「……ム…ま!」
「目………覚……くだ……!」
「お…!誰……医師…!」
月の光が差し込むとてつもなく広い一室。ありえないほどに豪奢な調度品が並ぶ中、さまざまな声が休む間もなく反響していた。とても煩かったからだろうね、その声を目覚まし時計の代わりに、その子供は瞳をうっすら開けたんだ。
「嗚呼、気が付かれましたか!」
「今、毒を入れた輩が捕らえられました!」
「もう大丈夫です!」
子供の
「嗚呼、毒のせいで声がでないのですか?」
「ご安心ください、これを飲んで安静にすればすぐにお元気になりますよ。」
見知らぬ誰かに薬を飲まされながら、子供は微笑んでいたの。声が出ないのは事実だし、自分が何かしても何も変わらないのはすでに分かっていたことだったから。だから、止まることのない流れに身を委ねることにしたんだ。…いつものようにね。
数日後…。
(う〜ん、やっぱり、僕は異なる世界の僕じゃない別の人になっちゃったのかもしれないな。)
やっと歩けるようになって、子供は自分の置かれた状況をそう結論づけたんだ。(普通の都市の人から見ても)異常事態に慣れきった子供だけども、こんな摩訶不思議な異常事態は想定外。もしかしたら気づかぬ間に驚いているかもしれないね。…まったくそんな風には聞こえないけども。
あの後再び目を覚ました子供の様子を見に来た人たちにここはどこなのか、あなた達は誰なのかと呑気に質問をした子供の言葉を聞いて、その人達は大層慌てたんだ。だって、「アジーム家の坊っちゃん」が目覚めたら記憶喪失になりました、なんて報告したら蜂の巣をつついたような大騒ぎになることは目に見えていたから。
…事実、その人たちの懸念は的中して、とんでもない騒ぎになったの。さまざまな人が暇なく押し寄せて、子供に多くの質問をしたんだ。
「俺のことは分かるか!?」
「これは何かわかりますか!?」
「ここはどこか分かりますか!?」
…大体はこんな質問で、子供はほとんどの質問を
「う~んと、すみません、分からないですね〜。」
…そんな感じで答えたものだから、ただでさえ五月蝿い室内はボリュームも種類も三分増しになってついには収拾がつかなくなったの。結局、この騒々しさは当主、つまり子供の身体の父親が部屋を訪れるまで止むことはなかったんだ。…そうして、男が人払いを命じて皆が退出し、子供と男しかいない閑静が広まる部屋の中、
「記憶喪失だと聞いて慌てて駆けつけたんだが、カリム、いや…お前は、誰だ?」
自分の子供の記憶喪失とは異なる異常さになんとなく気づいたんだろうね。男はあえかな笑みを浮かべる子供を見つめてそんなことを口にしたんだ。…それからの話は早かった。なんたって、ここは都市に負けず劣らずの便利さを持つ魔法がある世界、こういった事態も少なからず存在したんだろうね。最高峰の魔法士を秘密裏に呼び寄せてさまざまな検査を行ったんだけども、子供の精神を元の世界に戻すどころかどうしてこうなったかすら全く分からなかったんだ。そんな状態だったし、子供も意図的に行ったわけでもない、下の弟妹は幼すぎるし一から当主として教育し直すには時間が足りない、さらに子供が宿っている『カリム』の身体を粗末に扱うわけにもいかないのだから『次期当主の身体を乗っ取った犯罪者』として牢に閉じ込めるのも駄目…ともなると、男は入れ替わった状態の子供をとりあえずは『カリム』として扱うことに決めたみたい。苦肉の策っていた方が正しいのかも。…勿論『入れ替わっちゃったけどこの子こそがアジーム家次期当主です!』何て言うわけにもいかないから他の人には秘密にしてね。
「おいカリム、もう歩き回って平気なのか?」
…それは『カリムの幼馴染兼従者』である彼も例外ではなかったんだ。
「あ〜、ジャミル…うん、大丈夫だよ。」
「そうか?ならいいんだが…。俺はもう行かなきゃならないが、くれぐれも変なことをするなよ?いいな?」「うん、分かったよ。」
彼はそう言って立ち去ったのだけど、少し違和感を覚えたのでしょう。ちらりと子供の方へ振り返ったんだ。かつての少年なら『分かった』の言葉の後にやれ『今度宴しようぜ!!』やら『今度マンカラしようぜ!!』といった能天気なことを明るい笑顔で答えて、自分は渋々ながらも承諾していたはずだったから。…勿論、いまの『子供』はそんなことを言うはずがなかったのだけれど。
(…こいつ、変わったな。前は目を離していたらどんなことをしでかすか分かったもんじゃなかったのに、今は不気味なまでに大人しい。まあ、俺の負担が減るからいいのかもしれないが…。)
