「無事解毒ができたようで良かった。鬼になって間もない個体だったのが功を奏した。運が良かったな。狛治殿。」
「ええ、本当に。しかし一番の幸運は貴方が駆け付けてくれたことです。心より感謝を。源重郎殿。」
夜が明け、俺は薬師寺さんの屋敷の病床で上体を起こしたまま話し込んでいた。目の前に座っているのは俺の命の恩人、鬼狩り様の一人、草壁源重郎殿だ。
「本当に・・・本当にありがとうございます・・・貴方様が来てくれなければ今頃狛治さんは・・・うっ・・・うっ・・・うぇええええええん!!!!!」
「ちょっ!? 恋雪!? いつまで泣いてるんですか!? それに人様の前で抱き着くなどはしたないですよ!?」
突如我慢できないとばかりに恋雪が俺に抱き着き泣き始める。さっき泣き止ましたばかりなのに再びこの調子。俺は恋雪に泣かれるとどうにも居心地が悪くなる。咄嗟に源重郎殿の御前で抱き着くなどはしたないと俺は声を掛けるが・・・
「気にするな。二人は祝言を挙げる前の男女の仲と聞く。最愛の者が一命をとりとめたのだ。当然の反応であろう。私は気にせぬ。」
源重郎殿はそう言いその場を立ち上がる。
「それに興味深いことも聞けた。昨晩死んだ鬼は一昨日鬼になったばかりだと。即ちこの町のどこかに鬼の首領、鬼舞辻無惨が潜んでいることが想像に難くない。隠を派遣し、人海戦術で探すとしよう。うまく行けばこの千年近く続いた因縁の戦いにも決着が着くやも知れぬ。急がねば・・・」
「あ、あの! 源重郎殿!! 折り入ってお願いしたいことが・・・」
「・・・聞こう。」
部屋を退出しようとしていた源重郎殿だが、踵を返し俺に向き直る。俺の真剣な声音に応えてくれる気になったようだ。俺は決心し頼みこむ。
「貴方の持つ得物と同様の代物を、俺にも用立てて頂くことはできないでしょうか?」
「・・・理由を聞こう。」
「はい。俺は昨夜の戦いで痛感しました。今のままでは鬼が再び襲ってきた時、恋雪を守ることもできず死ぬかもしれないと。だから俺は貴方のように鬼を滅殺する武具が欲しいのです。弟子にしてくれとまでは言いません。せめて貴方の仰るその『日輪刀』というものを用立てて頂くことはできないでしょうか?」
「・・・・・・」
源重郎殿は顎に手を当てて考える素振りを見せる。やがて結論が出たのか俺の懇願に対し返答する。
「日輪刀だけでは恐らく無理であろうな。『全集中の呼吸』なくば、人は鬼と対等に闘うことなどできぬ。如何に貴殿が並外れて辛抱の効く肉体を持っていたとしても、昨晩以上の鬼が相手ではそれは難しいであろう。」
「ではその呼吸の術を習う為の方法も教えては頂けないでしょうか? 俺はもう恋雪を危険な目には遭わせたくないのです。」
「・・・・・・」
源重郎殿は再び顎に手を当てて考える素振りを見せる。命の恩人をこのように困らせてしまうのは大変心苦しいが、俺もこればかりは譲れない。根負けするまで付き合ってもらうほかない。
「まず・・・全集中の呼吸であるが・・・一朝一夕に習得できるものではない。育手という呼吸の師に鍛えてもらう他ないだろう。そして日輪刀だが、こちらは最終選別を突破せねば支給される物ではない。必然的にお前は我等鬼殺隊に入隊せねばならなくなる。そうなるぐらいなら、今後細々と生きていく方が幾分マシな選択だとは思うのだが・・・」
「構いません。必要なことなら俺はやり遂げるまでです。恋雪と師範、二人の為なら俺はどんな責め苦にだって耐えて見せます。二人の為で在れば・・・!!」
「は、狛治さん・・・」
俺は源重郎さんの瞳を真っすぐに見据える。恋雪がやや複雑そうな呟きをしているが、俺の決意は揺らがない。ここだけは譲れないんだ。
「相分かった。お前に岩の呼吸の育手を紹介しよう。正直に言うと、私はお前に可能性を感じているのだ。呼吸も日輪刀も無しに、血鬼術を使う鬼と朝方まで戦い続けた貴殿の底知れぬ強さにな。此度の町への探索で鬼の始祖が見つかる保証もない。次世代の芽は今のうちに育てておきたい。私も今年で三十五を越した。いつまで現役で戦い続けられるかもわからんからな。」
「あ、ありがとうございます!!」
俺は頭を下げる。断られると思っていたが存外すんなりと話が進み、俺は笑みを浮かべた。
「数日後紹介した育手より便りが来るよう手配しておこう。それまでは療養するのだ。加えて暫くの間山籠もりで修業を行う故、今のうちに隣の
そう言い残し、源重郎殿は部屋を退出した。この場には俺と恋雪、そして隣の病床で意識を失い横になる師範だけが取り残された。
「狛治さん・・・私・・・本当は嫌です・・・狛治さんに危険なことはしてほしくありません。」
「恋雪。わかってくれませんか? 俺は是が非でも二人を守れる男になりたいのです。約束を守らなければ。」
「そんなっ!? ・・・私・・・そんなつもりであの日狛治さんに求婚したんじゃありません・・・!!」
恋雪は目尻に涙を浮かべて俺の手を握る。恋雪の手は震えていた。
「私は・・・狛治さんとお父さんが無事に生きてくれさえすればそれでいいんです・・・お願いだからもう危険なことしないで・・・」
ぽろぽろと涙を溢す恋雪。俺は居心地が悪くなる。きっと俺は一生恋雪の涙には勝てないのだろう。しかしそれでも譲れないものはある。
「わかっていますよ。貴方がそう思っていることは。でも残念ながらこの世は悪鬼が蔓延る国土世間のようです。なら俺は最低限、命の尊厳を踏みにじられない程度の力を身に着けたい。そうでもしなければ二人を守り通すこともできない。俺たちの平穏な暮らしはその上に成り立つのだと思います。わかってくれますね? 恋雪。」
俺は可能な限り穏やかな声で恋雪を宥める。恋雪は涙を拭いて辛そうに微笑む。
「狛治さんは酷い人ですね。私が心労で倒れてしまっても知りませんよ?」
「うっ・・・いや、約束します! 絶対生きて帰ると。その為に俺は自身を鋼の如く鍛え上げる。貴方に心配なんて掛けません。安心してください。」
「それでも心配します。私、毎晩狛治さんを想って枕を濡らさなければいけないのですね。本当に酷い人です。」
「うっ・・・しかし・・・それでも俺は・・・!!」
まずい。何を言っても言い負かされてしまう。恋雪に口で勝てる気がしない。ある意味鬼になった正十郎より厄介だ。俺は必死に次の言葉を探すが・・・
「ふふっ、もうわかりましたよ。絶対生きて帰るって約束してくれましたからね? その代わり、破ったら針千本飲ませますから。覚悟しててくださいね?」
「あ、ああ・・・勿論です・・・男に二言はありません。」
最後には恋雪が折れてくれた。俺たちは互いに手を握り合ったまま、ずっと見つめ合っていたように思う。
続く
狛治は一生恋雪ちゃんには口で勝てないと思います。彼女が折れてくれない限りは。そんな感じで狛治は鬼殺の道へと足を踏み入れていきます。彼がどこまで強くなるのか、結末まで見届けて頂ければ幸いです。