嵐を呼ぶオラと鎌倉英雄譚   作:俺っちは勝者の味方ー!

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ハメもpixivもクレしんクロスオーバーのssが少ないから自家発電しないとね。



おせわになりまーす、だゾ

 

時行は、─突如目の前に現れた童の─その気の抜けるような挨拶を聞いて、目を点にした。

 

 

 どうしてこんな山奥に幼子が一人でいる?

 

 

 人の気配などなかったはずなのに。

 

 

 この子は──、誰だ?

 

 

驚きで反応の遅れた頭が、次第に状況を理解し始める。時行は思考を巡らせ、如何様な行動を取るのが正しいかを導き出さんとした。

幾たびかの逡巡を経て、結局少年が辿り着いた答えは、

 

 

「や、やあ。初めまして。失礼だけど、君は誰かな?」

「お〜、これはどうもごてーねーに。オラ、野原しんのすけ5歳。最近のお気に入りの遊びはひっくり返ったカブトガニごっこだゾ。よろちくび〜」

 

幼子…しんのすけの挨拶に応じるという、ごくごく単純なものであった。

それにしても、ひどく訛っている…。彼の喋りを聞いていると、思わず体中の力が抜けてしまいそうになる。大半の言葉の意味こそ分からなかったが、ひとまずは彼の名前と齢を知れたので、時行は「ほっ」と一つ息をつく。

野原しんのすけ、か──。こちらから尋ねておいて、自分は何も名乗らないのは無作法だろう。時行は身体の向きを真っ直ぐに変え、しんのすけのつぶらな瞳を見つめる。

 

「私は長寿丸と申す者だ。こちらこそよろしくな、しんのすけ」

「ほーい。ところでおにいさん、葉っぱまみれで何してたの?」

「え?あはは…私は今、狩りをしていてな。野兎に気付かれないよう、こうして草むらの中に隠れていたんだ。

 

──結局、また失敗してしまったが…」

「ほうほう。それならすーっごい偶然(ぐーぜん)。ちょうどオラもうさぎさんを追いかけてたとこなんだゾ。まったくあの子ときたら、ちょ⤴︎っと大きな音出すだけで逃げてっちゃうから困っちゃうよね〜」

「! …へえ、そうなのか」

 

ともすれば、しんのすけの気配に気付かなかったのにも納得がいく。

自分と同じように、彼も息を潜めていたのだから。その存在を察知出来るわけもない。

 

しかし…、こんな人畜無害そうな見た目で、そこらの武士よりも潜伏と接近の技術に長けているだなんて。彼がもし敵側の人間であったならば、私の命も危うかったかもしれない…。

時行は未知の素質を秘める稚児に対して、感心の念と共に戦慄を覚えた。

 

 

 ──自分より年下の…庇護されて然るべき幼子だという事実を抜きにしても、このまましんのすけ()を放置しておくのは危険な気がすると、己の本能が訴えかけてくる。

 

 

「しんのすけ。ここらは日が暮れると、気性の荒い獣が現れるので危険なんだ。もしも行く宛がないのなら、私と一緒に来ないか?」

「ええー。でもオラ、かーちゃんから『知らない人には付いてっちゃダメ』って言われてるんだゾ。“シュワコーラ”ってところにも戻らなきゃだし」

「…“しゅわ、こーら”?

もしかして諏訪大社のことを言ってるのか」

「そうとも言う〜、◯島優〜」

「ふふ。それなら話が早い。私はそこで世話になっている御使いなんだ。諏訪大社への道筋も知ってるから、一人で行くよりも早く戻れるぞ」

「お、そなの?」「ああ」

「もう〜、それならそうと早く言ってよね。全く水虫クサいんだから」

「…その言葉の意味が何なのかは分からないが、誤った使い方をしていることだけは何故か分かるよ」

 

…あと、手島◯って誰?

