「こちらは俺が行き着けにしている薬屋で仕入れた生薬です。お子さんがお腹を壊した際は是非お使いください。」
「ああ、いつも済みません。恩に着ます。では文江、悪いがお茶の用意を。」
「はい、貴方。」
囲炉裏の前で商談を進める凍三郎殿のやや後ろで、俺は正座をして竈門家の父親らしき男性とのやり取りを眺めていた。今年の冬は一段と寒く炭が良く売れるとの近況報告に始まり、やがて新しく三男が生まれたなどの竈門家の話がなされ、凍三郎殿は心底穏やかそうに笑っていた。
思えば俺が柱になった時、既に凍三郎殿の妹殿は鬼にされていたはず。俺の前で心の底から笑うなど一度もなかったことだろう。彼が鬼殺隊を去ってしまったことは正直複雑ではあるが、それでも凍三郎殿が今こうして穏やかに笑えるようになった事実に俺は感慨深く思っていた。
「では新しい薪は近日中に卸しに伺いますね。ではそろそろ・・・」
「ああ、今回ご一緒してる狛治さんが何かお話したいことがあるんでしたね。私どもでよければお力になりましょう。それで話というのは?」
遂に俺に話が振られ、俺は炭悟郎殿に近寄り座り直す。
「お時間頂戴します。実は・・・」
俺は以前凍三郎殿が辿り着いた至高の領域について質問をする。鬼についての話は省く。竈門家に余計な心労は与えたくなかったからだ。とは言えこんな山奥に大家族で住んでいるとなると鬼に狙われる恐れがあるので、用が済んだら藤の花のお香だけでも渡しておこうとは思った。やがて俺の問いに炭悟郎殿が答える。
「成る程・・・つまり狛治さんは・・・透き通る世界が見えるようになりたいのですね?」
「透き通る・・・世界?」
「はい。私達は代々そう呼んでいます。少し話が逸れますが、竈門家では年の初めに神楽を舞って日の神様に奉納を行います。これがなかなか大変でして、夜明けまで何千何万と舞を繰り返さなければならないのです。
私もはじめ舞いたての頃は息も絶え絶えで苦しく先が行き詰っているとしか思えなかったのですが、不思議と祖父や父から習った息の仕方を実践しながら舞い続けると苦にならなくなってくるのです。
その時に見えてくるのが透き通る世界です。なぜそう呼んでいるかと言うと、視界が全て透き通って見えるようになるからです。」
炭悟郎殿の言っている透き通る世界の特徴は、以前凍三郎殿が述べていた内容と一致する。まさか鬼狩りでもない一般家庭育ちの方がこのような至高の領域を体得しているとは・・・
「それで・・・どうやったらその世界に入れるようになるのですか・・・?」
俺はやや動揺しながらおずおずと問う。すると炭悟郎殿は顎に手を当てて考える素振りをする。
「そうですね。祖父から教わったコツとしては、無駄な動きや感覚を削ぎ落すことですね。たくさんのことを覚え、吸収した後は、必要でないものを削ぎ落す。その動きに必要なものだけ残して閉じる。それが代々引き継がれてるヒノカミ神楽を舞う為の心構えです。」
「削ぎ落し・・・閉じる・・・?」
俺はあっけに取られる。余りにも感覚的な話だった。凍三郎殿よりは幾分具体的な話になったが、依然再現するには困難に思える。俺がそのように悩んでいると凍三郎殿が小声で耳打ちしてくる。
「成る程。だから俺は入れたんだね。その透き通る世界に。俺が開発した氷の呼吸は無駄を極限まで抑えて予備動作を無くすことに重きを置いているから、閉じる感覚が自然と掴みやすかったってことだと思う。」
「・・・そうなのか・・・それで・・・」
「おや? どうかされましたか?」
「あ、いえ! ちょっと確認してただけです。お気になさらないで下さい。」
凍三郎殿がそう笑ってごまかす。炭悟郎殿は怪訝な様子だったが、奥方の文枝殿が丁度お茶と菓子を出してくれたのでその疑問も有耶無耶になった。
「どうぞ召し上がってください。お口に合えばいいのですが。」
「かたじけない。これは煎餅ですか?」
「はい。子供たちが好きで、よく焼くんです。結構自信あるんですよ?」
「そうなのですね。ではお言葉に甘えて頂きます。・・・おお、これはなかなか・・・!」
「ふふっ。気に入って下さって良かったです。宜しければ追加で焼きますよ?」
「あっ、いえ。お気になさらず。お心遣い痛み入ります。」
俺は文枝殿が焼いてくれた煎餅をぱりぱりと音を立てながら頂く。火加減が絶妙だった。料理上手の恋雪でも恐らくこれは再現できないだろう。
「ではそろそろお暇します。本日はありがとうございました。」
