妓夫太郎は依然として妹の身体を抱きしめるようにして庇い、頸無しのまま俺を警戒している。
何はともあれ、漸くこれで勝ち筋が見えた。後は如何にして兄妹鬼両方の頸を同時に刎ねるかだ。俺はそう思考を進めたのち、即座に居合の構えへと移った。
ー雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃ー
「お兄ちゃんっ!!」
再び妓夫太郎は妹を庇う。両腕を失うが、即座に全身から出血を起こし血鬼術を発動させる。
ー血鬼術 円斬旋回 飛び血鎌ー
今までで一番広範囲の血鬼術。屋根どころか周辺の建物一帯が根こそぎ薙ぎ払われる。
「ぎゃあああっ!!!」
「そ、颯太っ!!!」
俺は瞬時に安全圏まで退避していたが颯太はそうもいかなかった。
手持ちの日輪刀含め、全身をバラバラに切り刻まれる。如何に鬼喰いの再生力があるとは言え、あそこまでバラバラになって生きていられるものだろうかと俺は内心焦る。
そうして瓦礫が音を立ててそこら中に転がる頃には、妓夫太郎の姿はどこには見当たらなくなっていた。
「なっ!? まさか逃げの一手を打つとは!!!」
してやられたと思い、俺は聴覚に意識を集中する。瓦礫が散乱する音で、奴の気配が察知し辛い。
俺はそれでも全神経を耳に集中させる。根気強く奴らの気配を聞き取ろうとしていると、やがて遠くですすり泣く声が聞こえたような気がした。
「ううっ・・・痛いよ・・・お兄ちゃん・・・」
「我慢してくれよなぁあ・・・頸を持ち出すだけで精一杯だったからなぁあ・・・」
既に視界の先で豆粒の大きさになるまで離れていた妓夫太郎たち。どうやらあの血鬼術は目眩ましだけでなく、妹の頸を即座に切断し持ち逃げするためのものであったようだ。
俺は全力でその場を駆けだす。足の速さだけなら俺は上弦の鬼に負けない自負がある。みるみるうちに奴らとの距離を縮め、俺は思わず激高する。
「貴様ァアアア!! 逃げるなアア!! 責任から逃げるなぁアア!!!
俺は最初に言ったはずだ!! 『こんなことをして許されると思っているのか』と!!!
お前らが今夜のように犯した罪と悪業!! その全ての責任を必ず取らせる!!! 絶対に逃がさない!!!!!」
「チィ・・・!! うっとうしくまとわりついてくるなよなぁあああ!!!!」
すると妓夫太郎はあろうことか妹の頭蓋を全力で遠くに投げ捨てる。
「お兄ちゃんっ!? な、なんでなのっ!!??」
「お前は身体再生させて早く遠くへ逃げろ!!! お前さえ生きてりゃ俺は頸斬られても死なねぇからなぁあ!!!」
「なっ!?」
俺は驚愕する。同時にしまったと思った。仮にここで妓夫太郎の頸を刎ね飛ばしたところで、妹の頸に日輪刀の刃が通らなければ両方斬ったことにはならない。
今生首の状態とは言え、妹の方は妓夫太郎の血鬼術で頸を刎ねた状態なのだ。ここで分断されてしまってはこの鬼達を滅することが出来なくなってしまう。
「ひひひっ! 形勢逆転だなぁあ!! いや、そもそもの話、もう戦えるのはお前だけなんだから妹を投げ捨てる必要もなかったかもなぁあ!?」
「くっ!!」
「まあどちらにせよ問題ねぇよなぁあ!! どの道お前一人で俺達二人を同時に仕留めるなんてできねぇんだからなぁあ!!! だからさっさと諦めて死に晒せよなぁあああ!!!!」
「くぅううおおおおお!!!」
奴の言う通りだ。俺一人では妓夫太郎に止めも刺せん。頸を刎ねても殺せぬ相手では勝負にするならない。
寧ろここからどうやって生き残るかだ。日の出までまだまだ時間がある。それまで俺の体力が持つとは到底思えない。
逃れられない死の予感に苛まれた途端、ふと俺の後ろから何者かの気配がした。
ー血鬼術 飛び血鎌ー
「はぁああ!!??」
「うおっ!! これは一体・・・!!」