 

しんのすけのギャグや独特な言い回しに困惑させられたものの、諏訪大社まで同行することの了解を得られはしたのでひとまず良しとしよう。

また、すぐに方針は決まったが、それとは別に、時行にはどうしても訂正しておきたい事柄があった。

 

「母君の言いつけをきちんと守ろうとして、しんのすけは偉いな」

「こ、これくらいトーゼンだゾ」

「うん。だが私たちは、既にお互いの名を教え合った間だろう?しんのすけも私も、もう“知らない人”ではないと思うが」

「おー!言われてみれば確かにそうですな」

 

自分の指摘に納得した様子のしんのすけを見て、時行はきゅっ、と心を痛める。『後になって母親との約束を反故にした罪悪感に苛まれないように』──と、気遣いから切り出した話だが、“長寿丸”とはあくまでも偽名であるため、本当の意味で互いの名を教え合ったことにはなっていない。

…しんのすけの良心を上手く利用しているような気がして─実際利用しているのだが─心苦しさを覚えた。

 

「んじゃー、ほい。オラの動きの真似っこして」

「?」

 

そんな時行の内心を知らないしんのすけは、相も変わらず明るい態度を振る舞い続ける。対する時行はしんのすけに言われるがまま、彼の動きを模倣した。

 

背中を向けて、腰をクイッと突き上げる。

自然と下半身に力が加わり、日頃より酷使している“逃げ筋”の、仄かな疼きを感じ取った。

 

 

 ──刹那、ふにゅりとした柔らかい感触が袴越しに臀部を伝う。

 

 

「…!?」

「いや〜ん♡これがホントの、お・シ・リ・合・い♡なーんちゃって」

 

まさかと思い振り返ると、目の前でしんのすけと自分の尻とがぴったりと触れ合っており、時行は言葉を失った。

…謎の感触の正体が、しんのすけの尻だったなんて。

時行は身体をひねって即座にしんのすけと距離を置き、羞恥心から頬を赤らめる。

 

「お、おまえ…!/// いきなり何するんだ!」

「んー、長寿丸(ちょーじゅまる)くんの表情がおカタい感じになってたから“デ”ラックスさせてあげようと思ったんだゾ」

「──! か、固い…か。そうか…」

 

恐らく“しんのすけを騙している”と自覚したあの瞬間に、表情の微妙な変化を読み取られてしまったのだろう。

そして、この品性に欠けるおふざけが彼なりの気遣いであったことにも遅れて気付かされ、羞恥心で火照った身体がみるみるうちに冷静さを取り戻していくのを自覚した。

…折角私の手を取ってくれたのに、悪いことをしてしまったな。

 

「いや…、もう大丈夫だ。しんのすけ。私の気持ちを落ち着かせてくれたこと、感謝する」

「どういたまして~」

「それを言うなら“どういたしまして”、だろ?──と、思ったより話し込んでしまったな。そろそろ行くとしよう」

「やいやいさー。出発おしんこ~、なすのぬかづけ~」

 

不思議な掛け声と共に、しんのすけは奥深い山をずんずん()()()()()のであった。

 

「………って、登ってどうする!?」

「“どうする”って、シュワコーラを目指してるんだゾ」

「諏訪大社があるのは山の麓だ!下から来たんだから下に向かって帰るの!あと、“しゅわこーら”違う!」

「おー。そうだったそうだった、こってり忘れてた」

「ううぅ…前途多難過ぎるだろ…これ」

 

自由奔放な5歳児の手綱を握る時行の足取りは、とても重たかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

一方、単身狩りに出向いた時行の帰りを待つ逃若党の面々は、いつまで経っても姿を見せない主君のことを心配に思い始めていた。

あの方の逃げ足を疑っている訳ではないが、それでも…主に仕える郎党として──、苦楽を共にした仲間として──。彼の身に何かあったのではないかと不安になるのは致し方のないことだった。

 

「若様どこまで行っちゃったんだろう」

「良さげな獲物を見つけるのに夢中で山を越しちまったのか?」

「あるいは、俺らが坊のはりきってる様を黙って見てたことに拗ねちまったとかな」

「それは………

 

うん。十分あり得るかも」

 

時行が今何をしているのか、と自らの考えを口々に話す逃若党だったが、玄蕃が何気なく漏らした言葉に眉尻を下げる。

だってあんなに頑張ってるんだから言い出しづらかったんだもの。玄蕃(火付け役)を除く四人は心の中でそう言い訳をした。人を騙すのが上手ければ、揶揄うことをも生き甲斐とする玄蕃はこれっぽっちも気にしちゃいなかったが。

 

 

