「私は・・・今しがた頸の弱点を克服した・・・これでどんな攻撃も無意味・・・」
「くっ・・・!」
俺は黒死牟に蹴飛ばされ地を転がっていた。すぐさまその場を立ち上がり、蹴られた腹部を擦る。幸運なことに内臓に痛手はなかった。
「ここからが真の戦い・・・所謂人間と鬼との生存競争という奴だ・・・お前が今宵講釈垂れた通りのな・・・」
「っ!!」
その瞬間、奴の全身から凄まじい物量の三日月状の斬撃が全方位に撃ち放たれる。俺は反射的に距離を取る。
「・・・どうした・・・かかってこないのか・・・」
「ふざけるな。今のに突っ込んでいくのは頭に脳味噌が詰まってない大馬鹿者だけだ。」
俺は汗を流す。厄介なことになった。戦い方が変わったこと以上に頸の弱点を克服されたことがだ。しかも赫刀の一撃で頸を破壊したにも関わらず奴は再生し生き残った。
こうなると正攻法では倒せない。俺の脳裏に撤退の二文字が過る。
「・・・拍子抜けだ・・・貴様には先ほどのような覇気が微塵も感じられぬ・・・既に敗北を悟ったか・・・」
「黙れ。要は陽光が差すまでお前をこの場に縫い止めればいいだけの話だろう? 如何に頸の弱点を克服したお前でも、太陽の光に晒されればひとたまりもあるまい。」
「なら・・・短期決戦を申し込むまで・・・」
その瞬間奴は突進してくる。俺はその場から後方に跳んだ。その瞬間元居た場所の大地が爆ぜた。どうやら奴は殴りかかってきたようだった。奴の拳に砂利が付いているのが見て取れた。
「刀はもう使わないのか? 侍の名が泣くぞ?」
俺の挑発に対し、奴はその場で棒立ちになる。すると突如全身より刀身を突き出して、あろうことかそれらを四方八方に撃ち出した。
ー月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦・纏ー
「なっ!?」
驚いたことに撃ち出した刀擬きが奴の血鬼術を周囲にまき散らしながらそのまま飛び進んでいく。俺は度肝を抜かれた。
俺は攻撃を喰らわないよう必死に回避に専念するも、その隙に奴は再び突進し俺に拳を打ち放ってくる。奴の打撃を交差した手甲で受けるもののその威力は凄まじく、俺は蹴飛ばされた蹴鞠のようにそのまま吹き飛び転がっていく。
「がっ・・・!!!」
咄嗟に宙へと跳ねて滞空し、打撃の威力を最大限抑えたが、それでも尚この威力。まともに受ければその瞬間両腕ごと砕かれていただろう。恐らく俺の砕式を更に凌駕する威力だと思われる。
「さっきまでの威勢はどうした・・・鬼殺隊最強の柱の名が泣くな・・・」
「意趣返しのつもりか。舐めた真似を。」
理不尽過ぎる。侍の戦い方か? これが。
寄れば四方八方の血鬼術。離れれば矢のように刀が周囲に撃ち放たれこれもまた血鬼術。加えて隙が出来れば鬼の膂力で全力殴り。格式も武芸の威厳もあったものではない。
「勝負を諦めたのなら・・・潔く負けを認めて鬼になったらどうだ・・・」
「ふざけるな。こんな武芸者の風上にも置けない男に負けを認めてたまるか。」
俺は再び全速力で周囲を駆ける。奴も俺の動きに目が追い付いていないようだったが、すぐさま周囲に血鬼術を展開。どうやら近づけさせてはくれないらしい。
「無駄だ・・・貴様が如何に速くとも・・・私の防御を抜けることなどできるはずもない・・・」
「そうか! なら俺が全速力で逃げに徹したらどうする!? 貴様の足では追いつけまい!!」
「ならば・・・近くで待機している他の柱達を・・・代わりに全員鬼にするまで・・・」
「腐れ外道めっ!!!」
なんという卑怯者。仲間を盾に取り脅しをかけて、俺に逃げの一手を打たせないつもりとは。やはり侍を名乗ったところで性根は鬼ということか。
ー素流体術 乱式ー
俺は奴の周囲の血鬼術を拳で打ち消しながら、一気に距離を詰め殴りかかる。
ー素流体術 砕式 万葉閃柳ー
俺は接近と同時に奴の顔面に全力で拳を振るう。見事に命中しその威力は遺憾なく伝わり、奴の顔面を粉々に打ち砕いた。
しかし、奴が後ずさると同時にすぐさま顔面は再生し復元する。
「馬鹿なっ!? 赫刀の一撃で再生するなどっ・・・!!」
