嵐を呼ぶオラと鎌倉英雄譚   作:俺っちは勝者の味方ー!

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拙作のしんのすけは、自分でも何書いてんのかわかんねぇレベルの超人です。
こんな突飛なクロスオーバーを世に放っておいて今更だとは思いますが、何でも許せる方向けなのでどうかご了承ください。



みんなといっしょにおケイコするゾ

 

 しんのすけにとって、“朝”は不倶戴天の敵である。

 

布団から起き上がるのはツラいし、寝起きのぼんやりとした頭で幼稚園に行く準備を済ませなければならないのもダルい。

かーちゃん(みさえ)の怒鳴り声と実力行使によって無理やり叩き起こされるのが常のため、当然ながら“朝”に対する苦手意識は非常に根強いものとなっている。

 

暗い夜が過ぎ去り、瞼越しに外の明るさが伝わってくる感覚を覚えた途端、しんのすけは眉を顰める。

『このまま起きずにいたら、また妖怪ケツデカオババにガミガミ言われるんでしょうなあ』…なんて他人事みたいなことを考えながら目を閉じ続けた。

 

「あれ?この子の眉毛、今動かなかった?」

「ほんと。心なしか嫌そうな顔してるけど」

 

 ──しかし、夢見心地なしんのすけの耳に響いてきたのは、聞き覚えのない女の人の話し声であった。

 

まるで鈴を転がしているかのようなキレイな声。しかも一人だけではない。

己のお色気センサーがビンビンに反応を示した瞬間、ほとんど反射的に布団を翻すと、巫女服を身に纏った見目麗しい三人の女性が吃驚した表情でしんのすけのことを見つめていた。

 

「とうっ!」

「わ。吃驚した〜、やっぱり起きてたんだ」

「おおっ!キレイなおねいさんがいっぱいだー。いや〜ん、ここって天国?エヘヘ♡」

「…話には聞いてたけど、随分と変わった子ね」

「なぜか[[rb:玄蕃くんみを感じる > 既視感がある]]のは気のせいかしら?」

 

それから、三人の巫女はそれぞれ、(ほまれ)(ひかり)(さかえ)と名乗った。

曰く、頼重の代わりにしんのすけの朝の支度の手伝いをするよう、直接彼に頼まれて来たのだとか。

 

「まったくもー。頼重おじさんてば、昨日は自分が責任持ってオラのめんどー見るって言ったのに。ホントにわさびがないんだから」

「しんのすけ君が予想以上にお寝坊さんだったから、仕方なく交代するしかなかったのよ。頼重様元々、若君に兵法教える約束してたし」

「あと、“わさび”じゃなくて、“しょうがない”ね」

「そうとも言う〜」

 

ま、おねいさん達が起こしに来てくれたから良しってことでー。と自分の寝坊を棚に上げるしんのすけに三巫女は思わず苦笑い。『我々の想像を遥かに超えた、面白おかしなお喋りを披露してくれる童であるぞ』と言っていた頼重の言葉通り、相当にクセの強い男の子だと改めて思った。

 

 …とはいえ、このままずっと彼のペースに合わせているのでは、朝餉どころか昼餉を食べる時間帯へと突入しかねない。

 

髪に手絡(リボン)を付けた巫女…光が、気持ちを切り替える意味も込め、パンッと一つ柏手の音を響かせた。

 

「ささ。着物もちゃっちゃと着替えて朝餉にしましょう。しんのすけ君のために、別室に美味しいご飯を用意しておいてありますよー」

「うわーい!ごはんごはん〜。オラお腹ペコペコだったんだゾ。

 

 ──ハッ…!もしかして、それもおねいさん達が作ってくれてたり…?」

「勿論です。心を込めて作りました」

「ポッポー!シュシュポポ、シュシュポポ!」

 

巫女達が告げたその言葉に、おマセな5歳児の興奮レベルは一瞬で最高潮に到達した。

 ──おねいさんが作ってくれたごはん。

 ──心を込めて作ったごはん。

そう考えると朝の憂鬱な気分も何処かへ吹っ飛んでいってしまう。しんのすけはすぽぽぽーんと服を着替え、朝餉が用意されているという部屋への案内を彼女達に催促した。

 