 ──そんな時。

森の中から、何処か疲弊の色を帯びた時行の声が響いてきた。

 

 

「おーい…みんなぁ」

「あ、若!」

「若様〜!やっときた!」

「お帰りなさい、我が君。首を長くして(腹を空かせて)待っていましたよ」

 

「うんうん、くるしゅうないゾ〜」

 

「「……誰!?」」

 

と、間の抜けた声がした瞬間、弧次郎と亜也子の鋭いツッコミが炸裂する。

雫、玄蕃、吹雪の三人も…言葉を発しはしなかったが、時行の後ろからひょっこりと顔を出したしんのすけに対する驚きを表情にあらわした。

腰に手をやってふんぞり返り、謎の大物感を漂わせるしんのすけは、たちまち逃若党の注目の的となる。

 

「マジか若。土産を期待してるとは言ったけど、まさか俺らより年下だろう稚児を誘拐してくるなんて…!」

「違うから!?断じて違うから!?」

「ふわ~この子の頬っぺた、もちもちのぷにぷにだ!雫も触ってみて!すっごく気持ちいいよ」

「ん。本当、すっごく柔らかいね」

「うおお…ちょ、くすぐったいゾ~。…あひゃひ~⤴︎ん♡」(汗)

「こっちもこっちで遊ばれてるし…」

 

完全に忘れてた…。郎党達も案外自由人であることを。

時行はこれまで蓄積された疲労がさらに重みを増したように錯覚した。

これ以上面倒を増やされるのは御免被りたい。弧次郎の誤解を即刻解くためにも、時行は雫と亜也子におもちゃにされているしんのすけを回収し、郎党達の前へと差し出した。

 

「弧次郎、皆。改めて言うが、私は決してこの子を拐かしてきたわけではない。狩りをしていた折に偶然出会って、諏訪大社へ戻りたいと話してくれたから一緒に連れて来たんだ。ちゃんと同意の上でな。さ、しんのすけ。彼らが私の郎党達だ」

「ほーい。初めまし天丼。オラ、野原しんのすけ。こちらの長寿丸くんに“たぶらかされて”やってまいりました。どおぞよろしく」

「若…」「我が君…」

「ご、ごかいだー!?」

 

話の文脈を見るに、恐らくは“説得(せっとく)されて”と言いたかったのであろう。しかし、頑張って改まった態度で話そうとしたためか、現状と最も相性の悪い語弊が生じてしまった。

弧次郎らの冷たい視線が心に刺さる。時行はあわあわしながら説得を試みてみたものの、精神的ダメージの大きさから話半ばで気力が尽きてしまい、白目を剥いて地面に伏した。

 

「違う、ちがうんだ…。私は断じて、年下の男子(おのこ)に発情するような変態などでは……」

「おお!何て座り心地のいいケツなんだ!すっごい弾む〜」

「人の尻に座るな!尻に!」

 

 ──うん。ツッコミに回すだけの余力を残しているなら放置しといても問題ないだろう。

 

そう判断した逃若党の面々もしんのすけに自己紹介をし始める。

 

「私は雫。諏訪大社で巫女をしているの。よろしくね、しんのすけ君」

「お気軽に“しんちゃん”て呼んでもいいゾ」

「じゃあ気軽にしんちゃんで」

「はいはーい!私、亜也子っていうの。私もしんちゃんって呼んでもいい?」

「おかまいなく〜」

「やったあ!よろしくね、しんちゃん」

 

先程のほっぺいじりがあってか、女性陣はすぐにしんのすけとの距離を縮めることができたようだ。

…さて、男性陣の方は果たしてどうなるか。

 

「俺は弧次郎。よろしくな」

「自分は吹雪と申します。どうぞよろしく」

「風間玄蕃だ。お前、結構な揶揄い上手じゃねぇか。気に入ったぜ」

 

「おー……ほうほう」

「?どうした?」「何か気になることでもあった?」

 

三人の自己紹介に対し、驚きを噛み締めるかのような反応を示すしんのすけ。

その姿を疑問に感じた弧次郎と雫が理由を問うた。

 

「いや~、三人のお名前がオラの友だちとそっくりさんだったからビックリしちゃった。こんなこともあるんだね」

「全員名前が似てたってこと?それは確かにびっくりかも」

「…ほーん。別に驚くのは構いやしねぇが、それはそれとして俺らの名前はちゃんと覚えたんだよな?」

「もちろんだゾ。“弧次郎(コジロー)”くんでしょ、“吹雪(ふぶき)”くんでしょ、あとは〜…

 

──“風間くん2号”!」

「はいぃ…!?」

 

なぜか自分の呼び名だけが特徴的であることに、狐面で誰にも見えない玄蕃の表情が困惑に歪んだ。…そーいや、友達(ダチ)と名前が似てるって言ってたな。これもその影響を受けてるわけか?