俺は即座にその場を退避する。既に奴の周囲は血鬼術の渦が展開されていた。一瞬でも離脱が遅ければ俺は細切れにされていただろう。
「何を呆けたことを・・・先ほど赫刀で砕かれた頸も・・・再生したのだ・・・顔面程度・・・すぐさま治るのは当然のこと・・・」
神仏がいるのなら俺に今すぐ教えて欲しい。一体この化け物をどうやって倒せばいいと言うのだ。俺一人で稼げる時間もそう長くないはずなのに。
夜明けが近いとは言え、一瞬一瞬を耐え凌ぐだけでもまるで命を削るようだった。その後も、何とかこいつを喰い止めようと俺は必死に戦った。
回避、拳打。その繰り返し。回避、拳打。
皆は知らない。至高の領域にいる者同士の戦いを。透き通る世界を維持する一瞬一瞬は、まるで無間地獄にいるような。
回避、拳打。
俺が今体感していることは何も珍しくない。必然の苦痛。自分より強い鬼と戦うことを知った上で、俺は鬼殺隊士として、力無き弱き者を助け守る選択をしてきたはずだ。
心が折れそうになる度に、自分にそう言い聞かせる。柱になり、前任の鬼殺隊当主である
「随分堪えたが・・・ここまで・・・」
俺は見るも無残に長屋が倒壊し瓦礫まみれとなった平地の真ん中で、血まみれになって膝を着いていた。既に回復の呼吸に意識を回さねばうっかり事切れてしまうほどに。
「夜明けも近い・・・お前はすぐ鬼にする・・・あの御方もきっと喜んで下さるに違いない・・・」
そう言って奴は俺に歩み寄る。奴の気配が透き通る世界に入った時とは異なるものへと変わる。最早俺に抵抗の意志がないことを察し気を緩めたのだろう。
奴が俺の前で指をかざし、その先端から赤黒い液体が垂れ始める。俺もいよいよ年貢の納め時なのだろうか。最早自害する余力もない。
「喜べ狛治・・・これでお前も上弦の仲間入りに・・・」
奴がそうぼやいた次の瞬間、かすかな瓦礫の転がる音だけを残して、人影が気配なく奴の背後に忍び寄った。
「がっ!!??」
「や~っと油断してくれたなあ・・・寧子の仇取らせてもらうぜ。」
「馬鹿・・・な・・・どう・・・やって・・・!!」
俺が顔を上げると、そこには肉に覆われ脈打った巨大な鎌を黒死牟の背中から心臓にかけて串刺しにする颯太が幽鬼のように立っていた。
「気配を消せるってぼんやり覚えてたんで使ってみたんだよ。狛治さんの言う透き通る世界って奴によオ。正直今まで一度も成功したことねぇけど、どうやら死にかけて偶々できるようになったみたいだぜ。」
「だ・・・としても・・・どうやって私の目を掻い潜って・・・!!」
「お前が長屋で暴れまわるせいで、元々住んでた何の罪もない連中みんなお陀仏になっちまったけどよオ、そのおかげで俺も死体に紛れるのが楽だったぜ。
日輪刀で適当に剃って髪型変えて、隊服脱いで他の連中の着物剥いで着こんで変装して、そのままずっと死体の振りしてたんだ。
因みに心臓は近づいてくる少し前に一時的に呼吸と筋肉で無理やり止めた。昔よく鬼相手に死んだ振りしてきた経験が役に立ったぜ。おかげで流石のお前も気づかなかっただろ?」
「くっ・・・だが貴様など・・・すぐにバラバラに切り刻んで・・・なっ!!??」
黒死牟は血鬼術を発動させようとしたのか身じろぎした。しかし何も起こらなかった。ただ不自然に大鎌で刺された胸部から止めどもなく血が零れ落ちるだけだった。
「傷の治り遅えだろ? この大鎌は以前戦った妓夫太郎とか言う鬼の残した肉鎌を喰って作ったもんだ。これでお前の血に悪さしてるから暫く血鬼術は使えねぇぜ?」
「こんな事で・・・!!!」
すると黒死牟は血鬼術を発動させることを諦め力任せに振り返り颯太の頭を鷲掴みにする。
「颯・・・太・・・!!」
俺は全身の痛みで硬直したまま、その様子を眼を見開いて眺めることしかできなかった。颯太はそんな俺を見て、最期に笑顔で遺言を残す。
「狛治さん。俺と寧子の仇取ってくれよ。約束だぜ?」
次の瞬間、颯太の頭部は黒死牟に握りつぶされ血飛沫を上げて砕け散った。
「貴様のような鬼擬きに・・・横槍を入れられるなど・・・がっ!!??」
