「おとーたんっ!! だっこっ!! だっこだっこっ!!」
「おおっ!? 螢子お前、いつの間に喋るようになったんだ!? よしよしいいぞ、お父さんが抱っこしてやろう!」
俺は床の上で上体を起こしたまま本を読みつつ養生していたが、不意に螢子が俺に捕まり立ちをし、そう元気よく声を上げた。
俺は驚くもすぐに笑みを浮かべて残された隻腕で我が子を抱き上げる。
「おおっ!? 随分と重くなったな!? もう片手で抱き上げるには中々の重さだ!」
「こら螢子! お父さんは病み上がりなんだから負担をかけたらダメでしょう? もう・・・狛治さんも無理しなくていいんですよ?」
「構わないさ恋雪。しかし以前に比べ螢子の体重もうんと増えたな。ちゃんと大きくなっているようで親としては嬉しい限りだ。」
黒死牟との戦いで昏睡してから二か月余り。気が付けば螢子も一歳近くなりだいぶ成長したのを実感する。
俺の世話を甲斐甲斐しく焼いている恋雪も、どこか俺と螢子の様子を見て嬉しそうにしていた。
人の親になって一層実感したが、やはり家族で穏やかに過ごす何気ないひと時には心が安らぐ。幸せを感じる。
「それにしても狛治さん、意識を取り戻してから元気になるのが本当に早かったですね? まさか半日でここまで体力が回復するなんて。」
「まあ伊達に柱だった訳じゃないからな? それに恐らく痣の影響もあるのだろう。回復力も段違いに上がった実感がある。」
正直目が覚めてからずっと調子がいい。片目片手を失い、片足が不便になったとは言えども、正直杖さえあれば日常生活を送る上では困らないようだった。
「ふふっ! 狛治さん元気になり過ぎですよ? お怪我されてるんですから余り無理はなさらないで下さいね?」
俺が螢子をあやしていると恋雪はそう笑いながら俺に注意喚起をする。
俺達は互いに笑い声を上げながら親子三人水入らずで穏やかな時間を過ごしていた。
「おや、邪魔だったかな?」
するとふすまの奥から声が聞こえた。聞き間違えるはずもない。鬼殺隊当主、織哉様の声だった。
「構いません。どうぞお入りください。」
俺がそう通る声で呼びかけると、織哉様と母親のことね様がふすまを開けて俺たちの前に現れる。
「怪我の具合はどうだい? 狛治。」
「見ての通り、我が子をあやす位どうってことないくらいには回復しましたよ?」
「ふふっ、今の君達の様子を見てるだけでこちらも和むよ。
本当は狛治になるべく早く今の鬼殺隊の状況を伝えた方がいいと思って赴いたんだけど・・・また日を改めた方がいいかな?」
「いえ、寧ろお忙しい中ご足労頂いてる訳ですし、俺は別に構いませんよ? ただ螢子が少し騒がしくしてるかもしれないのでそれでも良ければですが・・・」
「狛治さん。螢子は暫く私が面倒見ますから、お館様からのお話を優先してくださいね? 公務よりも優先してわざわざ足を運んで来てくれた訳ですから。」
「確かに・・・では螢子を暫く頼むぞ? 恋雪。」
「はい。任されました。ふふっ。」
そう言って恋雪は俺から螢子を抱き上げてそのまま隣の部屋へと移動した。
そうして俺は織哉様から現在の鬼殺隊の状況を聞くことになった。
まず鬼殺隊に残っている柱の人数だが、任務に復帰できる目途が立ったのは左近次殿と長寿郎の二人だけだったようだ。
まず俺は片目片手、慈悟郎殿は片足、さなえ殿は両足の欠損により柱を引退せざるを得ない状態だった。
加えて颯太と寧子の殉職。わかっていたことだが、上弦の壱との戦闘は熾烈なもので、たった一夜で柱の欠員が五名も出ることになってしまった。
正直鬼殺隊として尋常ではない痛手だが、それでも織哉様は今後についてそう悲観している様子はなかった。
「幸い君達が上弦の壱と戦ったあの日から、ここ二カ月余りの間、一般隊士達の任務は滞りなく進んでいる。
気掛かりなのは上弦の壱の存在だが、不思議と任務先で遭遇したとの報告はこれまで一度も上がっていない。
それどころか新しい上弦や下弦の鬼すら一切遭遇しなくなったとのことだ。
どういう事情かはわからないが、おかげで現在に至るまで左近次の育てた継子達だけで充分任務の消化は進んでいる。
