【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
(針の一本も届かないだと……!?)
無数に解き放たれた『千本針魚殺』の毒針が全て、目の前の鬼狩りの髪一筋にすら届かずに破砕された光景。
それを前に、玉壺の胸中に渦巻いたのは自尊心を損ねたが故の怒りではなく、それ以上の困惑と疑念だった。
本来であれば、どれほど鍛え上げられた剣士であろうと、点ではなく『面』として襲いかかる数千の弾幕を完封することなど不可能。どこかに必ず生じる攻撃の隙間を縫って、猛毒の針が肉体を穿つはずであった。
だが、いま眼前に立つ青白色の刀を掲げた少年は、恐ろしいほどの反応速度と寸分の狂いもない正確無比な斬撃、何より風圧すら自在に操る異常な技の練度によって、その絶対的弾幕を完璧に無力化してみせた。
(……認めたくはないが、この餓鬼……技の冴えや間合いの取り方といい、以前殺した『柱』とはまるで違う!)
眼球を奇怪に蠢かせながら、玉壺は冷や汗を流し続ける。
(いくら童磨殿と行動を共にしているとはいえ……いや、だからこそ。これ以上この餓鬼に余計な時間を割く訳にはいかんのだ……!)
玉壺の脳裏に、この里に乗り込む前――あの『無限城』で繰り広げられた会話が鮮明に蘇る。
『なぁ玉壺殿、その「情報」とやらを俺にも教えてくれないか?』
黄金の扇をパチンと鳴らし、形だけの笑みを浮かべて声をかけてきた上弦の弐・童磨。
困惑する玉壺の前で、彼は己のかつての失敗を語った。それは昔『花柱』と相対した際、あと一歩のところで後に『煌柱』となる少女によって邪魔をされ、結果として両者に傷の一つも与えられなかったという不覚の過去。
それからずっと、自分はあの方――鬼舞辻無惨からの冷ややかな評価を拭い去り、汚名を返上する機会を待っていたのだと語った。
そうして童磨と『相乗り』する形で手を組み、共に里を襲撃するという現在に至る。
(陸とはいえ上弦がやられ、無惨様は大層お怒りの状態……童磨殿の名誉を挽回するのも大事だが、この玉壺も同じく手柄を立てなくてはならない……!)
激しい執念が、玉壺の歪んだ肉体を突き動かす。
(故に、ここで一気に片付ける!!)
ギチギチと気味の悪い音を立てて、玉壺の肩や背中から生えた六本の幼子のような腕が蠢く。
そしてその指先から、六つの新たな壺が瞬時に生成された。
「血鬼術……」
無一郎に向け、それぞれの壺の口が向けられる。
解き放とうとする技は先ほどの『千本針魚殺』の比ではない。
数と密度、その全てにおいて桁外れの物量で対象を押し潰す、より上位の『面』による攻撃。
「一万滑空……」
今度こそ、目の前の『柱』を肉片に変え、その背後のあばら屋ごと微塵に砕いて壊してやる、そんな殺意を乗せ、玉壺が術の名を叫び切ろうとした。
まさにその寸前。
(――なっ!?)
背後――いや、周囲の空間全体から湧き上がった凄まじい悪寒。
玉壺の全身の毛穴が収縮し、思考が凍りつく。
「蛇の呼吸」
暗闇から滑り込むように響く冷徹な声。
「伍ノ型
その呼吸の名に相応しい、地面を波打ちうねりながらも、地を滑るような変幻自在の斬撃が、一切の音もなく玉壺の頸へ一直線に到達する。
――ズバッ! と、何かが切断される鋭い音が響いた。
玉壺は刃が骨肉を断つ手応えが残るよりも僅かに早く壺の中に滑り込み、血鬼術による瞬間移動でその場から消えた。
「チッ……」
不機嫌そうな舌打ちとともに、闇の中から一人の男が姿を現す。
白と黒の縞模様の羽織を揺らし、波打つ蛇のような刀を手に下げた男。
――蛇柱・伊黒小芭内。
「伊黒さん、助か……」
無一郎が小芭内に声をかけようとしたが、その視線が小芭内の日輪刀に留まり、小さな言葉を途切れさせる。
小芭内の日輪刀には、まるで蛇が脱皮した跡のように『ぬめりけ』のある白く気味の悪い皮がへばりついていたのだ。
攻撃が届く直前、玉壺が自身の身代わりとして脱皮した残骸である。
「うぇ……」
「あぁ、本当に醜い」
無一郎はあからさまに嫌そうな顔をする。
小芭内もまた、包帯で覆われた口元から溢れるほどの不快感を隠そうともせず、刀をひと振りして付着した皮を地面へと叩き落とした。
「元より鬼は醜いものだが、ここまで底辺の更に下を見るのは初めてだ」
小芭内は刀を構え直すと、その眼光を近くの大木の枝の上へと向け、吐き捨てるように愚痴を零す。
その視線の先――そこには大木の太い枝の上で肉体を変化させている途中の玉壺がいた。