 

「なんで俺だけ名前じゃねぇんだよ!つか、2号って何だ!?」

「落ち着け玄蕃。相手はお前よか年下だぞ。そうムキになんなって」

「そーそー。こんなのただのジョークだゾ。ウ・ソ。ちゃーんと玄蕃(ゲンバ)くんって呼ぶもーん」

「な?」

「ぐっ…コイツゥ」

 

「あはは!すごいな、しんのすけ。玄蕃をおちょくり、最終的に負かしてしまうだなんて。私にはとても真似できない芸当だよ」

「おう坊。喧嘩売ってんなら言い値で買ってやろうじゃねぇか。おぉん?」

「まさか。私はちゃんと君のこともすごい奴だと思っているよ」

「……フン」

「おー長寿丸くん。地面とキッスしてみたお味はどおだった?」

「そうだな…。薬草を煎じた茶を飲むよりも、さらに自然的で苦々しい土の味が口いっぱいに広がって───やかましいわ!」

「「「「「………」」」」」

 

再起しても尚、破天荒な5歳児のボケに翻弄される主君の姿を見て、玄蕃をも含めた逃若党全員が憐憫の情を禁じ得なかった。

さてはしんのすけの奴…、根が真面目なためにどんなボケでもつい拾ってしまう若様の性格を完全に見抜いているんじゃあるまいか…。

そんな考えに行き着いたものの、何だかもう…既に手遅れっぽかったので、誰もそれを言葉に出すことはなかった。

 

一方、「ぜぇぜぇ…」と肩で息をする時行だったがすぐに当初の目的を思い出し、それを遂行するべくしんのすけに話を切り出した。

 

「こほん。…さて、しんのすけ。逃若党(みんな)と合流してちゃんと挨拶も出来たことだし、改めて出発しようか」

「ほーい」

「──と言うわけで、…すまない。まだ少し日は高いが、皆も一緒に諏訪大社まで来てくれないか?しんのすけの御家族もそこにいるようなんだ。早く帰って安心させてやりたい」

「いいッスよ若。迷い子を見捨てるなんて真似したら、それこそ武士の名折れッス」

「私もー!もっとしんちゃんと仲良くなりたい〜」

「我が君のお望みとあらば、どこまでもお付き合い致します」

「……」コクリ「けっ。しゃーねえなあ」

「ああ、ありがとう…!」

 

 

 

 

 

「ところで若。話は変わるッスけど、結局獲物は仕留めてこれたんスか?」

「サ、サーシンノスケ。ハヤイトコ、スワタイシャニモドローカー」

「そっちはオラたちが来た方向だゾ。どしたの急に?」

「(ダメだったんだな…)」

 

 

 

 ☆

 

 

 

北条時行(長寿丸)や郎党と呼ばれる彼の仲間達との邂逅を経たしんのすけ。

諏訪大社に向かっている今も尚、普段通りの飄々とした態度とおちゃらけた言動を崩さず貫き続けている彼なのだが、その内心では一抹の不安を感じていた。

 

一言では言い表し難い、謎の違和感。

長寿丸と出会った時から…ずっとそれに付き纏われているような感覚がして妙に落ち着かなかった。

本当は誰かに打ち明けたかったが、自分でも訳が分からないこの思いをどうして他人に伝えることができようか。…結局、しんのすけはこれをおくびにも出さず、長寿丸の後をひたすらついていった。

 

“どうか思い過ごしでありますように”、と人知れず願っていたその瞬間。

唐突に景色が開け、荘厳な建造物達の姿がしんのすけの視界に飛び込んできた。

 

「着いたぞ、しんのすけ。諏訪大社だ」

 

長寿丸がそう教えてくれる。

 