俺は全力で黒死牟の背中に蹴りを放ち思いっきり吹き飛ばす。奴が倒れるのを確認し、俺はその場で踏ん張り立ち上がる。
「勿論だ颯太・・・この侍擬きは俺が命に代えても殺すっ・・・!!」
俺は言うことを利かない自身の身体に鞭打って必死に奮い立つ。全身から脂汗と血が流れ落ちるが、後輩が命を賭して俺へと繋いだ好機。無駄にできるはずもなかった。
血が足りず痣の維持すら難しいが、そこは意地と気合で必死にもたせる。
「己・・・!! 術者を殺しても体内の血が乱され続ける・・・!! 小賢しい真似を・・・!!」
ー素流体術 砕式 万葉閃柳ー
立ち上がる黒死牟の頭上に跳び、全力で拳を振り落とす。全体重をかけたその一撃は奴の頭蓋を見事粉砕した。
しかし奴は再び頭部を再生させる。だがその再生速度が先ほどよりも遅くなっているのを俺は見逃さなかった。
「物分かりの悪い奴・・・いくら赫刀の一撃で破壊したところで・・・私を滅ぼすなどできるはずが・・・」
ー素流体術 乱式ー
すぐさま奴に肉薄し胴体にありったけ連撃を打ち込む。奴は盛大に吐血し押し下がる。
「がはっ・・・!!」
「再生するとは言え血は乱されているのだろう? ならば貴様が再生できなくなるまで技を打ち込むまで!!!」
ー素流体術 鬼芯八重芯ー
俺は左右交互の八発の拳で奴の胴体を滅多打ちにする。その威力に奴は後方へと更に押し下げられ再び吐血し地を滑る。
「ごふっ・・・馬鹿な・・・こんな方法で・・・夜明けまで持久戦を挑むつもりか・・・!!」
「逃げようとしても無駄だ!! 必ず地獄の果てまで追い詰めて、貴様の胴体に何度でも風穴を空けてやるっ!!!」
ー素流体術 奥義 滅式ー
宣言通り奴の胴体を打ち抜くつもりだった。しかし奴は腕を交差し滅式を防御する。その瞬間奴の両腕が砕け散る。
奴は再生を試みるが、やはり元に戻るのが遅い。恐らく颯太の血鬼術の影響なのだろう。
「余程血の巡りが悪いと見える!! 颯太は死して尚貴様に牙を突き立てているようだぞ!?」
「ぐっ・・・己・・・!! 血鬼術さえ使えれば・・・死に体の今の貴様など・・・!!」
ー素流体術 脚式 冠先割ー
「ごはっ!!??」
俺は一瞬で奴の懐に入り込み蹴り上げを放つ。顎を打ち上げた後、息の続く限り何度でも拳を振るう。
「ぐぅうおおお!!!」
「はぁああああああ!!!」
痣を維持するだけで精一杯の俺は、透き通る世界に入ることもできず精細な攻撃はできないでいた。しかし今この時を逃しては黒死牟に追撃を重ねることもできないだろう。
しかしそれは奴もわかっていたのか隙を突いて俺に蹴りを放ち距離を取ろうとする。加えていよいよ焦ってるのか無造作に殴りかかって来ることが多くなってきた。
「夜が明ける前に・・・貴様だけでも鬼にしなければ・・・!!!」
「誰が鬼になるか!! 夜明け前に逃げきれず陽光に灼かれて死ぬのはお前の方だ!!!」
ここに来てまさかの正面切っての殴り合い。奴も相当焦っているのか動きが精細を欠いている。恐らく透き通る世界に入れてすらいない。
であれば拳で戦うことに慣れた俺の方に軍配が上がる。俺は素流の技術で奴の拳を捌き反対に殴り返す。
「ごっ!? 己っ!!!」
「素流に入門したいのなら特別に稽古をつけてやる!!」
捌く、殴る。その繰り返し。捌く、殴る。そうしてる間に空が白んでくる。それに気づいた黒死牟は目を見開く。突如大きな雄たけび上げて全身から刀を突きだす。
「もう遅い!!! 観念しろ!!!」
奴から撃ち出される刀を弾き躱す。その隙に奴は踵を返し俺に背を向け遠ざかろうとしていた。
「侍の癖に逃げるのか!!?? 逃げるな卑怯者っ!! 逃げるなぁあああ!!!」
俺は全力で背を討とうとするが、奴から放たれる刀が余りに鬱陶しく中々距離を縮められない。加えて、徐々に刀身から血鬼術の斬撃が放たれるようになってきた。
「狛治・・・!! 貴様の顔死ぬまで忘れぬ・・・!! 次会う時は存分に力の差を思い知らせてから鬼にする・・・覚悟しろ・・・!!!」
「次はない!!! 決着はこの場でつける!!! 逃げるな馬鹿野郎!! 卑怯者!!!!」