「ヒョッヒョッ! 生意気な鬼狩りども。喜べ、お前たちには私の真の姿を見せてやる」
玉壺は誇示するように高らかに宣言する。しかし無一郎と小芭内の返答はあまりにも素っ気ない。
「はいはい」
「見せるな、喋るな、とっとと逝ね」
無一郎は冷めた目で一蹴し、小芭内は一瞥すら与えずに吐き捨てる。
あまりの反応に、玉壺の歪んだ口がわなわなと震えた。
「口の減らない奴らめ……この姿を見せるのはお前で三人目、そしてお前で四人目だ!」
誇らしげに語る玉壺に対し、無一郎が感情の失われた淡々とした声で。
続けて、小芭内が毒を孕んだ低い声で容赦なく追い打ちの言葉を被せた。
「三人目も四人目もどうでもいいよ。君のその変な姿、見てるだけで目が腐りそうだから早く消えてくれない?」
「その醜態では数字すらまともに数えられるか怪しいものだ。お前のような生ゴミにも劣るものの姿など、一秒たりとも視界に入れる価値もない」
「黙れ。私が本気を出した時、生きていられたものはいない!!」
眼球が血走り激昂する玉壺に対し、無一郎は首を傾げながら。
更に続けて小芭内が、ネチネチと辛辣な言葉を重ねていく。
「本気を出したからって何? 凄いねって褒めて欲しいの? 本気を出しても出さなくても、やってる事も見た目も全部気持ち悪いままだし」
「やはり貴様の醜悪さは見た目だけではなかったようだ。己の無能さを滑稽な言葉で覆い隠す様は反吐が出る、万死に値する愚か者め」
「気持ち悪いんだよね」
「さっさと死ね」
「口を閉じてろ糞馬鹿どもが!!!!」
ついに忍耐の限界を迎えた玉壺が甲高い悲鳴のような怒号を上げる。
そして次の瞬間、木々の隙間から月光が差した事で、玉壺の現在の容姿が明らかとなった。
「この透き通るような鱗は金剛石よりもなお硬い。私が壺の中で練り上げた……」
そこにいたものは、これまでの不気味な姿とはまた別の不気味さを放つ『完全体』の玉壺。
上半身は鍛え抜かれた戦士のように筋骨隆々としている。しかしその両腕は禍々しい青緑色に染まっていて、指と指の間には水生生物を思わせる水かきが張られていた。
そして下半身には足が存在せず、太く巨大な青緑色の蛇のような尾が地面を蠢いている。
これこそ、『芸術家』を自称する玉壺が辿り着いた、彼にとっての究極の肉体美。
「この完全なる美しき姿に平伏するが――」
玉壺が己の完成された肉体に酔い痴れ、歓喜の言葉を最後まで紡ぎ終えるよりも前。
無一郎と小芭内の身体が同時に跳躍していた。
「霞の呼吸 弐ノ型」
「蛇の呼吸 弐ノ型」
青白色と紫色、二つの閃光が夜の空間を鋭く交差する。
「
「
無一郎が解き放つ素早い連撃と、その連撃の隙間を滑るように放たれる小芭内のうねる一閃。
二人の『柱』による寸分の狂いもない連携攻撃が、玉壺の肉体と頸を穿たんと同時に叩き込まれた。
しかし、手応えはない。
二つの刃が捉えたのは、残像すらも置き去りにした虚無の空間だけ。
「ヒョッヒョッ!」
遠く離れた木の枝の上、そこから愉しげな笑い声が降ってくる。
「どうだこの速度! そしてこのしなやかさ! 手も足も出まい!」
両腕を広げ、勝ち誇ったように嗤う玉壺。
それを見上げる無一郎と小芭内の瞳に宿るのは動揺ではなく、冷徹な殺意のみ。
「ヒョッヒョッ! 腹立たしい表情だ。だが……」
玉壺はふっと歪んだ笑みを深め、細い指先で自身の胸元を撫で回す。
そして相手を試すような、勝ちを確信する粘着質な声を吐き出した。
「それが後に屈辱に歪む事を考えれば……それもまた良し!」
現在、里の深部では百数もの命が息を潜めていた。
刀鍛冶の里における退避壕。そこは里にいたほとんどの人間が雪崩のように逃げ込み、身を隠している巨大な広間であった。
そもそもの話、この刀鍛冶の里そのものが幾重もの隠蔽術と極秘の移動ルートによって特定が困難な場所である。
そんな里の退避壕もまた、極めて厳密かつ複雑な隠蔽が施されている。
外から見えるのは苔むした無骨な巨岩だ。しかし実際には、その巨岩の割れ目には精巧な絡繰の仕掛けが施されており、特定の順序で仕掛けを解除しなければ、内部へと続く隠し扉はびくともしない。
一歩足を踏み入れれば、そこは人がすれ違うのがやっとの道が続いている。高低差のある屈曲した通路は幾重にも折り重なり、外へ漏れる音や匂いを完全に遮断する防音・防臭の構造となっているのだ。
そこに広がるのは、岩盤を削り出して作られた、膨大な容積を誇る隠し部屋であった。
