「はい。では口に運びますよ。」
俺は恋雪に粥を作って食べさせる。背を手と膝で支え、匙を恋雪の咀嚼が間に合うようにゆっくりと間を置きながら運んでいく。
やがて作った分も食べきり、そのまま水を飲ませて横にさせる。
「水を替えてきます。眠ってていいですよ?」
俺はそう一言言い残し、井戸に水を汲みに行く。
戻ってきた頃には恋雪は静かな寝息を立てていた。
先ほど顔が赤くなり、熱が出たのではと不安になったが、この様子なら今日は落ち着いて眠ってくれるだろう。
そう判断し、俺は道場に移動する。
師範は今出稼ぎに出ているが、一人でもできることはある。
基本動作の確認。重心移動の反復練習。型の確認。突きの繰り返し。自重負荷による筋力増強。走り込み。
恋雪の体調が急変した時のことも考え、こまめに休憩も兼ねて様子を見に行く。問題なさそうなら再び鍛錬に戻る。その繰り返しだった。
そうこうしてるうちに夕刻に差し掛かる。
夜になると汗で冷えることもあるので、今のうちに恋雪を拭き取りに戻り、寝巻を交換する。
朝方もう一度拭き取りと交換をするので、洗濯はその時まとめてやる。いつもの段取りだ。
やがて師範が戻ってくるので、俺は晩飯の準備に移る。出来上がる頃には日も落ち始め、師範の声が俺の背後から聞こえる。
「狛治! 今日は何だ?」
「はい。川魚の塩焼きに漬物です。淡白ですみません。」
「いやいや! 作ってくれるだけで滅茶苦茶有難いぞ!? 本当に世話になるな、狛治!」
「置いてもらってる身なんです。これくらい当然です。」
俺は師範に晩飯を用意し、恋雪に再び粥を作って食べさせてやる。そうこうしてるうちに日が落ち、夜になる。
こまめに恋雪の手拭いを替え、水を替える。
咳が出れば背を擦る。落ち着いたら傍で待機する。時々額の手拭いを替えてやる。その繰り返しだ。
本当に何もすることが無ければ懐からお手玉を取り出して時間を潰す。夜が更けていく。
「狛治さん・・・眠らないんですか?」
「そうですね。具合はどうですか?」
「はい・・・狛治さんのおかげでかなり楽です・・・本当にありがとうございます。」
「礼には及びません。これが俺の役目なので。」
暫く沈黙が続く。やがて恋雪から声を掛けられる。
「狛治さん・・・その・・・えっと・・・」
「眠りますか? では就寝前に厠に連れていきます。背負いますよ?」
昼間と同じように恋雪を厠へと連れていく。いつもと同じ。扉の前で胡坐をかいて暇つぶしにお手玉を取り出して時間を潰す。
ふと外を見る。今日は月が出ているのでとても明るい。俺は夜目が聞くから例え月が隠れても問題なく恋雪を抱えて移動できるが、それでも月が出ている方が何かと落ち着く。
時々恋雪が眠った後、散歩をすることもある。道端で野草の花が咲いていることもあり、時々摘んで恋雪の部屋の花瓶に生けてやることもしばしばだ。
この前見つけたのは何やら青い花弁の花だった。対岸の川岸に咲いていたため態々摘みにいくことはなかったが、あれは何の花だったのだろうか。
俺は花の種類には詳しくないからわからないが、独得の形状をしていたのを覚えている。今度機会があれば摘んでみてもいいかもしれない。
「は・・・狛治さん・・・終わりました・・・」
「はい。では背負いますね?」
そんなことを考えていると、恋雪から声を掛けられる。俺は再び恋雪を背負い、もとの病床まで運んだ。
「眠るまでは傍にいます。手拭いも直前まで変えておきますので。」
「はい・・・ありがとうございます。」
そう言って、俺は恋雪の傍で手拭いを水で冷やして再び額に乗せてやる。若干顔が赤いが、いつもと同じ。これが俺の日常だ。
確かに看病を負担に感じる者は多いように思う。だが今の俺はこの生活がとても落ち着く。穏やかでいられる。心が安らぐ。
一方で、親父が死んでしまった時を思い出すと今でも胸が痛む。
だが、この生活は俺の胸の痛みを少しずつ癒してくれるみたいだった。
まだこの道場に来て数ヶ月しか経っていないが、日が進む度にそれをひしひしと感じる。
以前は日に日に親父が瘦せ細っていくのを実感し、時間の経過と共に焦燥感に苛まれる日々だったのに。
対照的に、恋雪は徐々にではあるが、俺がこの道場に来たばかりの時に比べて体調が良くなっているように感じる。
以前は厠に運んで外で待っていると、時々倒れる音がして急いで運び出したこともあった程なのに、今ではそんなことは一度もない。
師範も恋雪が徐々に元気になっていると嬉しそうだった。やはり血のつながった親子。俺以上に恋雪の変化に敏感なのだろう。
俺はそれを思い出し自然と笑っていた。
ここでの師範の稽古と恋雪の看病で・・・俺の心は救われていった・・・それをひしひしと実感し・・・俺の頬には何やら熱いものが伝い落ちていた。
続く
狛治どんだけ働いとんねん。看病に家事しつつ鍛錬とか休む暇ないでしょうに。
でも狛治はそんな常人が悲鳴を上げるような日々の中救われていったのだと思い、このような描写を入れさせていただきました。善性の塊である彼に救済を。