【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
八重の目が覚めたのは、半日の時が過ぎてからだった。
ぐったりと眠り込む少女を後目に、大人が二人で犬と戯れ続ける光景は客観視すると色々とよろしくない。それが終わって良かったとさえ思う。
「……お前が八重だな」
最初の出会いの時点で一応、義勇は確認の問いを投げかけてはいた。だからこれは、相手側が覚えているかどうかの確認の意味が大きい。
でろんと地面に寝転がるタロの相手は麗がしている。義勇は無駄な邪魔を受ける事なく、自分の仕事に専念できた。
「…………あんた、昼の」
「改めて聞かせてもらうぞ、鬼に襲われた時の詳細」
「…………」
八重は息を飲み込み、頭を振って。
「……鬼なんて知らない、あたしの父親を殺したのは『穴持たず』だ」
「その目で見たのか?」
「当たり前だろ、何言ってるんだ」
八重は即答したが、義勇の顔には遠くからでも見て分かるくらい、疑惑の色が強く浮かんでいた。
それは決して多くはないが、逆に少なくもない話。
普通の別れとは違う凄惨な『死』を目の当たりにして、本人も知らぬうち、自身の記憶を改竄する。
一種の防衛本能と言ってもいいだろう。実際は鬼に襲われたにも関わらず、自分の家族は動物にやられた、野盗に襲われたという人間は何度も見た。
「穴持たず、とは熊か」
「……そう、そいつにみんなやられたんだ」
「そうか」
「今度はこっちの番、鬼って何?そもそもあんた達は何なの?」
「俺たちは鬼殺隊だ」
今度の答えも、最初の出会いと全く同じものだった。
義勇は続けて。
「俺たちは鬼を狩る。鬼は人を喰らう化け物だ」
「…………」
「鬼は陽の光に当てるか、特殊な武器で頸を撥ねるかしないと死なない」
顔を背けて、絞り出すように八重は口を開ける。
「鬼は皆殺し?」
「…………少なくとも、人間に
今度の変化は顕著だった。
「……どいて」
何も返さず、八重は黙々と上着を羽織って猟銃を手にし、ふらつく足のまま外へ出ようとする。
宿場の主である老婆と女中が二人で止めようとするが、八重は止まらない。
「…………」
やがて八重はタロに近づき、タロと戯れていた麗と目を合わせる。
義勇と違い、今ここでようやく互いに、互いが存在を認識し合った瞬間だった。
人懐っこい事に定評のあるタロだが、ここまで他人に懐く光景は初めて見るのだろう、その顔は疲労で苦しそうでありつつも、それを僅かに上書きする程の驚愕が浮かんでいた。
「タロ、行くよ」
「わんっ!」
しかし一瞬も満たぬうち、八重はタロを引き連れて外に出ようとする。
その小さな背中に、麗は声をかけた。
「八重さん」
黒曜石のように黒い目が、じっと八重を見据えている。
「あなたの父を殺したのは、熊で間違いないですね?」
「…………」
脈拍の乱れ。
肺の収縮が小刻みに。
眼球付近の筋繊維の不自然な痙攣。
「…………そうだよ、二度も言わせんな」
麗の透き通った世界の力が、八重の不自然を。
彼女の『嘘』を看破する。
刀を赫色に染め上げて、麗は八重の後を追った。
マタギは獲物の為に、何日も山に籠る事がある。
何度も、何度も、雪の降る山に足を踏み入れ、猟銃を片手に熊を狩る。
まだ子供故に、今村にいる大人のマタギたちに比べて実力こそ劣るものの、基礎体力は間違いなく子供の平均より上。
むしろ、今こうして歩けているだけでも賞賛すべき事だろう。
重ねに重ねた肉体の疲労と精神の摩耗。
時折、タロが心配そうにこちらの方を見て、八重はそれに大丈夫だと返すものの、それが口先だけのものである事は明白。
(道理で見つからないわけだ……)
『あの日』。
全てを奪われた、失ったあの出来事。
愛する父も、自分によくしてくれた父の友人も、全員が殺されたあの日から。
心のどこかで、そうなんだろうとは思っていた。
「――やめろ!目ぇ覚ませ!」
「おい!しっかりしろ!!」
八重の優れた聴力が捉えたのは、複数の叫び声。
その声には、聞いただけでも胸が締め付けられるような、どうしようもない悲痛さが込められていた。
「…………」
あの日。
あの日全てを奪い殺したのが、『彼』とは思いたくなかった。
何度も見間違いだと言い聞かせ、その度に、網膜に焼き付いた犯人の姿を想起し、自分の甘えを否定される。
そして、今。
「やめろ――又造!」
「…………あぁ」
目の前で、かつての仲間たちに襲いかかる化け物。
昼、自分たちに仇討ちは任せろと言ってくれた大人たちは、猟銃を盾にするように、必死に化け物から逃げていた。
鬼と呼ばれる異形の怪物。
――かつての父、又造の姿がそこにはあった。
(本当に……鬼になっちゃったんだね)
義勇は、鬼殺隊は言っていた。鬼は人を喰うのだと。
そして八重の予想が正しければ、そんな彼らの出生は、父と同じく元は人間であろう事。
だから余計、八重は分からない。
何であんな事をした?