突如無数の血の斬撃に俺は援護される。だが解せない。目の前の妓夫太郎から放たれるのならいざ知れず、なぜ俺の背後から奴の血鬼術が奴自身を穿とうとするのかが。
「ガハハハッ!! やけに花街が騒がしいと思って駆け付けたらのう、まさかバラバラ颯太の傍に十二鬼月の腕が落ちてるとは驚きじゃ!! 二本も喰った今なら寧子が最強じゃ~!!」
「寧子が駆け付けてくれて助かったぜ!! 死ぬ直前に妹の方の鬼の胴体食わしてもらったからよオ~、おかげで怪我一つなく完治だぜぇえええ!!!」
「お前ら・・・!!」
「ハアア!? 新手が来んのは兎も角!! そっちの餓鬼はさっきバラバラにして殺したんだぞ!? 有り得ねぇだろうが!! ふざけんなよなぁあああ!!!!」
ここに来て嬉しい誤算ではあるが突如の三対一。しかも颯太と寧子は鬼喰いの力で再生能力並びに血鬼術まで使える状態。圧倒的にこっちが有利となった。
「二人とも聞け!! 速攻でこっちの鬼の頸を刎ねて無力化する!! そしたら俺はもう片方の妹鬼の頸を刎ねに行くから二人はこっちを抑えてくれ!! 頼んだぞ!!!」
「ぬあ!? なんじゃ!? もう一体おるのか!?」
「そうだぜ寧子!! しかもこいつら二匹同時に頸刎ねないと死なねぇ見てぇだぜ!!」
「なんじゃそれは!! だったら頸を刎ねた後二人で食い尽くすしかないのう颯太!!!」
「うっしゃ!! どちらが早食い勝負するか競争しようぜ!!! 勝った方が明日の飯奢りな!?」
「おうおう! 飯を賭けて勝負か!! 受けて立ったぞその勝負!! 賭け事なら寧子が最強じゃ~!!」
妓夫太郎はこれまで以上に血鎌を放ち続けるが、寧子に同様の血鬼術で相殺され、加えて颯太に帯の腕で遠距離から切り付けられ徐々に後手に回っていく。
それでも奴は反転攻勢に出ようとするが、そのせいで生じる隙を俺は完璧に見抜き斬りかかる。
ー雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃ー
その瞬間、妓夫太郎の頸が宙を舞った。
「よっしゃ!! これでわしらの勝ちじゃあ!!」
「待て寧子!! すぐにその場から離れろ!!」
ー血鬼術 円斬旋回 飛び血鎌ー
妓夫太郎はすぐさま周囲に最大出力の血鬼術を発動させる。辺り一帯の建物の大半がその奔流に巻き込まれ一瞬で薙ぎ払われる。
「ぎゃああ!!」
「ぐへぇああ!!!」
俺は即座に距離を取り安全圏まで回避するが、颯太と寧子は巻き込まれてしまう。しかし颯太は一度同じ攻撃を喰らっているため、即座に寧子を帯と化した腕で巻き取り後ろへと引っ張り下げる反応を見せていた。
その甲斐もあってか、二人は四肢の切断程度の負傷で済んでいた。
「妓夫太郎は・・・!!」
俺は再び周囲を警戒する。奴の音を感知できないため、恐らくまた逃げ出したのだろう。
俺は間髪入れず追跡しようとするも、周囲を見渡し冷静になる。
「颯太・・・寧子・・・」
二人は四肢を切断され、止めどもなく血を流していた。二人とも呻き声しか挙げず徐々に心音が小さくなっていく。
「どうしたんだよ・・・桑島のおっさん・・・早くあの鬼追わねぇと・・・逃がしちまう・・・ぜ・・・」
「待たんかい!! お前ら鬼みたいに腕を再生させたりとかはできんのか!?」
「無理じゃ・・・傷は治せるが・・・再生はできた試しがない・・・もうじき血を流し過ぎて回復すらできんようになるかもだがのう・・・」
俺は揺れる。目の前の二人を放置して妓夫太郎を追うのか。妓夫太郎の討伐を諦めて二人の生存に最善を尽くすのか。
「何してんだよ・・・鬼逃がしちまうぞ・・・桑島のおっさ・・・」
「馬鹿もん!! 殺せるかどうかもわからん鬼の追い打ちに向かったところで何になる!! 下弦の鬼なんぞを討伐するよりも・・・柱二名の命の方が大事に決まっておろうが!!!」
