「恋雪、本当に平気なのか? 辛かったら正直に言ってくれていいんだぞ?」
「狛治さん。私はもう大丈夫ですから、どうか長寿郎さんとさやかさんの下へ向かってあげてください。まだお務めを果たせていないでしょう?」
「しかし・・・」
恋雪はつわりの症状が治まった後、まごついてた俺を玄関まで押し出して出発を促していた。
どうやら立って歩けるほどには落ち着いたみたいだが、俺は正直心配だった。いつまた症状がぶり返し辛そうにし始めるかわからなかったからだ。
俺がそう逡巡し、なかなか玄関から出発しないのを見て、恋雪はふと俺に笑顔で語り掛ける。
「もう・・・狛治さん心配し過ぎです。別につわりぐらいで死ぬことなんてないじゃないですか。
それよりも狛治さんの今夜の任務の方が私気がかりです。絶対・・・生きて帰って来てくださいね? 私、お腹に赤ちゃん宿したまま未亡人になるなんて絶対に嫌ですからね?」
「ああ、勿論だ。必ず生きて帰ると約束する。」
「ふふっ、じゃあもう平気ですね? いってらっしゃい、貴方。」
俺は恋雪と抱き合った後、傍で控える隠達やさやか殿の継子であるさなえに後のことを託してそのまま玄関を出る。
今夜は満月なのか外は月明りに照らされて周囲が良く見える。それ故か、屋敷の敷居の手前で一人、不審な影が立ち尽くしているのに俺はいち早く気が付いた。
「なっ!? お前・・・!!」
「やあやあ久方振りだね狛治殿。遠路はるばる足を運んだ甲斐があったよ。」
俺の視線の先には、頭に血を被ったような出で立ちに
「童磨っ・・・!! なぜ貴様がここに居る!? 貴様の万世極楽教の寺院からだとここは相当に離れた場所に位置してるはずなのに・・・!!」
「そうだね。だから寄り道なんてしないで急いで走って来たよ。夜が明けたら狛治殿とお喋りできないし。それにしても狛治殿のお屋敷にはこんなに大勢の女の子がいるんだねぇ。折角だから一人くらい・・・ってあれぇ!? もしかして後ろにいる子が恋雪ちゃんかな!? わあ! すっごく可愛い! 漸く会えて嬉しいなあ!」
「くっ!!」
俺はすぐさま玄関手前まで引き返し、恋雪を庇える立ち位置に付く。
「えっ・・・狛治さん一体どうしたんですか? 誰か訪ねてこられて・・・」
「恋雪!! 屋敷から出るな!!!」
俺の大声に恋雪が肩をビクつかせていた。やがて恋雪も事態を理解したのか、震える声で呟いた。
「ま・・・まさか・・・その鬼が例の!?」
「やあやあ初めまして。折角だからお喋りしようよ恋雪ちゃん。俺の名は童磨。いい夜だねえ。」
「っ!!」
童磨に一瞥された恐怖で、恋雪は震えて動けないでいるようだった。童磨は気にすることなく続ける。
「しかし狛治殿が惚れ込んだだけあってとっても可愛らしい子だなぁ。しかもお腹に赤ん坊までいるみたいだし、これは是非ともお近づきになりたいなぁ。」
童磨はニコニコしながら屋敷の敷居を跨ぐ。その瞬間、俺はすぐさま号令をかける。
「隠一同!! 岩柱として命ずる!! 今すぐ恋雪を連れて裏口から逃げろ!!」
「「ぎょ、御意っ!!」」
俺の号令に童磨は困ったように笑う。
「ええ~? そんなぁ・・・折角会えたのにつれないなあ・・・」
すると童磨はゆっくりと歩み寄ろうとする。俺は身構えるが同時に俺の背後で抜刀する鞘成りの音が聞こえた。
「岩柱様。私が足止めしましょうか?」
「馬鹿を言え!! さなえ殿も同様だ!! 上弦相手に癸の隊士を戦わせる訳にはいかない!! 恋雪を抱えてすぐ逃げろ!! 退避命令!!」
「わかりました。御命令とあらば。」
するとさなえはすぐさま恋雪を一息で担ぎ上げる。しかし恋雪がそれに対し手足をばたつかせ抵抗を見せる。
「待って!! 狛治さん!! たった一人で上弦の鬼となんて死んじゃいます!! 私達と一緒に逃げてください!!」
恋雪の呼びかけに対しさなえが一度歩みを止める気配がする。俺はすぐに発破をかける。
「何をしている!!! 奴は女なら見境なく喰い殺す悪鬼だぞ!!! すぐにここから離れろ!!!」
「わあ、酷い口ぶりだねえ。俺はただ救済してあげてるだけなのに。」
「さなえちゃん!! 降ろして!! お願い!!」
「岩柱様。私はどうすれば・・・」
「早く逃げろ!! 全員死にたいのか!!!」