すると奴は振り向きざまに全身から血鬼術の斬撃を竜巻のように展開させる。俺は思わず足を止める。
「何とでも言うがいい・・・どちらにせよ・・・貴様の余力で私を滅することなど・・・できぬのだ・・・どう足掻こうと人間では鬼には勝てぬ・・・!!」
「そんなことはない!!!」
俺は乱式で血鬼術の斬撃を打ち落としながら距離を詰める。しかし接敵した途端殴り返され吹き飛ばされてしまう。
ここまで来て逃がしてしまうのかと奥噛みした瞬間、俺の背後から轟音が鳴り響く。
ー炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄ー
その瞬間、血鬼術の斬撃を浴びながら長寿郎が黒死牟に接敵し肩から先を切り飛ばし過ぎ去った。長寿郎も赫刀を発現してるせいか、黒死牟は顔を歪め一瞬硬直する。
一方で、一瞬の隙を生み出した代償も大きく、長寿郎は全身を切り刻まれ、黒死牟の後方で倒れ転がる。
「長寿郎っ!!!」
「俺に構うな狛治殿!!! 上弦の壱を葬れるのは、この時を置いて他にありません!!!」
「そうだぞ狛治殿!!!」
すると今度は頭上から左近次殿が接敵し、血鬼術の斬撃を捌きながら黒死牟に斬りかかる。
「私が束の間の盾となる!!! 狛治殿は回避も防御も捨てて最大最強の型で奴を穿つのだ!!! バラバラの肉片に変えてから陽光で灼き尽くしさえすればきっと殺せるはず!!!」
「己・・・!! 亡者のように纏わりつくな!!! 塵共がっ!!!!」
俺は左近次殿の奮闘の間、残る力を全て攻撃に回すつもりで集中し、滅式の構えを取った。そして一直線に跳ねて黒死牟に飛び掛かる。左近次殿のおかげもあり、血鬼術の攻撃は全て俺を避けていく。
「いい加減にしろ!! 目障りだっ!!!」
「ぐっ!!!」
左近次殿は突如裏拳で真横に吹き飛ばされる。その結果、俺と黒死牟との間で一切の遮蔽物が無くなり距離も縮まる。奴は血鬼術を俺めがけて撃ち放とうとするが・・・
「遅い!!!!!」
ー素流体術 奥義 滅式ー
僅かに俺の拳が早く奴の心臓を穿つ。その瞬間奴の胸部に風穴が空く。奴は目を見開き硬直するが・・・
「ウオオオオオオオオ!!!!!」
一拍遅れて奴から血鬼術の斬撃がありったけ撃ち放たれる。俺は至近距離且つ技の直後だったこともあり、その瞬間死を覚悟した。
その瞬間俺の脳裏に走馬灯が浮かびあがる。
『この道場を継いでくれないか、狛治。恋雪もお前のことが好きだと言っているし。』
『私は狛治さんが良いんです。私と
『はい。俺は誰よりも強くなって、一生貴方を守ります。』
ーーー素流道場での記憶。
『狛治さん・・・私・・・本当は嫌です・・・狛治さんに危険なことはしてほしくありません。』
『私は・・・狛治さんとお父さんが無事に生きてくれさえすればそれでいいんです・・・お願いだからもう危険なことしないで・・・』
『うっ・・・いや、約束します! 絶対生きて帰ると。その為に俺は自身を鋼の如く鍛え上げる。貴方に心配なんて掛けません。安心してください。』
ーーー鬼殺隊に入ることを決意した時の記憶。
『心配するな恋雪。俺は死なん。もしとんでもない鬼と遭遇したら、是が非でも逃げて生き延びてお前の下に帰って来る。約束したからな。』
『はい、狛治さん。でも私・・・』
『咲殿も仰ってただろう? 俺たちは幸せになっていいんだ。その上で他の人たちの幸せも俺が守り通して見せる。そのためにもっと俺は強くなる。だからこれからも俺を支えてくれ、恋雪。』
ーーー柱の任命を受け岩柱邸を頂いた時の記憶。
『ああ、いつも傍にいてくれてありがとう、恋雪。俺はこうやって恋雪と一緒に過ごせて心が安らぐ。救われる。幸せを感じることができるんだ。本当に感謝してる。』
『ふふっ。私も狛治さんとこうして一緒に居られて幸せですよ?』
ーーー柱の先輩である凍三郎殿が鬼殺隊を去って数日経った後の記憶。
『俺は・・・俺は!! 恋雪だけは失いたくない!! 絶対に・・・!! 本当は任務に行かずにずっと恋雪の傍に居たい!! 恋雪を傍で守れるように!!
