「狛治殿!! 今夜念のため吉原遊郭の最寄りの藤の家紋の家で待機しててくれんか!? どうか頼む!!!」
俺は鬼殺隊の診療所の花柱邸で、狛治殿を見つけるなり急遽押し掛け土下座をしていた。
狛治殿は俺の様子に戸惑っているもののやがて問いを投げかける。
「左近次殿はどうされたのですか?」
当然の疑問だった。本来俺は鱗滝と二人組で任務に赴くことが多い。日頃の巡回任務などがまさしくそうである。しかしこの度少々異なる事態となっていた。
「すまん・・・奴は育てている孤児から先日風邪を移されたそうでな・・・今水柱邸にて自宅療養中なのだ・・・そのため代わりに同行してくれる柱を探しているところなのだが・・・」
「それはなんと間の悪い・・・」
「そこでだ狛治殿!! もし上弦だった時の為に一緒に来てくれんか!? この通りだ!!」
俺が土下座を続けていると、やがて冷たい視線が注がれていることに気付く。
「桑島様? 狛治さんを遊郭に連れていくつもりですか?」
そこには身重の恋雪殿が一切の表情を捨て去った目で俺を見下ろしていた。絶対零度とも言うべきその視線に俺は思わず背筋が凍る。すると恋雪殿は貼り付けたような笑顔で狛治殿に向き直る。
「桑島様がお答えにならないので狛治さんにお聞きしますね? 貴方は身重の私を放置して遊郭に赴くような人なのですか? どうなのですか? 黙ってないで返事してください?」
「慈悟郎殿。残念ですが他を当たって下さい。」
「なっ!? そこを何とか!!」
「そもそも俺は恋雪が無事出産を終えるまで任務には赴かないと
「うぐっ・・・ならば仕方ない・・・代わりに炎柱邸に赴き長寿郎に頼み込みんで・・・」
「それは止めた方が良いです。」
「な、なぜ止めるのだ! 狛治殿!」
「単純な話です。そんなことをすれば長寿郎がさやか殿に殺されてしまうからです。貴方はさやか殿が長寿郎を遊郭に連れ出すことを許すと思いますか?」
「ぬう・・・しかし・・・」
「兎に角長寿郎を遊郭に連れ出すのはやめて頂き・・・あ・・・」
不意に狛治殿はそこで固まる。俺は恐る恐るその視線の先を確認をしようと後ろを振り返る。
するとそこには満面の笑みを浮かべるさやか殿が立っていた。
「桑島さん? 長寿郎君を連れてどこに行くつもりですか?」
「す、すまぬさやか殿! 俺は決してそんなつもりは・・・!!」
「なぜ謝るのですか? 私は質問をしてるだけですよ? 呆けてないでさっさと答えてください。どうなんですか?」
「ひぃ!! か、勘弁してくれさやか殿!! お、俺が悪かった! この通りだ!!」
俺はすぐさま土下座の対象を狛治殿からさやか殿へと切り替える。暫くの間、生きた心地のしない問答が続いた。俺が正直に白状し切った後、さやか殿は一度溜息をついた。
「そうでしたか・・・上弦の鬼だった場合に備えて他の柱を連れていきたいと・・・」
「うむ・・・まだ確定ではないが気配の隠し方、巧さ共に下弦の域を出ている気がするのだ。それでどうしても他の柱の助力が欲しくて・・・」
「ならそうと始めから仰って下さればいいものを・・・全く以て紛らわしい・・・まあ今日はこのくらいで勘弁して差し上げます。」
「そ、それでは! 遊郭の潜入任務に長寿郎の同伴を認めてくれると! つまりはそういうことか!?」
「は? どさくさに紛れて何を言ってるんですか? 貴方頭おかしいんじゃないですか? それとこれとは話が別です。」
「そ・・・そんな・・・」
俺はさやか殿に一層きつめの苦言を呈される。俺が途方に暮れていると、やがて恋雪殿が不意に口を開いた。
「桑島様。そういうところ早く直した方がいいと思いますよ? 一生独り身でもいいんですか?」
「なっ!? なぜ恋雪殿までそのようなことを!?」
俺は撃沈する。自分で墓穴を掘ったせいとは言え、まさか女性陣からこうも袋叩きにされるとは。今後一層気をつけようと俺は思った。
しかし状況は依然として全く好転していない。漸く掴んだ十二鬼月の痕跡。店まで絞ったが、万が一上弦であった場合の対応策は現時点で練れていない。