 

 …しかし、期待に満ち満ちた眼差しと、鳥の羽根のように軽やかな足取りでいるしんのすけはまだ知らない。

 

 

 

 

 

「うおおおぉぉぉ〜!!??」

 

 原型を保ったイナゴが乗っかった飯を、この後嬉々として食べさせられることになろうなど…。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「おえ…。イナゴの感触がまだ口の中に残ってるゾ…。気持ちわり…」

 

と、朝餉を済ませたしんのすけは露骨に弱々しくなっていた。

 

お子様らしくピーマンや人参といった苦手な食べ物は多々あれど、まんま虫の形をしたものを食えと言われるとなると話は全く変わってくる。“苦手”とか“嫌い”とか、そんな生温い次元には収まらない。“無理”…不可能と言う方が圧倒的に正しいだろう。

当然、しんのすけは最初それを食すことをモーレツなまでに拒んでいた。だが、その野性み溢れまくりの振り掛けを巫女の光が用意した…(イナゴ)、捕ってきたものだと話を聞くと、流石のしんのすけも瞬間的に押し黙った。

『食べ物を粗末にする奴と女の人を悲しませるような奴は最低のクズ野郎だ』という、とーちゃんの言葉を思い出したからだ。

…そこから先のことはあまり覚えていない。いつの間にか口の中で、未知の感触と食感がじんわりと広がっていたことだけは鮮明に記憶に残っている。

 

 …『明日からのご飯はもう少し普通のものを』とやんわり頼んでおきはしたので、あとは今後のメニューにイナゴが出て来ないことを願うばかりだ。

 

「おや、しんのすけではありませんか。どうもおはようございます、本日も良いお天気ですなあ。……?見るからに参っている様子ですが、何かあったので?」

「まあね。…うぷ。朝からムシを食べる羽目になるとは思わなかったゾ」

 

しんのすけは若干語気を強めてそう返事をする。満面の笑みで挨拶してくる頼重の、何も状況を理解していなさそうな雰囲気が妙にイラッとしたのだ。

そんな年相応の童らしい…いかにも不満げな態度を取るしんのすけを可愛く思い、頼重は静かに微笑みを湛えた。

 

「そなたほどの勇者でも初めて出会う食べ物には敵わない、といったところですかな?」

「オラはグルメな5歳児なの。でも、おねいさん達が作ってくれたごはんだから頑張って食べた、ゾ…」

「左様でしたか。しかし、その心意気も誠に素晴らしい。御褒美にほっぺすりすりしてあげますぞ!」

「うおおおおっ…とーちゃんのジョリジョリ攻撃よりキョウレツだ~…!」

 

頼重の頬擦りの勢いたるやすさまじく、このまま放置していたらほっぺが削れて無くなってしまうんじゃないかとしんのすけは思わず震え上がった。

そういえば、昨日とっきーもこれを食らっていたような…。その時の彼や周りのみんなの表情を見てなんとなくヤバそうな気配は察知していたものの、まさかここまでダメージが大きいとは想定外だった。

とーちゃんのお顔にはおヒゲが生えているから、ほっぺをすりすりされてもまだ“くすぐったい”で済む。だが、頼重おじさんの場合は年齢肌(お肌のカサつき)のせいで、シンプルに“痛い”。故にキョウレツなのである。

 

しばらくはこんな恐ろしい攻撃が飛んでくるのかもしれないのかぁ…。

柔らかい頬を存分に堪能し、満足げな様子の頼重に解放されたしんのすけは、自分の顔を優しくマッサージしながらそんなことを考えた。

 

「いやはや…ほっぺどころか顔まで無くなっちゃうかと思ったゾ」

「最高の感触でございました。──ああ、それと。しんのすけが着ているその水干、よく似合っておりますよ」

「ん?これのこと?」

 

