【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート   作:バブ辻オギャン

60 / 61
 卵に潜らせたすき焼きの肉ってなんであんな美味いんですかね?


60.来訪者

 窓を越して招き入れられる夜の気配。

 ある街に建っている、和洋折衷の二階建ての家。

 一部の部屋にこそ畳が敷かれているが、廊下や今いる書斎を含めた大体の部分が板張りで、壁には麹色の壁紙が貼られている。

 卓上には、緑硝子の傘を付けたランプが置かれており、手元を灯で照らしている。

 

 机に向き合っている珠世は、万年筆を流麗に動かし続けている。

 

 万年筆から滲み出るインクの匂いが、僅かに鉄のような香りを放出し鼻腔を刺激する。

 机上には何枚にも重なる患者の診療録(カルテ)と分厚い洋書が丁寧に置かれている。

 深夜二時を回った今、昼には聞こえた石畳を叩く靴の音も、今では何も聞こえない。

 

 静かな室内。

 

 万年筆が紙を擦るささやかな音が、規律正しく続くのみ。

 

「食人欲求の頻度は以前より低下、次に――」

 

 小さく呟き、思考を纏めながら珠世は文章を整える。

 長きに渡る自身の経験と、知識の積み重ね。

 ここ数百年で初めて現れた『例外(禰豆子)』から得た新たな変化。

 それは着実に『結果』として表れていて、身を預かっている浅草の彼も、近いうちに理性を取り戻すだろう。

 万年筆の動きを止めると、壁に付けられた時計の針が刻一刻と回る音だけが部屋に響く。

 

「…………ふぅ」

 

 静かに息を吐く。

 開けっ放しにしている窓の向こうにある大正の夜は、浅草ほどではないが華やかで、淡く輝くそれはまるで夢のようでもあった。

 だが、現在進行で行進が進む机上の診療録は間違いなく現実。

 血と熱と呼吸、救いの変化を記す命の重みを、文字へ変換していく作業。

 

 再び、珠世は万年筆を動かす。

 

 外にある大正の夜が静かに更けていく。

 万年筆が筆跡を刻む音。紙を指で押さえる音。

 それらがやけに大きく聞こえる部屋の孤独が、続く新たな『音』を強く主張した――。

 

「こんばんは、珠世さん」

「――――」

 

 黒い影は一瞬。

 鋭い羽音が一つ、優雅に窓際に降り立ったのは、一匹の鴉だった。

 街灯を背に、艶のある羽が逆光でより黒さを増している。

 その異様に静かな佇まいに、珠世は息を吞んだ。

 

「物騒ですよ、夜に窓を開け放っておくのは」

「…………」

 

 それが、その辺にいるただの鴉でない事は一目瞭然だった。

 人語を解し、人間と同じように扱える鴉。

 それは珠世にとっての『危機』そのもの、鬼殺隊が育てた『鎹鴉』である事の何よりの証明。

 

「ですが、確かに夜の街は美しい。吾輩も時に目を奪われますから、その気持ちは分かります」

 

 本来鎹鴉は人語を話せこそするものの、片言止まりの語彙力しか持たない筈だ。

 だが今現在、珠世の目の前にいる鎹鴉は、まるで人間そのものとしか称せない程流暢に言葉を紡いでいる。

 何より、目を見れば一目瞭然だ。

 

「おっと失礼、話が逸れてしまいましたね」

 

 強く光る理性の光は、ただの獣には出せない底知れなさがある。

 

「では改めまして。初めまして珠世さん、吾輩は『産屋敷』の使いである鴉です」

「…………」

「それにしても、どうやらこちらの想像以上に隠れるのが御上手なようで。捜索力にはかなり自信があったのですが、想像の倍は時間をかけてしまいました」

「どうしてここが分かったのですか」

 

 珠世の問いに、鴉はすぐ答えた。

 

「種は二つあります。一つは人間の人脈ですね、あなたが買ったこの家の元の持ち主を特定しました。吾輩は訓練を受けているとはいえただの鴉、言葉を発しさえしなければ、人間にはそこまで警戒されない」