どうして鬼になった?
……どうして、あの日自分を見て
本当に鬼になったのなら、人の血肉を求める獣なら。
あの日、自分の友人は喰って殺した癖に、どうして自分だけは喰わずにいたのか。
どうして――。
「ガウッ!ガヴッ!!」
かつての家族の変わり果てた姿。
昔はあれだけ尻尾を振り、甘えていたタロは今、まるで不倶戴天の敵を見つけたが如く、犬歯を剥き出しに強く何度も吠えていた。
同じ獣でも、決して相容れぬ存在だとでも主張するように。
何度も吠え、威嚇する。
「…………ァ」
「っ!?八重!!」
気づく。
タロの鳴き声がなくとも、きっとその機会は訪れた。
ぐるんと、理性の欠片もない白目を動かした又造は、掠れた呻き声一つを零した。
身体の向きを変えた。
次の行動も、すぐに――。
「…………っ」
猟銃を構える。
タロの鳴き声が大きく、激しくなる。
「――――」
猟銃を構える。
構えて、それ以上動けなかった。
「……――おっ父」
畜生から戻れないのならば、せめて。
マタギとして
そんな薄っぺらい覚悟を嘲笑うかのように、身体は全く動いてくれなかった。
「…………どうして」
「八重――ッ!!」
口が開かれる。
血と涎で汚れたそれが、八重の身体に狙いを定めた。
――その時、一閃。
「ギャアア――ッ!!」
八重の動体視力でも捉えられない一瞬。
突如として飛来した青色の剣が、又造の左腕を斬り飛ばした。
鬼殺隊水柱・冨岡義勇。
彼が、満を持して参戦する。
「花柳、彼らを頼む」
糸が張り詰め、切れるまでの僅かな沈黙。
その間、義勇は揺らがぬ
再生速度は中の下辺り。
瞳に文字も刻まれていない、ただの野良の鬼。
それでも、今ここにいる鬼殺隊以外の人間にとっては――。
「まっ――」
「冨岡さん、僕が代わった方がいいのでは?」
細く、華奢な身体とは裏腹に。
重厚な圧を纏いながら、鞘からゆっくりと赫色の刃を見せる麗。
「僕なら一瞬で楽にできる」
「っ…………」
「必要ない」
真っ黒な目と、義勇程ではないものの、冷たい無表情のその姿に、思わず周りの大人も気圧された。
刀身に刻まれた『悪鬼滅殺』を目の当たりに、やっと彼らの口が動く。
「ま、待ってくれあんたら!又造は……」
「何を待つ」
麗の分も含め、義勇が彼らの言葉に答えた。
人喰いの化け物、御伽噺でも何でもない、実在した怪物。
それに自分たちの知り合いがなってしまった心の苦しみも、何より父が畜生に堕ちてしまった苦しみも。
彼らの痛み、八重の辛さは義勇も分かる。
だが、これは鬼殺隊に生きる者が、誰一人として例外なく経験するものであり、通過点。
「分かってるだろ。あれは人の範疇を超えた存在、鬼だ」
斬り落とされた左腕は治り。
その分体力を消耗し、腹を空かせた又造は更に、理性をなくした瞳を大きく開き、叫んだ。
聞いているだけで不快になる、熊より醜く、恐ろしい姿。
「覚悟を決めろ。……あれはもう、お前たちの知る男ではない」
「ガァアアア――ッ!!!!」
腕を鎌のように変化させ、駆け出す又造
それの人知を超えた膂力によって放たれる暴力を、義勇は涼しい顔でいなし続ける。
『揺れるな、義勇』
義勇の脳内に溢れ出すのは。
育ての親であり、この世で最も尊敬する師の言葉。
『水の呼吸はいかなる攻撃にも対応できる受けの術。だが極めるには常に、呼吸を保つ心が必要になる』
全集中。
『水面、水面だ義勇。心に水面を思い浮かべろ』
――水の呼吸。
『何よりも強い鬼殺の「柱」になりたいならば、心を常に保て。水鏡のように静かに、穏やかに』
――肆ノ型
「…………」
その一瞬はまるで、数十秒にも匹敵する長さ。
頸を刎ねられ、宙を舞う又造だったものが最後、消えゆく肉体と意識の中で見たもの。
視線の先にある八重に向けて、思わず口から零れ出たもの。
「――生きろ」
