りに削った宝石を嵌め込んで完成させた。素晴らしい出来だ。
「
「エリーカからの賞賛……熱が込み上げる…」
「ランスだけに褒めると伸びるタイプか?よーしよしよし。とても上手だぞジェム。君に宝石の名を授けて俺は誇らしいぞ〜」
「エリーカに褒められた……嬉しい…」
普段は無表情のジェムも褒められて嬉しそうな表情をしている。
僅かに頬も染めていたりと、非常に可愛らしく映っている。思わず頭撫でてしまう。
これでも人間を駆逐するために造られた無情の奇兵シェムハザなんだけど、視線をコチラにチラチラとさせながら、撫でられる手に頭を寄せるタイミングを伺っていたり、いや本当に可愛いなコイツ。やっぱり天使だな。うん。
「飾り用にあと一体だな。時間まで間に合わせそうか?」
「宝石削りは慣れた。データも問題ない。1時間で完成させる」
「わかった。もし完成したら伝えてくれ」
「要望を把握した。すぐに残りを取り掛かる」
ジェムはそう言うと撫でられていた手から頭を離して新たな宝石を取り出し、宙に浮かせているランスを回転させて再び削り出す。
俺は作業の邪魔しまいと離れ、他の現場に向かう。
どこも結婚式の準備に忙しい。
特にキッチンでは包丁の刻む音やフライパンのひっくり返す音などが絶えなく響き渡っているが、どうやら時魔法が使えるメイルのクィックによって倍速化したコルクがハイテンポで料理を作っているらしい。ルシフィナ曰く赤い残像が見えてるとか。トランザムかな?
あとコルクにバフを掛けたメイル本人も所々にクィックを使って現場を加速させたり、またストップを使って現場から現場に瞬間移動したりとやりたい放題。そのお陰で準備が早い。まあ本人はパーフェクトメイドなのでそういった仕事は得意なのだろう。とても頼りになる。
あと目が合うとたまにウインクして消えるからメイルにユーモアも感じる。
いやー、素敵な天使のメイドさんだ。
「エリーカ、そっちはどうだ?」
「親父、こっちも滞りない。昼時までには全て完了する。そうすればメインイベントだ」
途中親父とすれ違い、状況の擦り合わせを行う。一応、親父が主体で結婚式の準備を行なっているが、俺も副主任として結婚準備を進めている。親子揃って仕切っている。
「そういや母さんは?」
「リーリエなら化粧室だ。花嫁達にドレス着せたりと…ま、女性には女性ってヤツだ」
「3人同時か。大変そうだな」
「その分おめでたい限りだ。我が団の者が一つのゴール地点を迎える。喜ばしい事だ」
セカンドライフとして選ばれるフィサリス演劇団。そうできるのは独身だからこそ。そして旅路で異性が出会いを作り、愛を育み、夫婦となることは珍しくない。俺の父ハルトマンと母リーリエもそうだから。セカンドライフの先で出会いがある。
今回はエンリカの天使達。
堕天した事で人間としての生活を送り、そうして人肌を感じるようになり、天界のルールや秩序に囚われる必要の無くなった自由な天使達はパートナーを求めて探し出す。そしてフィサリス演劇団をセカンドライフとして選ばれるくらいに余裕ある独身男性は天使達の最高のパートナーとして選ばれた。美しき天使達と結ばれることになった新郎達からも絶頂期を感じ取れる。いや本当に天使は美しいからな。
あと人間と天使は相性が良い。
レミナにも居酒屋を営む元冒険家と元天使の夫婦がいたくらいだ。相性面では既に答え合わせが完了している。だから何も心配無い。
人間と天使か。
いつか本に出そうかな。売れそうだ。
「ミカエラさん、そちらの準備は?」
「エリーカ、ご苦労様。こちらは何にも問題無いわ。ルシフィナも新婚さん見ながらを素敵素敵と結婚準備を手伝ってくれてるわ。エリーカの方も滞りないかしら?」
「ジェムとシスエル姉妹、あとヨシコの方も問題無いですよ。こちらもルシフィナのように待ち遠しく準備を進めてくれてます」
「そう。なら良いわ。2年前に天使探索終了を告げた後も貴方が連れて来た天使達、ちゃんと責任持って面倒見てるようね」
「流石にミカエラさんに全部投げる訳にはいかないですからね。俺も演劇団へ本格的に戻るまでは面倒見ますよ。まあ皆、人間社会に溶け込もうとお利口さんなので手は掛からないっスけど」
「天使のことをお利口さん扱いするのは貴方くらいわね。でもその胆力なら心配なさそうね。エデンがまとめているスノウヘブンも順調のようだし、やはり貴方は堕天使に住まいを与えてくれたハルトマンの子ね」
父ハルトマンは隠れ里エンリカを作った。
