【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
ハーメルン歴もうすぐで四年近くなのに……シラナカッタ……
音柱・宇髄天元らによる『十二鬼月』上弦の討伐。
数百年の間、均衡の崩れなかった歴史が動いたというその吉報は鬼殺隊全体を大きく揺るがし、歓喜と驚愕をもって盛り上がったのは記憶に新しい。
だが時の流れとは早いもので、そんな吉報から既に一ヶ月ほどが過ぎていた。
討伐の余韻にいつまでも浸っていられるほど、現実は甘くはない。
あの日を境にするように、鬼舞辻無惨も『陸』とはいえ、あの『上弦』がやられたという事実を重く受け止めているのだろう。
各地での鬼の目撃情報はより一層の増加を見せており、隊士たちはその対処に追われる多忙な日々を送っていた。
そして、そんな慌ただしい情勢の中。
陽の高く昇った昼の蝶屋敷に、一人の男が静かにやってきた。
「…………」
水柱・冨岡義勇。
彼は羽織の裾を微かに揺らし、粛々と屋敷に足を踏み入れ、そのまま静けさの残る廊下を歩いていく。
本来、鬼殺隊の頂点たる『柱』という存在に、心休まる暇などありはしない。
夜中はひたすらに鬼を探し、襲われている人々を救い、鬼を滅する巡回の繰り返しだ。
しかしだからといって、太陽の昇る昼が自由時間という訳でもない。
常に己の剣術を高め、よりたくさんの人間を救うため。
そして、一匹でも多くの鬼を殺すために。『柱』は日々の研鑽を絶え間なく積み続けなければならないのだ。
だが、そんな日々の研鑽よりも優先して、今の義勇にはこの場所に来る必要があった。
義勇は足音もなく、無言のまま蝶屋敷の廊下を歩く。
その時、曲がり角の向こうから、屋敷で働いている少女の一人が忙しそうに歩いてきて、こちらに気づいた。
「あ、水柱様!」
呼びかけに対し、義勇は立ち止まることもなく、ただ無言で軽く会釈だけを返して通り過ぎる。
声をかけた少女も、義勇のそんな淡泊すぎる反応に気分を害する様子はない。
もはや既に慣れたものだと言わんばかりに、去っていくその背中へ朗らかに声をかけた。
「カナエ様はいつもの場所です~!」
もはや蝶屋敷全体に広く共有されている、冨岡義勇という男の極度な口下手と不器用さ。
義勇自身、周囲からそのような扱いを受けていることに特別な違和感を抱くこともなく、ただ当然のように無言で廊下を歩み進めていく。
そうして静かに歩を進め、義勇はやがて目的とする部屋の前に辿り着く。
静かに息を整え、それからそっと扉を開き、その中へと足を踏み入れた。
「――胡蝶、いるか」
部屋に入って早々、義勇は低く静かな声で問いかけた。
義勇が足を踏み入れたその診察室には、鼻腔をかすかに擽る消毒液の香りが満ちていた。
白を基調とした室内には、整然と並べられた棚に薬瓶や包帯が隙間なく納められていて、窓から差し込む陽光が、磨き上げられた床や清潔な木製の机を優しく照らしている。
命を救い、傷を癒やす為の静謐と緊張感が同居する、そんな蝶屋敷特有の清廉な空気がそこには広がっていた。
その部屋の奥、机に向かって座っていたのはこの蝶屋敷の主であり、鬼殺隊の最高戦力の一角――花柱・胡蝶カナエ。
だが、義勇の発した問いに対し、ほぼ同時に返ってきた言葉は二つ。
「あ、冨岡くん」
「冨岡さん?」
おっとりとした調子で紡がれたカナエの声と、対照的にどこか刺々しい響きを孕んだ後者の声。
カナエのすぐ後ろには、姉と同じ蝶の髪飾りを髪に挿した小柄な少女――カナエの妹である胡蝶しのぶが佇んでいた。
しのぶは棚の薬品を整理していた手を止め、義勇の方をじっと見つめている。
『…………』
室内にしばらくの無言が流れた。
義勇は眉ひとつ動かさず、静かに口を開く。
「……姉の方に話しかけたつもりだった」
「………………はぁ。どうせそんな事だろうと思ってました」
しのぶは呆れたように大きなため息を吐くと、呆れ顔のまま再び棚に向き直り、薬品の整理作業へと戻っていく。
そんなしのぶの、小さく尖った後ろ姿を視界の端で横目にしながら、義勇は改めて正面のカナエへと視線を向け、本題を切り出す。
「……竈門隊士の様子を聞きたい」
その言葉を聞いた瞬間、カナエはふっと表情を緩めて、花がほころぶような笑みを浮かべた。
