21話 穏やかな生活
俺達は師範の伝手で新居へと引っ越し、そこで一から生活をやり直すことになった。
師範は命に別状はなかったもの、左手が肩より上がらなくなってしまい、今までのように便利屋の仕事をすることが難しくなった。
その代わり、現在では恋雪と一緒に傘編みなどの内職をし、何とか日銭を稼ぐ毎日だ。
俺と恋雪はひっそりと祝言を挙げた。本当は盛大に祝いたかったが、これにはいくつか理由がある。
一つは正十郎発端の毒並びに鬼騒動。あれで相当大騒ぎになったからだ。
まあ全ては鬼となった正十郎の仕業だが、真相は奉行所の連中にわかるはずもなく、結果的に剣術道場周辺は正体不明な猛獣がいるから危険なので全員引っ越せとお達しが出た。
ご近所さんたちも散り散りとなり、俺たちはさっさと新居を求めて遠方の知り合いのいない土地へと移ったのである。
なら引っ越し先で知人を招いて祝言を上げればいいと思われるかもしれないが、それは結局やめようという話になった。
なぜなら恋雪が祝言を上げると言う話がご近所さん全員に知れ渡った頃、何人かが恋雪に『入れ墨のある人となんて正気!? 恋雪ちゃんやめた方がいいよ!!』と恋雪本人に直談判してきたからだ。
その時の俺は何も言い返せず気が沈んだ。その人たちの言ってることは間違っていないと思ってしまったからだ。
本来なら、恋雪には元罪人の俺なんかよりも出の良い甲斐性のある男と結ばれる方がお似合いだろう。周りからそう言われるのもまあ納得できる話だった。
しかし、一方で恋雪は断固としてそう言った意見を許さなかった。
『やめてください! 狛治さんは私が病弱で起き上がれない日々も傍で看病し続けてくれた優しい人なんです!
狛治さんのような優しい人、あと何百年生きたって出会えるはずもありません!
私は狛治さんが良いんです!
私は狛治さんじゃなきゃダメなんです!
私は狛治さんと一緒になれないと嫌なんです!
私は狛治さんじゃないと・・・うっ・・・うっ・・・』
終いには泣き始めてしまう始末。俺も大慌て。周りも大慌て。結局収拾がつかなくなる事態が多数起こった。
なので祝言を上げる際招待するのは、家族と事情を知りお世話になった薬師寺さん達だけでいいと、そういう結論になったのだ。
何はともあれ、引っ越し先で無事に祝言を上げることができ、俺たちは幸せだった。恋雪の白無垢衣装は本当に綺麗で、朱色の恋雪の頬が一層映えて見えた。
師範もその時号泣していた。俺は師範が泣いたところなんて見たことがない。実の娘である恋雪でさえ、『お父さんの泣き顔なんて生まれて初めてかもしれない』と言ってたぐらいだ。
その結果、薬師寺さんは終始、師範を宥める役でつきっきりとなった。どこかでその苦労に対し埋め合わせをしないといけないな、とあの時の俺は思っていた。
しかし祝言を挙げてから早いもので、もう十日ほど経った。
そんな穏やかな生活を新居で暫く続けていると、ある日俺の元に手紙を括りつけた烏が飛んできた。鬼殺隊の鎹烏だ。
どうやら鬼殺隊は、烏を訓練し使役しているらしい。情報伝達の殆どはこの鎹烏なるものによってなされているのだとか。
俺はいよいよかとそう思い、身支度を整え、新居である貧乏長屋を発とうとする。
「では、恋雪。行ってくる。師範のことをよろしく頼むぞ?」
「はい。一切任されました。頑張って来てくださいね? 辛くなったらいつでも戻って来ていいので・・・」
「心配無用だ。俺の身体は人並み外れて辛抱が利く。どんな鍛錬にも耐えきって見せるさ。」
「もう・・・私は時々でもいいので帰って来てほしいのに・・・祝言上げたばかりで放っておく気ですか? 私の旦那様は・・・」
「うっ!? 違う! そんなつもりで言ったんじゃ・・・」
「ふふっ! 冗談ですよ? 気にせず出発してください。でも時々帰って来てほしいというのは本音ですからね? 約束ですよ?」
「ああ、勿論だ。月一で必ず戻る。約束する。」
「ふふっ、じゃあ約束ついでいつものいいですか?」