頼重の言葉を聞いて、自分の身体を見下ろす。どうやら、この袖がひらひらした赤い服の名前は水干というらしい。

三巫女が用意してくれたもの故、あまり細かいところまでは気にしていなかったが、改めて触れてみると洋服よりもゆったりとした着心地がして気持ち良かった。

 

「たしかに、ハンサムボーズなオラにもぴったりだゾ。この時代の服もなかなかイケますなあ」

「ふむ。未来っ子のしんのすけがお気に召してくれたようで何より」

「…ところで、頼重おじさんは何してたの?」

「しんのすけを誘って、時行様(長寿丸)の稽古の様子を見学しに行こうかなと思い、丁度そなたを探していたところです」

「ほうほう。とっきー、お稽古してるんだ」

「ええ。郎党の彼等と一緒に。どうです?見に行きますか」

「もちろんいくいく〜」

 

頼重からの誘いを二つ返事で承諾したしんのすけは、時行達との対面に心を躍らせながら彼の行く先へとついていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 かつん、かつん───

 

朝の香りが仄かに残る諏訪の林を、木刀同士の打ち合う音が木霊する。

今は、“学問”の鍛錬を終えた時行が、“武”の鍛錬に励んでいる真っ最中であった。

 

 …木刀を握る時行と弧次郎。

二人は一定の間合いを保ちながら視線をぶつけ合う。そして、暫しの睨み合いの末、じりっと勢いよく地を蹴る音が鳴った。

 

「はあ!」

「っ!」

 

先に動いたのは時行だった。

弧次郎の小手目掛けて、勢いよく時行の刃が振るわれる──と思われたが…

 

 

「ふぇぇ〜…」

 

 

いつものへっぴり腰(逃げ筋)が発動してしまい、木刀がふにゃりと虚空を切る。

そんな小手どころか刀にすら攻撃が届いていない主君の有り様に、逃若党の剣術家三人が苦言を呈した。

 

「やっぱまともな斬り合いになるとダメなんスね」

「もう少し腰が真っ直ぐだったら、刀の威力を殺さないで振れると思うんだけどなあ」

「今後は、逃げ筋へ支障が出ない程度に少しずつ腰を入れる練習もしていきましょうか」

「あい…」

 

弓はともかく刀の扱いは完全にへなちょこなので、今は彼らの言葉を真摯に受け止める他にない。もっと色々思うところがあるだろうに、それでも気を遣って婉曲的な言い方をしてくれているのだから尚のことである。

 

 ──もっと力を付けなければ。

目下に迫る死の未来は乗り越えられない。鎌倉幕府再興に向け力を貸してくれている頼重のため、郎党達のため、そして…未来の世界から来たという不思議な少年、しんのすけのため。今自分に為せることを為そう。

そう思いを巡らせながら次の剣の相手を吹雪に頼もうとした時、社殿のある方角から()()()の賑やかな声が聞こえてきた。

 

「おはよーござまーす」

「おお!私が居らずとも、不得手な剣の鍛錬に懸命に取り組まれるとは。精が出ますなあ長寿丸」

「しんのすけ、頼重殿」

 

奇想天外コンビの来訪をきっかけに、鍛錬中の時行達を囲っていた空気が一気に和む。水干の袖を大仰にはためかせながら手を振るしんのすけと挨拶を交わし、雫がくすりと微笑んだ。

 

「おはよう、しんちゃん。昨日はよく眠れた?」

「おかげさまで完全カンペキに快眠だゾ」

「ったくよう。もう朝とは呼べねぇ時間まで起きてこなかった寝坊助のくせに、何言ってんだ」

「あはは…。でも、しんのすけも疲れてたんだろうし致し方ないさ」

 

そう言って自分を擁護してくれる時行が片手に何か細長いものを持っているのを見て、しんのすけはすぐさま疑問を口にした。

 

「とっきーが持ってるそれ何?竹刀の親戚?」

「“しない”?違うよ。これは木刀という名の、木でできた刀なんだ。もしかしてしんのすけ、剣術に興味があるのかい」

「ちょっとね」

 

