【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
ある北の宿場。
静かな雨垂れのような、薬包紙同士が擦れる音が聞こえてくる。
「それと、これをください」
「は、はい」
二十歳に近い女は、手に持つ紙と薬包紙とを交互に見やり、注文を重ねていく。
ここ最近の『事件』で張り詰めていた筈の空気が自然と、その女によって飽和し、解けていくように錯覚する。
鉋の音が聞こえる。
険しい空気を纏う大人たちとは違って、無邪気な子供の笑い声がする。
女は少しずつ顔を動かした。
宿場の入り口付近、そこで元気にかけっこをする子供たちを見て、笑う。
「元気があっていいですね」
「……えぇ」
女の容姿は面妖なものだった。
藍鼠色の髪色だけならばまだしも、その毛先にかけて、まるで燃える炎が如く鮮烈な赤に変色を果たしている。
背丈も、この辺りで一番大きいであろう、
常識から大きくかけ離れた容姿。
それとは正反対に、その気配は木漏れ日のようだった。
「いつもなら、ああやって元気に騒ぐのも悪くはないんですがね。如何せん今は……」
「今は?」
「出るんですよ、熊が」
「熊。熊ですか」
「人喰い熊……こっちじゃ『穴持たず』とも言います」
と、声を沈ませ。
「山のマタギたちが大勢喰われたそうです。……皆、かなりの腕前を持つ男たちでした」
女は僅かな沈黙を返した。
「お客さん、悪い事は言わん。すぐ帰った方がいいですよ?」
「大丈夫です、熊については少し……生まれ育った村でも色々学んでいたので」
「いや、しかし……」
「それに、生薬の買い付けは本来はもっと余裕を持って、当人がやるべきなのですが……」
持参した
「事情が変わったんです。それに、ちょうど僕自身が野暮用でこの近くにいたのもあって、ついでに買い付けを代理する事になりまして」
女は繰り返し、出された生薬の効能と名前を聞いては、頼まれた品物であるかどうかを確認してを繰り返した。
買い付けの代理、とは言いながらも、女自身は医学薬学に精通していないのだろう。何度か、こちらが生薬の専門用語を口にした時、返す反応が悪かった。
不思議な髪色の事もあり、不可解が強まる。
「気になりますか?」
「……失礼しました」
「あぁ、気にしないでください。そういった反応は当然ですし、僕自身も気にしていないので」
等と話しながら、女は出された生薬を丁寧に一か所に集めながら。
「所で、先ほど『穴持たず』の話をしていましたが、その熊の全容は判明しているんですか?」
生薬を懐に収め、宿場を去る準備を終わらせた女はそう言って、話の内容を文字通りやり直すかのように、以前のものに戻した。
こちらの不手際とはいえ、若干あった気まずさから逃げる為にも、それに乗る。
「……一人だけ、その熊に襲われた生き残りがいたんです」
「生き残り?しかし」
「はい、件の熊に挑んだマタギは今の所全員返り討ちに。……今言った生き残りは、最初の犠牲になったマタギの娘なんです。その子が……」
「なるほど」
無関係な誰かの不幸話を聞くにしては、妙に重苦しい気配だなと思った。
一点の曇りもない漆黒の両目はより一層深く、黒く見え。
何かを考えこむような姿勢は、安直な発想だがまるで『仕事人』のようにも思え。
「そういえば、先ほど熊について色々学んだと……」
「えぇ、はい」
「もしかして、あなたもそういった」
「いいえ、僕はそういったものではありませんよ」
ゆっくりと立ち上がり、入り口に向かって歩き出す。
「少々、腕っぷしに自信があるだけです」
『そういったものではない』と、口ではこちらの疑問を否定しつつも、そのしっかりと芯の通った歩き方は、手練れのマタギに近しいものだった。
不思議な客人との一幕が終わる。
出会ったばかりの赤の他人に、どうしてこんな感情を抱いてしまうのか、自分でもよく分からなかった。
自分の事がよく分からなかった。
「お前!また一人で山に入ったな!!」
と、大きな声が聞こえた。
開けっ放しの入り口から、続く少女の大声と、再び最初の男の大きな声が聞こえる。
少女の声を聞いただけで、もうその争いの理由は分かった。
それに追撃をするかのように『又造の仇討ちは大人に任しとけ』という、男の発言がまた辺りに響き渡る。