凍三郎殿の妹殿と同じ結末にだけはしたくないんだ。俺のいないところで・・・恋雪に先立たれると思うと・・・俺は辛い!! 耐えられない!!!』
『大丈夫ですよ? 藤の花のお香だって毎晩焚いてますし、夜出歩いたりしないようにしてます。だから心配なさらないでください。』
『ふふっ! 漸く狛治さん笑ってくれましたね? 私も嬉しいです。』
ーーー童磨と初めて戦って生き延びて帰って来た時の記憶。
『はい・・・その逸話を元に菖蒲は鬼避けの意味を持つようになったみたいなんです。だから私、狛治さんの為に一生懸命羽織を仕立てますね? その羽織を着て狛治さんが無事に帰ってこれるよう願いを込めて。』
『私は狛治さんとこれから先もずっと一緒にいたいです。狛治さん・・・約束してくれますか?』
『ああ、俺は誰よりも強くなって、一生恋雪の傍にいる。約束する。』
ーーー恋雪と一緒に羽織の反物を買いに行った時の記憶。
『待って!! 狛治さん!! たった一人で上弦の鬼となんて死んじゃいます!! 私達と一緒に逃げてください!!』
『嫌っ!! 駄目!! 狛治さん!!! こんなのあんまりです!! お願いだから一緒に逃げて!!!』
『狛治さん嫌っ!! 死なないで!! 私狛治さんに死んで欲しくないよォ!!!』
ーーー童磨が俺たちの屋敷に押しかけてきて必死に恋雪を逃がした時の記憶。
(死ねないっ!!! 俺はまだ、死ぬ訳には行かないっ!!!!!)
ー素流体術 奥義 終式 青銀乱残光ー
気が付けば俺は只々死にたくない一心で無我夢中で拳をあらん限り打ち放っていた。透き通る世界にも入れず、痣の発現も維持できないまま、がむしゃらに。不格好に。
しかし当然というべきか、至近距離で黒死牟の血鬼術を今の精細さを欠いた状態で喰らうことになったので、無傷で済むはずもなかった。
俺は片目を切り裂かれ、片腕を刎ね飛ばされ、片足の筋を絶たれ、そのまま成す術なく無造作に吹き飛ばされてしまった。
「狛治殿っ!!!」
長寿郎の声が聞こえた気がする。胴体にも多数の斬撃が入り全身から血が噴きだす。俺はそれでも生き残ることだけに意識を割いて回復の呼吸を必死に繰り返していた。
気が付けば朝日が昇り、上弦の壱、黒死牟はその場から逃げおおせていた。
どうやら俺は柱でありながら、上弦最強の男に止めを刺すこともできず、そのままみすみす逃がしてしまったようだった。
「恋雪・・・」
俺はそのまま地に臥した状態で力なく目を閉じた。今はただ、どうしようもなく死にたくないと、心の底から思うばかりだった。
続く
以上で本作の一番の山場、『狛治VS黒死牟』を終幕とさせていただきます。
結局倒せずモヤモヤするかもしれませんが、執筆当初から兄上は絶対生き残らせると決めてました。なぜなら本小説のあらすじにもある通り、
「これは、上弦の参『猗窩座』となり果てるはずだった男が最愛の人を生涯守り通し、至高の領域へと至って上弦最強の男に届き得るまで強さを求める物語。」
と明記してるからです。つまり、
1.狛治が恋雪ちゃんに先立たれるまでは生涯生き続け守り通すこと
2.兄上とは決着がつかないこと
は決定事項だったからです。なぜ兄上を生き残らせたのか疑問に思われるでしょうが、勿論理由はあります。それは、本小説のエピローグで大正編を描写する際に、『悲鳴嶼さんと兄上の問答を是非とも書きたかったから』です。
もう察しがついた方もいるかもしれませんが、狛治の意志は未来の岩柱に受け継がれます。その時の宿敵として、兄上には是が非でも超えるべき壁として立ちふさがって欲しかったのです。
まあ兄上に更なるお労しい姿を晒して欲しいという願望もありますがそれはおまけみたいなものです(本音こっちだったりして・・・)。
残り3,4話で完結します。宜しければ本作の結末をご覧いただけると幸いです。