お茶を飲み終わった凍三郎殿がそう言い、その場を立ち上がろうとするが、俺は一度待ったをかける。
「すみません! もしよろしければ、そのヒノカミ神楽という舞を見せては頂けないでしょうか? 俺の武芸の参考になるかと思いまして・・・」
「ヒノカミ神楽を? しかしあれはただの舞なので、狛治さんの参考になるとはとても・・・」
「いえ、それでも見せて欲しいんです。できれば透き通る世界に入った状態の神楽を。お願いします。」
「ふむ・・・わかりました。衣装を着ずに篝火も焚きませんがそれでよろしければ・・・」
そう言って、炭悟郎殿は七支刀のような木剣を取り出して庭へと出る。俺も彼に続いて外に出る。
「では・・・二巡ほどでいいでしょうか? 一巡目後半から透き通る世界に入れると思いますので。」
「はい。よろしくお願いします。」
そうして炭悟郎殿は舞踊を始める。文枝殿だけでなく、長男長女次男次女含めた竈門家一同も家から顔を覗かしてその様子を見ている。
「凄い・・・まるで精霊のようだ・・・」
俺は思わずそう呟く。余りにも美しく洗練されたその舞に俺は見惚れる。一切の無駄のない動き。つなぎ目のない舞の繰り返し。これ程の完成度の動きを一般家庭の人間が行えるとは・・・
加えて舞を繰り返す際の炭悟郎殿の気配は非常に希薄で、一切の闘気を感じない。これ程の動きができる者であれば、俺は彼から武芸者としての気配を感じ取れるはずだった。
しかし相対して感じられるのは、人ならざる者の気配。例えるなら植物のような静かな気配のみだった。
「ふう・・・こんな感じです。如何でしたか?」
「・・・は・・・はい・・・素晴らしい舞でした・・・俺の武など到底及ばない程の・・・」
「ハハハ、ご冗談を。私は狛治さんの様に屈強な体は持っていませんよ? きっと身体が不自由な凍三郎君にすら喧嘩では勝てないでしょう。近頃身体の調子もよくなかったりしますし・・・」
その言葉を聞き、凍三郎殿が炭悟郎殿にとある提案をする。
「それはいけません。俺の行きつけの薬屋に相談して、往診に来てもらいましょう。なんなら俺も診れますよ? その・・・透き通る世界で診察すればどこが悪いかぐらいは。」
「成る程。まさか透き通る世界にそんな使い道があったとは。今まで気がつきませんでした。」
「いえ、俺もその薬屋の娘さんに指摘してもらうまで思いつきもしませんでしたから。では後日薪を卸すついでに薬師の人も連れてきます。今日はこれでお暇しますね。お邪魔しました。」
「いえいえ、またいらしてください。凍三郎君がくれば、子供たちも喜ぶ。今度は遊び相手にもなってあげてくださいね?」
「アハハ・・・あの子たち体力無限だからどうですかね・・・まあ程々で勘弁してもらえるのであれば構いませんけど。ではまたいずれ・・・」
「はい。お気をつけて。」
そうして凍三郎殿と炭悟郎殿の会話を最後に、俺たちは竈門家をあとにした。道中で凍三郎殿は俺に語り掛けてくる。
「どう? 収穫あった?」
「ああ。充分過ぎるくらいに。もしよかったら俺の鍛錬に付き合ってくれないか? 凍三郎殿。」
「え、嫌だけど。古傷痛むからあんまり無理したくないし。そもそも鍛錬なら他の柱捕まえてやりなよ。俺もう引退済みなんだから。」
「うっ・・・そ・・・そうか。それは済まなかった・・・」
俺は凍三郎殿の冷たい返答に少々残念に思い苦笑いを浮かべる。しかし俺の心は晴れやかだった。
これで俺が至高の領域、透き通る世界に入れるようになれば、上弦との戦いで後れを取らずに済むかもしれない。俺は一日でも早くそれを実現させねばと奮起するのだった。
続く
やはりこの時代の竈門家も子沢山ですね。現状息子三人娘二人いますが果たしてこれで収まるのか否か・・・
何はともあれ知識だけでも狛治は透き通る世界のことを知ることが出来たので、後は鍛錬を積むのみです。次の上弦戦でお披露目と行きたいと思います。
童磨の再登場についてどう思いますか?
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有
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無
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狛治がしっかり倒すのなら有
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原作通り生き残らせてほしい