 ──目的の地に、ようやく辿り着いた。

その事実に一瞬だけ安心感を覚えるも、しんのすけはすぐさま何かがおかしいことに気が付いた。自分の目を何度も擦り、建物をまじまじと見つめる。

 

全くもって()()()()()

どちらかといえば、“綺麗”という印象の方が勝っている。とーちゃんに連れて来られた時はこんな感じじゃなかったはずだ。それなのに……

 

 

 ……そうだ。

 

 

 とーちゃん、

 かーちゃん、

 ひまわり、

 シロ。

 

 

「───行かなきゃ」

「!しんのすけ、待って!家族を探すなら私達も手伝うぞ!」

「はあ~?まだあのくりくり坊主に付き合わなきゃなんねぇの?」

「おい玄蕃」

 

境内を駆け出すしんのすけ。

どこか遠いところを眺めている様子であった彼の突然の行動に驚き、長寿丸は一歩遅れを取った。そんな主君を筆頭に、逃若党の面々もしんのすけの小さな背中を追いかけていく。

長寿丸の言葉に振り返ることもせず、しんのすけは無我夢中で家族の影や痕跡を探し求めた。

 

そして、一際大きな鳥居の近くまで来た時、眩しい後光の差す()()が現れた。

 

「ようこそいらっしゃいました!!」

「うおおおっっ…!?」

「頼重殿!」

 

によによと口元に弧を描いた不気味な表情と鼓膜が破れんばかりの大きな声量に圧倒され、しんのすけは思わず尻餅をついてしまう。

咎めるような声が響くも…長寿丸の口より“頼重”と呼ばれたその男は、勢いを止めることなくしんのすけとの距離を詰めていった。

 

「あなた様の来訪を心よりお待ちしておりましたぞ!()()()()()()()殿!」

「だ、誰?ヘンな顔のおじさん、どおしてオラのお名前知ってるの…」

「おお!気になりますよね。実はこれには、山よりも高く海よりも深い理由がございまして──」

 

「うわあ…ちっちゃい子困らせるとか、頼重様最低」

「見損なったッス」

「父様。初対面の人に“それ”するのは、却って怯えさせるだけだって兄様の時に話したじゃない…」

「というか、今日はお昼頃からずっと寝込んでいたはずじゃ」

 

「ふぐぅ…!身内からの視線が痛い…。確かに深夜はなかなか寝付けなかったので、つい先ほどまで不調でしたが、今はこの通り!神力に満ち溢れて元気百倍なのです!」

「この人が雫ちゃんのとーちゃんなの?

……こんなおまたげない人を親に持つと苦労するよねぇ」コソッ

「ええ。ほんと」

「失敬な!それは口から出まかせですぞ!(わたくし)の“おまたげ”は信濃の森林が如く鬱蒼と()()()()──」

「やめんか!!?」

 

ド直球の下ネタとクソくだらない親父ギャグが投下されかけ、長寿丸が頬を染めながらやいのやいのと騒ぎ立てる。

まるで親子のような二人のやりとりとその光景を微笑ましく見守る郎党達の姿を見て、しんのすけは少しずつ落ち着きを取り戻していった。

焦りで狭まっていた自分の世界が、今や明るくなりつつあるのを感じる。

 

「──ええ、さて。少々話が逸れてしまいましたが、改めて。

私は信濃国 諏訪大社の神官にして当主を務めておりまする、諏訪頼重と申します。この度は、あなたが長寿丸達と出会い、ここを訪れる“未来”を拾いましたので、こうしてお迎えに上がった次第です」

「ふーん」

「おや。驚かれないのですね」

「おじさんみたいな胡散臭い人とお話しするのには慣れてるから。あと、無理やり“どの”って付けなくてもオラは大丈夫だゾ」

「アッ、ハイ」

 

妙なところで肝が据わっているしんのすけの強かさにショックを受け(あてられ)、頼重の背中がしゅんと小さくなった。

その切ない後ろ姿に哀れみを感じつつも、話を聞いていた長寿丸が頼重に問いかける。

 

「つまり…貴方はしんのすけと、私達が出会うことを知っていたと?」

「はい。私が不調で床に臥していたばかりに、かような大事をお教えすることができず誠に申し訳ありません」

「いや。過ぎてしまったことはこの際もう良い。それよりも、しんのすけについてなのだが──」

 

