【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
太く強靭な蛇の尾で大木を薙ぎ払いながら、玉壺は水かきのついた両拳を苛烈に突き出す。
突風のごとく繰り出される拳の乱打は空気を圧縮した衝撃波の束と化し、無一郎と小芭内へ目にも留まらぬ速さで迫った。
「霞の呼吸 弐ノ型
その重厚な拳の猛攻に対し、無一郎は刀身を絶妙な角度で滑らせ、直撃の威力を受けて流す。
小芭内もまた、波打つ変形刀で打撃の軌道を歪め、間一髪でその威力を受け流していた。
地面を抉り、巨木を木粉へと変える玉壺の猛撃を無一郎と小芭内は枝を蹴り飛び、空中を自在に舞いながら回避し、交互に玉壺へ刃を振るう。
しかし、尾を激しく蠢かせて幹から幹へと跳弾する玉壺の機動力もまた異次元。
地上へと降り立ち、激突した瞬間に弾むように樹上へと再び駆け上がり、木々の間と漆黒の地上を縦横無尽に駆け巡る。そんな三者の高速戦闘は、もはや肉眼では捉えきれぬ交差の連続となっていた。
(不味いな……)
何度も刃を交え、火花を散らす激闘の中。無一郎の頭脳は冷静に思考を巡らせていた。
(速さも硬度も前とは違う、これだと生半可な連撃じゃ頸を捉えきれない。刀鍛冶の保護も控えてる以上、これ以上出し惜しみをしている余裕はない……)
ならばどうするか。
(『朧』を使って速攻で頸を斬り落とす。それ以外にはない)
あの技ならば、玉壺の眼を惑わして確実にその頸を斬る事ができる。
だが、無一郎は同時に理解していた。
(だけど、確実にこいつを殺す為には僕一人の攻撃じゃ駄目だ。初見の技への警戒、そして『朧』の軌道に対する警戒の二つに加えて、更に伊黒さんとの連携によるダメ押しを混ぜないと)
この戦いの勝利条件は、ただ目の前の鬼を倒すだけではないのだ。
今もこうしている間にも里を破壊しているであろう上弦の弐の本体、そしてそれが生み出す人形の数々が残っているのだ。
戦いはまだ半分も終わっていない。むしろ、まだ始まってもいないと言ってもいいだろう。
無一郎は吐息を静かに整え、足の裏に全神経を集中させる。
身体の奥底に眠る熱量を、血管の一つ一つと神経を意識し、全身へ酸素を行き渡らせた。
(もっと血の巡りを速く――!)
血流を加速させ、体熱を劇的に上昇させた無一郎の身体が、極限の加速を果たして夜の空気を切り裂く。
玉壺の懐深くまで一瞬で肉薄した無一郎は、刀身を水平に構え、怒濤の連撃を放った。
「霞の呼吸 伍ノ型
目の前を覆い尽くす、霞のごとき高速の斬撃群が玉壺の胸元と頸に向かって炸裂する。
(
玉壺がその圧倒的な速度に驚愕し、防御の姿勢を取ろうとした。――まさにその時。
「血鬼術」
頭上から、息を呑むほどの異常な冷気が突如として降り注いだ。
「
視界の上方から舞い散ったのは、蓮の花を模した可憐な氷の結晶群。
しかし、その美しい氷の花から撒き散らされるのは、吸い込めば一瞬で肺胞を破壊する猛毒の、凍てつく微細な氷であった。
「――ッ!?」
直撃の寸前、直感的に死の危険を察知した無一郎は突き出した連撃を強引に中断。
空中で咄嗟に左手を伸ばすと、口と鼻を強く塞ぎながら呼吸を完全に止める。
隊服の一部が凍り付き、衝撃で崩れ落ちていく。
後方へと爆発的な跳躍で見切りをつけ、地上へと着地した無一郎。
そんな無一郎の着地点のすぐ隣へ、小芭内が音もなく降り立った。
「無一郎!」
小芭内の尖鋭な叫びに対し、無一郎は片手で口元を覆ったまま、素早く首を横に振って答えた。
「大丈夫です。吸ってません」