その息子のエリーカはスノウヘブンを作った。
ミカエラさんはそう言っている。
確かに親子揃ってやってることは同じだよな。
どちらも天使のために住まいを作ったし。
俺のは成り行きな部分あるけど、でも天使のために何かしてあげたい気持ちは本物。
「あ、エリーカ、ここにいましたか。演劇団の団員さんから言伝があります」
「どうしたティル?急に伝達係らしくなって」
「ワイティエルは元々は伝達係として創られた大天使です。これは適材適所です」
「冗談だ。それでから言伝とは?聞こう」
膝を折り曲げてティルに耳を傾け、言伝の内容を聞く。そうしてる間にも結婚準備は進む。
天使のために開拓されたこの場所で、天使はパートナーを見つけ、そして人間と夫婦となる。
エンリカに落ち延びた天使達からすれば、天界や女神とは関係なく余生を静かに過ごせるだけでもありがたい筈なのに、このように幸せを育めるとは思わなかっただろう。
だから今回結婚する3組だけでは無い。
またいつか新たな新婚夫婦が誕生する。
…
…
そして…
「さぁ!この場に新たなるパートナー達が生まれました!種族は違えど通わす心に偽りなし!どうか永久に祝福されんことを!」
フィサリス演劇団に所属する教会の出の者が久方ぶりに神父服を着こなすと、指輪の交換を終えた新郎新婦達を褒め称える。
それに合わせて天使達は祝福し、トリニティは賛美し、ヨシコは魔法で色鮮やかな光を空に撒いてデコレーションを行い、それに重ねるようにフィサリス演劇団はドライフラワーを高らかに放って新郎新婦を祝う。
「結婚おめでとう!」
「おめでとうなぁ!」
「お幸せに!6人とも!」
「うふふっ、なんて素敵なの…」
「おめでとうございます!」
「あぁ、なんて美しいのでしょう…」
「褒めよ、讃えよ、この者達に!」
天使は白のウェディングドレス、男性は黒のウェディングスーツを、祝福の声とドライフラワーを被りながら用意された屋外のバージンロードを歩き、鮮やかな秋空の下で一生の思い出となる。
「なぁ、親父」
「?」
ドライフラワーを投げ終えた俺は隣に立っている父親に語りかける。黒のスーツをかっこよく着こなした父はこちらに振り向く。
「人間と天使が、このエンリカで素敵な結婚式を開けた。それはこの隠れ里を作ったフィサリス演劇団のお陰であり、それを率いたハルトマンのお陰でもある。俺は…父さんの息子であることを誇りに思うよ」
「!……ふっ、それを言うならお前もだエリーカ。ここにいる天使達はお前のお陰だ。明日の保証もされてない見知らぬ大地で彷徨っていた天使達はエリーカが世界を探し周り、救いとなった。そして今日この日、君によって救われた天使達はウェディングドレスを着て、我がフィサリス演劇団の者と結婚した。その橋渡しは紛れもなくエリーカのお陰だ」
親父はそう言って俺の肩に手を乗せる。
すると…
「ええ、貴方のお陰よ、エリーカ」
「ミカエラさん!」
結婚式のためにドレスを着こなしたミカエラさんが横に立つ。その表情は柔らかく、この結婚式を祝い、喜んでいる。
奥に見えるルシフィナも俺の母さんと並んで「素敵よ、素敵だわ」と語彙力を明けの明星させながらもこの結婚式に憧れに近い感情を目に乗せて新郎新婦を眺めている。
「貴方が天使のために何かしたいと言って私に剣の握り方を学び、この広い世界で天使達を探し回った。そしてエンリカだけではない、天界に残されたエデン達のためにも街を作り、父ハルトマンのように力を貸してくれた。そうして天使のために一途に尽力して来た貴方の頑張りは私はよく知っている。だからエリーカ。私は貴方のことを誰よりも誇りに思っているわ」
「!!」
そうしてミカエラさんはこちらに振り向き。
「ありがとう、エリーカ。天使のために」
ああ、俺はこのために生まれたんだ。
天使のために、この身はエンリカに産み落とされて、祝福と共に日毎を繰り返して来た。
無論、この結婚式を迎えれるまでの数年間は色んなことがあった。
人の身では耐えきれない程のただでは済まない出来事まで起きて、でもそれを天使達と乗り越えて来た。
その過程で勇者にもなった。
混沌の神にも剣すら向けた。
そして天使の街を作り、俺は人間になろうとする天使のために、出来ることをして来た。
そして、今こうして天使達が俺の所属するフィサリス演劇団の者と結婚し、新たな幸せを掴まんと満たされている。
「………ああ、本当に…」
胸がいっぱい、や。
…
…
…
盛大に結婚式も終えれば、あとはお祝い!