「しかしそれだけでは……」

「えぇ、当然こうお思いでしょう?『早すぎる』と」

 

 珠世の指先が僅かに震える。

 だがそこに、驚愕や焦りといったものはない。あるのは事態を把握する為の冷静さだった。

 

「今のこの国で、誰かから『血』を買おうとする者は決して多くはありません。あったとしても、それは『国』と強く関係のある医療従事者です。あなたの事ですから、血を収集した後の情報の隠蔽は慣れたものでしょう。だがそれにも限界がある」

 

 珠世は僅かに目を細めた。

 

「……まさかそこまで」

「産屋敷としても本気だったのでしょう、本来『このような手』を好まない彼が、今回の捜索では遠慮なく自身の権力を利用した。本当に珍しい事です」

 

 疑う余地はない。

 今から千年前の平安の世、鬼舞辻無惨という一族の『汚点』を生み出してしまった彼らが、今日この日まで『鬼殺隊』という組織を維持し続けられているのは、彼らの消えない憎悪と復讐、悲劇を終わらせるという使命が基である事。

 その為、彼らは『藤の花の家紋の家』のように助けられたが故の善意。

 そして『それ以外』の力――人脈という名の、産屋敷が代々築き上げた人心掌握術による影の影響。

 

 それらの力を全て『国』ではなく、ただひたすら『鬼殺』にのみ注ぐ。

 

 その決意は、珠世から見ても末恐ろしいものだ。

 

「それでも、分からない」

 

 だからこそ、その『最後の一手』に疑問が残る。

 

「それでもやはり、()()()()

 

 たとえ隠蔽に穴があったとしても、産屋敷が持ちうる数多の人脈があったとしてもだ。

 逃亡の要でもある愈史郎の血鬼術『紙眼』は、相応の格を持った血鬼術(矢琶羽)でもなければ隠蔽の跡の観測すらできない。

 過去、彼の血鬼術が破られたのは元より痕跡を隠す技術を持っていなかった炭治郎と禰豆子、何より昏睡状態の人間(浅草の人)と、その妻が二人の合計四名が一か所に集まっていたからだ。

 このような、どう足掻いても発見から逃れられない要因たちが理由でもない限り、愈史郎の血鬼術に隙はない。

 

 つまり、それを超える『何か』がある。

 

 答えは期待しないが、それでも聞かずにはいられなかった。

 

「それで一体、何の御用で……」

「二つ目の種ですが」

 

 その時鴉は初めて、視線を珠世から外した。

 正確には、珠世から見て左。

 背後にある、扉の――。

 

 カタンッ――。

 

 その扉が閉まる鈍い音は、やけに大きく響いた。

 珠世の背後、そこに誰かが――いる。

 

 

「彼女には特別な『眼』があります、それを借りていたのですよ」

「――ッ、――――」

「そう強張らないでください。我々にあなたを害するつもりはない」

 

 ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは予想の範疇の存在。

 扉の前に立つ、一人の女剣士。

 青の羽織を身に纏った、『鬼殺隊』の隊服を着たその者は、まごう事なき悪鬼滅殺に生きる者。

 長く伸びる藍鼠色、しかしその毛先だけは鮮烈な赤色に染まっていて。

 まるで、その明るさは太陽のようであり――。

 

「――――?」

 

 ――()()

 想像すらしなかった胸中の謎の衝動に、珠世自身困惑した。

 

「ふむ、吾輩たちではやはり、炭治郎のような信頼を得るのは難しい」

「……彼女(剣士)を連れて、すぐに信用しろと言われてできるとでも」

「えぇ分かっています。しかしどうかお許しいただきたい」

 

 こちらの皮肉を軽々と受け流す鴉。

 その言葉を背にしながら、珠世は扉の前に立つ女剣士を、一切の油断を捨てた目で見つめ続けた。

 

 空気が違う。

 