言葉を交わしながらも、二人の柱の視線は前方の一点へと釘付けになっていた。
その双眸には、これまで以上の険しさと警戒の色が濃く宿っている。
「面倒な……」
頭上から舞い降りた冷気の渦の中心、玉壺の眼前には透き通るような氷で作られた一体の人形が立っていた。
――『結晶ノ御子』。童磨本人と容姿が変わらぬその小さな氷人形は、二人の『柱』からの刺すように鋭い視線を受けながらも、手に持った氷の扇を滑らかに返させ、まるで二人を嘲笑うかのように優雅で美しく舞を踊っていた。
「ヒョヒョヒョ! 残念だったな鬼狩りども!」
氷が舞い散る暗闇の中、眼前に降り立った『結晶ノ御子』を前にして、玉壺は今まで以上に甲高い大笑いを響かせた。
硬質な鱗を歪ませ、隆々とした胸筋を激しく波打たせながら身をよじる。
目と口の位置が入れ替わった人間から遠く離れた醜悪な形ではあるものの、それでもその顔は勝ちの愉悦に染まっているという事が判る程に、玉壺の声は歓喜と狂気で震えていた。
「この人形が私の傍に来たという事はつまり! 既に里長を含めた刀鍛冶どもを見つけたという事!」
『――ッ』
その言葉が意味する絶望的な真実に対し、無一郎と小芭内の双眸が同時に大きく見開かれる。
両者に走った衝撃の光と静かな動揺、そして強烈な焦燥を見た玉壺は、更に嬉しそうに。
「ヒョッヒョッヒョッヒョ! お前たちは最低限の犠牲の上で、最短距離で私の相手をする腹積もりだったのだろうが……残念だったなぁ!」
玉壺は太い蛇の尾を大きく打たせ、嘲笑を撒き散らす。
その傍らで、白銀の輝きを放つ『結晶ノ御子』が一切の感情を感じさせない美しくも空虚な面持ちで、手に持った一対の氷の扇を滑らかに揺らした。
扇が描く優雅な軌跡に合わせるように、玉壺が冷酷な笑みを浮かべて最終宣告を口にする。
「私たちの勝ちだ、鬼狩り共」
その言葉と同時に、『結晶ノ御子』が氷の扇を大空に向けて振り抜いた、その時。
ゴオオオ! という音と共に大気が一瞬にして氷結し、空間そのものが軋み声を上げた。
『結晶ノ御子』が刹那、血鬼術によって生み出したのはこの里全体を覆い尽くしていた『氷壁』すら凌駕する、桁外れの規模を誇る巨大な氷像。
出現したその氷像は、巨大な菩薩の姿を模していた。
その全高は優に数十メートルを超えており、立ち並ぶ大木の樹冠を易々と突き破り、夜空の月光を遮るほどの影を地上へ落とし込んでいる。
全身を純粋な氷によって形成されている結果、幾重にも重なる光の屈折が見る者を圧倒する不気味な美しさを放っていた。
「血鬼術
慈悲の表情を浮かべたその氷像は、しかし内に秘めた冷気によって周囲の触れるもの全てを死へと誘う絶対的な殺戮兵器。
それが、無一郎たちに襲い掛かろうと――。
里を包む冷気と地鳴りが更に激しさを増すのと同時。
「ム――ッ!!」
「うわああああっ!?」
里にある宿の近く。
その暗闇の中に鬼の少女の短い叫びと、人間の女性の絶叫が同時に響き渡った。
四方八方から蛇のようにのたうち回りながら襲いかかる無数の氷の蔓。それらを凄まじい脚力で蹴り砕き、更に自らの身体から噴き出させた血を爆発させて燃やし溶かしていくのは、竈門炭治郎の妹、竈門禰豆子であった。
『結晶ノ御子』が放った初撃の際、禰豆子は炭治郎を身を挺して庇う形で遠方へと吹き飛ばされていた。
本来であれば傷を負ってもおかしくはない程の衝撃だが、禰豆子は鬼であるが故、その再生力と耐久力で何とか無傷に済んだのである。
そして、瓦礫の中へ叩きつけられた彼女が立ち上がったその時。偶然にも建物の物陰に隠れて避難をしていた女性と、彼女を害そうと長く伸ばされていた氷の蔓を発見したのだ。