この調子なら新しい柱が生まれ、鬼殺隊が以前のように立て直せるまでの間、何とかやっていけると思う。
これも全て度重なる狛治達の上弦討伐の実績に伴うものだ。君達の健闘のおかげで、十二鬼月最強の上弦鬼達は殆どが壊滅したと言っていい。鬼殺隊当主として本当に心より感謝しているよ。」
真っ直ぐでひたむきな織哉様に視線を注がれるが、それとは対照的に俺は思わずバツが悪くなり顔を背けてしまう。
「いえ・・・それでも俺は・・・今後は織哉様の懐刀として戦い続けることができなくなってしまいました・・・俺の力量不足で・・・本当に不甲斐ないです・・・」
「何を言っているんだ狛治。それは違うよ。君はおよそ、一人の隊士が成し遂げられるはずのない程の功績を私達鬼殺隊にもたらしてくれた。
そもそも十二鬼月が台頭して来てからというものの、ここ数年で柱は九名が殉職し、君を含めた五名の柱までもが引退に追い込まれたんだ。
本来なら、私たち鬼殺隊は成すすべなく鬼舞辻の軍勢に敗れていたはずだ。
けどね狛治。君のおかげでそうはならなかった。君が居てくれたおかげで、奴らの主戦力である上弦の鬼はただ一体を除いて全て返り討ちにすることができたんだ。
君が居なければ、今の鬼殺隊存続は絶対にあり得なかった。だから狛治、どうか顔を上げておくれ。堂々と胸を張っていてくれないか? 君は私の誇りなんだ。」
織哉様の言葉に俺は一気に目頭が熱くなった。黒死牟を討つこともできず、おめおめと逃げ帰るしかなかった俺に対し、この御方は誇って下さるのだとそう聞かされて。
俺は暫く俯くも、やがて言われてた通りに顔を上げた。
「身に余る御言葉、かたじけなく。」
「うん。勿論、狛治を筆頭に他の柱の子供たちも皆誇りに思っているけどね?」
そう言い、織哉様は立ち上がる。
「親子水入らずのところを邪魔して悪かったね? 私はこの後公務があってすぐにこの診療所を発たせてもらうよ。ごめんね。」
「いえ、多忙な中俺の為に時間を割いて下さりありがとうございました。」
織哉様は俺のお辞儀を受けて笑みを浮かべ、そのまま背を向けてその場を離れようとした。
「ああ、そうそう。大事なことを一つ言い忘れていたよ。」
「はい?」
不意に織哉様は俺に振り返る。俺はあっけに取られる。
「怪我が完治したら、今後も狛治達には産屋敷邸で過ごしてもらうからね? 万が一君を鬼にされたら鬼殺隊は滅んでしまうと思うから。」
「あ、はい。それは致し方ないかと。しかし柱を引退した後俺は一体何をすればいいのでしょうか? もう前線に復帰するのは難しいでしょうし・・・」
「そうだね。いっそ君の愛する妻子と痣の寿命が尽きるまで穏やかに何不自由なく余生を過ごしてくれればいいんじゃないかな? 君はもう充分過ぎる程鬼殺隊の為に戦ったんだから。」
「いや、流石にただでいつまでも世話になる訳にはいきませんよ。何か役割を頂ければいいのですが・・・」
「えっと・・・本当にいいのかい? 寧ろ君の残された時間は全て家族の為に注ぐべきだと私は思うのだけれど・・・なにせ君の寿命はもう四年もないはずなんだし・・・」
「あ、それなんですけど一つ伝えておきたいことがあるんです。これは飽くまでも俺の仮説なのですが・・・」
俺を気遣う織哉様に対し、俺は黒死牟に言い放ってやった痣の寿命の克服の可能性について述べる。話を聞き終わると織哉様は目を丸くしていた。
「・・・とまあ、少なくとも俺は二十五程度では死なないと思うんです。織哉様はどう思われますか?」
「あははっ! 確かに! 狛治なら二十五以上、いや寧ろ、その倍は生きても可笑しくないね! 全く君は・・・常に私の予想を遥かに凌駕してくるから本当に驚きだよ。」
織哉様は珍しく年相応に笑っていた。やがて落ち着いたのかいつもの当主らしき雰囲気に戻る。そして俺を見据えてある提案をする。
「じゃあこうしよう。二十五までは狛治のお役目は一切無しだ。痣の寿命を克服できるのか判明するまでは家族との時間を最優先に過ごすんだよ?
