「うー、うっ! ふっ、ふっ! おっ、おとーたん!」
「こら駄目よ螢子。お父さんは今眠ってるんだから。ちゃんと休ませてあげないと・・・あっ! もうっ! 螢子やめなさい!」
「うー・・・」
ここは鬼殺隊の診療所の一室。私は昏睡する狛治さんの看病を続けていた。すくすくと成長した愛娘の螢子が、眠っている狛治さんの顔面にのしかかろうとしているのを見て、私はそれをすぐに引き留める。
私はそんな螢子を抱きかかえ、背中をポンポンと叩く。不満げな声が聞こえるが私はそれを続ける。続けることで私は自身を落ち着かせていた。
狛治さんが意識不明の重体でこの診療所に運び込まれてから半月が経過した。
それから私はずっと泊まり込みで狛治さんのお世話をしている。
お父さんから時々「休みなさい」と言われるもそんな心のゆとりはなかった。私は殆どの時間を、横たわる狛治さんの傍で過ごし続けた。
狛治さんは上弦最強の鬼と戦い、左目と左腕を失い、右足も筋を絶たれていた。仮に意識を取り戻したとしても、もう二度と前線に復帰することはないと、屋敷の長であるさやかさんも言っていた。
でも私はそんなことどうでも良かった。今はただ、狛治さんに目を覚まして欲しい一心だった。
目さえ覚ましてくれたなら、私はもう何もいらない。狛治さんが目覚めて傍に居てくれるなら他に何もいらないとさえ思っていた。
寧ろここまで大怪我したのだから、これで万に一つ戦いに身を投じる心配はなくなったのだと、そう前向きに捉えるようにしていた。
如何に責任感の強い狛治さんでも、片目片手片足を失ったのに戦い続けようとするはずがない。もしそう言い出すのなら私が是が非でも止める。
例え狛治さんがどんな崇高な使命を持って生まれてきたのだとしても、その為に死んでいいはずがないのだから。
「狛治さん・・・いつになったら目を覚ましてくれますか・・・?」
私は不意にそう呟く。正直いつ狛治さんの胸の上下の動きが止まって、息を引き取ってしまうのかと気が気じゃなかった。
そんな不安げな私の気配を感じ取ったのか、螢子もぐずり始めてしまう。私はいけないと思い、螢子の背を撫で必死に宥める。
「ごめんなさい螢子。お母さんは大丈夫だからね? だから泣かなくていいのよ?」
まるで自分に言い聞かせるかのように、私はそう言葉を必死に紡ぐだけだった。
それから約半月経った。狛治さんはまだ目を覚まさない。やがて狛治さんの傍から離れようとしない私を見かねてお父さんが外に連れ出すようになった。
「心配するな恋雪。狛治は絶対に死なん。なにせ俺の弟子だからな。それよりも狛治が起きた時に一杯お喋りができるよういろんなところに出掛けておいた方がいい。いっそ沢山土産話を用意しておいた方が狛治も喜ぶだろう。」
お父さんなりの気遣いだった。加えて素流の門下生たちが私のいない間に面倒を見るからと大勢で私を励ましてくれた。
確かに一人めそめそしているよりも、いろんなところに出掛けて狛治さんが起きた時に備えてお話を用意してあげた方がいいのかもしれない。
それに螢子もずっと診療所から出れずに過ごさせるのは可哀そうだった。それから三人で屋敷周辺を散歩したり近くの街に出歩くことが多くなった。
蝉の鳴く夏の季節も徐々に移ろい、木々は紅葉へと徐々に染め上がる。
そうして過ごしながら、毎晩私は螢子を寝かしつけながら狛治さんの傍で小声で話しかける日々を過ごした。
「聞いてください狛治さん! 今日は螢子がついに捕まり立ちをしたんですよ? 私驚いちゃって。狛治さんも見てたらきっと感激したと思いますっ!」
「狛治さん。今日はですね、螢子と一緒に紅葉狩りに行ったんですよ? 螢子ったら紅葉のおててで紅葉を必死に握りしめるんです。それがどうしようもなく可愛らしくって。」
「狛治さん。実はですね、最近螢子も歯が生えて来たんですよ? それで授乳する時に時々噛むんです。それが痛くてほんと困っちゃいます。」
「狛治さん、今日は隣町に・・・」
「狛治さん、今朝螢子が・・・」
「狛治さん、それで・・・」
「狛治さん・・・」
「・・・・・・」
狛治さんが昏睡してから二か月経ったある日の晩。私は横たわる狛治さんに覆いかぶさるようにしがみ付いていた。
「狛治さん・・・いつになったら目を覚ましてくれるんですか・・・!
狛治さんがいないと・・・私・・・私はっ・・・!!」
螢子が寝付いた後、私はみっともなくすすり泣きながら弱音を吐いていた。涙を止めることもできずそのまま覆い被さり狛治さんに声を掛け続ける。
「お願いします・・・せめてもう一度だけでいいから・・・私の名前を呼んで・・・狛治さん・・・」
私は狛治さんの寝顔に自身の泣き顔を近づけ静かに唇を落とす。しかし狛治さんの息遣いが変わる様子はなかった。
「狛治さんがいないと・・・私・・・やっぱり寂しいですよ・・・
一生のお願いだから・・・どうか目を覚まして・・・お願いします・・・お願いします・・・」
狛治さんに言ったのか、毎日手を合わせている神仏に対して願ったのか、私自身にもわからなかった。
私は涙で視界が歪む中、再び狛治さんの胸元に縋り付く。すると不意に胸の上下の動きが止んだ。その事実に一瞬で血の気が引き、私は目を見開いて凍り付く。
「は、狛治さん!? 狛治さんっ・・・狛治さんっ!!!」
私は顔を上げて狛治さんを必死にゆする。私が我慢の限界だと言わんばかりに声を張り上げそうになるも、不意に力強い何かに抱きしめられる。
「・・・恋雪・・・」
その声に私の身体は跳ね、徐々に震える。その事実が現実のものとして受け入れることができるようになると、私の両の眼から止めどもなく涙が溢れ始める。
「・・・済まない・・・寂しい思いをさせた・・・」
「はっ・・・はっ・・・狛治さんっ!!!!」
私はもう我慢できなかった。今まで抑え込んできた感情をどうしようもなく溢れ返させながら、大声で泣き喚くばかりだった。
私の声が屋敷中に聞こえたのか、夜中にも関わらずドタドタと乱れるような足音があちこちで聞こえてくる。
「如何なされました恋雪様!?」
「まさか岩柱様に何か・・・!!」
「お、お気を確かに!!!」
隠や素流の門下生達が一斉に駆け付けるが、私たちの様子を見るや否や全員が緊迫から一転、感激や安堵の声で周囲が埋め尽くされた。
「岩柱様が目を覚ましたぞぉおおお!!!」
「お、お館様にすぐさま伝令をっ!!!」
「良かったぁ~~~~!!!」
夜中とは思えない賑わいに、傍で寝ていた螢子が驚いて目を覚まし思わず泣いてしまう。
私はそんな螢子を抱き上げてすぐに宥める。
そんな私たちの様子を狛治さんは微笑を浮かべながら静かに見つめていた。
私はそれに気づくと狛治さんの傍にすり寄って、そのまま優しく労わるように手を握った。
「おかえりなさい・・・あなた・・・」
「ああ・・・ただいま・・・」
目が覚めて・・・良かった・・・
続く
原作で描かれた狛治と恋雪ちゃんの最期のシーンのオマージュです。本作では無事存命となっています。二人にはどうか末永く幸せに生き抜いてもらいたいです。