【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
氷山の頂上でてくてくと歩き続ける氷の人形――童磨が生み出した『結晶ノ御子』。
その愛らしい姿に内包された殺意に満ちた規格外の性能を前に、炭治郎はゴクリと唾を呑み込んだ。
何故なら、今こうして炭治郎の鼻孔を突き刺すのは、
この違和感のある匂い、それはかつての『那田蜘蛛山』での戦いで、下弦の伍・累の『家族』と似た匂い。
異能の繋がりこそあれど、密接には関わっていない種類の香り。
つまり目の前の人形は信じられない事に、これだけの規模の術を発動できる存在でありながらも、実際は遠く離れたどこかに存在する鬼の『本体』ではないという事。
ただ術を発動し、命じられた通りに動くだけの『駒』の一つに過ぎない。
だというのに、人形の全身から放出されているのは気が遠くなるほど濃厚で、吐き気を催すほどの凄まじい鬼の匂い。
本体の鬼の力量がどれほど隔絶しているか、ただの末端の人形から溢れ出る気配だけで肌を刺すように伝わってくる。
(この時点でもう、妓夫太郎とは桁違いの匂い……! それこそ猗窩座より……!)
炭治郎が冷や汗を流しながら警戒を深めた、まさにその時。
――パキッ……!
夜の冷気の中に小さく、だが鋭い亀裂の音が響いた。
「っ!?」
炭治郎が弾かれたように驚き、音が聞こえた方向へ視線を向ける。
音が発せられたのは、つい先ほどまで自分たちが居た、今は分厚く巨大な氷の中に完全に閉じ込められている宿の残骸。
――バキッ! バリバリバリッ!!
再び、破砕の音が響いた次の瞬間。
宿を押し潰していた分厚い氷塊が、一気に内側から弾け飛んだ。
無数の氷の結晶が散らばり、宙を舞いながら白い霧となって夜空へ霧散していく。
その白煙の真っ只中に、ゆらりと立っている影が一つあった。
「ハァ――ッ、ハァ――ッ!」
荒く荒く肩を上下させ、全身の皮膚という皮膚に太い血管を浮き出させながら、肉体を激しく震わせる少年。
彼は額に青筋を立て、足元をふらつかせながらも、一歩、また一歩とゆっくり歩みを進めてくる。
「……っ、玄弥!」
その姿を視認した炭治郎の表情に、ぱっと安堵の色が広がる。
氷の血鬼術の直撃を受けたというのに、身体には傷一つもない事に僅かな違和感を抱きつつも、炭治郎は心の底から胸を撫で下ろす。
「良かった、無事だったんだな!」
炭治郎は笑顔を向けながら、切迫した声を張り上げた。
「玄弥! 多分あの人形を操ってる鬼は上弦だ! だから二人で一緒に――」
だが、それを言い終わるより早く。
ガシッ! と、一瞬にして間合いを詰めてきた玄弥の手が炭治郎の喉元を力任せに掴み、強く頸を絞め上げた。
「ッ、お前は引っ込んでろ………上弦を倒すのは俺だ」
炭治郎を絞め上げる玄弥の手の力は尋常ではなかった。
今の玄弥の顔はあまりにも異形であり、口元からは肉食獣のような鋭い牙が覗き、その両眸は白目と黒目が完全に反転、その禍々しい漆黒の眼球には爛々と黄色い瞳孔が浮かび上がっている。
その姿はまるで鬼。
そんな正気とは思えぬ凄まじい威圧感を撒き散らしながら、玄弥は一層強い力で炭治郎の頸を絞め続ける。
しかし。
「玄弥、涎が出てるぞ! それに頸も絞めてるし!」
炭治郎は息を詰まらせつつも、顔色一つ変えずにいつもの調子で気楽に話しかけた。
自分の命が脅かされている危機感など微塵も感じさせない、そのあまりにも自然体な炭治郎の態度に、玄弥の眼光が僅かに揺らぐ。
「上弦の陸を倒したのはお前の力じゃない……」
「あ、うん。そうだよ!」
「だからお前は『柱』になってない……」
「うん、俺もそう思う!」
玄弥の凶暴な異変や、明らかに人間離れしたその状態に突っ込むことすらなく、炭治郎は玄弥の言い分を朗らかに全て肯定して返す。
「『柱』になるのは俺――」
「あ、玄弥ごめん! その話はちょっと後で!」
二人の奇妙な会話の途中で、炭治郎の眼の色が変わった。
氷山の頂の上で静観していたはずの『結晶ノ御子』がその時、無機質な動作で無音で扇を振るったのが見えたからだ。
「血鬼術
静寂を打ち破り、氷の人形から放たれた血鬼術。
空気が一瞬で凍てつき、四方八方からうねりを上げる巨大な氷の蔓が幾重にも生み出される。まるで生き物のように蠢く凶悪な氷の蔓が、炭治郎と玄弥の二人をまとめて押し潰さんと襲いかかった。
だが、その迫り来る氷の蔓よりも速く玄弥が動いた。
玄弥は炭治郎の頸から手を放し、そして獣のような咆哮を上げて踏み込んだ。
襲い来る幾本ものうねる氷の蔓を、
そして――。
――ガブッ!! バリボリボリッ!!