彼も変わり果てた子供を見て、最初はとても戸惑っていたうちの一人だった。まあ、当然だよね。かつての少年の太陽のような暖かな笑みは儚い微笑みに、口調は少年が父親の取引相手以外に使うことのなかった丁寧な口調に(ただし、他の使用人たちは慌てて、蛇の少年は強引に口調を改めてもらったみたい。気味が悪かったのかな?)、外を自らの足で駆け回っていた姿は部屋の中で景色をただ眺めるだけの姿へと変わってしまったのだから。この変貌を見ても、誰一人としても少年が誰かと入れ替わってしまったと考える人がいなかったというのは不幸中の幸いだったのかもね。…子供としてはどちらでもよかったのでしょうけど。
――――――――――――――――――――――――――
「おい、そっちにいたか?」
「駄目だ、どこを探してもいない。」
「まさか…また誘拐されたんじゃないの?」
「はあ…何度も何度も、こうして駆り出される私たちの身にもなってほしいわ…」
「そうよね、このまま見つからなくても罰せられるのは私たちだし、見つかってももし関連を疑われたら私たちの首なんか文字通り飛ぶんだもの、ホントに嫌になっちゃうわー。」
「こら!滅多なこというもんじゃないわよ、誰がどこで聞いてるかわかったもんじゃないんだから。」
(…聞こえてるんだよ、クソ、どこに行ったんだよバカリム。)
かつてから変貌した子供に皆がようやく慣れ始めた頃、とある夕暮れ時、何時もだったら皿のぶつかる音や夕飯のいい匂いが漂う賑やかな屋敷は子供を探す声が響くピリピリした雰囲気で満たされていたんだ。始まりは数時間前、夕食の準備をするように子どもを呼びに来た少年が扉をノックしたところから。
「おい、夕食ができたから支度をしてさっさと出てこい!…カリム、いるよな?」
「……………」
「カリム?…入るぞ!」
かつての彼がこんな風に返事をしなかったときは大抵は絨毯で空を駆け回っているか、外の広すぎて迷子になりそうな庭園で遊び回っているか、はたまた誘拐をされているか。6割くらいは前者だったのだけれど、今の子どもは外の世界を見渡すばかりで言われない限り滅多に部屋の外へ出ることがなくなってしまっていたの。だから前者はないと思ったんでしょうね。少年は扉を蹴破る勢いで開けて、すぐさま人のいる方へ駆け出したの。誰もいない部屋のことを大人へ伝えるために。
一方そのころ…。
「いやぁ、まさかあのアジーム家の警備があそこまでザルかったとはなぁ。まあ、俺たち悪人からすりゃありがたい限りなんだが。」
「マジで呆気なかったよな…ん?おい、こいつ起きたんじゃねえか?」
「へへへ…、わりぃがこっちも仕事なんでな。恨むならご立派なアジーム家のボンボンに生まれたことを恨めよ。」
うーん、裏路地ではよくある典型的な輩って感じね。目が覚めると、子供が今まで関わったことすらないような小汚い恰好の男たちが子供を取り囲んでいたの。手に持っている縄やら、物騒なものやらスマホやらを見るに…子供を傷つける動画でも撮って、それを出汁にこれ以上傷つけられたくなければ金をよこせ、とでも請求しようとしている真っ最中…に丁度良く子供が目覚めたのかな?都市でもよくある話だね(莫大な金を払っても人質の身体が帰ってくるほうが少ない話でもあるけど)。
「あ〜。もしかして、これが誘拐っていうものなんでしょうか?」
「な、なんだよ。そうだけど…お前状況分かってんのか?普通『家に返してくださ〜い』とか言いながら泣くもんだろ。」
「イカれてんのか?なんでそんな落ち着いてんだよ?」
「けっ、お高くとまりやがって。きっと内心助けてください何でもしますから〜、なんて思ってガクガクしてるに決まってらぁ。」
子供があまりに泰然自若な様子で笑っているからだろうね。男たちのほうが圧倒されて内心タジタジになっているのを尻目に、子供はなんてことのない様子で口を開いたんだ。
「だって、兄長姉上たちに一日に十回くらい襲われたりすることはあっても、こんな優しい手段を取られたことなんて今まで一度もありませんでしたから。」
「………は…?」
この夢の国にはあまりにも刺激が強かったのかな。ポカンとした様子の男たちをよそに、敵意も殺意もなさそうなゆったりとした様子で男たちの目の前に立った子供は、しばらくして少し不思議そうに首を傾げたの。
「えっと…いらっしゃらないんですか?」
「…?」
「あなた方が持っているそれを見るに、僕に襲いかかろうとしているんですよね?」
「え?あ、あぁ…?」
「アハハ、お先にどうぞ。今は決闘ではないですけど、僕はいつも二手譲ってから始めたんですよ。」
「うぐぐ…。貧乏人だからってバ、バカにしやがって…!」
「チッ、ナメんじゃねえ!!!」
そうして男たちが勢いよく飛びかかってからちょっとばかり経ったくらい…かな?