そう言って長寿丸は、しんのすけが諏訪大社にいるはずの父母や妹を探しに来ている、ということを丁寧に説明した。“できるならば、その捜索を逃若党(じぶんたち)も手伝いたい”と、付け加えて。

頼重は真剣な表情で何度も相槌を打ち、最後に深く頷いた。しんのすけを取り巻く事情について話してくれた御礼に長寿丸へ頬擦りを贈ると、頼重は何かを悟ったような目で佇まいを整え、子供ら全員に向けて言葉を掛けた。

 

「しんのすけの()()について、私からもお話がございます。ここでは何ですので、場所を変えてお話致しましょう」

 

 

 

 ☆

 

 

 

通されたのは、大人一人と子供七人が余裕を持って座ることのできる静かな部屋だった。

諏訪盛高を始めとする御付きの者も出払っており、今この場にはしんのすけ達八名しかいない。

頼重としんのすけが向かい合う形で座り、二人の横前方で逃若党が胡坐をかいたりかしこまったりしている。

 

 ──ごくり、と誰かが固唾を呑み込む。

 

その徒ならぬ雰囲気からほぼ無意識に正座を保つしんのすけは、頼重が話し出すのを待っていた。

 

「単刀直入に言います。しんのすけ、そなたは未来から来た稚児ですね」

「おー、すごーい。おじさん、なんでわかったの?」

「ふふふ。何せ私、“神”ですから。分からないことなどありませぬ」

 

 

 

…はい?今、頼重殿は何と言った?

彼の言葉をさも当然のように受け入れているしんのすけもそうだが…。長寿丸の頭の中に疑問符が浮かび上がる。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい…頼重殿。しんのすけも。確かに、奇妙な言葉遣いや見慣れぬつくりをした着物だとは思います。でも、しんのすけが未来から来ただなんて、とてもではないが──「長寿丸」…?」

「ここに…この諏訪大社に、しんのすけの父母や妹と思しき人物はおりませぬ。先程盛高達にも探させましたが、そのような一家が訪れたという形跡は見つかりませんでした。

 

…酷な話ではありますが、しんのすけならばこの言葉の意味が解るはず」

「オラ一人だけで過去のセカイに来ちゃった、ってことでしょ?」

「左様。私が拾った“未来”の中でも、そなたの姿しか見られなかった。御両親方は恐らく、そなたがいた世界に残っているままなのだろう」

 

“だろう”、なんて…そんな。

 

ではしんのすけは…、このまま一生家族に逢えないとでも言うのか。

続け様に明かされた事実に長寿丸は絶句した。

この時、逃若党や頼重らの心を満たしたのは、『彼がこの世界の住人ではない』という事実への驚愕ではなく、しんのすけの胸中を想っての悲哀であった。

家族と離れ離れになる辛さや痛みを理解できぬ彼らではない。部屋の空気が暗く沈む。

 

 

 ───しんのすけもさぞかし自身の身の上を嘆いているに違いない…

 

 

と思ったが。

 

 

「そっかあ。みんな刀持ってるし神社はボロっちくないしで、なんかヘンだなーって思ってたけど、やっぱり()()タイムスリップしちゃってたのか。いや~ほんとまいっちゃうよね~」

 

 

「──へ?今、何と仰られたので?…『また』?」

「そっそ。前にも2回過去にタイムスリップしたことあるから、正確には()()()()かも。吹雪丸とお又のおじさんをお助けしたんだゾ」

「いやいやいやいや、ちょっと待って…。理解が追いつかない。え?何この子?タイムスリップ経験者って何?頼重わかんない!」

 

重苦しい雰囲気なんて知りません、と言わんばかりの声色で為されたしんのすけの告白を皮切りに、部屋の中の張り詰めていた空気が一気に霧散する。

 

これまでの毅然とした態度と打って変わり、産まれたての赤子のように慌てふためく頼重の姿を受け、一体どっちが子どもなんだ、と皆が呆れ果てていた。

 

「どうして頼重殿が一番驚かれているのですか!?分からないことなどないって、貴方が自分で言ったんでしょう」

「だって!どんな人物が来るかは見通せても、その人の経歴まで分かるわけないし。こんなゴイスーな5歳児と時行様が相見えるとか、普通想像なんてできませんから!」

「なっ、バ…!」「頼重様それ…」

 