「もしかして、あの子がさっき言っていた生き残りの?」
「はい、八重ちゃんです。目の前で父親……マタギと仲間を熊に」
八重はあの悲劇の日以降、ずっと雪山に入り浸っていた。
普通、マタギは男のみで構成され、女はそれの資格を持っていない。
それどころか、ただの狩りの為に入山する事すらも禁止されていた。これは山の神が女性であり、山に他の女がいると嫉妬し、不幸を招くと言われていたから。
早くに母を亡くし、父の背中を見て育ってきた八重。
そんな彼女が、その程度の決まりに囚われる事なく、父の生き方に憧れるようになるのは至極当然と言えるだろう。
「つまり、あの子が目撃者」
女は静かに、八重の何かを
しばらくして、またいつものように八重を止める事は叶わず、大人たちは折れてしまう。
復讐心、怒りに染まった哀れな子供に向けるべき、正しい言葉を彼らは持ち合わせていなかった。
故に。
「――あ」
銃は狩人の誇り。
女だろうと、それの絶対は変わりなく。
無理やりにでも雪山に戻ろうとする八重を止める為『
――一人を除き。
「ッ!人の
子供とはいえ、全力を込めた裏拳。
それもただの子供ではなく、何度も狩りの経験を重ね、鍛えた子供だ。
並の大人は当然、マタギですら顔を顰める程の威力はあるであろうそれを、その無礼者は難なくと止めた。
無造作に伸ばした黒髪を首の辺りで束ねた男。
何より強く印象に残るのは、そのマタギですらも『常識離れ』と思う衣装。
軍服に近しい服の上に右半分は赤色の無地、左半分は亀甲柄の羽織を着用しているのだ。
向けられた言葉に対し返す言葉にしては、長い沈黙を挟んだ後。
「……お前が八重だな」
八重は当然、周りにいたマタギやそれ以外の傍観者も、男の次の行動を自然と待っていた。
「鬼殺隊、冨岡義勇だ。『鬼』に襲われた時の詳細、教えてもらうぞ」
それ以上の会話をする気はないらしく、言葉はそれで一区切り。
予想もしなかったその言葉に、思わず皆が首を傾げた。
「鬼?何言ってんだ」
「襲ったのは『
周りの当然の反応だった。
鬼、鬼だ。
鬼と言えばもはや、この国で知らない者はほとんどいない、空想上の化け物。
子供へのしつけ、そして面白半分で語る為だけの、たった『それだけ』の存在にしか過ぎないもの。
どう見ても怪しい男。
顔こそ整ってはいるが、それ以外があまりにも不自然そのものな男が、至極当然といった風に『鬼に襲われた』等と言ってくるのだ。
果たして、これに突っ込まずにいられる者が何人いるのだろう。
マタギの一人が、恐る恐る。
「あの……警察の方でしょうか?」
まだ分からない。
稀にいる、ちょっと発言がふわふわしていて分かりにくいだけの、本当はちゃんとした役職のお方……という可能性がある。
一縷の望みとしか言えないが、今この場において、それに縋るのは決して間違いとは言えない。
実際、それは正しいし、それを裏切る男の言葉に関しては、完全に間違いであると言える。
「……違います」
「え」
「鬼殺隊です」
大人たちは眉を顰め。
「……政府のお役人さんですか??」
「いえ、非公式の組織です」
空気が死んだ。
周りの大人たちの顔が自然と『もしかして危ない人間なんじゃないか』という風に変わっていく。
「じゃあ……その
「…………」
「いやいやいや、何置いて……」
男は片膝をつき。
刀を地面に置き、堂々たる態度のまま。
「鬼殺隊、冨岡義勇です」
「駄目だ話通じてねぇこいつ」
まさか白昼堂々、あんな不審者が出るとは夢にも思わないだろう。
次第に状況を飲み込んだマタギたち、そして残る大人は今の状況を『危ない不審者が刀を捨てた』と見て、すぐに行動を開始した。
義勇と名乗った男は、一体何がいけなかったのかと心底不思議に思ってそうな顔をしたまま、片膝をついた姿勢で沈黙を貫く。
「あっ!思い出した!」
もう既に、『鬼』がどうこうを誰も気にしてはいない。
代わりに今、彼らの頭にはこの『不審者』をどうするか、それしかないのだから。
「そうだ思い出した!ほらっ、
「ああっ!道理で怪しい顔してると思った!」
「やっぱり不審者じゃねぇかこいつ!」
「――!?」
心外!とでも言いたげな義勇を彼らは無視した。
