「素晴らしい・・・これで・・・痣を発現したお前は・・・歴代最強の鬼狩りとなれたはず・・・例外を除いてだが・・・」
「例外?」
俺は黒死牟と脱力した状態で正対していた。痣を発現させ、身体が信じられない位に軽い。力が漲る。今ならどんな相手でも圧倒できる気がする。
「今のは・・・忘れていい・・・しかしだ・・・これでお前は・・・あと五年も生きられぬ身と相成った・・・痣の代償についての話は・・・聞いているか?」
「ああ。確か二十五までに皆死ぬらしいな。始まりの呼吸の剣士ただ一人を除いてだが。」
「・・・・・・」
奴は閉口する。俺はその様子を見てふと笑いがこみ上げる。
「はははっ・・・なんだ? そんなに弟の話をされるのが嫌か? 存外十二鬼月最強の男も心根は繊細なのだな? 実に滑稽だ。」
「・・・貴様・・・どこまで知っている・・・私達のことを・・・産屋敷からまさか聞かされたのか?」
「ああ。俺は主君からとりわけ信頼されてるのでな。なんでも始まりの呼吸の剣士、継国縁壱は最強の御業、日の呼吸の使い手で、生まれながらの痣者故に彼一人は寿命の制約がなかったとな。」
「・・・まさか・・・それを知っているとは・・・」
「ああ知っている。全く以て残酷な話だ。縁壱殿は鬼舞辻無惨をあと一歩のところまで追い詰めたにも関わらず、貴様が鬼になったせいで鬼殺隊を追放された。
加えて残りの長い余生を貴様のような鬼殺隊の面汚し一人に費やしたのだ。結局は貴様を葬れず人生の幕を閉じた。さぞかし無念であっただろう。」
「・・・・・・」
すると黒死牟は掲げる刀の切っ先を地面へと下げた。
「そうだ・・・縁壱は・・・年老いた姿で・・・最期になって私の前に現れた・・・故に・・・私の手で引導を渡したのだ・・・」
「ほう? 貴様が縁壱殿を? 如何に最強の剣士と言えども流石に年には勝てなかったということか。俺はてっきり貴様が縁壱殿の寿命切れまで逃げおおせたとばかり思っていたのだが。」
ビキリと音が聞こえたかに思える程、奴は全身に青筋を浮かべていた。
「ふざけるな・・・!! 俺は縁壱より強くなるため・・・鬼となったのだ・・・!! このような・・・醜い姿になってまで・・・!!」
「醜い自覚はあったのだな。まあいい。それで? 最後に弟に勝てて満足したか? 今のお前はとてもそうは見えないが。」
「・・・・・・」
奴は凄まじい握力で柄を握りしめている。できればそのまま自身の武器を握り砕いて隙を晒してくれると有難いのだが。
「・・・あの日・・・奴は寿命で勝ち逃げた・・・もう一呼吸縁壱の寿命が長ければ・・・私は確実に負けていた・・・」
「そうなのか? つくづく情けない男だなお前は。まさか寿命で弟に勝ちを譲ってもらっていたとは。それではまるで鬼になった意味がないな。」
「黙れ・・・!! 貴様に何がわかる・・・!! あの男はこの世の理の外側に居る・・・ただ一人だけ神の寵愛を一身に受けた男なのだ・・・!!
あの男に追いつくためには・・・痣者となった私には圧倒的に時間が足りなかった・・・!! だから私は鬼になったのだ・・・!!」
「ほう? あくまでも短命で死ぬのが嫌だった訳ではないと? 良かったな。弟を言い訳に大層な理由付けができて。」
「黙れ!! 貴様とて例外ではない・・・!!
見たところ貴様の・・・年の頃合いは・・・二十一といったところか・・・今宵仮に逃げおおせたとしても・・・三年もすれば泣きを見るのは貴様も同じ・・・!!」
「ふん。悪いがお前なんかと一緒にしてくれるな。俺は最低でもあと五十年は生きるぞ。」
「・・・・・な・・・に・・・?」
俺の最後の発言に、黒死牟はかすれるような声を出す。俺は不敵に笑い返す。
「聞こえなかったのか? 俺は二十五程度では死なんとそう言ったのだ。最低でもその倍、もしくはそれ以上に生き抜いてやる。何より・・・娘の螢子が産むであろう初孫の顔も拝んでみたいしな。」
俺の返答に、黒死牟はフルフルと震えて俺を指差した。
「何を・・・馬鹿な・・・ことを・・・言って・・・いるのだ・・・!!