俺はそう決断を下し、すぐさま二人の四肢を拾い集めくっつける。
それからどれほどの時間が経っただろうか。
やがて二人の呼吸も安定し傷口も繋がり、四肢は元通り治ったかに見えた。
すると不意に寧子が口を開く。
「良かったのか? わしら二人を優先して。あの鬼どう考えても下弦に収まる様な実力ではなかったはずじゃ。もしかすれば上弦まで上り詰める厄介な鬼になるかも知れぬのに。」
「・・・五月蠅い・・・言われんでもわかっておる・・・」
寧子の問いかけに対し俺はそう力なく呟く。確かに妓夫太郎は今まで倒してきた鬼の中で随一の強さだった。奴をここで殺しておくことが柱としての正しい決断だったかもしれない。そう今になって俺は後悔する。
しかしそんな胸中の俺とは対照的に、回復し切った颯太が上体を起こし得意げに笑い始める。
「へへ~ん!! でもよオ、俺達今回の戦いであいつの弱点分かったしよオ、次戦う時はぜってー勝てるぜ。なにせ俺と寧子は二人で組めば最強だからな!」
「ガハハハッ! それもそうじゃな! 次会った時はわしらが勝つに決まっておる! 加えて桑島までおれば確実じゃ!! なら実質今回はわしらの勝ちみたいなもんじゃ!!!」
「へへん!! そうだぜ! だから桑島のおっさんの判断はなんにも間違ってねぇってことよ!」
「・・・颯太・・・寧子・・・」
俺は不意に打ちひしがれていた自身の顔を上げる。颯太はそれを見て一層笑みを浮かべる。
「それにな! 桑島のおっさんが俺たちの命優先してくれたこと、寧子ももっと感謝しなきゃだぜ? 何せこれでもっと多くの鬼共ぶっ殺せるんだからよ~?」
「そうじゃそうじゃ!! そのおかげでこれからも柱の任務で賭場代稼ぎ放題じゃ!! 何せ柱の給料は無限じゃからのう! 桑島に感謝じゃ!!」
「つう訳であんがとな! 桑島のおっさん!! 俺達二人の命優先にしてくれてよ! これで今日もうまい飯たらふく食い放題だぜ!!!」
俺は目を丸くする。なんという楽観的思考。既に二人は俺が鬼を逃がしたことを一切咎めるつもりすらなかったようだ。
思わず俺の両の眼から熱いものが流れ落ちる。
「うおっ!? どうした桑島のおっさん!! もしかして腹痛てえのか!? そん時はよオ、厠へ直行するといいんだぜ!? いいから早く行って来いよ!!」
「桑島ここで漏らすでないぞ。ウヌの糞の処理など真っ平ごめんじゃ。」
「・・・貴様ら仮にも元俺の継子であろうが・・・師匠をもっと敬え・・・!」
お館様がなぜこの二人を柱に抜擢したのかがわかった気がした。勿論鬼喰いという特異体質や実力などもそうなのだろうが、それ以上に俺はこの二人の底抜けに前向きな振舞いに救われた。
気が付けば朝日が昇っていた。地味に事後処理部隊の隠に鎹烏を送れんで困るなと、そんなやや頭が痛くなることを思い浮かべながら俺は笑っていた。
続く
鬼滅の原作を読んでる身としては、柱三人が下弦に後れを取る展開には正直違和感が拭えませんでした。ただ、原作での上弦入りの年数(考察含む)を考えるに、妓夫太郎は童磨以上に成長速度が早い可能性があったので、色々考えた結果決着つかずの結末にしました。まあ一番の理由は、妓夫太郎に引導を渡すのは炭治郎であって欲しいという個人的願望が理由なんですけどね・・・
もし余力があれば、大正時代編の描写を少しだけ書くのもありかなとは思ってはいます。ただ、本作がかなり冗長化してきているのでお約束まではできないです。ごめんなさい。
次回から最終章、お労しい兄上編(=黒死牟編)スタートです。加えて週一土曜更新に戻ります。お待たせする時間増えてしまいますが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。それではまた次回。