「ふふ、そんな堅苦しい聞き方をしなくていいのよ?」
そう言ってから、カナエは可愛らしく首をかしげて見せる。
「もう何回も来てるんだし」
そう付け加えられた通り、義勇はこの二ヶ月余りの間、かなりの頻度で炭治郎の様子を窺いにこの蝶屋敷を訪れていた。
遊郭での激闘を経てからというもの、炭治郎は深い眠りについたまま、未だ目を覚ます気配を見せていない。
――自分は『柱』に相応しい人間ではない。
義勇の胸の奥底には、常にその暗い影が横たわっていた。
かつての『最終選別』での一夜、それは今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
自分は親友である錆兎に助けられ、彼が命を落とす一方で、ただの一体も鬼を倒せぬまま生き残り、合格してしまった。
そんな自分が『柱』を名乗るなどおこがましく、本来なら剣士である資格すらないはずなのだ。
だからこそ義勇は、単独ではないにせよ上弦の鬼を打ち破った炭治郎に期待していた。
正当な『水の呼吸』の継承者として強く成長して欲しい。
いずれ自分のような未熟者を遥かに超えて、そして真の『柱』になる事を切に願っていた。
義勇が炭治郎の安否を案じるのは、ただの情で収まるものではない。
それは己の過ちと不甲斐なさ、それを払拭してくれるであろう存在に対する切実な祈りでもあった。
だが、そんな胸の内にある鬱屈とした苦悩を、今ここで語るつもりなどどこにもない。
「……余計な世話だ」
義勇の口から突いて出たのは、あまりにもぶっきらぼうで、素っ気ない拒絶の言葉。
自分自身の至らなさも、背負うべき過去の重荷も、それらは全て自分一人で抱えていくべき苦悩だ。
傷ついた隊士たちの命を救う医師であり、同時に鬼を討つ立派な剣士として生きているこの二人のような人間に、わざわざ自分ごときのことで心配してもらう資格などない。
だから義勇としては、不器用なりに相手を尊重し、線を引く意味を込めて発した思いやりの言葉であった。
「そう」
カナエは義勇のその言葉に対しても、いつもと変わらない穏やかな微笑みを湛えている。
言葉の裏に隠された真意、それを察しているが故の余裕である。
だが、しかし――。
「……それ、どういう意味ですか」
カチャン、と薬瓶を置く鋭い音が響く。
カナエとは違い、後ろで薬品を整えていたしのぶは顔をムッと歪ませると、静かな怒りを隠そうともせず義勇の方へと歩み寄り、その小さな身体で義勇のすぐ目前まで近づいて見上げた。
「何ですかその言い方、姉さんはあなたを気遣って――」
不満を露わにしながら、しのぶは義勇に言う。
だが、そんな突っかかってくるしのぶに対し、義勇は顔色一つ変えることなく静かに。
「……事実だ、胡蝶が俺を心配する必要はない」
これまでのぶっきらぼうな物言いに比べれば、今の言葉には義勇なりの気遣いが色濃く滲んでいた。
極論、その言葉は『俺のことなど気にせず、お前たちは自分のやるべきことに専念してくれればいい』という、やはり不器用すぎるものではあるが、しかし温かい思いやりの拒絶。
普段の支離滅裂な口下手っぷりに比べれば、カナエでなくともその真意の片鱗を察することができそうな程に、素直な言葉選びですらあった。
しかし既に、頭に血が上がっているしのぶには届かない。
「だから! その言い方は何なんだと聞いてるんです!」
怒りを隠そうともせず、しのぶが一歩詰め寄る。
義勇はそれに合わせるように、無表情のままスッと一歩後ろへ下がった。
「言った通りだ」
「言った通りではありません! 人がせっかく心配して声をかけているのにその言い草は何ですか!?」
「だから不必要な心配だと言っている。俺は怪我もしていないし、病でもない」
「そういう問題ではありません! 気持ちの話を伝えているんです!」
「……気持ちだけでは意味がない。お前たちは患者たちの治療に集中するべきだ」
「ッ……! 本当にあなたという人は……!!」
もはやツンツンではなく、ドスドスという勢いで突っかかるしのぶ。
そんなしのぶの言葉に対し、義勇もまたどこまでも淡々と、表情を変えずに返答を重ねていく。
言葉を交わすたびにしのぶが一歩踏み込み、その分だけ義勇が一歩引くの繰り返しという、妙な間合いの押し引きが室内で繰り広げられた。