貴様も聞いているはずだ・・・痣者は例外なく・・・二十五までに寿命で死ぬと・・・!!」
「ふっ、縁壱殿という前例がいるのだ。なら俺だってそれ以上に生きてもなんら不思議な話ではない。」
「・・・戯言を・・・貴様はあの男と同じ特別な生まれとでも言うつもりか・・・笑わせる・・・生まれつき痣者ですらない分際で生きられる訳が・・・」
「はははっ!」
俺は不意に笑い声をあげる。その瞬間奴は言葉を中断した。俺はすぐさま視線を返す。
「生憎俺は生まれつき『人並み外れて辛抱が利く』身体なのでな。並みの人間と一緒にしてもらっては困る。寿命が多少縮んだからと言ってそう簡単には死ぬ訳がなかろう。
それに・・・仮に俺がこと切れそうになったとしても、妻の恋雪には死なないでと毎晩せがまれるだろうな。だから俺は死なん。仮に死にそうになっても辛抱してみせる。」
「・・・なんだ・・・その・・・馬鹿げた理屈は・・・」
奴は絶句する。俺はその様が可笑しくて肩を上下させながら笑う。
「お前は弱いな。心も身体も。お前のような奴は辛抱が足りない。すぐ自暴自棄になる。その証拠にお前は主君や仲間、弟を裏切ってあっさり鬼になった。
どうして最期まで努力しなかった? どうして楽な方へと逃げようとした? 生まれながらの痣がどうとか尤もらしい理由をつけて。
勘違いするなよ。お前の弟は心身共に強者だったから人のままでも長生きできた。お前は逆に辛抱できない弱者だったからさっさと見切りをつけて鬼になった。
それが否定しようのない事実だ。信じられないのなら俺が余生を謳歌することで証明してやろうか? 本当に痣者が例外なく二十五までに寿命を迎えるのかどうか。」
「き・・・貴様・・・!!」
奴は奥歯を噛み砕くほど歯ぎしりをして俺を睨み、六尺刀を掲げ出した。俺はそれに対し素流の構えを静かに取る。
「まあなんだ。口で言ってもわからんだろう。ならば実力で示すまで。いい加減決着をつけようか。
俺は奴の動作を透き通る世界で一早く察知し、技の派生よりも先に殴りかかろうとする。
「愚か・・・!!」
奴も当然透き通る世界が見えているので、俺の突進の直前にそれを察知し先に六尺刀を振り切ろうとする。しかしここで予想外のことが起きる。
「っ!?」
奴が刀を振り切る前に、俺は既に殴りかかれる距離まで間合いを詰めていた。奴も俺の想像以上の速力に驚愕し、急遽溜めの長い型から単純な唐竹割へと切り替えた。
ー素流体術 鈴割りー
俺は最も出の速く武器破壊に特化した鈴割りを叩き込むことで、奴の六尺刀の腹を打ち半ばでへし折る。その瞬間、一層奴は目を大きく見開いた。
「なっ・・・がはっ!!??」
一瞬の動揺の隙に俺は拳を振り抜き顎を殴り上げる。奴は天を仰いだような体勢となり後方へと押し下がるが、顎が砕け散るようなことはなかった。
「ごはっ!!!」
俺は舌打ちするも千載一遇の好機と捉え、即座に鳩尾を全力で殴り追撃する。奴は血反吐をぶちまけるが拳が貫通するには至らない。赫刀ですら破壊するに至らない身体とは心底驚いた。どれだけ頑丈な造りなのだと呆れを通り越して驚嘆してしまう。
「くっ・・・!!!」
奴は半歩下がり同薙ぎに斬りかかる。俺はそれを紙一重で躱す。膝抜きで脱力したまま上体を下げたのち、奴へと一気に間合いを詰め、そのままの勢いで身体を反転し全力で蹴りを振り抜いた。
ー素流体術 脚式 冠先割ー
俺の踵が思いっきり奴の側頭部に入る。凄まじい手応えと衝撃を感じた。奴はそのままぐらついて倒れそうになる。
ー月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦ー
俺が追い打ちを仕掛けようとした矢先、それを先制すべく奴は自身の周囲に竜巻状の斬撃を巻き上げた。俺は即座に距離を取る。
「馬鹿な・・・速過ぎる・・・この目でも追えぬとは・・・!!」
俺は奴の周囲を駆け回る。奴は俺から視線を外さないように必死だった。
俺の速力の向上は、確かに痣の発現も大きな理由だろう。しかし他にも二つ程速力を向上させるタネがあった。
一つは武器防具一式の取り外し。俺は常時鎖かたびらだけでなく、籠手、鎖分銅、すね当てを装備していた。