 

「“ときゆき” ──?」

 

 

頼重が口から滑らせた言葉を呟くしんのすけ。

“不味い…”、と思ったその真名の該当者である長寿丸…否、“時行”は、たらたらと冷や汗を垂らしながら、何とかしんのすけを誤魔化そうと苦し紛れの言い訳を捻り出す。

 

「こ、これは違うんだ!何というか、その…これは、私のあだ名みたいなものであって、決して本名などではなく…」

「ほ~ん。そなの?」

「う…」

 

徐々に言葉尻を濁していく時行は、しんのすけの両の眉がぴくぴくと波打つのを認めた途端、何も言えなくなってしまう。

目を細めてこちらを疑うような視線を送る彼は、端から自分の言い分を信用していないようだった。怪しいとはいえちょっと傷付く…。

 

 ──と、ここで。

時行の名をこぼした瞬間から石像のように固まって動かなかった頼重が、憎らしいほど気持ちの良い笑顔を浮かべてこう言った。

 

「もうこの際ですし、全部バラしちゃいましょう」

「おい。戦犯が何か戯言抜かしてやがるぞ」

「一回皆で(シメ)ときますか?」

「ま、まあまあ、皆さん落ち着いて。もとよりしんのすけには、真実を全て話しておくつもりでした。今回はたまたま……そう、()()()()!その予定が早まってしまっただけなのです。何も気にすることはありません、これも神の思し召しです」

 

何て自分勝手な神なんだ…。

ついに抗議するのが億劫になった逃若党は諦観の念を表情にあらわしつつも、頼重の言葉に耳を傾けることを選んだ。

しんのすけが時行と頼重を交互に見つめている。

…そして、頼重の手が自らの方へ指されると、時行は思わず緊張し、元々真っ直ぐにしていた背筋を天に向かってさらに伸ばした。

 

「しんのすけよ。彼の(まこと)の名は、北条時行。いずれ鎌倉を奪還し、日の本の英雄になられる御方だ」

「それならオラ知ってる。かまくら時代に活躍した武将(ぶしょー)だって、とーちゃんが話してくれたゾ」

「!…ぶ、“武将”…、この私が武将だって!?それは真なのか、しんのすけ」

「そうだけど、…ふーんだ。うそっこの名前しか教えてくれなかった人に話すことなんて何もないも~ん」

「あ──そう…だったな、済まない。北条の一族は今、旗色が悪くてな。おいそれと本名を明かすこともできず。…しんのすけの素直な心を踏み躙るような行為をして、本当に悪かったと思っている。申し訳ない」

 

やむを得なかったとはいえ、偽名を名乗り欺いていたことを詫びると、しんのすけは二拍、三拍と少しの間を置いてからつーんとした態度を改め、こちらに向き直った。

 

「そこまでしなくても、オラもう怒ってないから。顔上げてよ、とっきー」

「と、“とっきー”?…って、まさか私!?」

「イカすでしょ?」

「おお!それは良い呼び名ですな。これならば態々“長寿丸”と呼ばずとも、貴方様が彼の北条時行公であるとは敵方にはバレますまい」

 

しんのすけが考えたのだろう何とも可愛らしい響きのあだ名に一瞬困惑を禁じ得なかったが、意見する間もなく頼重に太鼓判を押されてしまったので、時行は、「まあ、いいか…」と仕方のないように笑みをこぼした。

自身が仕出かしたしんのすけへの無礼に比べれば可愛いものだ。これで彼が気を許してくれるのなら、私は一向に構わない。

 

 そう思った時。

 

「さて。しんのすけが時行様の御尊名を如何様に呼ぶかも決まったところで、私が拾った“未来”についてお話し致しましょう」

「!」

 

穏やかな空気に包まれそうになっていた部屋の中を、(いかづち)のような緊張感が走る。

頼重と初対面であるしんのすけは想像がつかず呆けているが、彼の声色から何か鬼気迫るものを察知した逃若党は目つきを鋭くし、居住まいを正した。

 

「一体、何を見たのですか」

「……… “陰に潜む何者かの手により、時行様が血の海に沈められる光景”です」

「ちのうみ?」

 