玄弥は束ねた氷の蔓へ喰らいつき、その鋭い牙で思いっ切り齧り取った。
「玄弥!? それ大丈夫なのか!?」
目の前で起きたあまりにも想定外の光景に、炭治郎は思わず裏返った大声を張り上げた。
鋭い音を立て、どう見ても身体に悪そうな血鬼術の氷を噛み砕いて飲み込んでいく玄弥の姿に、炭治郎は心配そうな声を上げ続ける。
「凄い歯だな! でもお腹壊さないか!? 大丈夫なのか!? お腹壊さないのか玄弥!!」
「お前は黙ってろ!!」
涎を撒き散らしながら大声でキレる玄弥。
上弦の鬼、それも『弐』の濃厚な血を摂取して理性が飛びかけていたにも関わらず、つい元の調子に戻ってしまう程にはキレた。
戦いの真っ只中だというのに、二人の間には何とも言えない奇妙な空気が繰り広げられ、それを観察している『結晶ノ御子』も思わず、動きを停止してしまっていた。
里の中心部から大きく離れた山奥。
鬱蒼とした樹々に囲まれた暗がりの中、そこにひっそりと佇む一軒のあばら屋があった。
夜風が木の葉を揺らす音に混じって、遠方から絶え間なく届くのは、里の刀鍛冶たちが上げる悲痛な悲鳴たち。
建築物を押し潰し、工房や住居が音を立てて倒壊していく重奏、そして逃げ惑う人々の切迫した叫び声が夜の山間に木霊している。
そんな、里全体が恐怖と混乱の渦に飲み込まれている最中。この山奥のあばら屋の中では、別の意味で異質で、そしてあまりにも奇妙な空気が繰り広げられていた。
「さっさと動けやコラァアアアアッッ!!」
静寂を強引に引き裂くような怒声があばら屋の中に響き渡る。
「小鉄少年! こうなりゃヤケです! コイツ一緒にぶん殴りましょう!」
「いや鉄穴森さんが殴っても無理なら意味ないですって、自分が殴っても無理ですって」
「あぁそうでしたね畜生ッ、聞いてますか鋼鐵塚さん!? 流石にですねぇ! 時と場合考えて欲しいと思ってるんですよ私は!! 本ッッ当に!!」
男、鉄穴森が怒り狂って目前の男の肩を力任せに掴み、そしてバチンッ! と大きな音を立ててその頬を引っぱたく。
しかし、打たれた男は微動だにしない。鉄穴森はあまりの反応の無さに、余計に青筋を立てて地団駄を踏んだ。
ジャコ、ジャコ、ジャコ――。
鉄穴森の目の前で座り込む男――鋼鐵塚蛍は周囲の狂乱も、里から届く悲鳴も、そして鉄穴森からの鉄拳制裁すら一切存在しないかのように、ただ一心不乱に眼前の日輪刀を研ぎ続けていた。
一言も発さず、ただ黙々とあばら屋に引きこもって研磨作業を継続するその姿は、ある種の執念を越えた鬼気迫るものがあった。
