「いいか長寿郎。さやか殿の前で恋雪の容姿を褒めるのをやめろ。まずはそこからだ。」
俺は長寿郎の病床の傍で腰を下ろしたまま物申す。一方長寿郎はキョトンとしている。
「え? どうしてですか? 俺は純粋に思ったことを言っただけなのに・・・」
「いいから・・・」
「あ、はい。」
長寿郎は素直に俺の言うことを聞いた。うん。元々素直で真面目な奴だからな。そこはこいつの良いところではある。問題はここからだ。
「いいか長寿郎。女性の前で別の女性を褒めるのはやめろ。いざこざの種だ。まずそこを頭に叩きこめ。」
「え? どうしてですか? 女性を褒めることは良いことでは?」
「一対一ならな。だが複数いる時は絶対に駄目だ。なぜなら片方を褒めると言うことはもう片方を褒めないことと同義だからだ。褒められなかった方は強烈な劣等感を抱く。特に女性は容姿についての話題に敏感だ。今後は絶対やめろ。わかったな?」
「え? でも俺は、恋雪殿が本当に見目麗しくて狛治さんにお似合いの女性だと思い褒めただけなんですけど・・・狛治殿は嫌だったのですか?」
「俺がどう思うかはこの際どうでもいい。今回はさやか殿の心中を察しろと言っているんだ。お前はもう少し女心と言うものを理解しろ。じゃなきゃ今後苦労するぞ?」
「女心ですか・・・俺は男兄弟で育ったのでなかなかそう言うモノには疎くて・・・」
「なら今後はなるべく意識しろ。さやか殿を悪戯に傷つけるな。いつか愛想をつかされるぞ?」
「え? さやかは傷ついていたのですか? どうしてですか?」
「だから・・・」
堂々巡りの説明を俺は何度も繰り返す。その度に長寿郎は首を傾げ理解に苦しんでいる。俺は内心溜息をつく。
長寿郎・・・お前は兄に先立たれた後も、炎の呼吸の指南書を読み込んで柱になった程の男だろう? それほどまでの理解力と聡明さを持ち合わせておきながら、なぜ色恋沙汰にはこうも疎いのだ。
十七になっても尚、そういった情緒が発達し切っていないのか? 俺はこのまま言い聞かせても無駄だと悟り、話の切り口を変えた。
「長寿郎。お前はさやか殿と話すのが好きだと以前言っていたな?」
「はい。ただ一人の同期ですからね。それが何か?」
「さやか殿は多感な年頃の娘だ。お前の些細な発言で一喜一憂するものだ。どうせなら喜んでもらった方がいいだろう?」
「ええ、それは勿論です。」
「なら、お前の素直な気持ちと言葉は可能な限りさやか殿に向けてやれ。それだけでいい。できそうか?」
「えっと・・・本当にそれだけでさやかと良好な関係を築けるものなのでしょうか? いまいちピンと来ないのですが・・・」
「ああ、充分だ。何も難しく考える必要はない。」
「・・・わかりました。それでさやかが笑ってくれるなら・・・そのようにします。」
「ならもう言うことはない。これからも励め。」
俺は最後にそう締めくくる。はあ・・・俺と恋雪がまだ出会ったばかりの頃、師範もこんな心境だったのだろうか。
まさか自分がそのような立場になろうとは・・・素流道場に流れ着いたばかりの頃は思いもしなかった。
俺が感慨にふけっていると、長寿郎はあろうことか話を振り出しに戻した。
「因みになぜさやかは傷ついていたのですか?」
「おい、何度説明したと思っている。だからそれは・・・はあ・・・もういい・・・」
俺はもう諦めた。こんなに鈍助に心底惚れ込んでしまったさやか殿が今は不憫でならない・・・
一方その頃台所にて・・・
「さやかさんも苦労してますね。まるで私がまだ狛治さんを振り向かせていなかったあの頃を見ているようです。」
「えっ///!? な、なんのことですか///!? 私にはさっぱり・・・///」
私は果物の皮を剥いたり小さく切り分けたりしながらさやかさんに声を掛ける。私は苦笑を浮かべてしまう。