ここからはフィサリス演劇団の真骨頂ッ!
「おいおい!?僕もやるのかよ!?」
「何つっ立ってんだよ!上がってこい!」
「新郎だろうとお前もやるんだぜ!」
「ほれ!お得意のサックスだ!!」
「お前の近くで花嫁さんも見てるぜ!」
「!…ったくぅ!仕方ねぇなぁ!!」
楽器を扱い慣れている演劇団のお調子者達が用意された舞台に立つと、今日の主役のはずの新郎も手招いては半ば無理やり立たせ、楽器を渡してなし崩しに演奏を始める。
サックスを渡された新郎もやれやれ気味に表情を見せながらも、出番が来れば楽器に息を吹き込んで高らかにサックスを吹き鳴らす。その姿は数多の舞台を支配してきた天下無双のフィサリス演劇団の団員。エンリカでも現在。
その演奏舞台に演劇団の団長たる俺の親ハルトマンもワインに酔いながらガハハハ!と誇らしげに喜んでおり、ボルテージは最骨頂。
そして舞台下で見た天使の花嫁はサックスを吹き鳴らすパートナーの彼を見て、恍惚とした表情でうっとりとしていた。普段見ない外の世界へ彼の姿に心はドロドロに溶かされ、エデン3の表情になっている。
「うふふふ、なんて素敵なのかしら」
「ルシフィナそればっかやん」
「だって本当に素敵だもの」
「それはそう」
ワイングラス片手にニコニコとしているルシフィナ。それよりも彼女のアルコール量が心配になるがそこら辺はミカエラさんがセーブさせるらしい。酔うと大変だからなルシフィナ。
ちなみにエンリカでは基本的に酒類は振る舞われないため、アルコールで酔える機会は無いに等しい。
しかし今回の結婚式では珍しくアルコール類を楽しめるので、それをキッカケに悪酔いする可能性が誰よりもあるルシフィナの行方がやや心配。しかしこの様子なら大丈夫だろう。
ルシフィナ本人もアルコール癖の悪いところは自覚しているし、なによりこの2年間で親友となった俺の母リーリエにあまり酔崩れるところは見せたくないらしい。こうなると原初の天使も形無しだな。
「いつかは私も花嫁になってみたいわね」
「そうなるとルシフィナの旦那さんは大変だな」
「あら、頭に明けの明星を喰らいたいかしら?」
「そういうところやぞ、お前」
最後にワイングラスをチーンと当ててルシフィナの元から離れ、他の参加者と祝い合う。
すると音楽が舞踏会のように優雅な曲に切り替わり、雰囲気が別物に変わる。
「エリーカ、私と踊りましょう!」
「いいぞ、リセス」
フリフリのドレスを着たリセスからダンスのお誘いがあったので舞台から奏でられる音楽と共にお相手する。プリンセスって名前が付いてるだけあってリセスの社交ダンスはお手のもの、彼女の意外な特技に驚いていると周りもそれに感化されて何組かダンスが始まり、まだまだこれから成立されていくだろう人間と天使達がお相手を探すように踊り出す。
「さぁジェサイア、君も!」
「え、え、わ、私!?え、えと…その、踊りはあまり知らなくて…」
「エスコートするよ。ほらおいで。君のドレス姿をもっと近くで見せてくれ」
「ぁ!……エリーカ…」
流れるようにジェサイアを手招いて誘い、ダンス初心者の彼女をエスコートすれば白と水色のドレスが美しきヴァルキリーを彩らせる。代わりに頬の白い肌がほんのりと赤くなっていたが、それでも戦士タイプの天使として足元はおぼつかせることなくしっかりと最後まで踊りきり、演奏のワンループを終えてお辞儀して解放する。
「ヨシコ、君はどうだ?」
「エリーカ、貴方が誘うことを私は識っていた」
赤い頬を覚ますように両手を当てがいながらそそくさと去るジェサイアの後方、まるで俺が踊り終わる位置を知っていたかのように待機しており、そんな彼女に俺はニヤリと笑って手を伸ばす。
それからヨシコの手を引いて踊り場に招いてみると、ジェサイアとは打って変わって彼女は熟練者のように踊りに合わせる。やはり全てを識る者だけあって踊りの知識も完備しているようだ。逆にエスコートされそうになったりと楽しい一幕を味わいながら最後はお辞儀、ちょうどよく演奏も終わった。