もし単独で会敵し相手が上弦だった場合、俺は間違いなく今夜命を落とすに違いない。俺はがっくりと肩を落とす。
俺が暫くそのように思い悩んでいると、やがて狛治殿から問いを投げ掛けられる。
「そもそもなぜ元継子である颯太と寧子を連れ出さないのです? あいつらは今も尚健在で、今週も偶然遭遇した下弦の参を討伐していましたし、彼らに声を掛ければいいだけなのでは?」
しかし俺は苦笑し首を横に振る。
「実力は申し分ないのだが・・・狛治殿はあいつらが潜入任務などできると思うか?」
「颯太と寧子が潜入任務・・・」
「お、おう・・・」
「・・・・・・」
「は、狛治殿?」
「・・・・・・できない・・・でしょうね。」
「そうであろう?」
結局、俺と狛治殿でそう結論を下す。すると恋雪殿がため息をつき、異なる提案を促した。
「そもそも鱗滝様の復帰を待てばよいだけなのでは? 子どもから移されただけの風邪ならすぐに治ると思いますし、急いで今夜任務に赴く必要もないと思います。」
「はっ!! た、確かに!! なぜ俺はそのような単純なことにすら気が付かなかったのだ!? 全く以て恋雪殿の言う通りではないか!!」
「慈悟郎殿は上弦かもしれない鬼を前にして少々動揺されていたのかもしれませんね。そんな状態で任務に赴くくらいなら、暫く休暇を取って休まれたらどうです?」
「そうだ!! その通りだ!! そうさせてもらうとしよう!! いや~、結果的に狛治殿に相談して良かったわい!!」
「慈悟郎殿・・・今後は恋雪の前で遊郭の話をするのは勘弁願いたい・・・」
「私や長寿郎君の前でも控えてくださいね? 私もいちいち腹を立てたくないです。」
「ですよね・・・折角さやかさんも長寿郎さんとの間で子を設けたんですから。お母さんがイライラしてたらお腹の赤ちゃんの発育にも良くないでしょうし。」
恋雪殿がそう呟き、狛治殿はそれに頷き、さやか殿はふと自身の腹を擦り始めた。俺は一瞬何を言われたかわからず放心したが、一拍遅れてふと我に返った。
「ってえぇええ!? さやか殿はもう子どもをこさえたのか!? まだ夫婦となってそう経っていないと言うのに!? それに俺は初耳だぞ!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? まあ桑島さんは知らなくてもいいんじゃないですか? どうせまともな気遣いなんてできないですし。」
「ひ、酷い!!」
「まあまあ慈悟郎殿。千里の道も一歩から。少しずつ気遣いができるようになればいいじゃないですか。」
「うぐっ!? は、狛治殿にまでそう言われるとは・・・!」
さやか殿が煉獄家の跡継ぎを授かったなど、そんなめでたい話まさか今日の今日まで共有してもらえないとは・・・ひょっとして俺と皆の距離感ってそんな感じなのか? 俺は心の壁を感じ悲しく思った。
今日は終始苦言を呈されたままだったと苦々しく振り返りながら、俺はそのまま力なく鬼殺隊の医療施設である花柱邸をあとにした。
「ワハハ! 何はともあれ鱗滝が風邪を引いてくれたおかげで暫く休暇を満喫できるなあ! 折角だ! 今日は目星の店とは違うところの遊女で日頃の息抜きでもするか!」
俺は昼間にあった出来事などとうに忘れていた。そして上機嫌なまま花街、吉原遊郭へと訪れていた。
柱になってから滅多にない長期休暇だ。この際思う存分羽目を外すとしよう。一応念のため日輪刀を携帯しているもの、俺はいつも以上に気を緩めていた。
調査の過程で個人的に気になっていた店に俺は足取り軽く早歩きで向かう。
そうして漸く目当ての店に辿り着いたところで、突如街の一角から轟音と共に瓦礫が舞い散った。
「ぬお!? あ、あそこは確か俺が目星つけてた例の店では!? ま、まさか!?」
すると瓦礫と共にとある人影が店の二階の窓から吹っ飛ばされ、向かいの建物の屋根に打ち付けられていた。
「痛ってぇえええ!! マジ痛ってぇえええ・・・!!」
「おおう!? あれは颯太か!? こんなところで何をしておる!?」
俺は急いで颯太と思われる男の下まで駆けていく。
人目が気になるがこの際仕方がない。俺は砕けた瓦吹の屋根まで移動し颯太に声を掛ける。
