「下弦の壱が二体・・・これはどういう・・・」
俺がそう呟くと、兄貴鬼はその場から姿を消す。一瞬目で追えなかったが、奴は屋根を降りて妹らしき鬼の頸を回収していた。
「ううっ・・・ひっく・・・お兄ちゃん・・・」
「泣いたってしょうがねえからなああ。頸くらい自分でくっつけろよなああ。お前は本当に頭が足らねえなああ。」
速い・・・! 恐ろしい速さだ・・・!! 柱最速を自負する俺と同等かそれ以上に速いのでは!?
俺はすぐにその場を移動し、屋根の上で背中を擦る颯太の下へと駆け付けた。
「颯太よ。あの鬼は俺よりも動きが速い。もし戦うというのなら妹の方を狙え。俺は何とかして兄貴の方をやる。」
「痛つつ。てかよオ、桑島のおっさん。柱の古参のアンタより速く動けるってことはどう考えても下弦じゃねぇだろうがよォ。もしかして瞳の数字が間違ってるだけでホントは上弦なんじゃねぇのか?」
「わからん。確かに上弦並みに強いかもしれん。もしもの時は・・・お前だけでも逃げろ。」
「ハアア!? 桑島のおっさんそりゃねぇぜ!! こう見えても俺、仲間を敵に売る様なことだけはしないつもりだぜ!!」
「そうか。なら頑張って死なないように努めてくれ。俺もでき得る限りやる。ところでだが・・・」
そこまで会話を続けた直後、再び瓦吹の屋根に兄妹鬼が跳んで着地する。俺たちは身構える。
「なるほどなぁ。あっちのギザ歯はただの雑魚だなぁあ。お前はあっちの弱い方をやれ。俺はもう片方をやる。目の共有はいるか?」
「大丈夫よお兄ちゃん。あんな弱い不細工、私一人でも倒せるから!」
「まあ危なくなったら俺が多少操作するがなぁあ。まあひとまず様子見だなぁあ。」
向こうは向こうでこちらを殺す段取りを立てている。奇しくも二対二。向こうの思惑も概ねこちらと同じといったところか。だが・・・
「颯太。寧子は近くにいないのか? せめてあいつがいれば、お前と二人で妹の方なら確実に倒せるはずだ。そうすればもう一方を三対一で囲めば俄然こちらが有利になる。」
「あいつ今最寄りの賭場で遊んでるんじゃねぇかなァ? さっきの大騒ぎに気づいてこっちに向かっててくれればいいんだけどよォ・・・」
「なら鎹烏で呼ぶか? 生憎今の俺は非番でな。今傍にいないのだ。」
「俺も非番でいねぇなぁ。日輪刀は流石に持ってきてるけど。」
「それであれか。お前も遊郭に。そして寧子は賭場に行っとた訳か。納得したわい。」
俺は寧子の救援を勘定に入れられない事態に奥噛みする。やはりここは俺一人であっちの兄貴鬼を倒すしかないようだ。
「お前強そうだなぁ・・・今まで殺してきた鬼狩り達とは違う。妹を瞬殺してる時点で柱の上位実力者ってところだろうなぁ。もし童磨さんを殺した鬼狩り並みに強いならこっちも逃げるしかねぇんだが・・・」
「ん? 童磨だと? お前ら元上弦の弐と面識があるのか?」
「それは勿論! 童磨さんは私たちを鬼にしてくれた恩人だからよ! よくも童磨さんを殺してくれたわね! 柱とかいう鬼狩り共! 兄さんが目覚めた以上、アンタたちなんて怖くないわよ!」
「そうだなあ、そうだなあ、やっぱり許せねえよなあ。俺たちの恩人を殺す奴らは皆殺しだぁあ。」
「・・・殺したのは俺ではないんだがな。」
「そうかぁ。ならお前は童磨さんを殺した鬼狩り程強くねぇってことだよなぁ?