『特になんとも』と言いたげな簡素な返事が返ってくる。けれども、その視線はじっと時行の持つ木刀へと注がれており、実際はそれにとても惹かれているのであろう様子が丸わかりだった。

時行はそっと弧次郎に目配せをして、新しく鍛錬用の刀を持ってきてもらう。確認の意を込めて頼重の方を見遣ると、めちゃくちゃ良い笑顔でサムズアップ(了承)していたのでどうやら問題はなさそうだ。

 

「ほれ、しんのすけ」

「お、弧次郎(コジロー)くん。どしたのそれ、もっと近くでオラに見せてくれるの?」

「ちげーよ。見せるためじゃなくて渡すために持ってきたんだ。“触ってみたい”って顔に出てるぜ」

「オラの顔に文字なんて書かれてないゾ」

 

そうして不思議そうに首を傾げるしんのすけ。“面白ぇ奴だな”と思いながら、弧次郎は優しく木刀を授けた。

 

「おわっとっと。竹刀より重いんだね」

「真剣になると、これよりさらに重さが増すからな」

「おお………シ、真剣(シンケン)」マジメナカオ

「いやそっちの意味じゃなくて」

 

キリッと渋めの顔をつくるしんのすけは始めこそ木刀の重量感に驚いていた様子だったが、今は何ともないように柄を握りしめている。

齢五の童にしては、妙にこなれた振る舞いをする。ふと気になった頼重がしんのすけに問いかけた。

 

「木刀を握るその姿勢、見様見真似や一朝一夕で身に付くものではありませぬなあ。もしやしんのすけは、何か武術を嗜んでいた経験がおありで?」

「オラ、こー見えて剣道習ってたことあるんだゾ。それ以外にも…まあ、けっこー色々なもんやったかも」

「ほう」

 

顎に手を当てながら、頼重は短く答える。

 

「“けんどう”って何?普通の剣術指南とは違うっぽいけど」

「“剣道”とは、今で言う『犬追物』に相当する未来の有名な競技の一つのようですな。先ほどしんのすけが言っていた“竹刀”も、この競技にて使用される竹からつくられた刀のことを指すのだそうだ」

「「へえーそうなんだ」」

「………何でしんのすけも驚いてんの」

「何となく言ってみただけ〜」

 

しかし、意外だ。これほどマイペース(我に忠実)な性格をしているのに、─形式は違えど─剣の心得があるとは。見かけによらず、なかなかのやり手なのかもしれない。

これは面白いと、頼重は己の興味と興奮がふつふつと沸き立つ感覚を自覚した。

 

「しんのすけ。そなたの剣の腕前が如何程のものか、些かばかりこの目で確かめてみたくなった。ここにいる弧次郎と何合か刀を交えてみなさい」

「ええっ!?」

「お、俺としんのすけで模擬戦するんですか」

「なあに!ほんの軽くで構いませんから!ほんの軽く」

「えー…オラ面倒クサーい。やるならまた今度がいいな〜」

「今打ち合ってくれたら、諏訪領一の美人を紹介して差し上げますぞ」

「ほら、何やってんの弧次郎くん。ぼーっとしてないで刀構えて!」

「うわ切り替えはっや」

「もう彼の扱いを熟知されたのですか?」

「誉達から話を聞きました。彼は年上の美しい女子(おなご)に弱いそうです」

「マセガキかよ」

「オメーが言うな」

 

玄蕃にツッコむ弧次郎だったが、やる気全開のしんのすけを目の前にすると今さら断る気力は湧いてこなかった。例え動機は不純でも、その闘志は紛れもなく()()なのだと一目で分かる。頼重に言われたからではなく、自らの意思でしんのすけの剣を味わってみたいと、心からそう思ったのだ。

薄っすらと口角を上げた弧次郎は、おもむろに刀を構えながらしんのすけと相対する。

 

皆が静かに見守る最中(さなか)、この急な展開を処理し切れていない時行だけが不安を露わにおろおろと慌てふためいた。

 

「頼重殿、本当に大丈夫なのでしょうか。初めて木刀に触れて、そのまますぐに打ち合うなど…」

「流石の弧次郎も、初心者を相手に端から本気を出すような真似はしないでしょう。

 