俺は余裕をなくし怒号を上げる。
俺の発破に肩を跳ねさせた隠の一人が強引にさなえの背を押して移動を促す。しかし恋雪は依然として抵抗するばかりだった。
「恋雪様!! 暴れないで下さい!! ここにいては危険です!!」
「嫌っ!! 駄目!! 狛治さん!!! こんなのあんまりです!! お願いだから一緒に逃げて!!!」
「ここは俺が食い止める!! 全員急いで避難しろ!! 何をもたもたしている!? さっさと行け!!!」
「「はっ!!」」
「待って!! 私も残る!! 狛治さん!!!」
恋雪はそう言うが、当然誰もそんな我儘を承知するはずなかった。そのまま足音が屋敷の奥へと移動していく。
「狛治さん嫌っ!! 死なないで!! 私狛治さんに死んで欲しくないよォ!!!」
やがてさなえ達に連れられて恋雪の声が屋敷の奥まで移動し聞こえなくなった。どうやら無事に裏口から出て屋敷を離れることができたらしい。俺はずっと童磨から目線を一切逸らさないままその場で立ちふさがっていた。
やがて奴はニコニコ笑いだし、懐から片割れの扇を取り出しパタパタと自身を仰ぎ始める。
「あ~あ。可哀そうに。無理矢理連れ出すなんて酷い真似するなあ狛治殿。恋雪ちゃんも泣いてたし、女の子にはもっと優しく接してあげないと駄目じゃないか。」
俺はその勝手な物言いに青筋を浮かべる。余りの怒りにこめかみが軋むようだった。
「黙れ童磨。貴様にだけは言われたくない。ああでもしなければお前は隙を見て恋雪を喰い殺していただろう。俺の動揺を誘うには正にうってつけの一手だ。狡猾なお前がそれを実行しないはずがない。」
「アハハ! 嫌だなぁ、俺がそんな酷いことする訳ないじゃないか どうせなら優しく安らかに、痛みもなく苦しみもなく救済してあげようと思ったのに・・・」
「貴様の言葉など何一つ信用できん。その穏やかな口調を今すぐやめろ。本当に吐き気がする。虫唾が走る。反吐が出る。」
俺は素流の構えを取り、臨戦態勢に移る。対して童磨は笑みを崩さず優雅に扇子を仰いでいるだけだった。
「そんなに怖い顔しないでおくれよ。俺と狛治殿の仲だろう? 一年半振りの再会な訳だし、折角なら楽しくお喋りしようじゃないか?」
「わかった。すぐにでもその頭蓋を打ち砕いてやらねばその減らず口も閉じられぬか。力づくで黙らせてやる。」
「まあまあ、そう言わずに。狛治殿はせっかちだなあ。そもそもさ、疑問には思わなかったのかい? どうやって俺が狛治殿の居場所を突き止めたのか。なぜわざわざ狛治殿を探す真似をしていたのか。」
「っ!」
俺は一度冷静になる。確かに妙だ。鬼殺隊関係者以外とそう関りを持たない俺の居場所をどうやって特定したのか。どこから情報が漏れたのか甚だ疑問ではある。
「おや? 漸く話に乗ってくれるみたいだね? 少しは冷静になったかな?」
「貴様と話など・・・本来であれば微塵もしたくはないが・・・確かに聞き捨てならない話だな。おい童磨、どうやって俺たちの屋敷の場所を突き止めた? さっさと答えろ。」
「うん。いいよ。教えてあげる。俺は優しいからね。でもその前にまず、先に用件だけ伝えさせておくれよ狛治殿。実はあの御方直々の御命令なんだ。俺がわざわざ今日ここまで赴いたのもそれが本当の理由なのさ。」
「なっ!? 鬼舞辻無惨直々の命令だと!? そうか、漸く俺の始末に本腰を入れるようになったのか。だがそう簡単にやられると思うなよ?」
「いやいや、違うよ狛治殿。そもそも俺は今日戦いに来たんじゃないんだ。だから少しは友好的に接してくれると嬉しいなぁ・・・」
「は・・・? 貴様何を言って・・・」
童磨の発言に俺は呆ける。戦いが目的ではない? 一体何の理由があって俺の前に・・・
やがて童磨は扇子を畳んで居住まいを正し、片方の手を俺に差し伸べてきた。
「鬼になろうよ狛治殿。あの御方は君をとても気にかけている。是非とも新しい上弦に迎え入れたいとまで仰っていたんだ。勿論俺も大歓迎さ。」
続く
執筆当初は黒死牟に鬼の勧誘をさせるつもりでした。ただ、折角童磨を再登場させたので奴からもアプローチを仕掛けてもらいました。その方が個人的にアガる展開かなと思ったので。
さて、童磨の勧誘に対し狛治はなんて答えるのでしょうか。次回に続く。