そして現在、禰豆子は躊躇うことなくその間に割り込み、自身の圧倒的な脚力と血鬼術である『爆血』を駆使し、押し寄せる氷の脅威から女性を護り続けていたのである。
燃え上がる紫紅の炎に守られ、一命を取り留めた女性は腰を抜かしながらも、必死に這うようにして後方へ逃げ延びた。
「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
「ムー!」
涙と煤で顔を汚しながら、溢れんばかりの感謝を伝える女性。
その声を聞き、禰豆子が安堵の息を吐いたまさにその瞬間。禰豆子の全身を、背筋から脳天へと突き抜ける強烈な悪寒が貫いた。
悪寒。――それは言葉で表現し得ない、血の繋がりがもたらす本能的な危機の知らせ。
かつての那田蜘蛛山での戦い、そして遊郭での死闘と同じように。
その時、禰豆子の中に沸き上がる『何か』――それに、今まで間違いはなかった。
直感的に全身の毛管を逆立たせた禰豆子は感謝を伝える女性に振り返る間もなく、最愛の兄・炭治郎が死闘を繰り広げている方角へと跳ね起きるように視線を向けた。
そしてその視線の先では、絶望そのものの光景が広がっていた。
地面に膝をつき、呼吸を乱しながら刀を構える炭治郎と、その傍らで銃を手に血を流す不死川玄弥。
その二人の頭上に、夜空を覆い尽くすほどの巨大な氷像が君臨しているのだ。
「血鬼術
氷像の静謐な顔が二人を見下ろすと同時に、極寒の冷気を渦巻かせた巨大な氷の掌が、凄まじい風圧とともに振り下ろされる。
それは一瞬で二人を覆い隠し、骨肉ごと押し潰して微塵に粉砕せんとする絶対的な質量攻撃。
「ッ、ム――!!!!」
禰豆子は喉を打ち鳴らし、地面を蹴って炭治郎の下へと全力で駆け出した。
だが――遠すぎる。
爆発的な速度で間合いを詰めようとも、振り下ろされる巨掌の落下の速度には到底間に合わない。
幾重もの冷気の帯が空間を押し潰し、巨大な氷の掌が、炭治郎の頭部へと容赦なくぶつかり――。
「よし、全部終わったみたいだね」
静寂に包まれた刀鍛冶の里の『退避壕』の内部。
照明の明かりが仄暗く揺れる広大な空間の中で、童磨は嬉しそうに呟き、軽やかに微笑んだ。
現在、童磨は里の各地へ行き渡らせた全ての『結晶ノ御子』と感覚を完全に同調させて視覚共有を果たし、それぞれの持ち場での具合を確認していたのだ。
『退避壕』にまだ来ず、里の各地で今も逃げ惑う職人たちの位置、そして既に玉壺の手によって壊滅した街道、その全てを頭の中で把握し終えたのだ。
童磨の目前では、避難していた無数の刀鍛冶たちが恐怖のあまり完全に身体を硬直させて固まっている。
「やはり玉壺殿の壺は良い。俺は探知探索が不得意だが、彼の壺と俺の人形が組み合わされば弱点も克服できるしね」
童磨は自身の黄金の扇を愛おしそうに眺めながら、心底感心したように頷いた。
童磨の血鬼術『結晶ノ御子』は、本体である彼が扱える数々の強力な技を、そのままの威力と規模を維持したまま解き放つことができ、加えて本体との視覚共有までこなすという桁外れの異能である。
だがしかし、もはや無敵・完璧にも見えるその術にも明確な欠点が存在していた。
それは、人形自体の機動力は本体に比べてかなり低く、人形特有の短い歩幅や、空間を高速で跳躍するような移動系の技を持たない点である。一見すると弱点にもなっていない弱点だが、それでも童磨からすれば明確な欠点そのものであった。