──もしも()が弧次郎の本気を引き出させる何かを隠し持っているなら、話は別ですがね」

「!」

 

安心させたかと思えば、この人はまた別の不安を植え付けてくれる…。

そんな半ば諦めの入った気持ちで二人の方へ視線を向けると、既に弧次郎が動き出していた。

幾許か加減の施された彼の剣戟を、しんのすけが一生懸命に捉えようと刀を振るっている。

 

「せい」

「!うおっ」

 

けれども、一合二合と刀を打ち合った時点で唐突に姿勢を崩してしまう。竹刀と同じ要領で木刀を扱おうとしたところ、その重量に振り回されてしまったようだ。

 

「へへっ。まずは俺が一本な」

「……もっかいだゾ」

「おう」

 

依然として、しんのすけの瞳の中で燃える炎は衰えていない。今の失敗が、却ってその勢いを強くしたようにさえ錯覚する。

弧次郎はこの『もっかい』を、これっぽっちも我儘だとは思っていなかった。今までと違う重さの剣が手に馴染むまでには時間がかかる。こうした丁寧な調整は必須事項だ。

 

「いくぜ」

 

再度打ち合いが始まる。

かつん、かつん、と力の制御された打ち合いの音が優しく響く。やはり弧次郎の剣に合わせることはできるものの、竹刀との重みの違いからか…しんのすけのその後の立ち回りには若干の遅れが生じている。そうでなくとも、弧次郎は刀の扱いに関しては一日の長があるのだ。『初めて木刀を手にしたのならまあこんなものだろう』と、一部の者以外がそう思った。

 

 ──しかし、しんのすけが姿勢を崩す・尻餅をつくなどして、弧次郎に一本取られる、という流れが四回ほど続いた時、それは起こった。

 

「ふんっ」

「…!」

 

小さな掛け声と共に打ち返される木刀。

弧次郎の太刀筋を捉えたしんのすけが、それを見事に捌き切ってみせたのだ。

 

予想外の反撃に弧次郎は一瞬だけたじろぐものの、ここであからさまに動揺するほど柔な鍛錬を積んできてはいない。少年剣士は攻撃の手を緩めることなく、すぐさま次の一太刀をしんのすけに向かって振るってみせた。

 

「ふっ。とっ。ほいっ」

「へえ…」

 

されど、もう木刀の扱いに慣れてきたのか、それに続く攻撃も尽く打ち返されてしまう。弧次郎は思わず嘆声を漏らした。

 ──想定していた以上に飲み込みが早い。

ただ受けるだけに留まらず、隙あらばこちらに攻撃を仕掛けようとする意思の存在がしんのすけの剣からは垣間見える。些か本気を出して防がなければ足元を掬われそうな位だ。

 

おバカ(能天気)な鳴りを潜めたコイツは末恐ろしいな…。

一旦打ち合いを止めしんのすけと距離を置いたところで、弧次郎は冷静に見極めた。

 

「おー。できたできた〜」

「“筋が良い”なんて単純な言葉じゃ説明がつかねえ順応性だ。しんのすけ、お前もしかして剣の天才なんじゃねえのか?」

「んー、オラの師匠も同じようなこと言ってた気がする」

「ははっ。だとしたら、しんのすけの御師匠は慧眼の持ち主だな」

 

朗らかな笑みを浮かべつつも、弧次郎は密かに木刀を握る力を強めた。目の前の坊主頭に注ぐ視線が真剣の色を帯びる。

彼を単なる童ではなく、油断のならない剣士と見なし──弧次郎は好戦的に言い放った。

 

「なあ、しんのすけ。ちぃとばかし本気で行かせてもらうぜ」

「おかまいなく」

「「ええ…!?」」

 