「おい聞いてんのかこの分からず屋! 大体死んだら研ぎもクソもないでしょうが! 少しは周りの状況を見なさいよ!」
「そうですよ、あなたはいつも自分勝手で人の話を聞かないしいい所全然ないけど! でも死んで欲しくないんですよ! あと今のそれは集中力が凄いんじゃなくてただ頑固なだけですからね!? 今ここで死んだらただのバカですよ、聞こえてます!?」
鉄穴森が怒声を浴びせ、それを援護するように小鉄が持ち前の辛辣な毒舌で畳みかける。
二人で代わる代わる文句を言い連ねて意識をこちらへ向けさせようと試みるが、鋼鐵塚はそれら全ての雑音を完璧に遮断し、ジャコジャコと規則正しい研削音だけを刻み続けていた。
再び、鉄穴森による『キ――ッ!!』という怒りの咆哮があばら屋の中に響く。
そんな三人による奇妙な押し問答を、少し離れた位置から無言で佇み見つめている少年がいた。
「…………」
霞柱・時透無一郎である。
彼は胸の中で静かに思考を巡らせる。剣士として、そして鬼殺隊の最高戦力である『柱』として徹底的に効率だけを追求するのなら、今ここにいる彼ら三人の優先順位は著しく低い。一刻も早く里長と、それに準ずる技術を持った熟練の刀鍛冶たちの保護へ回るのが、戦局全体における最善手ではあった。
目の前で怒鳴り散らす鉄穴森も、小鉄も、鋼鐵塚も。
合理的に見れば、今この場で置き去りにしたところで戦力的な大局には影響しないかもしれない。――だが。
(……だけど、だからってこの人たちを見捨てて行っていい理由にはならないし)
無一郎は小さく息を吐き、思考の深層で眉をひそめた。
(どうしようかな……強引に担ぎ出して避難させる? でも、あの鋼鐵塚って人は刀から手を離しそうにないし……)
悩む無一郎の思考。
だが次の瞬間、それは鋭く切断された。
――気配。
「ッ!!」
背後の静寂から僅かに漂った異物の気配。
その時、無一郎の身体は思考よりも早く反応していた。
カチ、と静かな音が鳴る。
それはつい先ほど鉄穴森から受け取った、打ち終えたばかりの新刀。無一郎はその柄へ手を伸ばし、滑らかな動作で鞘から一気に引き抜く。
無一郎の手に握られた瞬間、日輪刀は僅かに青みがかった美しい白色へと変色する。
「二人はそこにいて」
短く、透き通った声でそれだけを言い残すと、無一郎の姿があばら屋の中から掻き消えた。
同時に。
「ヒョヒョッ」
不気味で粘着質な声が、いつの間にかあばら屋の外の地面にぽつんと置かれていた、一つの壺の中から漏れ出した。
「よくぞ気づい……」
――ズバンッ!