しかし今回の襲撃にあたって、玉壺の壺から壺への空間跳躍の異能と、それを駆使した探索網がその欠点を完全に補完したのである。
結果として、童磨は何体かの『結晶ノ御子』を作った後、玉壺の壺を経由して人形を遠方の位置へ配置して後から視覚を共有する事で、相手に逃げ道を与えない完璧な戦術が完成したのである。
「さて、おそらくはこれで全員かな?」
童磨が親しみやすい笑顔を浮かべたまま囁くように呟いた。――次の瞬間。
「あぁそれと」
音もなく、風すら揺らさず。
上弦の弐という最高峰の鬼の肩書に相応しい、恐るべき身体能力により、童磨は距離を一瞬でゼロに縮めて接近。
刀鍛冶たちの誰一人として、その移動を認識することすらできず、残像すら残さない無音の踏み込み。
すっと伸ばされた童磨の白い右手が、空気を掴むように伸びる。
その右手が捉えたのは、避難壕の最奥、陣幕の前に立っていたひょっとこの面を被った小柄な老人の首元であった。
「君が里長だよね? 見た感じ一番お爺さんだし」
腕力に見合わぬ朗らかな声。
首を強く締め上げられた老人――里長である鉄地河原鉄珍は、喉を圧迫されて一言の発声すら叶わず、苦しげに身体を震わせる。
そして、刹那で自分たちの目の前から消え、次の瞬間には里長の首を掴んでいた童磨の異常な移動に対し、周囲にいた刀鍛冶たちは絶句し、ただ目を見開いたまま指一本動かすことすらできなかった。
「これであの方も褒めてくれるかな?」
かつての失態と汚名。
それを覆す今回の襲撃への評価に思いを馳せながら、童磨は左手で握った黄金の扇を軽やかに翻し、再び血鬼術を発動させた。
「血鬼術
退避壕の内部で突如として膨れ上がった氷の菩薩像。
その圧倒的な体積と質量は、地下の広い空間すら易々と埋め尽くし、堅固な岩盤で出来ていた退避壕の天井を容赦なく突き破った。
空間全体に絶叫と悲鳴がこだまし、砕け散った巨大な岩片や木材の破片、そして
粉塵と悲鳴が渦巻く破壊の渦中、童磨は口元に浮かべた笑みを一切崩すことなく、掴んでいる里長の喉をそのまま握り潰そうと、右手にじわじわと凶悪な力を込め――。
(さてこれで……)
その瞬間。
ゴォオオッッ! と、天地を揺るがすような、凄まじい『何か』の巨大な崩壊音が響き渡った。
音の衝撃波が空間の粉塵を吹き飛ばし、周囲の時間がまるで水の中で粘着するように、ゆっくりと、極限まで引き延ばされて流れていく。
――
その時、童磨の虹色の瞳に映ったのは、頭上から落ちてくる退避壕の岩片だけではなかった。
刹那の違和感。その正体は、頭上から落ちてくる退避壕の岩片に混ざっていた――たった今、自分が血鬼術によって生み出したはずの『霧氷・睡蓮菩薩』が、根元から何者かによって完膚なきまでに粉砕され、無数の氷の破片となって飛び散ったが故の残骸。
(なんだ……?)
あまりにも想定外の現象に、童磨は思考をわずかに停滞させ、右手の力を緩めてゆっくりと振り返った。
舞い散る白銀の氷結晶と、途方もない熱量によって蒸発していく白い気体。
その圧倒的な光と破壊の中心に、その者は立っていた。
毛先のみが燃え上がる炎のように鮮烈な赤色に染まった藍鼠色の豊かな髪が、凄まじい風圧の中で大きくたなびいている。
その奥に宿る、黒曜石のように深く静かな双眸には一切の揺らぎも迷いもなく、ただまっすぐに童磨の存在を射抜いていた。
その手には
苛烈なる剣気が、凍てついた地下の空間を『赫刀』が秘める熱量で塗り替えていく。
「星の呼吸」
紡がれる言葉が、流れる時を静かに切り裂く。
「
その時、童磨が見たものは。
――
「
――
やっとお披露目拾ノ型。