と、これには外野から驚きの声が上がる。

弧次郎の突飛な発言に対し時行と亜也子が口を挟みかけたが、頼重の一瞥によって二人の介入は既の所で阻止される。彼の翡翠色の(まなこ)が、『しんのすけと弧次郎の邪魔をしてはならぬ』と言外に訴えかけていた。しんのすけは弧次郎の言葉に応え、かつ、二つ返事でそれを承知したのだ。そこに我々が水を差すような行為をするのは御法度だと、頼重は言いたいのであろう。

彼の思惑を理解した時行と亜也子は、はやる気持ちを抑えて閉口せざるを得なかった。

 

稽古場を静寂が包み込む。

 

弧次郎は精神を研ぎ澄ませ、攻撃を仕掛ける時機を伺っていた。

狙うはしんのすけの集中力が僅かに途切れた瞬間だ。

 

 

 ──しかし…

 

 

「(何だ……全く隙が無い)」

 

しんのすけの一挙手一投足を見極めようとするほど、彼が纏う異質な雰囲気に圧倒される。ただ剣を構えているだけにも関わらず、一本を取るための明確なビジョン(予想図)が見えてこなかった。

“判断を誤り、安易に木刀を振るえば、却って自分がやられる”──と、弧次郎は確信を抱く。

 

永遠にも錯覚してしまいそうな無音の中、対するしんのすけもまた微動だにせずじっと己の姿を捉えていた。

 

…そして、弧次郎のこめかみに緊張の汗がじわりと滲んだその刹那、

 

 

しんのすけの手中から木刀が跡形もなく()()()

 

 

「っ…!?」

 

 

意識と神経を専らしんのすけの得物へと注いでいただけに、弧次郎は端正な顔を歪めて大いに衝撃を受ける。武器が目の前で消えるなど、流石に想定できるわけもなく──少年は平常心を乱されながら、消えた木刀の行方を一瞬の間に必死で捜そうとした。

 

 されど…、この()()の隙こそがまさに命取りであった。

 

 

「とうっ!」

 

 

しんのすけは自らの意思で手放した(落とした)木刀を地面に触れるギリギリの所で拾い上げると、そのまま流れるように…得物の重みをものともしない大胆な跳躍に踏み切り、弧次郎との間合いを一気に詰める。

瞬間、真っ直ぐ掲げられた木刀が自らの脳天目掛けて振り下ろされそうになっているのを辛うじて認識した弧次郎は、かつてない早業で防御の構えを取り、しんのすけの渾身の一振りを受け止めた。刀身が一切ぶれることなく放たれ、また、彼の体重も上乗せされた攻撃は相応に重く、生半可な防御を許さなかった。

 

 ── “反撃に転じなければ、負ける”。

 

この戦いがほんの余興に過ぎないものであることも忘れ、弧次郎は無我夢中になりながらしんのすけの木刀を押し返した。全力で繰り出した反撃は、がつんっと一際低く大きな衝撃音を響かせた。

 

「うわあっ!」

「!」

 

風に舞う木の葉のように、勢いよく後ろへ吹き飛ばされるしんのすけ。このままでは後頭部を強打してしまう、と皆の頭の中で一瞬最悪の事態が思い浮かんだ。

しかし、しんのすけの身体は地面に叩きつけられることなく──代わりに、この場にいる者の中で最も包容力があるであろう男の腕の中にすっぽりと収まった。

 

「はい、そこまで!いいものを見させて貰いましたぞ、しんのすけ」

「おお……。おじさんの抱っこ、手慣れてるカンジがしてなんか逆に怖い…」ガクブル

「いや言い様!?」

 

一体何が起こったのか…、理解の追い付いていなかった頭の中が二人のやり取りを前にして、次第に明瞭になってくる。弧次郎ははっと息を呑むと、茫然自失とした状態から一気に現実へと戻ってきた。

 

「!す、すまん、しんのすけ。流石に強くやり過ぎた。どこか痛めてないか」

「ちょっと腕がじんじんするくらいだからモーマンタイだゾ。弧次郎くんこそ怪我してなあい?」

「…ああ、俺は何ともだ。心配してくれてありがとな」

 

すると、続けて時行達がしんのすけと弧次郎の身を案じて頼重の周りに群がってくる。

 