みるみるうちに、武器を取り上げられ、持ってきた縄で縛られ、連行されていく。
そして、それを遠目で見ている者の一人。
「…………」
藍鼠色の髪をした女は、無言で。
「……………………」
「あ、あの……?どうされました?」
頭を押さえ、天を仰ぐかの如く。
今、まさに連行されようとしている義勇を一瞬見やり。
「すみません、ちょっとどいてください」
不審者の対応で精一杯の彼らに向かって歩き出し、人の垣根を器用にくぐり抜ける。
まるで地上を泳ぐかのような、人の身体の重さを感じさせない足運びだった。
「あ、ちょ……」
マタギの一人が女の接近に気づいたが、その時にはもう遅い。
ただでさえ、現在進行形で不審者の対応に追われているのだから、当然ではあった。
思わず、といった彼らの言葉を無視しつつ、女は音もなく静かに八重の前に立つ。
最初の『
何より、面妖としか言えない髪色を前にして、また表情が強張った。
「あのさ……何の用か知らないけど、あたしは」
言葉を遮り。
「熱があるね」
ぐっと、僅かに肌に染み付いた生薬の匂いが香るであろう距離まで、女は八重に接近する。
八重は後退した。得体の知れないものに向ける、僅かな恐怖が滲んでいる。
「鼻腔内に腫れが見える、血の流れも少し悪いし。疲労が溜まりすぎてるのかな」
女は、八重のどこを
だがあまりにも、堂々と八重の身体の不調を見定めるその態度、纏う空気に周りが圧倒されているのも事実。
黒曜石のように真っ黒な瞳。
それに穿たれでもしたのか、八重はまたぐらりと、身体を大きく揺らして。
「ッ、何を……いきなり……」
八重の言葉はそれで最後だった。
女が八重の腰に手を回したと同時、まるで電源が落ちたかのように、八重の身体がぐらりと傾いた。
難なく、女はそれを受け止める。
流れるように抱きかかえる姿勢に移行した。
「ッ、八重!」
「疲れで熱が出てるだけだから大丈夫ですよ。ただ、どこかで休ませないと」
髪色こそ面妖なものだが、それ以外はすぐそこにいる
刀を持つ者、縄を持つ者。
周りの大人たちは皆、いつの間にか八重の事を心配そうに見ており。
女の言葉に安堵しつつも、悔しそうに顔を歪ませた。
「クソ……やっぱ無理しすぎてたんだ」
その時、無理やりにでも八重を止める事ができなかった自分を恥じる彼らを後目に。
縄に縛られたままの義勇と女は、こちらに聞こえる限り限りの声量で話す。
「冨岡さん……?どうするんですか?」
「……問題ない、自分でどうにかする」
「……もうこれからすぐに連行されそうに見えるんですけど」
「だから問題ない。この程度なら俺一人でどうにかできる」
「……分かりました、そこまで言うなら」
僅かな会話で、女はあの義勇なる男を信用したらしい。
女は八重を抱えながら、再び先ほどまでいた宿場の方を見てから。『失礼ですが……』と振り返り。
「そちらの部屋をお借りしても?」
そう静かに問うた。
またこちらに話しかけてくるとは思わず、声が僅かに上擦った。
「は、はい……大丈夫です」
「助かります、布団の用意もお願いできますか?それ以外は僕が何とかします」
「分かりました……その、八重ちゃんは……」
「ただの風邪ですから、きっと大丈夫ですよ」
そう言って早歩きで、女は宿場に戻っていった。
あまりにも堂々とした態度と迅速な対応に、女を疑う者は周りにはいない。
八重の事は心配だが、あの女曰く風邪ならば、後は体調が元通りになる事を祈るのみ。
そして、そもそもの元凶である――。
「お前ら」
「あぁ、分かってる」
マタギたちは互いに頷き、銃を持つ手に力を込める。
母を亡くし、父も亡くし。
愛犬のみが残された哀れな少女を苦しめる、全ての原因である熊に対する怒りが、また燃え上がる。
「又造、仇は俺たちがとってやるからな」
これは、鬼殺隊の運命の歯車が回り出すまでにあった。
柱たちの物語。
「……」
「おい!こっち来い不審者!」
「…………」
「しっかり話は聞かせてもらうからな!」
「………………」
義勇はそのまま連行された。
義勇「自分でどうにかする」
(しのぶさんの場合)
絶対に無理だから助け船出してあげなきゃ……
(主人公の場合)
まぁ本人が大丈夫って言ってるしいっか……
◇哀しき理解度(友好度)の違い……