「ピ、ピヨナラ!」
「ヨッチャン…。」
血走った目をしながら突撃してくる男たちとは対照的に、子供はまるで庭園でも散歩でもするかのように穏やかな様子だったの。だってほら、誰だって友達と凧揚げなり日向ぼっこなりをして遊ぶときに緊張なんかしないでしょ?男のバット、もう一方の男の拳を舞でも踊っているように軽やかにかわすと、その攻撃はせいぜい子供の服の端を掠める戦果をあげたくらいで、何に当たることもなく無意味に終わり…。ついにこの舞踊が終幕した時には、何者も立ってこの素晴らしい劇に拍手を送ることはできなかったの。…ただ一人、真っ赤な宝玉を瞳に携えた子供を除いては。
【カリム(子供)】
注意事項:お坊ちゃま、現実感覚
管理人様及びに監督生様が望んで観測した結果、鏡に映ったジア家の[[rb:宝玉 > バオユ]]がアジーム家の宝玉に成り代わった一つの可能性です。彼は『囚人番号6番■■■』ではない、つまりLCBの囚人たちの物語の影響を受けておらず、真に『眺めることしかできない』状態のままになるはずでしたが、成り代わった先の光属性の少年の影響、残酷な光景を眺める必要性が(■■■たちと彼の■■が不在のため)なくなったこと、管理人様が住まう都市と比べても酷く優しい夢の国の影響…などが合わさった結果『眺めることしかできない』状態からはあともう少しで(一応)脱却が可能となる程度には解れたようです。彼が管理人様の世界の『彼』のようになれるか否か、監督生様の世界の『彼』に近づけるかは我々には分かりかねますが、監督生様の通う魔法学校での出来事がもしやすると大いに関わるやもしれません。また、先述のように良い方面の影響もでている反面、その成り代わり先も金に何不自由なく生きてきたため、是正がされなかった結果、囚人の彼同様に他人の地雷を踏むような状況を起こし得る可能性がありますが、悪意や他人を嘲り笑う目的は含まれていないため、殺し合うという手段はあまり推奨される解決方法ではありません。
[追記1]元の少年よりも戦闘能力は上であるためか、誘拐及び暗殺は減少したようですが、毒殺の頻度は上昇したため、毒の鑑定が特技の一つに加わったようです。
[追記2]自身の侍女(■■■■)、幼い頃の友人(■■•■■■)を重ねて見ているようで、無自覚に後述の少年のことを大切な友人だと考えているようです。
【ジャミル(蛇の少年)】
注意事項:狡猾さ、抑圧された承認欲求
おおむねのことは監督生様の知るであろう彼と変わりません。『カリム』の変化には自分の労力が減ると喜ぶ反面、人一倍(無意識に)心配していたようで、元の少年と比べるとあまり動こうとしない『カリム』に過度なお節介を焼いている様子も確認されています。主人の息子より秀でないよう調整しているものの「一番になりたい」と考えており『カリム』を苦々しく思っているようで、おそらく将来的には■■■■■■■■をするであろうこと、それに伴う大本の流れは変わりがないことが推測されます。
【■■■】
注意事項:■■■、■■■
かつて■■■に■■■■た■■■です。■■■■■以降、■■■■■■に■ることができず、いつも■■■の周囲■■■■■■■■が、この世界で生きる一般的な者は■■■■■■ようです。■■■に■■■■■■形になってはいるものの■■■■を■■しており、■■■■が■■■■■■■■をし、■■■■•■■■■■が■■■■■にいた際は■■■を物理的にも精神的にも■■しようと監督生様へと■■■をしていました。