「大丈夫か二人とも!全く、いきなりしんのすけが宙を舞うものだからどうなることかと思ったよ」

「すみません、若…。ほとんど反射的に打ち返したので、上手く制御しきれず」

「だとしてもあれはやり過ぎだって!しんちゃん、本当に大丈夫?」

「うん、オラへーき。“痛い”と言ったら、オラのかーちゃんのげんこつの方がもっとモーレツですからな」

「え、ええ…」

「あはは…。随分と強かですね」

 

それはあまり堂々と言えることではないだろうに…。胸を張って何処か自慢げな様子であるしんのすけに、皆は思わず苦笑いを浮かべた。

ただ、周りが困ったように笑う最中、ある一人の少年剣士だけが──自分の中で考えを巡らせながらしんのすけの姿を見据えていた。暫し間を置いてから、弧次郎は口元を緩めて話し出す。

 

「しんのすけ。今回の手合わせは俺の完敗だ。お前に勝ちを譲るよ」

「お、そなの?最後の展開的にはオラの方が負けてたと思うけど」

「初めて木刀に触った相手に、“本気(マジ)でやらなきゃ負ける”、って確信させられちまったんだ。負けの理由なんざそれだけで十分さ。しんのすけの攻撃に反応できたのも、偏に『経験』っつうの名の武器があったおかげみたいなものだしよ」

「ふーん。せっかく勝てたのに“負けだ”なんて、弧次郎くんもなかなかのヘンタイさんだね」

「まあ、流石に若には敵わねえがな」

「無礼!?」

 

突然の飛び火に時行が大きく目を見開いて突っ込むが、その実彼の内心は潔く敗北を認めた弧次郎に対する驚きでいっぱいだった。横から観戦していた立場といえど、しんのすけの動きがとても人間離れしたものであることは容易に理解できる。しかしそれでも、弧次郎が己の未熟さを痛感するほど衝撃を受けていたとは思わなんだ。傍から見るのと実際に彼と対峙するのとでは、やはり緊迫感がまるで異なるのだろう。未だ底が見えないしんのすけの実力の一端を感じ取った。

 

 

 

 ──よく頑張ったねぇ、と頼重や亜也子にもみくちゃにされているしんのすけを見ながら考える。

 昨日の自分の直感は、あながち間違いではなかったことを。

 

彼ならば本当にやってくれるのではないか、と時行は希望的観測を見出さずにはいられなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

その後、稽古場から社殿へと戻ってきた逃若党(プラス)しんのすけ一行は、日当たりの良い縁側にて鍛錬で蓄積された疲れを癒していた。

 

 ──平穏な時間が流れてゆく。

心地よい爽やかな風を浴びながら、時行は隣でごろ~んと寝転ぶしんのすけの頭を優しく撫でてやった。

 

「しんのすけがあれほどのやり手だったとは想像もつかなかったよ。私は剣の腕前はからっきしだし、本気の弧次郎を相手取ったことも一度としてないから、とても羨ましいな」

「オラはとっきーがあんなヘニョヘニョな攻撃しかできないとは思わなかったゾ」

「あう…」

 

と、ぐうの音も出ない感想に時行は涙を流して石化した(固まった)。救いの手欲しさに周りにいる郎党達に援護を求めるような視線を送るも、気不味そうに目を逸らされてしまう。時行本人も述べていた通り、“ヘニョヘニョ”は紛うことなき事実であるが故、誰もしんのすけの言葉に対して擁護のしようがなかったのだ。

 

…今度はしんのすけが、敢え無く仲間から見捨てられてしまった哀れな時行の背中を撫でてあげる番となった。

 

「ま。そう落ち込むなよベイベー。“失敗(おっぱい)成功(しこう)(ちち)”ってよく言うじゃない~」

「何言ってんのかさっぱりだよ!?…で、でも、励ましてくれてるのはなんとなく分かる」

 

相も変わらず彼が言わんとする内容の理解は難しいが、確かに…いつまでもくよくよしてはいられない。

逃若党の棟梁である以前に、(おのこ)として。自覚を持って堂々と胸を張ろう。時行は己の考えを改めた。

 