「颯太!! 大丈夫か!? 一体何があった!?」
「うおっ!? 誰かと思ったら桑島のおっさんじゃねえか!! アンタこそなんでこんなところに居るんだよ!?」
「俺のことはほっとけ!! それより何があった!? まさか例の・・・」
「何よ。誰かと思えば不細工な男ねぇ。そこのギザ歯男と同じで喰う気がしないわ。」
気が付けば颯太が弾き出された窓から一人の遊女が顔を覗かせていた。
その女は花魁程ではないが、派手で煌びやかな着物と簪をつけており、控えめに言って相当上等な容姿をしている女だった。目に数字さえ刻まれていなければ。
「アンタもそこのギザ歯と同じで柱とかいう鬼狩りなの? まあもし柱だったとしても、今吹き飛ばしたそいつの実力からしてアンタも大したことないだろうけど。」
その女の瞳には『下壱』と刻まれていた。
「下弦の壱だと!? もう補充されたのか!? つい最近颯太らが倒したばかりだろうに!!」
「へえ。アンタ十二鬼月の事情知ってるのね? まあ補充と言うより繰り上げかしら。私達つい最近まで下弦の弐だったから。まあそんなことより・・・」
その鬼はふいに周囲の騒ぎに釣られ寄って来た野次馬たちに目を向ける、その視線はまるで周囲をたかる羽虫を見ているかのようだった。
「っ!! よせっ!!!」
その瞬間、周囲に無数の帯が振るわれ、建物並びに近くにいた人間数名を無残に斬り捨てた。血飛沫と共に建物が倒壊する轟音が鳴り響く。
「な・・・なんということを・・・」
するとその鬼は崩れる建物の窓から身を乗り出して、周囲のまだ崩れていない屋根に飛び乗った。
「正体がバレたのならもうここにはいられないわね。また別の花街にでも流れ移るしかないわ。ほんと最悪。」
そう言ってその鬼はゆっくりと屋根伝いに背を向けて歩き離れていく。
「待て・・・許されると・・・思っているのか・・・!? こんなことをしておいて・・・!!」
俺が怒りでそう声を絞り出すと、その女鬼は振り返る。
「何? まさか追ってくるつもり? 不細工だから喰う気にならなくて見逃してやろうって思ったのに。醜い人間に生きてる価値無いんだから、仲良く皆で死に腐れろ。」
その女鬼は帯を一閃する。そのまま座して待てば俺も颯太を真っ二つになったであろう。しかし俺は即座に刀を腰の帯に差し、柄に手をかけて前傾姿勢を取る。
ー雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃ー
その瞬間、女鬼の頸は俺が通り過ぎると同時に宙へと飛んだ。
「ふざけるな。醜いのはお前達鬼の心根の方だ!! 自身の行いを恥じて悔みながら地獄へと逝くがいい!!」
「はぁああ!? 何今の!? 全く動きが見えなかったんだけど!? 私、私の頸が・・・斬られて・・・うわぁああん!! お兄ちゃぁあああん!!!」
女鬼の頸が落下し屋根の上を転がり落ちていく。俺はその女鬼の最期の言葉が気になった。
「は? お兄ちゃん? まさかもう一体傍に鬼がいるのか? まあいい。兄貴の方も探し出して頸を刎ねて・・・うおっ!!??」
俺は突如出現した異常な音を察知して一早くその場を退避する。すると、そこには何者かの斬撃が打ち振るわれた後だった。
「よく避けたなぁあ。お前強いなぁ。今まで殺した鬼狩りと違うなああ。よくも俺の妹の頸斬り落としやがったなあ。ムカつくなぁあ。死んで詫びてくれねぇかなああ!!」
そこには全身ガリガリにやせ細り骨ばった身体で尚幽鬼のように佇む鬼がいた。両手に対の鎌を持っており、手入れの整ってない髪の下には痣やシミがいくつもある残忍な顔が恨めしそうに俺を見ていた。
そしてその瞳には先ほどの女鬼と同様に『下壱』の文字。しかしその鬼気は先ほどの鬼とは比べものにならない。上弦と錯覚するほどの凄まじさを醸し出していた。
続く
遂に妓夫太郎登場です。次回の更新は12/31の9:00です。お楽しみに。
え? 桑島さんの扱いがあんまりだって? そこはだって・・・善逸と獪岳の師匠ですし・・・仕方がないんじゃないですか? きっと昔はこんな感じですよ(適当)。