平和な世に生きるしんのすけは、未だ発展途上にある自身の拙い思考力を働かせて、想像する。

 

 ── “それ”は、自分が何よりも恐れ、強く…深く涙したことのある答えであった。

 

時行が、頼重に問いかける。

 

「時間や場所、他に何か詳しいことは?」

「恥ずかしながら…今申し上げたこと以外は何も存じ上げませぬ。貴方様の惨たらしい最期のみが、脳裏にくっきりと浮かび上がり──」

「っ…」

 

…何も聞きたくなかった。

天下を取り返すための旗印すら揚げられない内に、自分が死ぬ運命(みらい)など。

普段ならそうしてくれるであろう…、“逃げ上手”の才に絶対的な信頼を置いた発言が一切為されない様子からも、頼重の言葉の重みが解ってしまう。

 

心に絶望の影が差し、あわや視界が暗転しかけた──その刹那。

 

 

 

「されども御心配には及びませぬ。そのような“結末”から時行様を救ってくれる人物が、今まさに私たちの目の前に居ります故」

 

頼重の自信に満ちた声に導かれ、皆の視線が件の人物…野原しんのすけへと集中した。

当の本人は照れ臭さのあまり、頬を赤らめて頭を掻いているが。

 

「しんのすけの存在こそが、凄惨な未来から逃れるための鍵となるのです。彼と共にあれば、時行様は必ずや窮地を脱することができます。──これだけは、絶対の自信をもって断言致します」

 

「私自身、彼と相見えるまでは…かような幼い者に本当に時行様の運命を委ねてよいのかと一抹の不安がありましたが、彼の話を聞き、滅多なことでは物怖じしないその為人を実際に見て、確信致しました。この子が時を越えて我等の元にやってきたのは、単なる偶然などではなく、“必然”だったのだと」

 

「本当に…、そうなのでしょうか」

「ええ。きっと貴方の力になってくれます。──だろう?しんのすけ」

「うん。オラやる。とっきーのピンチをお助けできるなら、オラ何でもするゾ!」

「!」

 

…嗚呼、なんて真っ直ぐで真剣な目をしているんだろう。

 

小さな体に大きな意志を携えるその姿は、年下の稚児とは思えないほどとても心強いものだった。

 

「ふふふ。頼もしい返事だ。しんのすけ、そなたは今住まう場所も行く宛もないはずだ。当分は諏訪大社で生活すると良い。時行様と共々、私が責任を持って面倒を見よう」

「ほい」

「これからよろしくな、しんのすけ」

 

「おせわになりまーす!」

 

時行と握手を交わすと同時に為された元気いっぱいの挨拶が、諏訪の領内に木霊した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あ、若。しんのすけの様子どうでした?」

「ぐっすり眠っているよ。夜餉の最中に船を漕いでしまうほどだ、よっぽど疲れが溜まっていたんだろう」

 

しんのすけを布団に寝かせてきた時行は、外で待機していた郎党の皆にそう報告する。

いくらマイペースで強かな性格と言えど、頼れる人もいない…見知らぬ世界に放り出されたばかりなのだ。

 

「『前にもこんなことがあった』とか、『とーちゃんやかーちゃんに会えなくても寂しくない』とか言ってたけど──」

「多分、半分は強がりだったのかも」

「私達、あの子に無理させちゃってたのかなあ…」

「……」

 

皆に不安を悟られぬよう、努めて明るく振る舞っていたのも、疲労の蓄積に影響していた可能性がある。

もっとしんのすけを気遣ってやるべきだったと皆が思う。

 

そうだ…。この世界でしんのすけと最も早くにつながりを持ったのは、頼重や他の誰でもない逃若党(じぶんたち)なのだ。生粋の童好きである頼重もきっと協力してくれるのだろうが、一番近いところで彼を見守り、元の時代に帰ることができるよう支えていく責任が…、私達にはある。

 

 

「──しんのすけは、初めて会った私のことを“助ける”と言ってくれたんだ。そして、その心意気は武士として名を揚げることよりも尊ばれるべきものだと思う。彼の優しさと勇気に、私達も応えよう」

 

 

主君の言葉を静かに噛み締め、郎党達は深く頷き返した。

 




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