そんな二人の噛み合わないやり取りを、机の奥から眺めていたカナエは、頬にそっと手を当てて「あらあら」と楽しそうに笑っている。
そして、その視線に気づいた義勇は、困惑を隠しきれない様子でちらりとそちらを見やる。
「胡蝶……」
「『胡蝶』は私もですが!?」
だがそれを封じるしのぶ。
「姉さんに助けを求めないでください! ……って、姉さんもそんな顔しない! この人を甘やかさないで!」
食い気味に声を張り上げるしのぶ。
そんな二人の様子をいよいよ微笑ましく見守っていたカナエは、ふっと花が咲くような笑みを深めると、朗らかな声で二人の間に割り込んだ。
「ふふっ。あぁそうだ、冨岡くん」
「……なんだ」
それから、ポンッと両手同士を叩いて音を鳴らし。
「しのぶの事、私と同じように『しのぶ』って呼んでみない?」
『…………え』
その唐突すぎる提案に、義勇としのぶの声が綺麗に重なった。
しのぶは目を見開き、それから一瞬でカナエの方に向かって行き。
「いきなり何言ってるんですか姉さん! 話の流れが……」
「だって、二人とも『胡蝶』だとややこしいでしょう? さっきしのぶも思ってたんじゃないかしら?」
「それは……そうですが! でも今この時にする話じゃ……」
「それに、冨岡くんはもう何度もここに来てくれているんだし、それくらい親しく呼んでもいいと思うのよ」
さも当然といった様子で、カナエはおっとりと首を傾げ。
「ねー? しのぶ」
「『ねー?』じゃありません!」
「……(そうなのか……?)」
義勇はしばし無言で固まっていた。
が、それから深く考える風でもなく、素直にカナエの言葉を呑みこみ、受け入れる。
確かに今まで、姉妹揃って『胡蝶』呼びにしてややこしいと思った事は何度かあった。
それでも義勇が今まで『胡蝶』呼びを続けていたのは、率直に言うとそこまで深い理由がある訳ではなく、面倒だったからに他ならない。
だが、こうしてそれを直すきっかけが訪れ、そして断る理由がないというのなら……素直に従うべきだろう。
義勇はゆっくりと視線を移動させ、目の前で抗議の声をあげようとしていた少女に直視を向けた。
「……しのぶ」
「――ッ!」
低く、まっすぐに自分の名前を呼ばれ、しのぶの言葉が喉で詰まった。
「な、なんですか急に……」
語尾を濁らせながら、そっぽを向くしのぶ。
今まで淡々と、姉と同じ『胡蝶』としか呼ばなかった男からの、あまりにも突然で、無駄のない呼び捨て。
直前までの怒りはどこへやら、しのぶの顔から怒りが消えていく。
突っかかっていた勢いは完全に削がれ、眉をひそめながらも視線を彷徨わせるその姿には、年頃の少女らしい気恥ずかしさが溢れている。
そんな妹の反応を見て、カナエは満足そうに「あらあら」と再び頬を緩ませた。
「ふふっ、さてと……」
それから、カナエは本題へと戻るように一度小さく手を打ち鳴らす。
「それじゃあ冨岡くん、肝心の質問に答えるわね」
義勇がそっと視線を向けると、カナエは優しく微笑みながら、ゆっくりと口を開く。
「竈門くんね。ちょうど一週間ほど前にようやく目を覚ましたのよ」
「……!」
義勇の眉根が微かに動く。
二ヶ月間、ずっと眠り続けていた彼が目を覚ました。
それだけで、胸を押し潰すような重荷が少しだけ軽くなるのを義勇は感じた。
「二ヶ月も眠り続けていたから、最初は身体も鈍っていたけれど……『機能回復訓練』でだいぶ元の調子に戻ってね。……だけど」
そこでカナエは、少しだけ困ったように苦笑いを浮かべた。
「上弦との戦いで刀を駄目にしちゃったらしくて、その事で彼専属の刀鍛冶さんから手紙が届いたの。それに、新しい刀もまだ送られて来なくて……」
「あんなの手紙ではありませんよ」
そっぽを向いていたしのぶが、どこか呆れたような声を差し挟んだ。
「『許さない』だの『呪う』だの、『お前にやる刀はない』だの……病み上がりの人間に送るものとは思えない内容でしたね。本当にあの人はうわさ通りというか、何というか……」
「……それでね、竈門くんはその人に直接会ってお詫びとお願いをする為にね……」
それから、カナエは片目だけを閉じて可憐に微笑んだ。
「今朝発ったのよ。――『刀鍛冶の里』へ」
少数派なのは分かっているが、私はカナエさん存命時のツンツンしたしのぶさんが好きだ。
これ以上は譲れない。