ならお前から取り立てるぜぇ、俺はなあ。やられた分は必ず取り立てる。死ぬときグルグル巡らせろ。俺の名は妓夫太郎だからなあああ!!!」
すると妓夫太郎と名乗った鬼は鎌を投擲する。まさか唯一の得物をいきなり手放すとは。
「颯太!! 俺の後ろに下がれ!!」
旋回し接近する鎌に対し、俺は即座に抜刀する。
ー雷の呼吸 弐ノ型 稲魂ー
瞬き一回のうちに五連撃。それにより対の鎌は明後日の方向に飛んでいく。すると妓夫太郎はそれらを一瞥し再び掌から新しい鎌を生み出しそれで空を切る。
ー血鬼術 飛び血鎌ー
突如妓夫太郎から薄い刃のような血の斬撃が大量に俺たちに放たれる。
この数、一刀で捌けるものではない。俺は即座に颯太を抱えてその場を全力で蹴りその場から離脱する。
「あ! 待ちなさい! 逃がさないわよ不細工共!!」
「これだけで逃げたかあ。ってことは大した鬼狩りじゃねぇのかもなぁあ。背を打て飛び血鎌。」
俺は颯太を抱えて走り出していたが、先程の血の刃が追随してきていることに気づく。まさか遠隔操作までできるとは。このまま逃げていても埒があかない。
ー雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟ー
乱れ打つような斬撃を連続で打ち振るい、血の刃を次々と叩き落していく。雷の呼吸の中では比較的腕力にモノを言わせる剛剣。それを連続で振るい続ける。
しかし驚いたことにいくつかの血の刃は再びこちらへと向かって飛んでくる。完全に打ち砕くまでは操作が可能なようだ。
ー雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷ー
下段より放つ切り上げの斬撃。その剣圧で残りの血滴を全て吹き飛ばす。ここまでして漸く防げる血鬼術など、そう何度も受けてはいられない。
「悪い!! 桑島のおっさん!!」
「いい。それより次は庇ってやれないかもしれん。その時自分の身は自分で守ってくれ。こちらもそう余裕がある訳ではないのでな。」
「うっす!!」
すると今度は無数の帯が辺り一帯に振り抜かれる。それとほぼ同時に颯太が前に出る。
ー霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海ー
駆け抜け様に全ての帯を切り刻む颯太。そして独特な緩急で接近し妹の方の頸をそのまま刎ねる。
「わぁああん! また頸斬られちゃったぁあ!!!」
「雑魚の癖に俺の妹を何度も斬るんじゃねぇよなぁあ!!」
妓夫太郎が激高し颯太の背面に鎌を振りかざす。俺はすぐさまそれを止めようと自身の最速の型を繰り出した。
ー雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃ー
「チィ・・・」
側面より通り過ぎるように駆け抜け奴の腕を切り飛ばす。腕は宙を舞い、やがてどこかの屋根に落ちた。
「やっぱりお前は俺が相手しないとだなぁあ。」
今度は俺の背後へと妓夫太郎が鎌を振りかざす。その瞬間、俺は身体を翻した上で回転しながらその場を蹴って移動する。
ー雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷ー
「ぐっ!! ハエみてぇだなぁあ!!」
その場に縫い留めるかの如く、俺は奴の周囲を駆け回り、回転しながらの波状攻撃で圧倒する。
「ちょこまかと・・・うざってぇんだよなぁあああ!!!」
ー血鬼術 円斬旋回 飛び血鎌ー
「なっ!? 全身から血の刃を!?」
なんと妓夫太郎は腕の振りなしに全身から出血を起こして血鎌を周囲にまき散らした。とても対処しきれないと判断し、俺はその場を全速力で退避する。
「驚いたなぁあ。今ので一発くらい掠ると思ったんだがなぁあ。」
瓦が吹き飛んだ屋根の上で立っている妓夫太郎を見据えて、俺は十間ほど離れた位置で肩を上下させていた。
「ここまで俺の攻撃凌ぐ鬼狩りは珍しいなぁあ。やっぱり柱ってのは強ぇんだなぁあ。上弦繰り上げの条件になるだけはあるなぁあ。」
「・・・その口ぶりからして・・・お前はまだ上弦ではないようだな・・・正直安心したわい・・・」
「ああ? だから何だってんだぁあ? 俺を瞬殺できない以上、じき力尽きて動きが鈍ったところを殺されるのがオチなんだよなぁあ。じわじわ消耗させていけばこっちの勝ちだし気長にやるだけだがなぁあ。」
「・・・」
妓夫太郎は不敵に笑っていた。確かに奴の言う通り。人間が鬼相手に持久戦で勝てるはずもない。
仮に夜明けまですぐだと言うのならそれも可能だが、今は丁度日付けを跨いだばかり。朝日を待つという選択肢はどうあがいてもとれないのだ。
「ぎゃああああ!! 助けてお兄ちゃん!!! 痛い痛い痛いぃいいい!!! ギャアああア!!!!!」
「ああ!?」
ふと妓夫太郎が振り返るので、その背後の更に奥に視線を移す。そこには驚きの光景が広がっていた。
「美女の鬼の血肉ならうめぇかと思ったのによォ・・・普通にドブみたいに不味い味しかしねぇなあ!!