そしてもし二十五を超えてまだ君が生きていたその暁には・・・君に岩の呼吸の育手を担ってもらう。ついでに柱合会議の度に新米の柱達の稽古をつけておくれ。
きっとこれから台頭してくる柱の子たちにとって、上弦最強と互角以上に戦った狛治との手合わせは、何よりの刺激になると思うから。」
「え・・・流石に柱の後輩達への稽古は荷が勝ち過ぎている気が・・・俺はもう隻腕隻眼で片足も不自由ですし・・・」
「そんなことないよ。きっと狛治ならできると思う。なにせ私の勘がそう言ってるんだからね?」
「成る程・・・つまり産屋敷当主の勘によると俺は将来柱達の稽古をつけていると・・・そう予見されているんですね?」
「まあそうだね。だから狛治が短命で死ぬことは多分ないとは思うけど、私の勘が万が一外れたら君の家族に申し開きできないからね。だからお仕事は二十五を超えるまでは無しだ。少し長い育児休暇だと思って甘んじて受け入れておくれ。」
「い、育児休暇? なんですかそれは???」
「ふふふっ、遠い未来ではきっと男性も子供の面倒を見る時代が来てるよ? 私の勘がそう言っているんだ。狛治はその先駆けになるといい。」
俺が聞いたこともない単語に驚いていると織哉様は笑ってそう答える。やがて母君のことね様が織哉様を促す。
「おっと。そろそろ公務に戻らなければ。じゃあ狛治。お大事にね?」
そう言って織哉様は俺が養生している診療所の一室を出てそのまま屋敷を出て行った。やがて入れ替わる形で螢子を抱いた恋雪が部屋に戻る。
「狛治さん? どうされました? お館様が何やら嬉しそうに部屋を出て行かれましたが・・・」
俺は苦笑いを浮かべながら恋雪に事の顛末を伝える。
「ふふっ。ならここ数年はずっと一緒に居られますね? 私とっても嬉しいですよ? 元気になったら日中限定ですが一杯お出掛けしましょうね?」
「ああ。そうだな。家族でいろんな場所に出掛けよう。何だか楽しみだな。考えただけで心が躍る。」
そうして俺たちは今後どこに出掛けたいかの話題に移る。束の間の戦いとは無縁の将来の話に、俺たちは胸の奥が温まるばかりだった。
それから数日で俺は診療所を退院し、産屋敷邸へと戻った。
やがて月日が流れ、みるみるうちに螢子は大きくなり、当然のように歩いたり喋ったりをするようになった。
そうして産屋敷邸で過ごしているうちに、ある夫婦から幸せな知らせが文を通して届いた。
「狛治さん!! 無事さやかさんの赤ちゃん産まれたそうですよ!?」
「おお! きっと長寿郎も大層喜んでいるに違いない! ようし、近いうちに出産祝いの品を届けに行かなくてはな!!」
気が付けば長寿郎とさやか殿の間で煉獄家の跡継ぎが生まれたとの吉報が届いた。何よりもめでたい知らせだと俺は思う。
「それとさやかさんからの文によると、長寿郎さんの弟さんがお弟子さんのさなえちゃんと許嫁になったようですよ? 私びっくりです!」
「さなえ殿が!? それは尚のこと良い知らせだな! 彼女は両足を失ったが、そんなさなえ殿を生涯支えるのが煉獄家の次男なら俺としても嬉しい限りだ。いや、本当にめでたいな!」
俺はそう満足そうに返す。以前俺達の間に生まれ螢子を見た時、さなえ殿は赤ん坊が好きな様子だった。だいぶ気が早い気もするが、さなえ殿はきっと良き母親になるだろう。
何より長寿郎とさやか殿の間にも無事子が生まれ訳だし、これで煉獄家はもう安泰だな。もしかしたら十年後二十年後には、その子たちが柱合会議に集い、俺が稽古をつけているかもしれない。
俺はそんな遥か先の未来まで思いをはせる。この肉体には痣が刻まれてしまったが、これで益々早死にする訳にはいかんなと俺は改めて自身に言い聞かせた。
だが俺はあまり心配などしていなかった。なにせ俺の身体は生まれつき人並み外れて辛抱が利く。たかが二十五程度で死ぬとは到底思えなかった。
何より織哉様の勘というお墨付きまでもらえてるのだ。俺は絶対に恋雪が天寿を全するその日まで死んでたまるかと決意に燃える。
例外とは言え、あの縁壱殿だって高齢まで長生きしたのだ。なら俺も、それこそ孫の顔を見るまでは辛抱強く生き抜いてやる。そう改めて誓う契機となる良い出来事だった。
そうして月日は流れ、ついに俺は二十五の歳を迎えた。
続く
次回最終話とし、余力があればエピローグとして大正時代の描写を書く予定です。
ただ筆者の性格的に最終話書くと燃え尽き症候群or次回作に即シフトしちゃうので気長に待っててくれると嬉しいです。
兎にも角にも、原作で非業の死を遂げた狛治達が本作ではどんな結末を迎えるか、是非ともそのエンディングを皆様に見届けて頂けたらなと思います。乞うご期待。