言葉の途中で、その壺は一刀両断された。
あまりの素早さに、切り口すら歪むことなく綺麗な二つに割れた壺は、地面に落ちた破片ごと黒い霧となって消滅していく。
「――ヒョッヒョッ!」
今度はあばら屋の屋根の上。
そこに、いつの間にか出現していた別の壺から声が響く。
「申し遅れました、私の名は玉壺――」
だが、その名乗りすら最後まで許されることはなかった。
疾風のごとき速度で屋根へと跳躍した無一郎の剣が、一筋の閃光となって壺を正確に穿ったのだ。
「霞の呼吸 壱ノ型
バリンッ! と豪快に粉砕された壺が屋根の上で霧散すると同時。
三度目の声が、あばら屋の入り口の目の前に置かれた新たな壺から湧き上がる。
その声に今度は、隠しきれない怒りと苛立ちが露わとなっていた。
「このっ、審美眼も常識もない猿が……! 人の言葉を遮るなと親から教わらなかったのか!?」
壺の狭い口から、ずるりと生々しく湧き出るようにして、その鬼は全身を露わにした。
その鬼の容姿は、人道を激しく踏みにじるような異形の極みとしか言えないものだった。
頭部から生えた何本もの小さな幼子の手足が蠢き、あるべき場所に目がなく、代わりに額と顎の位置にぎょろりとした眼球が嵌め込まれており、本来目があるべき両目の位置には、歪んだ口が二つ上下に並び、歪な牙を覗かせてもいる。
しかも下半身は足ではなく、白い蛇のように滑らかな体躯が壺の口と直接繋がっているのだ。
そして、そんな異形の目に刻まれた『上弦』と『伍』の文字が、その鬼の正体を証明していた。
――『十二鬼月』上弦の伍・玉壺。
その異形を見据え、無一郎は氷のように冷ややかな視線を返す。
「鬼が人を
淡々と、一切の感情を排した声で冷たく吐き捨てる。
そして無一郎は空中で身を翻し、あばら屋の入り口の前に静かに降り立つ。そして背後に怯える鉄穴森と小鉄へ、視線すら向けずに小声で命じた。
「動かないで、僕が守るから」
『ッ…………』
その言葉の重みに鉄穴森と小鉄は息を呑み、力強く深く頷いた。
「ヒョッヒョッ! そんなにここのあばら屋が大事かえ? まさか里長がいるのではあるまいな」
玉壺は先ほどまでの激怒が嘘であったかのように、口を歪めて楽しそうに笑い声を上げた
眼球を奇怪に蠢かせ、あばら屋と無一郎を交互に見つめる。
「ならばそのつまらない命、同じくつまらない命を守る為に散らせ」
頭部から生えた幼児のように小さな手が、軽やかに空を叩く。
すると、玉壺のその指先から新たな壺が空中に顕現した。
壺の口からぬらりと滑り出るように躍り出たのは、宙を自在に泳ぐ巨大な金魚が二匹。それらはぎょろついた目を無一郎へ向け、不気味に鰓を蠢かせる。
「血鬼術
玉壺の甲高い叫びとともに、二匹の金魚が両頬をぷくりと異常なほどに膨らませる。
その直後、放たれたのは絶望的な針の弾幕であった。
ズガガガガガガッッ!! と、夜の空気を切り裂く音が連続して響く。
金魚の口から吐き出された針は数百、数千という圧倒的な密度となり、無一郎たちの視界全てを埋め尽くす。
避ける隙間などどこにもない。点ではなく『面』として迫る死の弾幕。
それが、無一郎とその後ろにあるあばら屋ごと穿ち潰そうと襲いかかった。
「ヒョヒョッ、これを全て防ぐのは不可能――」
玉壺が勝利を確信し、嘲笑の笑みを深めた。
――まさにその瞬間。
「霞の呼吸 参ノ型
静寂の中に滑り込んだ無一郎の声。
澄んだ青白色の日輪刀が、無一郎の腕を中心に旋風のように巨大な円を描いて高速回転。
そして放たれたのは、単なる斬撃ではなく空間ごと斬り裂き、激しい風圧を巻き起こす円形の斬撃。
――ギャリギャリギャリギャリッッ!!
迫り来る針の弾幕は無一郎が作る風圧の壁にぶつかった瞬間、全ての推進力を失って弾き飛ばされた。
四方八方へと無造作に弾け散り、周囲の樹木や地面へと無数に突き刺さっていく針たち。
それらは結局、無一郎どころかその背後にあるあばら屋にも、ただの一本すら届くことはなかった。
「なっ……!? 風圧で全てを――!」
完璧な防衛と、それを可能にした技の速度に玉壺が驚愕の声を上げる。
だがその驚愕の間、刀を振り終えた無一郎は青白色の刃を見つめながら、ぽつりと一人呟いた。
「……やっぱり師範のようにはいかないな」
かつて見た、圧倒的な剣圧により『風圧』どころか『真空』を生み出した師の技量を思い出しながら。
無一郎は静かに息を整え、そして鋭い眼光で目の前の玉壺をじっと見やる。
「でも」
――無一郎の『無』は無限の『無』。
「うん、大丈夫」
その力は、誰かを守るために振るわれる――。
結晶ノ御子「(玉壺殿に)ついてく……ついてく……」