「見れば一目瞭然です。さやかさんは長寿郎さんのことが好きなんですよね?」
「ええっ///!? ど、どうしてわかったんですか///!?」
まあ本当は、日頃から狛治さんのお土産話で二人の仲のことは聞いていたから知ってるだけなのだけれど、それを言うのは流石に憚られるので私は適当にお茶を濁す。
「まあそれはこの際いいじゃないですか。ただまあ・・・意中の男性が鈍感な人だと苦労も一塩でしょうね。私の狛治さんも昔はそうでした。」
「えっ・・・そ・・・そうだったんですか? 今ではお似合いのおしどり夫婦のように見えるのに・・・」
「まあ紆余曲折を経て今に至ってますからね。そう見えるのかもしれませんね。」
暫く私たちの間で沈黙が続く。やがてさやかさんは遠慮しがちに口を開いた。
「えっと、そ、その・・・恋雪ちゃんはどうやって狛治さんを振り向かせたのですか?」
「え? ああ、それは・・・私の場合はお父さんに頼んで代わりに伝えてもらったんです。面と向かってだと言い出せる気がしなくて。」
私はその時のことを思い出して僅かに頬を染める。お父さんが『絶対大丈夫だぞ恋雪! 狛治もお前のことを好いているに違いない!」って背中を押してくれなかったら、きっと今も狛治さんに想いを伝えることなんてできなかったと思う。
あの時心臓が痛い程高鳴ってたのを覚えている。狛治さんの返答を待ってる時なんて、全身から火が出るような思いだった。懐かしい。
「そ、そうだったんですね・・・お父様に・・・」
「はい。ちょっとズルい方法だったかもしれませんけど・・・でも狛治さんは当時私のことを異性として意識してくれなかったから・・・もうそれしか手はないかなって思って・・・」
「な・・・なるほど・・・とても参考になります・・・」
再び沈黙が続く。私は黙々と果物の皮を剥いて行く。やがてさやかさんが再び口を開いた。
「実は長寿郎君も、私のこと女の子として全然意識してくれなくて・・・
一緒にご飯食べに行く約束も頻繁にしてるんですけど、それでもずっと進展がないんです・・・
その・・・恋雪ちゃんに聞きたくて・・・私これからどうしたらいいのでしょうか・・・」
さやかさんがそう尋ねてくるので、私は一度作業を中断して考える。
うーん。いきなり告白する訳にもいかないし・・・そもそもそれができたらこんなに悩んでるはずないだろうし。
とは言えこのまま同じことを繰り返しても進展なんてしないと思うし・・・
暫く頭を捻っていると、私の脳裏に妙案が浮かぶ。私は笑みを浮かべて返答する。
「じゃあ今度、私と狛治さん、さやかさんと長寿郎さんの四人でお出掛けしませんか? 私達でよければいくらでも力になりますよ?」
「えっ!? いいんですか!? でもお二人ともお忙しいと思いますし迷惑なんじゃ・・・」
「大丈夫です。きっと狛治さんも乗り気になってくれます。時間ぐらい作ってくれますよ。だから遠慮しないで下さいね?」
私は恋する乙女の背を押すためにそのような提案をする。それに、狛治さんと一緒にお出掛けする口実もできるし一石二鳥。
正直昔の私を見てるようで放っておけなかった。私はさやかさんの恋が成就するよう今後奮闘しようと誓うのだった。
続く
遂に書き溜めが尽きてしまいました。ここから先は不定期更新です。最低でも週一更新はしようと思っているので、お気に入り登録してお待ち頂けると有難いです。それではまた次回。
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狛治がしっかり倒すのなら有
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原作通り生き残らせてほしい