 何度も、何度も無惨が放った追っ手や、道中運悪く出会ってしまった鬼殺隊の剣士を撒き、隠れ、逃げ続けた珠世。

 そんな彼女から見ても、目の前の者は桁が違う。

 その、黒曜石のような瞳には追跡者特有の焦りや怒り、鬼殺隊特有の鬼への憎悪に歪んだ光もない。

 まるで深い湖の底のような、形のない圧が宿っている。

 

 下手に動けば、その瞬間終わるのはこちらだ。

 

 確かに珠世は彼女を見た時――()()()()()()()

 覇気も闘気も憎しみも、殺意もない大木を前にするかのような錯覚は――それは大きな間違いであると、それは罠だと気づけたのは、すぐに己の理性が訴えたからだ。

 

「あなたが『珠世さん』?」

 

 低く澄んだ、怒気も何もない自然な声色。

 それは、捉え様によっては知人と話す際のような優和さを。

 そして一方で、黒鉄のように冷たい、刃のような無機質さとも受け取れる。

 ――だが、そこにはやはり『敵意』がなかった。

 腰に携えた刀に手を添える事もなく。

 彼女はじっと、静かにこちらを見つめていた。

 

「…………えぇ」

 

 絞り出すような声を最後に、沈黙が落ちる。

 時計の針が進む音が一つ、二つとやけに鮮明に聞こえてくる。

 

「……初めまして」

 

 それから、ぺこりと。

 今までずっと視線を動かさなかった彼女が初めて、頭を軽く下げた。

 しかし視線は外さない、油断のない動きだった。

 

「花柳麗です。『柱』だけど、僕は敵じゃありません」

「…………柱」

 

 一瞬呼吸が止まるものの、珠世はすぐに冷静さを取り戻す。

 口先で『敵ではない』とは言いつつも、家の中に鬼殺の剣士が紛れ込んでいる事実は大きい。

 

「愈史郎は」

 

 それに答えたのは麗ではなく、窓際に立つ鎹鴉だった。

 

「愈史郎くんは心配ありません。ほら、走って来る足音が聞こえる」

『珠世様ァアアアアアア――ッ!!!!』

「ね?」

 

 ドドドドッと、途中で足を滑らせでもしたのか、一段と荒々しく響く木の板が軋む音。

 その勢いはもはや、『一気に駆け降りる』というよりも『転げ落ちる』の方が正しいだろう。

 

「では要件を話しましょうか」

 

 ドタドタとこちらに近づいて来る愈史郎の気配を後目に、続ける。

 

「鬼殺隊にも現在、鬼の身体と薬学両方に精通している者がいるんです。しかし薬学に比べて、鬼の身体に関しての知識は()()()()

「…………」

「産屋敷邸にいらしてください。――鬼舞辻無惨を倒す為、吾輩たちと協力しませんか?」

 

 正直、それを信用などできる筈もなかった。

 

「――――」

 

 閉ざした口とは真逆に、胸の奥で警鐘が鳴った。

 いつの間にか、部屋を満たしていたのは夜の風以外何もない静寂。

 部屋の外、花柳麗が立っている扉の向こうのすぐ近くに、愈史郎が待機している事は分かる。

 こちらの合図と同時に、彼はすぐ『紙眼』による時間稼ぎを決行できるだろう。

 

 また、逃げるのか?

 

 無惨を憎む気持ちこそあれど、既に自分は鬼であり、何よりもうとっくに罪を犯した存在。

 珠世自身、かつて自分を『人間』と見てくれた禰豆子に救いを覚えてしまった過去は、永い命と後悔の歴史の中の安堵であり、同時に吐き気を覚える自己嫌悪そのものだった。

 自分は救われるべき存在ではない。

 この命は、無惨を滅ぼす為だけに使うべきものだ。

 ならば。

 

「――私は」

 

 ならばもう、悩む必要はないだろう。

 珠世の答えは既に決まっていた――。




 原作とそう変わらない箇所はサクサク進めます。
 逆に変わる箇所はどっぷりとやる予定です、刀鍛冶の里編とか……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。