「おお?・・・今からか? まだ夜も更けていないというのに・・・」
「これは狛治さんが無事帰ってくる為のおまじないです。ちゃんと受けてください。」
「あ、ああ・・・わかった・・・恋雪・・・///」
「はい・・・狛治さん・・・///」
俺と恋雪は接吻をするようになった。それも頻繁に。特に恋雪の方が我慢できないのか無性に求めてくる。俺はこのような経験など一切ないから毎度のこと動揺してしまう。
加えて恋雪はおまじないと称して、俺が出掛ける時も必ずと言っていいほど接吻を求める。
俺はその度に赤面するが、恋雪が嬉しそうにしているんだ。旦那として家内の要望に応えてやることは当然だと自負しているし、俺もまんざらでもなかった。
「では今度こそ行ってくる。師範もどうかお身体だけは大切に。」
「ああ、狛治。元気でな。月一と言わず毎日帰って来てもいいからな?」
「いや・・・ここから育手の人の家まで半日は掛かるので、流石にそれは厳しいかと・・・それでは・・・」
そうして俺は源重郎殿に紹介された育手の元へと足を運んだ。
「ふむ・・・お前が源重郎の言っていた狛治という青年か・・・中々に鍛え上げている・・・これは期待が持てるな・・・」
「よろしくお願いいたします!!」
俺は頭を下げる。小屋のような家に細々と住むこのご老人こそが育手の
「ひとまずお前が呼吸無しでどこまでやれるか見てみたい。早速だが組手をしよう。ついてこい。」
功さんはそう言うと草刈り用の鎌だけを持って外に俺を案内する。
「怪我をさせるといかんからな。鎌の刃には布を巻いておいた。だが当たれば痛むぞ? 心して挑むのだな。さあ殴りかかってこい。」
「ま、待ってください。ご老人を相手にいきなり殴りかかれませんよ。別の方法で俺の力量を見るべきでは・・・」
「何を言うとる・・・儂はこう見えて元岩柱じゃぞ・・・源重郎に鎖鎌の扱いを教えたのも儂じゃ・・・お前が苦戦した雑魚鬼風情、山のように倒して来とるわい。」
俺は唖然とする。このようなご老体が源重郎殿と同じ元柱の鬼狩り様だとは。確か柱とは鬼を50体以上討伐した実績のある御仁の称号と聞く。
正十郎のような強さの鬼を雑魚鬼呼ばわりできるとは凄まじい武の自信があるのだろう。
寧ろ、俺のような若輩者の気遣いなど失礼にもほどがある。俺は心を入れ替え、素流の構えを取る。
「では・・・行きます!!!」
そこからは一方的な蹂躙だった。俺は四半刻もしないうちに力尽き、地へ伏していた。
「俺は・・・!! 弱い・・・!!!」
「いや、呼吸無しでそれだけ動けたなら上澄み中の上澄みだと思うがの。源重郎ですら最初はここまで続かんかったぞ?」
俺は突っ伏し思わず涙を流してしまう。俺の今までの武はこのようなご老体に圧倒されるような程度の低いものだったのか。師範に合わせる顔がない。
「これ、いつまで落ち込んでおる。寧ろお前は逸材じゃ。呼吸さえ身に着ければいずれは源重郎なんぞ簡単に追い抜けるわい。」
「・・・ほ・・・本当でしょうか・・・」
「いいから泣くのを辞めろ。日本男児足るもの涙を見せるべからず。儂は百姓の出だが、武家の出に負けんようそのような気概を持って自身を鍛え上げたわい。今ではヨボヨボの爺じゃがな。」
俺は立ち上がる。どうやら俺は身体の辛抱は利いても心の辛抱が利かないようだ。この程度で根を上げているようでは素流に泥を塗りかねん。俺は気を引き締め直す。
「ここまで動けるなら基礎鍛錬は不要じゃな。全集中の呼吸と型を早速教えてやろう。あとは走り込みをずっと続けて肺さえ鍛えればあっという間に最終選別に行けるようになるわい。」
意外にも功さんは前向きだった。俺は俺が思う以上に素質があるのだろうか。少しだけ自信が戻ってくる。
それからの日々、俺は全集中の呼吸と岩の呼吸の型の確認を徹底的に叩き込まれた。一ヶ月経たないうちに、俺は最終選別の許可を出されるのだった。
続く
爆速で展開が進んでいきます。次回は最終選別です。