けどテメ~のそん苦しい顔見ながら喰えりゃよオ・・・ドブみたいな血肉もいちごジャムみてぇだぜぇえええ!!!」
「はぁああ!? おいテメエ妹に何してんだぁあ!?」
なんと颯太は刎ねた頸の頭蓋に日輪刀を串刺しにして、そのまま骨付き肉と変わらない要領で妹鬼を喰っていた。
耳を嚙みちぎり、頬の肉を喰いちぎりむさぼる様はまさに鬼。
しかし即座に妓夫太郎が颯太に接敵し鎌を振り抜く。
「俺の妹を喰うんじゃねぇよなぁあ!!」
「ぐぅえあああ!!!」
「颯太!!!」
俺は駆けよろうとするも時すでに遅し。颯太は心臓を鎌で串刺しにされ、血を吐いてその場に倒れていた。
「糞がぁあ・・・人間の癖に鬼喰うとか頭おかしいんじゃねぇのかぁあ!? 普通逆だろうがぁあああ!!!!」
「ううっ・・・ひっく・・・痛いよ・・・お兄ちゃん・・・」
妓夫太郎は散々かじられ虫食い状態の妹の頸をそのまま胴体まで運び、つなげてそのまま妹の頭に手を当てる。
「大丈夫だ。あの気違い野郎は俺が殺したからなぁあ。傷だってじき再生するし平気だぁあ。だからもう泣くなよなぁあ。」
「うう・・・なんなのよあいつ・・・人の癖に鬼喰うとかどういう神経してんのよ・・・!! 本当にムカつく!! 私の綺麗な顔散々食い散らかしやがって!!!」
奴らのその一連の流れの間に、俺は颯太に力なく駆け寄り膝を着く。
「颯太・・・そんな・・・」
「無駄だ。もう死んでるぜぇ。なにせ心臓を突いたからなぁあ。仮に心臓が無事だったとしても俺の血鎌の猛毒でどの道死ぬがなぁあ、ひひひっ!」
「・・・毒・・・だと・・・」
気が付けば兄妹鬼は俺に近づくでもなくやや離れたところで俺を見て嘲り笑っていた。
「ああ、そうだ! 俺の血鎌は掠っただけで人間はお陀仏だ! みっともねぇなぁあ。みっともねぇなぁあ。後輩一人守れねぇでなぁあ。
まあお前もこの後無様に生きたまま腹搔っ捌いて殺すがなぁあ。二人仲良く地獄逝きだぁあ。」
「アハハ! 不細工共にはお似合いの末路ね! ざまあ見なさい!!」
「・・・」
俺は力無く立ち上がり兄妹鬼に正対する。俺を嘲笑する目の前の鬼共を見ているとふいに噴き出してしまった。
「ああ? 何笑ってんだぁあ? 気でもふれちまったのかぁあ?」
「くくく・・・わはははっ!! そうかそうか! まあ普通死ぬと思うわな!
いや何、お前ら鬼共の思考の方が人間の常識の範疇に収まっていたのが実に面白くてな。だからこそこれから起こる出来事に面食らうだろうと思い笑っておったのだ。まあ見ておれ。」
「ああ? テメエ、一体何を訳のわからないことを・・・ってはあ!!??」
「え・・・どういうこと!!??」
すると兄妹鬼は俺の背後に視線を移して表情を驚愕の色に染め上げる。俺は音を聞くだけで何が起きているのかをいち早く察知していた。
「めっちゃ痛かったけど・・・
そこには全身の怪我が完全に治った血みどろの颯太が立っていた。そしてギロリと兄妹鬼の方に睨みを飛ばす。
「お前ら散々俺のこと見下しやがってよ~!!
雑魚で弱いだの、不細工だの、あーだの、こーだの。
じゃあ今からどっちが先に相手平らげるか早食い競争しようぜ!!
俺がテメーら食い尽くしたらよ~・・・! てめえら二人とも! 俺が明日便所で流す糞以下な~!?」
全身血を被ったままの颯太の笑う様を見て、兄妹鬼は完全にドン引きしていた。
続く
因みにいちごジャムは明治14年には既に日本にあったらしいです(マジ話)。颯太はいちごジャム舐めたことあるかはわかりませんが。
次回、1/2の9:00更新予定です。皆様よいお年を。