壁面に備え付けられた燭台や提灯からは、温かみのある橙色の灯りが揺らめき、幾重にも重なる岩の柱を仄暗く照らし出し、空間の各所には竹や木材で組まれた仮設の棚や避難用具、そして刀鍛冶たちが命の次に大切とする資材や鍛造道具までもが整然と運び込まれていた。
その広い部屋のあちこちに、肩を寄せ合うようにして多くの男たちが、そして幼い子供や老人も含めた里の人間たちがひしめき合っていた。
「あ……危なかった…………」
「あぁ、ここまで来れば大丈夫だ……」
外での惨劇から逃げてきた者たちが、床に腰を下ろし、安堵の息を吐き出していた。
怪我を負った若い職人の傷口に包帯を巻き直す手や、怯える子供の背中を優しく摩る母親のような手つきの男たち。誰もが着物や羽織を煤と土で汚しながらも、生き延びたことに胸を撫で下ろしている。
部屋の角で汗を拭っていた年配の刀鍛冶が、隣の職人へ向けて小さな声を漏らした。
「外はどうなっているんだ……? まだ里の外へは出られんのか」
「あぁ……まだ里を覆う氷壁は消えてない……だが霞柱様と蛇柱様がおられるのだ、信じて待つ以外にできる事はない」
「そうだな……」
頷き合う男たち。しかし、その顔にはどこか拭いきれない不安の影も混じっていた。
「しかし……あれ程の規模の襲撃だ……」
「なに、命があれば刀はまた打てる! まずは生きてからだ、そうだろう?」
人々が互いに肩を叩き合い、励まし合う会話が地下空間のあちこちで交わされていた。
そんな喧騒から少し離れた岩壁の陰で、一人の刀鍛冶の男が持ち出した玉鋼の包みを抱え込みながら、深く太い息を吐き捨てた。
(ふぅ、一時はどうなることかと思ったが……これで一安心だ。まさか俺が生きている間にここを使う機会が訪れるとは思わなかったがな……)
男は心の中で呟き、堅固な天井と重厚な岩壁を見上げた。
(この退避壕は中からの音も匂いも完全に防ぐ。『柱』の方々がなんとかするまでの間なら、余裕で鬼から隠れ切ることができるだろう)
男は自らの経験から、この退避壕が誇る絶対的な安全性を確信していた。
いかに鬼の感覚が鋭かろうと、外の広大な山林と岩の中から直接、この退避壕へ繋がる隠し扉を見つけ出す事は困難だからだ。
(それに外の氷壁もだ。いくら人間が通れなくとも鴉がいる。それが外へ応援を呼ぶ事も踏まえれば、事態はもっと早く解決できるかもしれない)
男は安堵に胸を膨らませ、強張っていた肩の力を完全に抜いた。
その時、退避壕を包む雑多な囁き声や、人々の安堵の溜息が交錯する空気の中。
どこか軽やかで、場違いなほど親しみやすい声が静かに滑り込んできた。
「やぁやぁ」
気さくで、朗らかな声。
まるで近所の知り合いに道端で偶然出くわしたかのような、何の毒気も感じさせない爽やかな響きであった。
その声を聞いた男は、避難してきた別の職人が遅れて入ってきたのか、あるいは状況を伝えに来た隊士の誰かだろうと思い、警戒心を持たずに返事を口にした。
「無事だったか、怪我はないか?」
男が声をかけながら立ち上がろうとすると、その気さくな声は更に嬉しそうに、楽しげに言葉を重ねてきた。
「うん全然大丈夫だよ。みんな無事で良かったねぇ。……ところで、里長はどこにいるんだい?」
あまりにも自然で、一切の澱みがない問いかけ。
男は抱えていた資材を脇に置き、親切心から何の疑いもなく指をさしながら振り返った。
「里長ならば、あちらの奥の陣幕の中に――」
――言葉が、途中で凍りついた。
振り返った男の視界に映ったのは、刀鍛冶の着物を着た者でも、鬼殺隊の黒い隊服を着た剣士でもなかったからだ。
そこに立っていたのは、あまりにも美しく、そしてあまりにも圧倒的な絶望。
万華鏡のように虹色に輝く、その者の妖しい双眸。
その左右の瞳に刻まれているのは『上弦』と『弐』の文字。
頭から血を被ったかのような独特の髪。
両手には、優雅に揺らめく一対の黄金の扇が握られている。
「あぁ成程、あっちだね?」
「――――――ッッッッ」
男の喉から、声にならない空気が漏れる。
全身の血液が極寒の氷水へと変わったかのような凄まじい悪寒。
呼吸すら許されない圧倒的な死の圧迫感が、退避壕の中央に立つその男――『十二鬼月』上弦の弐・童磨から放たれていた。
童磨は心底嬉しそうにニッコリと微笑むと、黄金の扇をパチンと心地よい音を立てて閉じた。
「教えてくれてありがとう」
「ぁ、ああああああああっっ!!??」
遅れて響く悲鳴。
その瞬間、安堵に包まれていた筈の退避壕は、文字通り絶望の底へと叩き落とされた。
ちなみにもうすぐであの人が来ます。