「いやーーー! 頑丈な奴だ! あれだけ殴ったのに半刻もせずに目を覚ますとは!」
気が付けば俺は見知らぬ道場屋敷に連れ去られていた。恐らく俺を袋叩きにした目の前の下手人が失神した俺を運び込んだのだろう。
「俺は慶蔵という。素流という素手で戦う武術の道場をやっているんだがな、門下生が一人もいなくてな。便利屋のようなことをして日銭を稼いでいるんだ。お前にまずやってもらいたいのは病身の娘の看病だ。俺は仕事があるもんで任せたい。」
俺は慶蔵という男に屋敷の中を案内されついて行く。どうせ他に行く当てもない。黙って従う理由もないが、断る理由もなかった。それにどうせ強引に説得されるのだろう。
「先日妻が看病疲れで入水自殺をしてしまって・・・大変なんだなぁ、これが。」
「っ!! ・・・」
俺は動揺し息を飲む。慶蔵さんの声は明るかったが内容が深刻過ぎた。俺に要らない気遣いをさせないためなのか、空元気を出しているようにも見える。
「・・・本当に俺が不甲斐ないせいで妻にも娘にも苦労をかける。」
俺はかける言葉が見つからなかったので、代わりにぶっきらぼうに問う。
「娘一人の家に罪人の俺を置いてっていいのかよ・・・」
すると慶蔵さんは底抜けに明るい笑顔を見せて振り返り、こう言った。
「罪人のお前は先刻ボコボコにしてやっつけたから大丈夫だ!!」
俺は目を見開く。同時に何か・・・こう・・・胸に温かいものを感じた。それが何なのか・・・うまく言い表せなかった。
「よし、紹介するぞ。娘の恋雪だ。」
屋敷のある一室に案内された。その部屋の中心には咳をする小柄な少女が上体だけを起こして病床で横になっていた。
「けほっ、けほっ・・・」
俺は釘付けになる。同時に胸が痛かった。そこにいる彼女を通じて、死んだ親父のことを思い出す。
「朝より顔色良くなってるな。少しはマシか?」
「うん・・・」
ニカニカと明るく笑う慶蔵さんと返事をする恋雪と呼ばれる少女。
「お父さん・・・その人は・・・?」
「ん? ああ、コイツは・・・コイツなあ、名前言わねぇから俺が戻るまでに聞き出しといてくれ。」
そう言うや否や、慶蔵さんは俺に向き直る。
「お前も突っ立てないで、ここ座れ。そんじゃ頼んだぞ? 俺は出稼ぎに行ってくる。」
俺は恋雪の病床の傍で正座をさせられる。そして慶蔵さんはその場を発った。
俺はずっと沈黙を貫き通していたので、気まずいのか恋雪がソワソワしてる。やがて俺の方を見て質問してくる。
「あの・・・か・・・顔・・・怪我・・・だいじょうぶ?」
正直無視してもよかったが、今後のことを考えると、少しでも打ち解ける気概を持たないと余計気まずくなるだろう。
それに、この少女は見ず知らずの俺に勇気を出して声を掛けて来たのだ。無下にはできなかった。
「・・・ええ・・・お気になさらず。生まれつき人並み外れて辛抱の効く身体なので頑丈なんです。心配無用です。」
「そ・・・そうなの・・・? よかった・・・因みにその怪我はどこで?」
「はい。慶蔵さんにボコボコにされました。半刻ほど前に。」
「えっ・・・ええっ! そんな、それは何と申し開きすれば・・・こほこほっ!!」
「あっ! すみません! 冗談のつもりで言ったんですがお身体に障りましたよね。ほんとに気にしないでください。背中さすりますよ?」
そう言って、俺は恋雪の背中を優しくさする。見ず知らずの男に急に触れられて不快かもしれないが、今後の看病のことを考えると慣れてもらうしかない。
「はあ、はあ、・・・すみません・・・ありがとうございます。」
「いえ。元はと言えば俺が急に可笑しなことを言いだすからです。こちらこそ申し訳ありません。」
「いえ・・・その・・・こちらこそ父が乱暴なことをしてしまい申し訳ありませんでした・・・」
「いえ、慶蔵さんは喧嘩の仲裁をしてくれたんです。俺が大人七人と揉めてる時にうまく取り仕切ってくれたんです。だから寧ろ感謝しなきゃいけないのは俺の方です。それと謝罪も・・・」
「そうだったんですね・・・」
俺は恋雪が落ち着いたのを見計らって、傍にある手拭い用の水桶を運ぶ。
「すみません。水を代えてきます。すぐに戻るので楽にしててください。」
俺が桶を持って立ち上がろうとすると、恋雪はふと俺に声を掛けてくる。
「あ・・・あの・・・貴方のお名前は・・・?」
俺は背を向けたままポツリと呟く。
「狛治・・・狛治です・・・これからよろしくお願いします。恋雪さん。」
俺はそのまま部屋を出て井戸に水汲みへ向かった。
続く
この時点では二人に恋愛感情はないです。
強いて言うなら二人の初対面の印象はこんな感じ。
狛治「親父を思い出すからほうっておけない。」
恋雪「入れ墨あるけど優しそうな人。」