拍手の中でヨシコと互いに胸に手を当ててお辞儀をしながら人混みから身を引き、しばらくクールダウンしていると建物の影の中に潜んでいる一人の住人を見つけた。近くまで歩み寄る。
「トリン、やはり人混みは難しい?」
「…」
「でも参加してくれたんだな。ありがとう」
「…」
頭を撫でて感謝を伝えると目を細め、尻尾を揺らして喜びを表す。ちなみにトリンの格好はいつものぶかぶかローブではなく、結婚式のためにちゃんとドレス姿になっている。
人混みが苦手でも参加する姿はちゃんと守っていたり、こういった面の社交性は感じさせる。
あと手元にはランタンではなくワイングラス。
チーンと当てて祝い合う。
すると別のところにも控えめに参加している天使を視界に入れたので歩み寄る。
「ジェム、飲んでる?」
「私は食事は不要……気遣いは不要だ。雰囲気だけ頂いている。あ、でも…後で出てくるウェディングケーキは頂きたい…」
「やはりそこら辺は天使だな」
「天使は甘いものに目がない。改めてエンリカでそういった情報をインプットした」
「甘いものは心の栄養だ。地上で生きるなら必需品ってヤツさ。あ、それとさ、朝早くから宝石細工をありがとうな。よく出来ている」
「いや、感謝するのはわたしの方だ。エリーカが他に出来ることを与えてくれた。こうして誰かの、それも結婚式の一部となれる…そんな素晴らしい役割を与えてくれた。命を葬る以外の役割り…」
「そりゃジェムも天使だからな。誰かを祝福できる聖なる生き物。ならこれは必然だよ」
「必然…」
「ま、俺にとっての必然だけどな?でも天使とはそういう生き物なんだと認識している。ジェムがしてくれたことも、天使だからそうなんだと思っている」
舞台横を眺めれば俺と同じサイズの木彫りが二つ立っており、その額にはジェムが丁寧に削った宝石が嵌められている。あれくらい丁寧に仕事できるなら宝石細工師としてエンリカの工芸品作りに貢献できるかもしれないな。後でミカエラさんに相談するか。
「とりあえずお疲れ様、ジェム。あとはこの素晴らしい時間を噛み締めよう。君も楽しめ」
「エリーカ……ありがとう……」
最近になって微笑み慣れて来たジェム。笑うと普通に可愛らしいのだから、もっと笑うべき。
そう考えながらジェムと離れ、また一人、また一人と祝杯を交わし、ぶどう酒の香りに酔いながら時折舞台に立っては仲間と共に小規模な演劇を行い、トリニティの美しい歌声と共に隣同士肩を組んで歌い、フィサリス演劇団らしい賑やかさでこの結婚式を楽しむ。
「皆の者!ちゅうもくだー!」
「うさうさ!ケーキを持ってきたよー!」
コルクが結婚式のために気合いを入れて作った大型のウェディングケーキをはバニースライムのバニラが台車を押して運ぶ。それからトリンが何処からか仕入れてきた大型の包丁を3人の花嫁に渡し、そして三方向からケーキ入刀。なかなか珍しい切り方だ。
「「「おお!!」」」
天界では絶対にやらなかっただろう結婚式とケーキ入刀は地上世界を生きる者の特権。だから地上に生きることになった天使達によってこの結婚式は素晴らしいものとなっただろう。
「ブーケトスよ!」
「行きますわー!」
「チャンスは3回ですわ!」
ケーキを切り分けている間に忘れていたブーケトスを思い出し、花嫁天使が高台に立つと一斉に放り投げる。周りの天使は目をキラーンと光らせていたので俺は上位種の乱闘に巻き込まれないように一時退散。
「この場所にブーケが落ちてくることを、私は識って__」
「「「そこだぁーー!!!」
ヨシコが圧殺された。流石に全てを識る者でも結婚願望者の熱量は計れなかっただろう。そうして飛びついてきた数名の天使にペチャンコにされて取り合いに巻き込まれ、皆様のオモチャにされてしまう。やはりとくさんだなアイツ。