それらは全て鋼でできており、全て合わせれば八貫をゆうに超す。即ち俺の全体重の半分程だ。それらの重しから解放された結果、今の俺は尋常でなく身軽だった。
そして二つ目の理由が呼吸の制約から解き放たれたこと。
今までは意図的に心拍数を抑え血流を遅らせなければいけなかった。なぜなら赫刀による発熱は、俺自身の体温を著しく上昇させる要素なので、今までずっと痣を発現をしないよう血の巡りを敢えて抑える必要があった。
その結果、これまでは全集中の呼吸の恩恵を十二分に発揮できない状態で戦っていたのだ。
しかし痣を発現した今の俺は、もうそのような縛りを気にする必要がない。結果、今となっては全集中の呼吸の恩恵を余すことなく発揮することができる。
以上の二つの要素と、痣の発現により、恐らく今の俺は痣発現前の俺よりも三倍は速い。故に黒死牟が戸惑うのも無理なかった。
「如何に透き通る世界が見えていても、身体の動きが追い付いていないのではまるで意味がないな。
どうした? 簡単に俺を視界の外に逃がしていいのか? いっそのこと無駄に増やしたその六つ目で前後左右同時に見渡してみたらどうだ?」
俺は更に速力を上げる。俺が駆けた傍から土煙と砂利が舞い、やがて音をも置き去りにする。
黒死牟は右往左往しながら俺を視界の外に逃がすまいと顔の向きを変え続けていた。それでも俺は更に奴の視界のその一歩先へと駆け抜け続ける。
奴の視界から消え去るたびに、俺は亜音速で接敵し拳打を振るって離脱する。それを一方的に繰り返す。絶えず止まない衝突音の嵐が闇夜の中で響き渡る。
「ぐぅうおおお!!!」
ー月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦ー
再び苦し紛れの血鬼術の斬撃の嵐。俺は再び距離を取る。
すると奴は俺の赫刀の裏拳で折られた刃先の部分を自身で握りつぶし再度六尺まで伸ばして振りかぶった。
ー月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満纎・・・
俺は瞬時に接敵し再び奴の六尺刀を鈴割りで半ばからへし折る。結果奴の型は中断される。
「間合いの外から一方的に斬りつけることしか能がないのか? そんな心持ちだから何百年経っても弟の縁壱殿には敵わんのだ。愚か者め。」
「己っ・・・!!! 言わせておけば・・・!!!」
ー月の呼吸 参ノ型 厭忌月・鎖りー
奴は刀身を伸ばすことを諦めて近距離戦に切り替える。奴の剣速は依然として鋭く速いまま。太刀筋も美しく俺は思わず感心する。
「これ程の技量を持っておきながら、血鬼術のような紛い物に頼るなど、全く以て理解しかねる!!」
「黙れっ!!!」
奴と十合打ち合い俺は不意に弾かれる。奴は更に畳みかけるつもりなのか、一瞬で俺に距離を詰めてくる。
ー月の呼吸 弐ノ型 珠華の弄月ー
ー素流体術 乱式ー
俺は迎撃するように荒れ狂う拳打を放ち鎌鼬のような月の呼吸の斬撃ごと奴の剣撃を打ち払う。奴はその衝撃に思わずといった形で後方へと押し下げられ距離を取った。
「純粋な剣技で押し込まれる方がまだ凄みを感じるな。本当に宝の持ち腐れではないか。貴様程の剣士がただ血鬼術をばら撒くだけの戦いに甘んじるなど全く以て滑稽でしかない。
なぜ純粋な剣技のみを極めようとしなかった? 血鬼術の発展に労力を注ぐくらいなら、肉体と剣技の向上に努めた方がお前はきっと大成していたはずだ。そうは思わないか? 黒死牟。」
「・・・・・・」
そこで一度俺たちは睨み合いになる。その時の奴は俺を見ているようでその先の遥か遠くを眺めているようだった。
「・・・貴様に・・・何がわかる・・・」
「・・・というと?」
不意に奴は口を開いた。夜明けが近いと言うのに悠長なことだ。まんまと俺の挑発に乗ってくるなど。
「貴様は・・・真に道を極め抜いた者の姿を見たことがないからそのような戯言が言えるのだ・・・あの男は・・・この世の理を遥かに超越した存在・・・神々の寵愛を受けし特別な者・・・」
「呆れるな。弟への憧憬と羨望故にお前の目は曇っていると言わざるを得ない。
鬼になれば無限の時を生きられるのだろう? なら何故その悠久の時を純粋な武の極致へと至るために注がなかったのだ?