それを、義勇のみが聞いていた。
「そういえば、どうして冨岡さんは僕を呼んだんですか?」
朝日が昇り、夜が明けた。
雪山に棲む穴持たず……否、鬼に堕ちた又造は死に、束の間の平穏が訪れる。
互いに用も済ませ、これから村を出るというこの時、麗はどうしてもそれが聞きたいのだと言う。
「後藤さん……隠の方が言うには、わざわざ僕を名指しで指名したらしいし」
「……」
麗の言う『呼んだ』とは、前日の警察騒ぎの事だろう。
あの後、結局義勇は持ち前の口下手っぷりが見事に炸裂し、不審者として(刀の所持もあって)見事に逮捕が確定した。
たまたま騒ぎを聞きつけた隠の助力がなければ、事態はもっとややこしい事になっていた事も、その後藤という隠は麗にぶっちゃけたらしい。
「お前の事は、前に真菰から聞いていた」
義勇がどうして、今まで特に関わりのなかった麗を呼び出したのか。
極端な話をすれば、それは義勇の『柱』間での交友関係を心配した真菰による策略だった。
麗であれば大丈夫だろう、きっと自分の狙いも察してくれるだろうと信じ、義勇にこう告げた。
『何でもいいから、兎に角麗に話しかけてみたらどう?』
その結果、出力されたのが出所(仮)の迎えなのはどうなんだ?という疑問は残るが、結果としては成功と言える。
友人とはいかずとも、他人程遠くもない関係性、友好度に落ち着いた現状には、誰もが眉を顰めこそ、否定はしないだろう。
義勇のそんな言葉を聞いて、麗も納得したのか。
「やっぱり、真菰は流石だな」
自分の事のように誇らしく笑った。
義勇は即。
「迷惑だったろう、俺の勝手な都合だ」
「いいえ?それに僕、冨岡さんの事を知れて嬉しかったです」
「そうか」
「はい、今まで全然話す機会がなかったし……」
あっ、と麗は続けて。
「それに最後だって」
「最後?」
「最後、又造さんの頸を斬った時の……八重さんへの言伝です」
『言伝だ、おそらくお前に向けて……「生きろ」と』――。
『鬼の譫言など知らない、俺には関係ない』――。
「もしもあの時、冨岡さんじゃなくて僕が又造さんを斬ってたら、あの言伝を聞く時間なんてなかった」
「……」
「きっと僕では、八重さんの心を救えなかった」
持たざる者と持つ者は相容れない。
味わった挫折の数も、生きてしまったが故の苦痛も、全て。
花柳麗という人間は恵まれた存在で、故に本当の意味で奪われ、苦しんだ者に寄り添う言葉が生み出せない。
だから自分では決して、あの結末を引き寄せられなかったであろう、と言う麗に義勇は。
「同じ目に合い、傷を慰め合うだけが救いじゃない。俺はたまたま同じ『奪われた側』で、そして同じく『寄り添えた』だけだ」
たとえ何が起きようと。
強く、自分を責め立てようとも、その『芯』は揺らがない。
「花柳。俺に『もしも』の話は分からない。仮にお前の言う通り、お前が八重の心を救えなかったとしても、だがそれは決して『間違い』じゃない」
「…………」
「忘れるな花柳、
柱は揺れず。
「誰よりも強い九人の剣士、俺たちは文字通り鬼殺の『柱』だ。だからこそ忘れてはならない、己が剣は誰の為に振るうのか、誰を護る為にあるのか」
「…………」
「支えるものがあってこそ、柱は『柱』足りえる」
義勇もまた揺れない。
己の存在意義を確立し、揺れずにいてこそ『柱』である。
そう強く言う義勇の背中は、剣士としてではなく、一『柱』として、上に立つ者としての覚悟に満ち溢れていた。
――義勇本人の自己評価は置いておくとして。
「これからも、同じ『柱』同士お願いします」
『柱』は揺れない。
これは、鬼殺隊の運命の歯車が回り出すまでの。
――柱たちの物語。
「……花柳、
「…………はい?」
「確かに、
「……………………????」
縁壱スペック「僕なら一瞬で楽にできる」
説得力が凄い。