あ、でも次元魔法で切り離したヨシコの手がブーケを掴んでいて離さない。魔術師のくせに根性あるなアイツ。やるやんヨシコ。
ポスっ
「む?」
たくさんの天使にとくさん(激ウマギャグ)されているグループから少し離れた、治安の優しめなところに一つのブーケが落ちてきた。
それを受け止めた一人の天使がいた。
「なんと、受け止めてしまった…」
白黄金色の髪を靡かせた一人の智天使。
最近まで
そして煌びやかなドレスを着こなし、俺が送った髪留めのアクセサリーを揺らし、手元には変わらず杖を持っているため誰もが彼女をホルミエルと一眼で認識できる。そんな彼女の手元には回復祝いとばかりに綺麗な花束が収まる。
「あら、ルミエちゃん、受け取ったのね」
「お、
「うふふふ、良かったわね」
「う、うむ……」
ルミエの隣にいた母リーリエが「あらあらうふふと」ブーケトスの結果に笑っているが、俺の方をチラリと視線を向けて射抜く。
元フェンサーなだけあって母の鋭い視線だ。
母は強しを体現するその視線に俺は固まっていると、受け取ったらブーケを両手で大事に抱きしめているルミエと視線が合う。僅かに熱を込められているだろうその視線に俺はドクンと二度ほど心拍数をあげてしまう。
__どうやら、他人事では無いらしい。
俺は頬を掻いて、ルミエと目を合わせる。
そのまま視線を下に動かし、つわりの原因となったルミエのお腹を見る。
そうすることで結婚式に浮かれていた熱は落ち着きを思い出し、僅かに覚悟が心臓を叩く。
するとトンッと肩に手を置かれた。
俺の父、ハルトマンからだ。
「エリーカ…オレは貴族を辞め、レミナを出た後も何が起こるかなど考えもしなかった。しかし何万回とこの目で瞬きをすれば、いつの間にか息子の出番も訪れようとしていた」
「親父…」
「結婚式を開くかは任せる。お前にも沢山いるからな、その度では大変だ。でもその分の覚悟は必ず持っておけ。天使を救いきった自慢の息子だから出来る事に疑いはないが、でも一応お前の父親だからな」
「…………ああ」
別に考えなかった訳でもない。
ただ、まだやることはあったから意識の外に置いていた。でもこの結婚式を境にスノウヘブンも安定したし、エンリカに住まう天使達もパートナーを見つけれるくらいに人の営みの中で明日を掴めるようになった。
俺は別に勇者をするつもりはない。
職業上では光の勇気だったり、たまに混沌勇者をする羽目にはなったが、でも俺は女神から神託を受けた先で世界を救おうだとかは思わない。
ただ、俺の生まれを祝福し、今日この日まで時を共にしてきた天使のために何か出来ることを探して探して、それで旅をして、天使を探しながら大英雄と会って、それで混沌の神にも刃を突き立てたり、天使のために街を作り、破滅事象だった片鱗をシステムから解放したりと、この数年間で天使を中心とした俺に与えられたストーリーテラーが展開された。
多分、まだ何かあるんだろう。
こんな世界だから何か起こるんだろう。
必要とあらば、エリーカだからと動かざるを得ない事を強要されるのかもしれない。
でも、この結婚式は一つの区切り。
天使のために勇者をし、先駆者たらしめたエリーカ・エコーズの一幕のピリオド。
そして結婚式が終われば、ここからまた別のエリーカ・エコーズの物語が始まる。
なんとなくそう感じている。
でも、しばらくは天使の勇者であることも、そして天使の先駆者であることも忘れ、肩の荷を下ろして、次やることを考える。
その考えると言うのが…まあそうだな。
俺も他人事ではない、と…言うことだろう。
「なぁ親父。いつか俺にフィサリス演劇団を譲ってくれよ。そしたら自慢できるからさ」
「何にだ?」
そりゃあ、もちろん。
____俺の子供とか……にな?
そして、15年の時が流れた。
次回、最終話
最後の更新を待て。