百年で辿り着かねば千年、千年で辿り着かねば万年、万年で至らねば幾億年でも鍛錬し続ければ貴様は縁壱殿に追いつくかもしれないではないか。
にも関わらず血鬼術などと言う安直な手段に縋り努力を怠るなど・・・それこそ軟弱千万ではないのか?」
「・・・・・・」
俺は構えを解かないまま口上を続ける。
「言っただろう。お前が真に強者足りえなかったのは飽く迄心が弱かったからなのだと。例外などと言う都合のいい言い訳で努力を怠り諦めてしまうその心根が貴様を鬼に変えてしまったのだ。
もう充分だ黒死牟。終わりにしよう。よく今までそれ程の武を磨き上げて来たものだ。だがこれ以上お前が強くなることはない。
鬼になったことでお前は人間の最も素晴らしい可能性を捨て去ってしまった。それは心の強さだ。諦めない心、不屈の精神と言い換えてもいい。
侍だろうが武闘家だろうが須らく重要なものだ。そしてそれはたった一人で培われるものではない。
人の想い、大切なものを守ろうとする意志。それらは他者との繋がりがあって初めて手に入れられるものなのだ。
この勝負の明暗を分けるのは武の技量でも肉体の強度でもない。最後はどれだけ譲れないものを抱えているかにある。
俺は負けない。恋雪の、螢子の、最愛の家族の下に是が非でも帰るという人としての想いが、鬼とは比べものにならんほどに俺を果てなく強くする。
この際人であるとか、鬼であるとか、痣があるとか関係ない。詰まるところそう言うことなのだ。俺の話は終わりだ。では決着と行こう。」
俺は両の拳を引き、腰を落とし前傾姿勢を取る。口であれこれ言ってはいるが、結局のところ目の前の鬼を拳で何百回殴ろうとも命を刈り取れる様子はない。
ならば手段は一つ、自身の最大最強の威力を誇る型で、真正面から打ち抜き完膚無きまでに破壊する。その為の奥義を俺は放つことにした。
奴は思うところのある表情を浮かべているものの、やがては刀身を鞘に納め抜刀術の構えを取った。
「何とでも・・・言うがいい・・・どの道最期まで生きている者が・・・真の強者なのだ・・・貴様の妄言など・・・聞き入れる必要はない・・・!!」
互いに集中力が高まっているのがわかる。奴も腹を括ったのか、今まで以上に凄みを感じる。
血鬼術の月の斬撃があろうとなかろうと、恐らく次打って来る型が黒死牟最高最速の技量で放たれる技なのであろう。
なら俺はそれを真正面より打ち砕くべく精神を極限まで研ぎ澄ます。
暫しの間、周囲が静寂で包まれる。
俺は集中力が十全に高まったと感じ取り、一瞬で奴の間合いに距離を詰めた。
ー素流体術 奥義 滅式ー
ー月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮ー
俺が拳を突き出す瞬間、奴の居合が放たれる。血鬼術に頼らない全身全霊の居合斬りだった。故に今まで黒死牟が放ってきたどの型よりも鋭く速く洗練されていた。
しかし俺は膝抜きの要領で即座に脱力し、予備動作無しで上体を落とし紙一重でそれを回避した。俺の頭髪がはらりと宙に舞う。
刹那の差で、俺は距離を詰めたまま大地を踏みしめその反動を余すことなく両拳へと伝えて、そのまま全力で奴の頸へと突き出した。
その瞬間、確かな手応えと轟音が反動と共に鳴り響く。一拍遅れて、奴の頸と頭蓋は跡形もなく砕け散った。俺はその瞬間勝利を確信し笑みを浮かべた。
だが次の瞬間、俺は全力で奴の蹴りを喰らいその場から吹き飛んでいた。吹き飛ばされる直前、俺は奴の姿を見て驚愕した。なんと黒死牟から新たな異形の鬼の頸が再生し俺を睨んでいたからだ。
「今しがた言ったはずだ・・・最期まで生き残っている者こそが・・・真の強者なのだと・・・!!」
続く
という感じで兄上には狛治の手で身も心もフルボッコにしてもらいました。そして挙句の果てには生き恥モード突入です。無惨様の方が印象的ですけど、実は兄上もかなり生き汚いですよね。頸を落とされても尚負けを認めぬところとか。流石は無惨様から直々にスカウトされた男。面構えが違う。
とまあ冗談はさて置き、次回決着です。乞うご期待。