「───ありがとう、しんのすけ。もっと剣の鍛錬を積んで強くなってみせるよ」

「どういたましてー」

 

独特な発音の返事に、皆が微笑む。

 

そして、再び静かな時間が訪れようとした…その刹那、時行は昨日の夜から気になっていた()()()()をふと思い出した。

 

「そういえば……なあ、しんのすけ」

「ん~?なに?」

 

「どうして昨日、知り合ったばかりのはずである私のことを、迷わず“助ける”と言ってくれたんだ?」

「……」

「あの時のしんのすけの言葉はとても心強くて、何よりも嬉しかった。だから、すぐに答えを出してくれた理由が気になる」

 

 ──良ければ教えてくれないか。

 

時行は優しく尋ねた。彼の問いかけに逃若党の面々も興味を示している。

しんのすけは暫し動きを止めてから、自分の思いをぽつりぽつりと話し始めた。

 

 

 

「オラ、もう誰にも死んでほしくないの」

「!」

「大切なひとが目の前でいなくなっちゃうのはさびしくて、悲しいから。──だからオラ、“とっきーをお助けしたい”って思ったんだゾ」

 

人の命の灯が消える瞬間だけではない。

()()()()()()()()()()()()()…。彼等──自分にとって大切な存在が最期を迎える時を何度も経験してきたからこそ、しんのすけは今生の別れというものに対し無意識的に恐れを抱いていた。時行に迫る死の未来を聞いて即座に反応したのも、“自分に為せる、できる限りのことをしたい”という、五歳児なりの決意の表れでもあったのだ。

 

 …しんのすけがどんな思いをもって昨日の言葉を投げかけてくれたのか。

その真意に触れた途端、時行は胸の奥がじんわりと熱くなってゆく感覚を覚えた。常に何処(いずこ)かで命のやり取りが繰り広げられている現世ではおおよそお目にはかかれない、純粋無垢な優しさと思いやりの心が、しんのすけの言葉のそこかしこに溢れていた。

 

 

 この子は本当に…、本当に──

 

 

「優しいやつだなぁ、しんのすけは」

「とっきーは大事なともだちだもん。絶対にオラがお守りするゾ」

「ああ…っ!」

 

彼の温かな気持ちを噛み締めるように。

そして、思わず込み上げてきてしまいそうになった涙の存在を誤魔化すように、時行は目を細めて力強く頷いた。

しんのすけに続いて、「俺達も若を守ります!」と、凛々しい笑みを湛えながら豪語する弧次郎達のことも頼もしく思う。

 

 

 ──皆と一緒に乗り越えてみせよう。

 時行はそう決意を新たにし、己の揺れ動く心を悟られぬよう努めて明るく振舞った。

 

 

「…さて。昨日はゆっくり話すことができなかったからな。私達に、しんのすけの御家族や未来の世界の話を聞かせてくれないか?」

「あ!それ私も気になってたー!」

「頼重殿ではどうしても胡散臭さが拭えませんしね…」

「オッケ~。そおいうことならとっておきのをいっぱい話したげるゾ」

「「「「「「(おけ)?」」」」」」

 

 

その後、諏訪大社の一角で、しんのすけの語りを楽しそうに聞く逃若党(子供たち)の姿が見られたそうな──。

 





~おまけ 諏訪領一のビジン…?~

「さあしんのすけ、とくとご覧あれ!こちらが約束の、諏訪領一の美人でございまするぞ!」
「おお~!──お、おお…?とっきーじゃん。なんで誉おねいさん達みたいなカッコしてるの?」
「……」カアァ////
「ほうら巫女服がよくお似合いでしょう。これは最早、諏訪領一と言っても過言ではない清らかさ!」
「いきなり着替えさせといて何なんだこの仕打ちは!?」
「と、とっきー。そんなシュミをお持ちだったんだね…。でも、大丈夫。例えオカマさんでも、オラとっきーのともだちやめないから!」
「だから違うって!?」
「「「「「……」」」」」
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